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5. 異世界パンのパングラタンスープ

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リッカが悩んだ末に冒険者登録をする、少し前の話です。

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 リッカの家には、カーテンがない。
「私、何でカーテン付けるのが面倒だったんだろう。まあ、別に無くても困ってないけど」
 独り言に答えるものはいない。
 リッカは昨晩はベッドでアイテムボックスのなかの本……本というよりは、電子書籍と言った方が良いのかもしれない……それらを読みながら寝落ちしてしまったせいか、ズンとした痛みを目の奥に感じていた。
「ええと……血行促進」ヒール
 じんわりと目の奥が解れていくのを感じていると、ふいにある事を思い出した。
「パン、出したままだったかも……」
 パタパタとリビング向かったリッカの目に映ったのは、昨日門番にもらった紙袋。その中に入ってた丸いパンは、案の定だいぶ硬くなっていた。
(こっちのパンは、添加物とか入ってないせいか、硬くなるの早いね……)
 昨日バルガに出向いた時に、「昨日だけど俺らに白いパンたくさんもらったから、食べなよ!」と分けてくれた門番に心の中で何度も謝りながら、リッカはパンを2つに割ろうと試みた。パンはパリパリと音をさせながらパサパサの断面を現した。
「パン粉にするか……パン粥とか、フレンチトースト……」
(あとスープも食べたいし……それなら)

 リッカはアイテムボックスの操作盤を操作して、半分になった生の玉ねぎ、コンソメスープの素、使いかけのミックスベジタブルの袋、バターなどをポンポンと出した。
 玉ねぎを細く刻んでバターで炒め、フライパンの空いたところにバターを一欠片追加して、ちぎったパンに絡めた。かなりの横着な手順にふふっと笑い声が出た。
「1人分だしね」
 片手鍋に湯を沸かし……いやアイテムボックスから出し、コンソメスープの素を溶かすと炒めた玉ねぎを加えた。
 煮立たないように慎重に温めつつ、パンをスープに入れた。
「あんまりやりすぎると、パンが沈んじゃうから……」
 スープボウルのような木皿にやや具沢山なスープをよそい、パンを浮かべる様にセットすると、
アイテムボックスからとけるスライスチーズを取り出して載せた。ぱらりと刻みパセリを散らして、チーズが熱で溶けるのを待つ。
 チーズが溶けるを待つ間、ちょうど良いので調理器具を『洗浄と滅菌』し、アイテムボックスにポンポンと放り込んだ。
(コーヒー……)
 アイテムボックスから音もなく現れたマグカップには、インスタントコーヒーの粉末が入っている。
「そのうち、コーヒーが出来上がった状態で取り出せそうね」

 ダイニングテーブルに腰掛け、頃合いになったので食べようとした時に、リッカはようやくフォークがないことに気づいてアイテムボックスから取り出した。
 ふわりと薄く湯気の立ち上るスープ。
 門番からもらった「とっておきの白パン」は、もしかしたら彼の昼ごはんに取っておいたものだったりしなかっただろうかと、リッカはふと考えを巡らせた。
「余りだ、喧嘩になるからもらって欲しいとは言われたけど……」
 その言葉には、ヒョロリとしたリッカを、そんな細身の若者が大きな背負子を担いで山奥から行商に来た、その体調を気遣う空気を感じられた。
 スープとチーズが絡んだパンをひとくち口に入れると、パンの素朴な味と香りを感じられた。
「美味しい……」
 お喋り好きの門番は名前をハンスと言うそうで、14歳になる息子さんと、12歳の娘さんが居るのだそうだ。リッカは仮の身分証の手続きを待つ間に、そんな話をする門番ハンスの話をつらつらと思い出す。
 息子のマルスくんは大工になるべく修行を始める所だそうで、毎日疲れた様子で帰って来ては、ご飯を沢山食べるのだそうで、その様子に奥さんも、娘さんのニアさんも目を丸くしているのだそうだ。
(食べるのを見てるだけでこっちはお腹いっぱい、って言うのはわかるなぁ……)
 その感覚は、リッカにもわかる気がした。大きな茶碗に山盛りによそったはずのご飯があっという間に消えていくのを見た様な、そんな感覚だ。
 スープから玉ねぎを掬い出す。口に入れれば、バターの風味とまだシャキリとした歯応えも残っている。
『見習い期間でも少しは給金が出るって言うから儲けたと思ってたら、ほぼあいつの飯代なんだよね』
 そういうことだと気づいたよ、ハハハと笑うハンスの目尻の笑い皺を思い出した。
『たくさん食べて、力をつけないといけないですね。楽しみですね』
 ふとそう言ったリッカを見て、びっくりしていた様に見えたのは、気のせいだったろうか。

 実際のところ、ハンスは毎回ほぼ相槌くらいのリッカが雑談した事とフード越しとは言え軽く笑顔を浮かべていたのが見えた事、それによってリッカが女性ではないかと気付いてビックリしたのだ。リッカがそれを知るのは、だいぶ後のことになる。

 ちなみに門番ハンスの家は、元冒険者でギルド職員アーバンの家の裏手にあり、妻のララは針子であり、生活費の足しにするために、服の直しや何やらの内職を、アーバンの妻ミリィ(中古洋服店経営)から受けている。
 ハンスとアーバンは近所に住む同年代であり、気も合うので時折飲みにいく仲でもある。
 そんなこんなでリッカが半年~1年ほどバルガに毎月通う間に、ハンスが『不思議な行商人』の話をし、アーバンが身分証の話を聞かせ……リッカが女性らしいと確信したハンスが心配のあまり根掘り葉掘り……。

 それぞれの、それなりの紆余曲折の果てにリッカは冒険者証を手に入れることになったのだった。
 

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その後アーバン経由で、リッカがそれなりに戦える、自衛できると聞いてやっと安心して業務に邁進した、ハンスパパなのでした。
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