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アリハム=ベドルはDランク冒険者である。
彼は今年で三十になるが、未だ初心者専門ギルドに在籍している。
周りがどんどんと仕事をこなし、ランクアップを果たしていく中、彼はいつまで経っても一番下のEランクから一つ上がったDランクのまま。
一般的にEランクから昇級するのには長い者で三ヶ月とかからないと言われている。そしてDランクにさえなれば初心者専門ギルドから卒業し、他のギルドへの在籍が可能になる。
けれどアリハムは頑なに初心者ギルドに在籍をし続けた。
それはアリハムは自分には上位の魔物と戦うための力がないと思っているからだ。
彼の在籍歴は人よりもウンと長いだけあって、初心者専門ギルドを卒業していく人達を何人も見守ってきた。
けれどその中には自分の強さを慢心し、格上相手に突っ込んでゆき命を落としていくものもいた。
もちろんアリハムから見れば彼はとても強かった。
Dランクで受けられる魔物討伐依頼はオークかゴブリン、コボルドの三種だが、どの依頼も最短でこなしてみせたのだ。
けれどそんな彼は他の魔物を前に破れた。
アリハムが所属する初心者専門ギルド『子猫の家』始まって以来の天才と言われた彼が亡くなったと聞かされたのは、卒業してから三ヶ月と経たぬ日のことだった。
それを聞かされた日からアリハムは今まで以上に慎重に、そして臆病になった。
元よりアリハムの信条は『命を第一に』であり、金など二の次だった。
もちろん生活出来るだけの金は必要としていたが、アリハムには仕送りが必要な実家もなければ養う相手もいない。ましてや浪費癖もなかった。
そんな彼には初心者ギルドにやってくる仕事のささやかな報酬で十分だった。
だからこそ冒険者登録が可能になる十歳で登録を果たした『子猫の家』に今もまだ在籍し続けている。
そんなアリハムだったが、ギルドからは非常に重宝される人材であった。それは彼が面倒見の良い人物であったからに他ならない。
ギルドで初心者を見つければ率先してフォローに入り、彼らが仕事を覚えるまでパーティを組んでは仕事のこなし方を教えていった。
決して先輩面をして威張り散らすことのない彼は、ギルドのお兄さんとして冒険者登録をしたばかりの子ども達に慕われていた。
もちろん仕事だってしっかりとこなしていく。
Eランク、Dランクの低級依頼は地元民からの依頼が多い。すると長年同じギルドに在籍してるアリハムが大抵の依頼者達と顔見知りになるのも自然な話だ。
彼の真面目な働きっぷりは誰もが認めていた。
特に地域の仕事や関わりを大切にしていたからなおのことだ。
ゴブリンに困っている村が金の工面がつくのに時間がかかるといえば、自らその仕事を請負い、報酬の支払いを待ってやってくれとギルドに直談判をしたこともある。
常時張り出されている薬草依頼クエストは単価が安いものの、需要は高いからと定期的に受けているのはアリハムくらいなものだ。
だからこそアリハムはとても慕われていた。
そして一部の、アリハムに世話を焼いてもらったことのある他の初心者ギルドに所属する初心者達からも。
けどそのことを知っている冒険者は非常に少ない。
だから三十を迎え、年齢的に『子猫の家』を卒業せざるを得なかったアリハムが移籍したギルドでは歓迎されることはなかった。
移籍先のギルドの依頼ボードに張り出されているのは複数人推奨の仕事ばかりで、ソロ用の仕事などほとんどない。ともなれば移籍したばかりのアリハムは酒場に集う冒険者達に声をかけるしかなかった。
けれど彼らは一様にアリハムを煙たがった。
「十五年も初心者ギルドにいたおっさんだろ? 有名だぜ? あんたと仕事をしたいなんて物好きここにはいねえよ」
誰を誘っても似たような言葉が帰ってくる。
朝から夜まで声をかけ続けたアリハムだったが成果は得られず、次第に肩も気分もズンと落ちていくばかり。
彼を不憫に思ったのか、元々同じギルドに所属していた冒険者達が名乗り出てくれた。
けれど彼らは「手伝って欲しい」と言ってくれたのだ。
だがそんな彼らは初心者専門ギルドを卒業して以来、順調にランクを上げ続けているパーティーだ。いくら知り合いとはいえ、Dランクからずっとランクを上げずにいるアリハムではお荷物にしかならないだろう。
いつまでかかるのか終わりの見えないことに付き合ってもらうのは申し訳がなかった。
だからアリハムは彼らに「お前達なら俺の手はいらないよ」と断って、受付へと足を運んだ。
「あそこに貼られている以外のDランク依頼ってありますか? 常駐依頼でもいいので、ソロでも受けられるもの」
「ありますけど……。でもアリハムさんの実力なら昇級試験を受けてCランクになれますよね?」
「そんなことはないよ」
はははと弱く笑ったアリハムは、受付の女性から出してもらった依頼書から『ゴブリン討伐』の紙を引き抜いた。
同じランクの仕事でありながら、以前いたギルドに出されていた依頼の討伐頭数よりも多いのは、今までが『初心者用』だったからだろう。
だがアリハムとて何度もその依頼を受けてきた。そして毎回依頼の数よりも多く狩ってきた。
慢心は己の敵になりうるが、それでも全く知らない魔物と戦うよりは幾分か気が楽である。
こうしてアリハムは昇級試験を受けることなく、ソロの仕事を受け続けた。
彼は今年で三十になるが、未だ初心者専門ギルドに在籍している。
周りがどんどんと仕事をこなし、ランクアップを果たしていく中、彼はいつまで経っても一番下のEランクから一つ上がったDランクのまま。
一般的にEランクから昇級するのには長い者で三ヶ月とかからないと言われている。そしてDランクにさえなれば初心者専門ギルドから卒業し、他のギルドへの在籍が可能になる。
けれどアリハムは頑なに初心者ギルドに在籍をし続けた。
それはアリハムは自分には上位の魔物と戦うための力がないと思っているからだ。
彼の在籍歴は人よりもウンと長いだけあって、初心者専門ギルドを卒業していく人達を何人も見守ってきた。
けれどその中には自分の強さを慢心し、格上相手に突っ込んでゆき命を落としていくものもいた。
もちろんアリハムから見れば彼はとても強かった。
Dランクで受けられる魔物討伐依頼はオークかゴブリン、コボルドの三種だが、どの依頼も最短でこなしてみせたのだ。
けれどそんな彼は他の魔物を前に破れた。
アリハムが所属する初心者専門ギルド『子猫の家』始まって以来の天才と言われた彼が亡くなったと聞かされたのは、卒業してから三ヶ月と経たぬ日のことだった。
それを聞かされた日からアリハムは今まで以上に慎重に、そして臆病になった。
元よりアリハムの信条は『命を第一に』であり、金など二の次だった。
もちろん生活出来るだけの金は必要としていたが、アリハムには仕送りが必要な実家もなければ養う相手もいない。ましてや浪費癖もなかった。
そんな彼には初心者ギルドにやってくる仕事のささやかな報酬で十分だった。
だからこそ冒険者登録が可能になる十歳で登録を果たした『子猫の家』に今もまだ在籍し続けている。
そんなアリハムだったが、ギルドからは非常に重宝される人材であった。それは彼が面倒見の良い人物であったからに他ならない。
ギルドで初心者を見つければ率先してフォローに入り、彼らが仕事を覚えるまでパーティを組んでは仕事のこなし方を教えていった。
決して先輩面をして威張り散らすことのない彼は、ギルドのお兄さんとして冒険者登録をしたばかりの子ども達に慕われていた。
もちろん仕事だってしっかりとこなしていく。
Eランク、Dランクの低級依頼は地元民からの依頼が多い。すると長年同じギルドに在籍してるアリハムが大抵の依頼者達と顔見知りになるのも自然な話だ。
彼の真面目な働きっぷりは誰もが認めていた。
特に地域の仕事や関わりを大切にしていたからなおのことだ。
ゴブリンに困っている村が金の工面がつくのに時間がかかるといえば、自らその仕事を請負い、報酬の支払いを待ってやってくれとギルドに直談判をしたこともある。
常時張り出されている薬草依頼クエストは単価が安いものの、需要は高いからと定期的に受けているのはアリハムくらいなものだ。
だからこそアリハムはとても慕われていた。
そして一部の、アリハムに世話を焼いてもらったことのある他の初心者ギルドに所属する初心者達からも。
けどそのことを知っている冒険者は非常に少ない。
だから三十を迎え、年齢的に『子猫の家』を卒業せざるを得なかったアリハムが移籍したギルドでは歓迎されることはなかった。
移籍先のギルドの依頼ボードに張り出されているのは複数人推奨の仕事ばかりで、ソロ用の仕事などほとんどない。ともなれば移籍したばかりのアリハムは酒場に集う冒険者達に声をかけるしかなかった。
けれど彼らは一様にアリハムを煙たがった。
「十五年も初心者ギルドにいたおっさんだろ? 有名だぜ? あんたと仕事をしたいなんて物好きここにはいねえよ」
誰を誘っても似たような言葉が帰ってくる。
朝から夜まで声をかけ続けたアリハムだったが成果は得られず、次第に肩も気分もズンと落ちていくばかり。
彼を不憫に思ったのか、元々同じギルドに所属していた冒険者達が名乗り出てくれた。
けれど彼らは「手伝って欲しい」と言ってくれたのだ。
だがそんな彼らは初心者専門ギルドを卒業して以来、順調にランクを上げ続けているパーティーだ。いくら知り合いとはいえ、Dランクからずっとランクを上げずにいるアリハムではお荷物にしかならないだろう。
いつまでかかるのか終わりの見えないことに付き合ってもらうのは申し訳がなかった。
だからアリハムは彼らに「お前達なら俺の手はいらないよ」と断って、受付へと足を運んだ。
「あそこに貼られている以外のDランク依頼ってありますか? 常駐依頼でもいいので、ソロでも受けられるもの」
「ありますけど……。でもアリハムさんの実力なら昇級試験を受けてCランクになれますよね?」
「そんなことはないよ」
はははと弱く笑ったアリハムは、受付の女性から出してもらった依頼書から『ゴブリン討伐』の紙を引き抜いた。
同じランクの仕事でありながら、以前いたギルドに出されていた依頼の討伐頭数よりも多いのは、今までが『初心者用』だったからだろう。
だがアリハムとて何度もその依頼を受けてきた。そして毎回依頼の数よりも多く狩ってきた。
慢心は己の敵になりうるが、それでも全く知らない魔物と戦うよりは幾分か気が楽である。
こうしてアリハムは昇級試験を受けることなく、ソロの仕事を受け続けた。
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