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8.
けれど十日が経ってもエイリーフからの返事が届くことはなかった。
なぜ返事をくれないのだろう。
姫様がいるから難しいのか。それともあの言葉はアンナをキープするためのもの? 今動かれたら困る、とか。
嫌な想像ばかりしてしまうのは、元婚約者との時にも似たような経験があるから。
もう一度手紙を出したい。けれどそれでも返って来なかったら。
信じていた相手から捨てられるのは辛い。
いつ切り捨てられるのかが怖くて、毎晩涙で枕を濡らす。少しでもリラックス出来るようにと枕元に置いたポプリはあの手紙に描かれていた花で作ったものだ。なんという皮肉だろうか。毎朝温めたタオルで腫れた目を癒やし、学園へと通う。
ずううんと暗い気を背負っているからか、たまらずガウロが声をかけてきてくれた。
「ちゃんと眠れているか?」
「……少しだけ」
アンナの肩を軽く叩きながら、ベンチへと連れていってくれる。人目を避け、庭ではなく校舎裏にあるものだ。
婚約者のいる令嬢が他の男性と二人きりになるなんてどんな噂がたつか分からない。彼もアンナも分かっていて、この場所を選んだ。それでも外なので完全に人がいない訳ではない。何かあった時には言い訳だって出来る。
そもそも言い訳が必要となるようなことをするなという話ではあるが、二人にとって元婚約者との婚約破棄以上の醜聞などないのだ。
「何かあったのか?」
「手紙が来たんです」
「よくないことが書いてあった?」
「良いことばかり書いてありました。けど、返事が来ないんです。……前もそうだった」
「それは怖いよな。俺も知ってる」
彼も同じ記憶があるようだ。アンナに同意する声が暗い。
「気を遣ってもらってばかりで」
「気にするな。俺はただ君に笑って欲しいだけだから。とりあえずこれ」
ガウロはポケットから袋を取り出した。紐を解き、中から何かを取り出した。
チョコチップクッキーだ。エイリーフが用意してくれたお菓子には必ず入っていた。おそらく彼の好きなお菓子なのだろう。ガウロは自分の分を取り出してからアンナに袋を差し出した。
「一緒に食べよう」
「いただきます」
一枚もらい、彼と並んでパクリと食べる。
しっとり系だ。エイリーフが用意してくれるものはサクサク系。けれどこちらも美味しい。思わず頬が緩んだ。
「美味しいです」
「気に入ってくれてよかった。俺のお気に入りのクッキーなんだ」
「いつも持ち歩いてるんですか?」
「ああ、学園に通うようになってからは。また食べたくなったら声をかけてくれればいつでも分ける」
「ありがとうございます」
「クッキーで君が笑えるなら安いものだ」
彼は二枚目に手を伸ばす。ん、と差し出された袋からアンナももう一枚。
「ちゃんと決まったら、私がお茶を用意しますね」
「……その時は、クッキー以外のお菓子も持ってくる。二人でやけ食いしよう」
彼はサクサクと食べながら遠くを見つめる。アンナも彼と同じように空を見上げた。
晴れ渡る空のように、この悩みもすっきりと晴れればいいのに。
「っ!」
「どうかしたか」
「今、目が合いました。向こうの棟にいたみたいで。でもすぐにどこかへ行っちゃいました……」
「これで何か動きがあるといいんだが……」
「エイリーフ王子があそこを通ること、知ってたんですか?」
「いつも同じルートだからな」
ガウロはなんてことないように笑う。彼はアンナのおかげで前に進めたと言ってくれたが、何かした覚えはない。なんだか助けられてばかりだ。
二人して次の授業をサボってしまった。
何をする訳でもなく、ぼおっと二人して空を眺めるのである。不思議とサボタージュをしてしまった罪悪感はなかった。
そして終わりの鐘が鳴ってからすくりと立ち上がる。
「それじゃあ次の授業に行くか」
「はい」
次の授業からはしっかりと受けて、いつものように図書館で迎えの馬車を待つ。今日は冒険小説を読もう。図書館奥の本棚を目指す。上の方に見たことのあるタイトルを見つけた。
「あ、これ読んだことある」
エリックから教えてもらった小説が面白くて、何冊か父に買ってきてもらったのだ。その後、親戚の男の子が冒険小説にはまっているという話を聞き、譲ってしまったので家にはない。久しぶりに読んでみたくなった。
つま先を伸ばしながら、手を上へと伸ばす。けれど関節一つ分くらい届かない。もう少し頑張れば届く。踏み台を持ってくるまでもない。視線を落としながらぷるぷると身体を震わせている。すると自分の影に大きな影が被さった。
「これ?」
「はい」
返事をすれば、頑張っても届かなかった本を取ってくれる。
親切な人だ。ありがとうございます、とお礼を告げるために視線をあげる。そして目を丸くした。
「エイリーフ様……なぜここに?」
ずっと会いたいと思っていた人がそこにいたのだから。思わず回りを確認してしまう。けれど姫様はいないようだ。ほっと息が漏れた。
なぜ返事をくれないのだろう。
姫様がいるから難しいのか。それともあの言葉はアンナをキープするためのもの? 今動かれたら困る、とか。
嫌な想像ばかりしてしまうのは、元婚約者との時にも似たような経験があるから。
もう一度手紙を出したい。けれどそれでも返って来なかったら。
信じていた相手から捨てられるのは辛い。
いつ切り捨てられるのかが怖くて、毎晩涙で枕を濡らす。少しでもリラックス出来るようにと枕元に置いたポプリはあの手紙に描かれていた花で作ったものだ。なんという皮肉だろうか。毎朝温めたタオルで腫れた目を癒やし、学園へと通う。
ずううんと暗い気を背負っているからか、たまらずガウロが声をかけてきてくれた。
「ちゃんと眠れているか?」
「……少しだけ」
アンナの肩を軽く叩きながら、ベンチへと連れていってくれる。人目を避け、庭ではなく校舎裏にあるものだ。
婚約者のいる令嬢が他の男性と二人きりになるなんてどんな噂がたつか分からない。彼もアンナも分かっていて、この場所を選んだ。それでも外なので完全に人がいない訳ではない。何かあった時には言い訳だって出来る。
そもそも言い訳が必要となるようなことをするなという話ではあるが、二人にとって元婚約者との婚約破棄以上の醜聞などないのだ。
「何かあったのか?」
「手紙が来たんです」
「よくないことが書いてあった?」
「良いことばかり書いてありました。けど、返事が来ないんです。……前もそうだった」
「それは怖いよな。俺も知ってる」
彼も同じ記憶があるようだ。アンナに同意する声が暗い。
「気を遣ってもらってばかりで」
「気にするな。俺はただ君に笑って欲しいだけだから。とりあえずこれ」
ガウロはポケットから袋を取り出した。紐を解き、中から何かを取り出した。
チョコチップクッキーだ。エイリーフが用意してくれたお菓子には必ず入っていた。おそらく彼の好きなお菓子なのだろう。ガウロは自分の分を取り出してからアンナに袋を差し出した。
「一緒に食べよう」
「いただきます」
一枚もらい、彼と並んでパクリと食べる。
しっとり系だ。エイリーフが用意してくれるものはサクサク系。けれどこちらも美味しい。思わず頬が緩んだ。
「美味しいです」
「気に入ってくれてよかった。俺のお気に入りのクッキーなんだ」
「いつも持ち歩いてるんですか?」
「ああ、学園に通うようになってからは。また食べたくなったら声をかけてくれればいつでも分ける」
「ありがとうございます」
「クッキーで君が笑えるなら安いものだ」
彼は二枚目に手を伸ばす。ん、と差し出された袋からアンナももう一枚。
「ちゃんと決まったら、私がお茶を用意しますね」
「……その時は、クッキー以外のお菓子も持ってくる。二人でやけ食いしよう」
彼はサクサクと食べながら遠くを見つめる。アンナも彼と同じように空を見上げた。
晴れ渡る空のように、この悩みもすっきりと晴れればいいのに。
「っ!」
「どうかしたか」
「今、目が合いました。向こうの棟にいたみたいで。でもすぐにどこかへ行っちゃいました……」
「これで何か動きがあるといいんだが……」
「エイリーフ王子があそこを通ること、知ってたんですか?」
「いつも同じルートだからな」
ガウロはなんてことないように笑う。彼はアンナのおかげで前に進めたと言ってくれたが、何かした覚えはない。なんだか助けられてばかりだ。
二人して次の授業をサボってしまった。
何をする訳でもなく、ぼおっと二人して空を眺めるのである。不思議とサボタージュをしてしまった罪悪感はなかった。
そして終わりの鐘が鳴ってからすくりと立ち上がる。
「それじゃあ次の授業に行くか」
「はい」
次の授業からはしっかりと受けて、いつものように図書館で迎えの馬車を待つ。今日は冒険小説を読もう。図書館奥の本棚を目指す。上の方に見たことのあるタイトルを見つけた。
「あ、これ読んだことある」
エリックから教えてもらった小説が面白くて、何冊か父に買ってきてもらったのだ。その後、親戚の男の子が冒険小説にはまっているという話を聞き、譲ってしまったので家にはない。久しぶりに読んでみたくなった。
つま先を伸ばしながら、手を上へと伸ばす。けれど関節一つ分くらい届かない。もう少し頑張れば届く。踏み台を持ってくるまでもない。視線を落としながらぷるぷると身体を震わせている。すると自分の影に大きな影が被さった。
「これ?」
「はい」
返事をすれば、頑張っても届かなかった本を取ってくれる。
親切な人だ。ありがとうございます、とお礼を告げるために視線をあげる。そして目を丸くした。
「エイリーフ様……なぜここに?」
ずっと会いたいと思っていた人がそこにいたのだから。思わず回りを確認してしまう。けれど姫様はいないようだ。ほっと息が漏れた。
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