10 / 11
9.
「誰を探してた?」
エイリーフはそんなアンナの様子を勘違いしたようだ。眉間に皺を寄せながらふっと鼻で笑った。自分の知っている彼とは違って、ビクッと身体を震わせてしまう。
「あ、あの私……」
「いいや。こっち来て」
強引に腕を引かれ、先ほど取ってもらった本が手からすり抜けてしまう。けれどエイリーフは構わずずんずんと進んでいく。
連れて行かれたのは空き教室だった。バンッと大きな音を立ててドアを閉める彼の目は冷たい。何を考えているのか分からない。そのまま椅子に腰掛けるように指示される。
「靴下脱いで」
「え?」
「早く。時間がないから」
訳も分からぬまま、アンナは右の靴下を脱ぐ。そして左に手を伸ばそうとすると、エイリーフがアンナの裾をめくった。驚きで声すら出ない。
彼はそんなのお構いなしでふくらはぎに舌を這わせる。今まで手や首だったのに。
「やっ……」
「逃げないで。まだ終わってない」
アンナの頭の中はパニック状態。
いきなりやってきて舐め始めたことはもちろん、今日はなぜかわざと水音を立てるように舐めるのだ。
今までは馬車の中や彼の部屋で知らない人が突然入ってくることのない、完全にプライベートな場所だった。けれど今は放課後とはいえ、まだ学園には生徒が残っている。誰かが来て、突然ドアを開けるのではないかとヒヤヒヤする。
静かな部屋に響く水音が卑猥だからなおのこと。ますます恥ずかしくなっていく。アンナは声が漏れないように自分の口を押さえる。
恥ずかしい。けれど彼を拒絶することは出来ない。
終わるまで、彼が満足するまで受け入れるしかない。
たとえ姫様と比べられていたとしても、今ここで拒絶したら彼は婚約を解消してしまうかもしれない。嫌だ。嫌われたくない。離れたくない。そう思うのに、自らの身を差し出すことしか出来ない自分がふがいない。
足りないのは家格だけではない。
悔しさでボロボロと涙があふれた。
「うっ……うぅ」
「ア、アンナ? 嫌だった? ごめんね」
アンナが泣いていると気づいたエイリーフは途端に焦り始める。太ももから手と舌を離し、おろおろと手を動かし始める。
「拒絶されないからって調子に乗っていた。ごめん。もうこんなことしないから」
「違います」
「何が違うの? 僕に教えて?」
優しく両手を包まれる。アンナはすんすんと鼻を鳴らしながら、彼に思いを打ち明けた。
「私には都合の良さしかないから。それが情けなくて」
「昼間の男に何か言われたんだな! あんなやつの言葉なんて気にしなくて良いから」
「ガウロ様を悪く言わないでください。彼はこんな私を励ましてくれたの」
「どんなに優しい言葉を吐いたところで、僕の大事なアンナを傷つけた事実は変わらない」
「嘘」
大事だなんて、そんなの嘘に決まっている。
エイリーフは姫様を選ぶのだ。それが国のためだから。なぜ選ばれたのか本人ですら分からない伯爵令嬢と天秤にかけるまでもない。分かっているから、そんな見え透いた嘘は言わないで欲しい。惨めでたまらなくなってしまうから。
「嘘なんかじゃない」
「私は舐められるだけの役だもの。それ以外何にもないの。姫様を選ぶに決まってる」
「僕はアンナだけを愛している。舐められるのが嫌だって言われてもこの気持ちは変わらない」
「エイリーフ様は舐めるために私と婚約したんでしょ?」
「まさか! あれはただの牽制だ。初めて会った日からずっとアンナしか見てなかった。もう二度と他の男に奪われたくなくて……」
「でもエイリーフ様は初めて会ったあの夜から」
「あの日が初めてじゃないんだ」
「え……」
エイリーフの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
あの日が初めてのはず。アンナが忘れているだけなのかと記憶を必死に辿った。けれど答えを見つけることは出来ない。
不思議そうなアンナに、エイリーフは優しく微笑んだ。
「以前、冒険小説の話をしただろう? あの本をアンナに教えたのは、エリックは僕なんだ。事情があってあの後すぐに迎えに行くことは出来なかったけれど……君の中に残っていたことが嬉しかった」
「エリックがエイリーフ、さま?」
「ああ、そうだ。十年間ずっと思い続けてきた。だからアンナが他の男を愛していたとしても逃がしてあげることは出来ない」
「ガウロ様とはそんなんじゃないです!」
ガウロはただ捨てられ仲間を気にしてくれていただけだ。アンナも同じ状況を体験したことのある彼だからこそ頼った。恋愛感情なんてない。あるのは互いに幸せになって欲しいという気持ちだけだ。
「ではなぜ二人であの場所にいた? 僕の手紙には返事をくれなかったのに」
「返事をくれなかったのはエイリーフ様の方ではないですか! だから諦めようって」
「それはいつのこと」
「手紙をくれたその日に返しました」
「……姫か」
「え?」
エイリーフは頭を抱えながら「ごめん。僕が悪かった」と零した。
エイリーフはそんなアンナの様子を勘違いしたようだ。眉間に皺を寄せながらふっと鼻で笑った。自分の知っている彼とは違って、ビクッと身体を震わせてしまう。
「あ、あの私……」
「いいや。こっち来て」
強引に腕を引かれ、先ほど取ってもらった本が手からすり抜けてしまう。けれどエイリーフは構わずずんずんと進んでいく。
連れて行かれたのは空き教室だった。バンッと大きな音を立ててドアを閉める彼の目は冷たい。何を考えているのか分からない。そのまま椅子に腰掛けるように指示される。
「靴下脱いで」
「え?」
「早く。時間がないから」
訳も分からぬまま、アンナは右の靴下を脱ぐ。そして左に手を伸ばそうとすると、エイリーフがアンナの裾をめくった。驚きで声すら出ない。
彼はそんなのお構いなしでふくらはぎに舌を這わせる。今まで手や首だったのに。
「やっ……」
「逃げないで。まだ終わってない」
アンナの頭の中はパニック状態。
いきなりやってきて舐め始めたことはもちろん、今日はなぜかわざと水音を立てるように舐めるのだ。
今までは馬車の中や彼の部屋で知らない人が突然入ってくることのない、完全にプライベートな場所だった。けれど今は放課後とはいえ、まだ学園には生徒が残っている。誰かが来て、突然ドアを開けるのではないかとヒヤヒヤする。
静かな部屋に響く水音が卑猥だからなおのこと。ますます恥ずかしくなっていく。アンナは声が漏れないように自分の口を押さえる。
恥ずかしい。けれど彼を拒絶することは出来ない。
終わるまで、彼が満足するまで受け入れるしかない。
たとえ姫様と比べられていたとしても、今ここで拒絶したら彼は婚約を解消してしまうかもしれない。嫌だ。嫌われたくない。離れたくない。そう思うのに、自らの身を差し出すことしか出来ない自分がふがいない。
足りないのは家格だけではない。
悔しさでボロボロと涙があふれた。
「うっ……うぅ」
「ア、アンナ? 嫌だった? ごめんね」
アンナが泣いていると気づいたエイリーフは途端に焦り始める。太ももから手と舌を離し、おろおろと手を動かし始める。
「拒絶されないからって調子に乗っていた。ごめん。もうこんなことしないから」
「違います」
「何が違うの? 僕に教えて?」
優しく両手を包まれる。アンナはすんすんと鼻を鳴らしながら、彼に思いを打ち明けた。
「私には都合の良さしかないから。それが情けなくて」
「昼間の男に何か言われたんだな! あんなやつの言葉なんて気にしなくて良いから」
「ガウロ様を悪く言わないでください。彼はこんな私を励ましてくれたの」
「どんなに優しい言葉を吐いたところで、僕の大事なアンナを傷つけた事実は変わらない」
「嘘」
大事だなんて、そんなの嘘に決まっている。
エイリーフは姫様を選ぶのだ。それが国のためだから。なぜ選ばれたのか本人ですら分からない伯爵令嬢と天秤にかけるまでもない。分かっているから、そんな見え透いた嘘は言わないで欲しい。惨めでたまらなくなってしまうから。
「嘘なんかじゃない」
「私は舐められるだけの役だもの。それ以外何にもないの。姫様を選ぶに決まってる」
「僕はアンナだけを愛している。舐められるのが嫌だって言われてもこの気持ちは変わらない」
「エイリーフ様は舐めるために私と婚約したんでしょ?」
「まさか! あれはただの牽制だ。初めて会った日からずっとアンナしか見てなかった。もう二度と他の男に奪われたくなくて……」
「でもエイリーフ様は初めて会ったあの夜から」
「あの日が初めてじゃないんだ」
「え……」
エイリーフの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
あの日が初めてのはず。アンナが忘れているだけなのかと記憶を必死に辿った。けれど答えを見つけることは出来ない。
不思議そうなアンナに、エイリーフは優しく微笑んだ。
「以前、冒険小説の話をしただろう? あの本をアンナに教えたのは、エリックは僕なんだ。事情があってあの後すぐに迎えに行くことは出来なかったけれど……君の中に残っていたことが嬉しかった」
「エリックがエイリーフ、さま?」
「ああ、そうだ。十年間ずっと思い続けてきた。だからアンナが他の男を愛していたとしても逃がしてあげることは出来ない」
「ガウロ様とはそんなんじゃないです!」
ガウロはただ捨てられ仲間を気にしてくれていただけだ。アンナも同じ状況を体験したことのある彼だからこそ頼った。恋愛感情なんてない。あるのは互いに幸せになって欲しいという気持ちだけだ。
「ではなぜ二人であの場所にいた? 僕の手紙には返事をくれなかったのに」
「返事をくれなかったのはエイリーフ様の方ではないですか! だから諦めようって」
「それはいつのこと」
「手紙をくれたその日に返しました」
「……姫か」
「え?」
エイリーフは頭を抱えながら「ごめん。僕が悪かった」と零した。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
悪役令嬢は激怒した
松本雀
恋愛
悪役令嬢は激怒した。
必ず、かの厚顔無恥な簒奪者を排除せねばならぬと決意した。
ローザリンデ・フォン・シュヴァルツェンベルクには、政治のことはわからぬ。流行のドレスにも疎い。けれど悪には人一倍敏感であった。なにせ、自分が悪役令嬢だったからである。
◇
悪役令嬢ローザリンデは、王太子に断罪され辺境に追放された。
だが薬草園を耕す日々は存外悪くなく、「悪役令嬢時代より充実してるわ」と満足していた——はずだった。
ある日、社交界に新たな悪役令嬢が君臨し、自分が「先代」呼ばわりされていると知り大激怒。悪役令嬢の座を賭けて王都に殴り込む。
完璧な縦ロール、完璧な高笑い、完璧な紅茶のかけ方。何もかもが洗練された現役悪役令嬢クラリッサを相手に、高笑い対決、ドレスの威圧感対決、嫌味対決と、誰も得をしない真剣勝負が幕を開ける。
力押しの元悪役令嬢と技巧派の現役悪役令嬢。戦いの果てに二人が見つけるものとは……?
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。