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10.
「もう少しだけ待って欲しい。来週には姫が国に帰るから」
「でも留学はまだ残っていて……」
「僕がアンナとこれ以上離れたくないって無理言って早めてもらったんだ。この留学は姫の結婚を整えるための時間稼ぎだったから」
エイリーフはこれ以上勘違いされたくないからと、今回のことを話してくれた。
本当は機密事項なのだけど、と添えて。
姫は昔からエイリーフが好きだった。だがエイリーフの叔母がかの国に嫁いでいるので、権力バランスを考えると結婚は難しい。彼女には自国の公爵令息と婚姻を結んでほしいと王様は考えていた。だが我儘を言ってなかなか進まない。そんな時にエイリーフが伯爵令嬢と婚約を結んだと聞いて騒ぎ出した。
なのでそれを利用することにした。
すでに結婚相手は決まっているので、結婚の準備も整えてしまうことに。そして一昨日ようやくその準備が整ったと連絡があった。
「王妃様が倒れたという名目で国の使いが来る。それで留学は終わり。姫様をこの国に留める役を勤め上げた僕は晴れてアンナと結婚が出来る」
「けっ、こん?」
「実はもう伯爵の許可ももらっているんだ。本当はアンナにも伝えたかったんだけど、言ったら僕が姫様に隠せなくなりそうだから」
「私は……」
「今はまだ返事は言わないで。姫様が帰った後で教えて欲しい。答えが良くても悪くても、受けた仕事は全うしないといけないから」
エイリーフは「いい答えだと嬉しいけどね」と優しく微笑みながらアンナの髪を撫でる。そして髪先に一つキスを落としてから立ち上がった。
「さて、僕はそろそろあの人の元に戻るよ」
「……あの、エイリーフ様」
「なあに?」
「えっと、その……頑張ってください」
「ありがとう。アンナの応援があれば僕は何でもできるよ」
爽やかに笑い、部屋を去っていった。……アンナが履いていた靴下を持って。残されていたのは新品の靴下だった。履いていた靴下と同じ色だが、刺繍が違う。
変態趣味があるのもあながち嘘ではないのではないか。
新しい靴下を履きながら変な人を好きになったものだとため息を吐く。けれど少し前よりも気持ちが軽い。
時間をくれた彼はきっとどちらの答えも受け入れてくれるのだろう。けれどアンナの答えはもう決まっている。
「私も好きって言おう」
好きでなければここまで悩むこともなかったのだ。図書館に戻り、落とした本を拾ってから貸し出し処理を行なってもらう。
エリックがエイリーフだと知り、ますますこの本が読みたくなった。また二人で話せる時間が出来たらこの本の話をしよう。
本を抱えて御者が待つ場所へと向かう。遅くなってしまったので心配していたようだが、アンナの顔を見て柔らかく笑ってくれた。訳は聞かず、ただ「良いことがあったようで、私も嬉しいです」と言ってくれた。
週が変わってすぐ、姫様は国に帰っていった。
国を越えたと報告が来るや否や、エイリーフはアンナを抱きしめた。
「アンナ、この前の返事を聞いてもいいかい?」
「はい。喜んで。私もエイリーフ様が好きです」
「ありがとう。ありがとう、アンナ」
突然の告白に、事情を知らない周りは目を丸くしていた。ただエイリーフとアンナの友人、それからガウロだけは良かったと胸を撫で下ろしていた。
エイリーフはガウロをちらっと見て彼にも小さく「君にも心配かけたな」と呟いた。
後で聞いた話だが、二人でクッキーを食べた時すでにガウロは王家サイドの事情を知っていたようだ。
「王家の婚姻ともなればいくら隠していても大きな動きがある。商人はそれをめざとく見つけるのが仕事なんだ」
エイリーフはアンナを捨ててなんていないと知っていても、悲しむ仲間を見捨てられなかったのだと。エイリーフに招待された王城の客間で、ガウロは困ったように笑いながら教えてくれた。
だがそれだけではない。彼はこの情報を得るために奔走してくれていたのだ。
エイリーフは少し焼いていたが、変な男に目をつけられなくて良かったとも付け足した。アンナ同様、エイリーフもガウロのことを信頼してくれたようだ。
誤解が解けたアンナは陛下達にも挨拶を済ませ、姫様の国の王家からも不安にさせて済まなかったとの手紙を受け取った。
さすがの姫様も帰ってすぐに結婚式を挙げられては拒むことも出来なかったらしく、今は公爵家の妻として生活しているようだ。
平穏な生活に戻り、今は結婚の相談ごとをするため、朝も夜もエイリーフと共にいる。
すでに結婚式についての話し合いは完了しており、ウェディングドレスの注文も済ませている。エイリーフたっての希望で半年後には盛大な式を挙げる予定だ。
「アンナ、どんな家に住みたい?」
なんでも今回の功績を認め、家を建ててくれることになったらしい。姫様の結婚相手が港を有する領を治めており、今回のことで相手国との貿易で有利な契約を結べたとか。それでかなりの収入が見込めるとのこと。
設計士に書いてもらった図を眺めながら、エイリーフはアンナの首を舐める。
舐めるのが目的の婚約ではなかったとはいえ、彼は今でも毎日アンナを舐める。もう癖みたいなものなのだろう。
まだ恥ずかしさはある。
それでもこれもエイリーフからの愛情表現の一つだと思うと、アンナも強く言うことは出来ず、今日も今日とて彼を受け入れるのだった。
「でも留学はまだ残っていて……」
「僕がアンナとこれ以上離れたくないって無理言って早めてもらったんだ。この留学は姫の結婚を整えるための時間稼ぎだったから」
エイリーフはこれ以上勘違いされたくないからと、今回のことを話してくれた。
本当は機密事項なのだけど、と添えて。
姫は昔からエイリーフが好きだった。だがエイリーフの叔母がかの国に嫁いでいるので、権力バランスを考えると結婚は難しい。彼女には自国の公爵令息と婚姻を結んでほしいと王様は考えていた。だが我儘を言ってなかなか進まない。そんな時にエイリーフが伯爵令嬢と婚約を結んだと聞いて騒ぎ出した。
なのでそれを利用することにした。
すでに結婚相手は決まっているので、結婚の準備も整えてしまうことに。そして一昨日ようやくその準備が整ったと連絡があった。
「王妃様が倒れたという名目で国の使いが来る。それで留学は終わり。姫様をこの国に留める役を勤め上げた僕は晴れてアンナと結婚が出来る」
「けっ、こん?」
「実はもう伯爵の許可ももらっているんだ。本当はアンナにも伝えたかったんだけど、言ったら僕が姫様に隠せなくなりそうだから」
「私は……」
「今はまだ返事は言わないで。姫様が帰った後で教えて欲しい。答えが良くても悪くても、受けた仕事は全うしないといけないから」
エイリーフは「いい答えだと嬉しいけどね」と優しく微笑みながらアンナの髪を撫でる。そして髪先に一つキスを落としてから立ち上がった。
「さて、僕はそろそろあの人の元に戻るよ」
「……あの、エイリーフ様」
「なあに?」
「えっと、その……頑張ってください」
「ありがとう。アンナの応援があれば僕は何でもできるよ」
爽やかに笑い、部屋を去っていった。……アンナが履いていた靴下を持って。残されていたのは新品の靴下だった。履いていた靴下と同じ色だが、刺繍が違う。
変態趣味があるのもあながち嘘ではないのではないか。
新しい靴下を履きながら変な人を好きになったものだとため息を吐く。けれど少し前よりも気持ちが軽い。
時間をくれた彼はきっとどちらの答えも受け入れてくれるのだろう。けれどアンナの答えはもう決まっている。
「私も好きって言おう」
好きでなければここまで悩むこともなかったのだ。図書館に戻り、落とした本を拾ってから貸し出し処理を行なってもらう。
エリックがエイリーフだと知り、ますますこの本が読みたくなった。また二人で話せる時間が出来たらこの本の話をしよう。
本を抱えて御者が待つ場所へと向かう。遅くなってしまったので心配していたようだが、アンナの顔を見て柔らかく笑ってくれた。訳は聞かず、ただ「良いことがあったようで、私も嬉しいです」と言ってくれた。
週が変わってすぐ、姫様は国に帰っていった。
国を越えたと報告が来るや否や、エイリーフはアンナを抱きしめた。
「アンナ、この前の返事を聞いてもいいかい?」
「はい。喜んで。私もエイリーフ様が好きです」
「ありがとう。ありがとう、アンナ」
突然の告白に、事情を知らない周りは目を丸くしていた。ただエイリーフとアンナの友人、それからガウロだけは良かったと胸を撫で下ろしていた。
エイリーフはガウロをちらっと見て彼にも小さく「君にも心配かけたな」と呟いた。
後で聞いた話だが、二人でクッキーを食べた時すでにガウロは王家サイドの事情を知っていたようだ。
「王家の婚姻ともなればいくら隠していても大きな動きがある。商人はそれをめざとく見つけるのが仕事なんだ」
エイリーフはアンナを捨ててなんていないと知っていても、悲しむ仲間を見捨てられなかったのだと。エイリーフに招待された王城の客間で、ガウロは困ったように笑いながら教えてくれた。
だがそれだけではない。彼はこの情報を得るために奔走してくれていたのだ。
エイリーフは少し焼いていたが、変な男に目をつけられなくて良かったとも付け足した。アンナ同様、エイリーフもガウロのことを信頼してくれたようだ。
誤解が解けたアンナは陛下達にも挨拶を済ませ、姫様の国の王家からも不安にさせて済まなかったとの手紙を受け取った。
さすがの姫様も帰ってすぐに結婚式を挙げられては拒むことも出来なかったらしく、今は公爵家の妻として生活しているようだ。
平穏な生活に戻り、今は結婚の相談ごとをするため、朝も夜もエイリーフと共にいる。
すでに結婚式についての話し合いは完了しており、ウェディングドレスの注文も済ませている。エイリーフたっての希望で半年後には盛大な式を挙げる予定だ。
「アンナ、どんな家に住みたい?」
なんでも今回の功績を認め、家を建ててくれることになったらしい。姫様の結婚相手が港を有する領を治めており、今回のことで相手国との貿易で有利な契約を結べたとか。それでかなりの収入が見込めるとのこと。
設計士に書いてもらった図を眺めながら、エイリーフはアンナの首を舐める。
舐めるのが目的の婚約ではなかったとはいえ、彼は今でも毎日アンナを舐める。もう癖みたいなものなのだろう。
まだ恥ずかしさはある。
それでもこれもエイリーフからの愛情表現の一つだと思うと、アンナも強く言うことは出来ず、今日も今日とて彼を受け入れるのだった。
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