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一章
4.違いに気付かぬ婚約者
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それから一刻とせずにやってきたリガロは、イーディスを一瞥すると何を告げる訳でもなく庭へと向かって剣を振った。メイドが何やら励ましの言葉をかけてくれたが正直どうでも良かった。イーディスもまた庭の定位置に腰をかけると部屋から持ってきた本を開く。マリアオススメの恋愛小説である。彼女のオススメはどれも甘々の溺愛ものが多い。今日も王子様とお姫様の溺愛ものかと思って読み進めていくと、今日は少し違う。どうやら王子様とお姫様、そして騎士の三角関係ものだ。『きっと気に入ると思って!』とオススメしてくれた彼女には申し訳ないが、記憶を取り戻したイーディスにとってこの手の話は地雷である。
婚約者の王子様をキープしながらも騎士との禁断の恋を楽しみ、最後には『彼を愛しているの!』と言って騎士と恋の逃避行するヒロインの姿は性別こそ違えどリガロと重なるところがある。ただでさえイーディスはひたすら剣を振っている嫌いな男の近くに居続けなければいけないという苦行をこなしているのだ。更なる苦行に表情は徐々に歪んでいく。とても年頃の乙女とは思えないその顔にメイドは「お、お嬢様」とおろおろとしだす。リガロはこちらに視線すら向けない。それを良いことにイーディスは席を立つ。
「他の本を持ってくるわ」
「本なら私が」
「何冊か好きな本選びたいから」
「ですが……」
「すぐに戻るから気にしないで」
そう告げて本を胸に抱えて部屋を目指す。こちらの本はリガロが視界に入らない場所でゆっくりと読ませてもらおう。良いところを探すには時間がかかりそうだが、マリアが折角オススメしてくれたのだ。感想を書かないという選択肢はない。
部屋に戻ったイーディスはお気に入りの本が詰まった棚の前で腕を組む。本の内容を思い出しながら、彼女は数冊の本を取り出した。どれも今のイーディスの価値観とは合わない物語である。傑作だと褒め称えていたそれらは机の上に置き、本棚から除外することにした。そして残った本から何冊か今日読むものを選んでいく。禁断の恋などではなく、安心安全の婚約者溺愛ものである。これらもイーディスの好きなジャンルである。無意識的ではあるものの彼に見て欲しい・愛されたいという感情がこちらに向いていたようだ。それらを抱えながら庭へと戻る。そしてイーディスは脳筋男を視界に入らないように座る場所を変えると、読書を再開させた。
何度読んでもやはり面白い本に頬を緩ませていれば、時間なんてあっという間に経ってしまう。馬車に乗り込むリガロを満面の笑みで見送れば、後ろに控えていたメイドが暗い声を出す。
「今日は残念でしたね……」
「何が?」
「でもきっと次こそはリガロ様もお嬢様の変化に気付いてくださるはずです! ですのでお気を落とさないでください」
「気付いてくださるまで続けてみるのもいいかもしれないわね」
悲しむふりをしながら、ちゃっかりと趣味の時間を確保する。これから彼のために可愛らしいドレスを着る手間も、髪型と髪留めの組み合わせを考える時間も全てなくなると考えると少しだけ気分が晴れやかになった。適度な距離を置く作戦の第一歩である。悲しんでくれるメイドには申し訳ないが、イーディスの頭の中は次はどの本を読むかである。
それからイーディスの予定には、庭での読書日というものが加わった。
ドレスは地味なものを選び、手元には本がある。恋愛小説だけではなく、フランシカ家の書庫にあった本も混ざっている。なんでも三代ほど前のフランシカ家当主が大の読書家だったらしく、男爵家にしては多くの本を所有しているのだ。置かれている本はどれも古いものばかりだが様々なジャンルが取りそろえられているのはありがたかった。父にねだって本を買い与えてもらいつつも、家にある本も少しずつ読み進めていく。リガロがやってきた次の日には決まってマリアへ手紙を出す。今までの手紙とは違い、リガロのことには一切触れない。彼女も初めはそのことを気にしていたようだが、本の感想から何か心境に変化があると察してくれたらしい。互いの婚約者が便せんの上に登場することはなくなり、代わりに近況と本の感想が増えていく。話すものは一つ減ったが、便せんの量と手紙の頻度は増えていく。幸せだった。
婚約者の王子様をキープしながらも騎士との禁断の恋を楽しみ、最後には『彼を愛しているの!』と言って騎士と恋の逃避行するヒロインの姿は性別こそ違えどリガロと重なるところがある。ただでさえイーディスはひたすら剣を振っている嫌いな男の近くに居続けなければいけないという苦行をこなしているのだ。更なる苦行に表情は徐々に歪んでいく。とても年頃の乙女とは思えないその顔にメイドは「お、お嬢様」とおろおろとしだす。リガロはこちらに視線すら向けない。それを良いことにイーディスは席を立つ。
「他の本を持ってくるわ」
「本なら私が」
「何冊か好きな本選びたいから」
「ですが……」
「すぐに戻るから気にしないで」
そう告げて本を胸に抱えて部屋を目指す。こちらの本はリガロが視界に入らない場所でゆっくりと読ませてもらおう。良いところを探すには時間がかかりそうだが、マリアが折角オススメしてくれたのだ。感想を書かないという選択肢はない。
部屋に戻ったイーディスはお気に入りの本が詰まった棚の前で腕を組む。本の内容を思い出しながら、彼女は数冊の本を取り出した。どれも今のイーディスの価値観とは合わない物語である。傑作だと褒め称えていたそれらは机の上に置き、本棚から除外することにした。そして残った本から何冊か今日読むものを選んでいく。禁断の恋などではなく、安心安全の婚約者溺愛ものである。これらもイーディスの好きなジャンルである。無意識的ではあるものの彼に見て欲しい・愛されたいという感情がこちらに向いていたようだ。それらを抱えながら庭へと戻る。そしてイーディスは脳筋男を視界に入らないように座る場所を変えると、読書を再開させた。
何度読んでもやはり面白い本に頬を緩ませていれば、時間なんてあっという間に経ってしまう。馬車に乗り込むリガロを満面の笑みで見送れば、後ろに控えていたメイドが暗い声を出す。
「今日は残念でしたね……」
「何が?」
「でもきっと次こそはリガロ様もお嬢様の変化に気付いてくださるはずです! ですのでお気を落とさないでください」
「気付いてくださるまで続けてみるのもいいかもしれないわね」
悲しむふりをしながら、ちゃっかりと趣味の時間を確保する。これから彼のために可愛らしいドレスを着る手間も、髪型と髪留めの組み合わせを考える時間も全てなくなると考えると少しだけ気分が晴れやかになった。適度な距離を置く作戦の第一歩である。悲しんでくれるメイドには申し訳ないが、イーディスの頭の中は次はどの本を読むかである。
それからイーディスの予定には、庭での読書日というものが加わった。
ドレスは地味なものを選び、手元には本がある。恋愛小説だけではなく、フランシカ家の書庫にあった本も混ざっている。なんでも三代ほど前のフランシカ家当主が大の読書家だったらしく、男爵家にしては多くの本を所有しているのだ。置かれている本はどれも古いものばかりだが様々なジャンルが取りそろえられているのはありがたかった。父にねだって本を買い与えてもらいつつも、家にある本も少しずつ読み進めていく。リガロがやってきた次の日には決まってマリアへ手紙を出す。今までの手紙とは違い、リガロのことには一切触れない。彼女も初めはそのことを気にしていたようだが、本の感想から何か心境に変化があると察してくれたらしい。互いの婚約者が便せんの上に登場することはなくなり、代わりに近況と本の感想が増えていく。話すものは一つ減ったが、便せんの量と手紙の頻度は増えていく。幸せだった。
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