モブ令嬢は脳筋が嫌い

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三章

25.新しいお友達

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「国のために尽くす姿勢に惹かれ、公私ともに支えたいと思っております。けれど支える方法は何も妃になるだけとは限りませんものね。彼が新たな道へ進むための背中を押すのもまた一つの愛かもしれません。私、王子のために身を引くことにしますわ。一人の淑女として、ヘカトール家の令嬢として恥じぬ姿で祝福してみせます。また心が折れて闇に沈みそうになったら……いえ、これからも私と友人としてお話してくださいますか?」

 やはり彼女は強い人だ。ぐらぐらと揺れ続けたイーディスとは精神レベルからして格が違う。心を決めたローザにイーディスは強く惹かれた。

 気高く強い彼女に悪役は似合わない。彼女を深い闇底に引きづり込む手があるのならば何度でも阻止しよう。婚約者に捨てられるだけがモブの役目ではないのだから。

「もちろんです!」

 グッと拳を固めれば、彼女はようやく心の底から笑ってくれた。そして恥ずかしそうに赤らめた頬を抑えながらぽつりと溢す。

「実は私、ずっとイーディス様がマリア様達と本のお話をしている姿を羨ましいと思っていましたの」

「ローザ様も本がお好きなんですか?」

「イーディス様は『オデットの騎士』というロマンス小説をご存じですか?」

「もちろんです。ロマンス小説界の傑作とも名高い騎士シリーズの二作品目ですよね」

 イーディスもマリアも一時期、騎士ヒーローものにどハマりしており、その時に二人揃って既刊は全て読破している。騎士シリーズと呼ばれるだけあってヒーローは全員騎士なのだが、性格や身分・立場、ヒロインや世界観が作品ごとに異なり、同じシリーズでも全く違う恋愛を見せてくれる。ロマンス小説好きなら必ず一回は通る道である。



 ちなみにイーディスのお気に入りはスピンオフとして三冊連続刊行出された女騎士シリーズである。こちらは恋愛小説は一冊だけで残りの二冊はヒューマンドラマなのだが、三冊目の姫を守る女騎士にイーディスは目を腫れさせたものだ。

 騎士シリーズには作品ごとにキーアイテムが存在し、イーディスのお気に入り作品では白い羽根が、マリアのお気に入り作品には桃色の貝殻が、そしてローザが挙げた作品には緑のリボンが登場する。それに合わせてマリアへの手紙にはそれらをよく同封していたものだ。

「ええ! 一作目の『リーディスの騎士』のような正統派も好きなのですが、私はこちらの少し不器用なヒーローに心奪われまして、そこから徐々にハマっていって……今では毎月王都の本屋からロマンス小説の新刊リストを送ってもらっていますわ」

「『ベカテの蝋印』はお好きですか?」

「ええ。魔法道具の出てくる物語は一時期読みあさっておりまして『レディアの魔法道具店』とかも好きです」

 ここまで本の趣味が合うなんて! 同志との出逢いにイーディスの心は踊る。今すぐにでもこの場所にマリアを呼んで三人でお茶会を開きたい気分だ。先ほどまでの暗い空気を吹き飛ばし、彼女の手を取った。

「ローザ様さえよろしければ、一限目が始まる前の時間に図書館で読書会のようなものをしているので今度是非遊びにいらしてください」

「まぁ素敵! マリア様とキース様とお話してみたいと思っておりましたの」

「バッカス様もいらっしゃいますよ!」

「バッカス様ってバッカス=レクス様?」

「ええ、そのバッカス様です。彼とは授業はほとんど被っていないのですが、入学式の翌日に図書館で出逢いまして、毎日朝の読書時間は一緒に過ごしているんです」

「毎日? こんな言い方すると失礼ですけれど、あまり読書家には見えなかったので少し意外ですわ」

「彼の知識量とジャンルの広さは凄いんですよ! この前は絵本を教えてもらったのですが、感動的なストーリーで、ついシリーズを一気読みしてしまいました」

 ローザも加われば五人での読書会となる。今まで以上に濃密な半刻が待っていると思うと自然と頬が緩む。

「よろしければタイトルを教えて頂いてもよろしいですか?」

「全十四作品あって、第一作目が『ラスカと花』というタイトルです。西棟の図書館に置かれているので出来れば一冊目で止まらずに少し先まで読んで頂けると嬉しいです」

「絵本は幼少期に親戚が沢山贈ってくださったので知っている方だと思っていたのですが、初めて聞くタイトルですわ」

「私もバッカス様に教えて頂いて初めて知ったのですが、西方の国の童謡らしいですわ」

「ますます本にも読書会にも興味が沸いてきましたわ。でも急に私がお邪魔してしまってもよろしいのかしら。キース様に警戒されないかしら?」

 マリアを溺愛している彼だが、バッカスともすぐ馴染んだのだ。きっとすぐにローザのことも読書仲間として受け入れてくれることだろう。だから大丈夫だと伝えたのだが、ローザの表情が晴れることはない。彼女からはよほどキースが過保護に見えているに違いない。



「でしたら私が週明けに話を通しておきます」

「お願いしてもいいかしら? キース様がマリア様とイーディス様のことを大切に思っていらっしゃる様子は遠くからお見かけするだけでも分かるから、断られたらその時は遠慮なく教えてちょうだいね。その時は諦めるから。返事は……そうね、渡り廊下近くのあの茂みの中に手紙を置いておいてくれると嬉しいわ」

「わかりました。でも手紙だけでは飛んでいってしまうかもしれませんし、オススメの本に挟んで置いておきますね」

「イーディス様のオススメの本ですって!? どんな本かしら!」

「それは週明けのお楽しみということで」

「お手紙と本のどちらも楽しみだわ」

 イーディスは早速どの本がいいかと自室の本棚を思い出す。先ほどの話から推察するに、彼女の好みは正統派王子による溺愛ものよりも少し王道から逸れたストーリー、それでいて確かな愛情を秘めたヒーローが好みなのだろう。また恋愛メインではなく冒険・ファンタジー要素強めなものも読む。ならこの話はどうかと次々に案が浮かんでいく。楽しみなのはイーディスも同じだ。わくわくを膨らませたまま馬車に乗り、ヘカトール屋敷を後にするのだった。

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