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三章
28.夜会に向けて
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それからローザはイーディスと文通をしながら週に一、二回のペースで図書館へとやってきた。
「このシーン、主人公の歩行速度が遅いとは思いませんか?」
「どこかに寄ったのかもしれない」
「遠回りをしたのではないでしょうか? 確かこの曜日は嫌みな薬師が馬車乗り場に現れるはずです」
「馬車乗り場を避けた場合、どのくらいの大回りになるか……」
「地図を書きましょう。ちょっと待っていてください」
マリアはそう告げるとするすると紙の上に架空の町を描き始める。本を確認することもなく、坂や店、街灯が立つ場所まで。屋根の色や店名まで細かく情報を記載していき、まるでその光景を見たことがあるかのようだ。
「マリア様はこれを全部覚えて?」
「はい! 暗記しました。でも距離や速度を算出していたキース様ほどではありませんわ」
「マリアの記憶あってこそだがな」
「す、凄い……」
「得意なんです。自分の目で見た光景よりも文字を通して思い描いた光景の方が多いですから」
ピースを一つ、また一つと組み立てて行き、そして少しずつ表紙の謎を解いていく。五人の知恵を合わせていけば本の謎はみるみるうちに解けていった。
けれど現実の、イーディスとローザが直面する問題はまるで解決する気配がない。それどころか嫌な方向へと進展していた。
三人には話していないが、イーディスとローザは文通を頻繁に交わしている。三人に見せる用とそうでないものは封筒の色を分けた。ローザが新しく購入したカルバスに手紙を挟みリボンで括ってから茂みに置く。けれど内容は決して楽しいものではない。図書館では絶対に話さないようなマイナスな情報共有。それでもイーディスとローザには必要なことだった。
『メリーズ様に対する嫌がらせは一旦ストップしました。けれど彼女が男子生徒と一緒に居る時間は長くなっており、悪い噂が流れています(ローザ)』
『教室でも女子生徒が話している姿を目撃しました。最近は男子生徒も混ざり始めたように思います。ですが私の見える範囲ではまだ彼女へ悪意を向ける人物は少ないです(イーディス)』
『それは良かった。彼女達の言葉の中に頻繁に『夜会』という言葉が混ざり始めました。おそらく今度の王家の夜会を指しているのでしょう。この先、イーディス様にも悪い話を聞かせようとする生徒が出てくるかもしれません。お気を付けください(ローザ)』
今もなお、悪意に囲まれ続けているローザにとっては外側の情報は重要だった。イーディスは外側も外側。キースがマリアを守るために築き上げた鉄壁の中にいる。噂話が直接入ってくることはない。またキースは今までにも増してメリーズを遠ざけるようになった。遠目に見ただけでも道を迂回するほどだ。ローザにもそのことを伝えれば「できる限り、二人の側を離れないでください」との手紙が返ってきた。彼女の方がずっと大変なはずなのに、いつだってローザはイーディスの身を心配するのだ。
また夜会が近づくに連れ、学園以外でも変化が起きた。
「お嬢様、こちらリガロ様からです」
「また?」
休日にすらイーディスの元にやって来ることがなくなったリガロだが、代わりに定期的に贈り物をするようになったのだ。それも今までのようなドレスや花束ではなく、ペンや便せん、ノートと実用的なものばかり。それも普段使いしやすいデザインはイーディスの好みでもある。メッセージカードが添えられていることもあるが、本当に簡単なものだ。イーディスも義理として便せんとペンを使って手紙を書いてはみたものの、定型文の組み合わせであったからか特別返信のようなものはない。婚約解消手続きが済むまで変な動きをするなという牽制だろうか。正直、気味が悪い。リガロに手紙を送るために使った物以外は手を付ける気にならず、中身だけ確認して空き箱の中に入れる。ローザを取り巻く悪意もイーディスの今後も夜会が終われば何かが代わるのだろうか。ため息を吐きながらリボンを解けば今日の贈り物はシルバーの万年筆だった。
「本当に脳筋って意味わかんない」
ペンはこれで四本目ーー短期間でどれだけペンを送れば気が済むのだろう。だがそれこそ彼自身が選んでいるとの確証を抱かせる。昔みたいに使用人に選ばせていたらこんな失敗はしないだろう。
「このシーン、主人公の歩行速度が遅いとは思いませんか?」
「どこかに寄ったのかもしれない」
「遠回りをしたのではないでしょうか? 確かこの曜日は嫌みな薬師が馬車乗り場に現れるはずです」
「馬車乗り場を避けた場合、どのくらいの大回りになるか……」
「地図を書きましょう。ちょっと待っていてください」
マリアはそう告げるとするすると紙の上に架空の町を描き始める。本を確認することもなく、坂や店、街灯が立つ場所まで。屋根の色や店名まで細かく情報を記載していき、まるでその光景を見たことがあるかのようだ。
「マリア様はこれを全部覚えて?」
「はい! 暗記しました。でも距離や速度を算出していたキース様ほどではありませんわ」
「マリアの記憶あってこそだがな」
「す、凄い……」
「得意なんです。自分の目で見た光景よりも文字を通して思い描いた光景の方が多いですから」
ピースを一つ、また一つと組み立てて行き、そして少しずつ表紙の謎を解いていく。五人の知恵を合わせていけば本の謎はみるみるうちに解けていった。
けれど現実の、イーディスとローザが直面する問題はまるで解決する気配がない。それどころか嫌な方向へと進展していた。
三人には話していないが、イーディスとローザは文通を頻繁に交わしている。三人に見せる用とそうでないものは封筒の色を分けた。ローザが新しく購入したカルバスに手紙を挟みリボンで括ってから茂みに置く。けれど内容は決して楽しいものではない。図書館では絶対に話さないようなマイナスな情報共有。それでもイーディスとローザには必要なことだった。
『メリーズ様に対する嫌がらせは一旦ストップしました。けれど彼女が男子生徒と一緒に居る時間は長くなっており、悪い噂が流れています(ローザ)』
『教室でも女子生徒が話している姿を目撃しました。最近は男子生徒も混ざり始めたように思います。ですが私の見える範囲ではまだ彼女へ悪意を向ける人物は少ないです(イーディス)』
『それは良かった。彼女達の言葉の中に頻繁に『夜会』という言葉が混ざり始めました。おそらく今度の王家の夜会を指しているのでしょう。この先、イーディス様にも悪い話を聞かせようとする生徒が出てくるかもしれません。お気を付けください(ローザ)』
今もなお、悪意に囲まれ続けているローザにとっては外側の情報は重要だった。イーディスは外側も外側。キースがマリアを守るために築き上げた鉄壁の中にいる。噂話が直接入ってくることはない。またキースは今までにも増してメリーズを遠ざけるようになった。遠目に見ただけでも道を迂回するほどだ。ローザにもそのことを伝えれば「できる限り、二人の側を離れないでください」との手紙が返ってきた。彼女の方がずっと大変なはずなのに、いつだってローザはイーディスの身を心配するのだ。
また夜会が近づくに連れ、学園以外でも変化が起きた。
「お嬢様、こちらリガロ様からです」
「また?」
休日にすらイーディスの元にやって来ることがなくなったリガロだが、代わりに定期的に贈り物をするようになったのだ。それも今までのようなドレスや花束ではなく、ペンや便せん、ノートと実用的なものばかり。それも普段使いしやすいデザインはイーディスの好みでもある。メッセージカードが添えられていることもあるが、本当に簡単なものだ。イーディスも義理として便せんとペンを使って手紙を書いてはみたものの、定型文の組み合わせであったからか特別返信のようなものはない。婚約解消手続きが済むまで変な動きをするなという牽制だろうか。正直、気味が悪い。リガロに手紙を送るために使った物以外は手を付ける気にならず、中身だけ確認して空き箱の中に入れる。ローザを取り巻く悪意もイーディスの今後も夜会が終われば何かが代わるのだろうか。ため息を吐きながらリボンを解けば今日の贈り物はシルバーの万年筆だった。
「本当に脳筋って意味わかんない」
ペンはこれで四本目ーー短期間でどれだけペンを送れば気が済むのだろう。だがそれこそ彼自身が選んでいるとの確証を抱かせる。昔みたいに使用人に選ばせていたらこんな失敗はしないだろう。
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