メリッサの運命の恋

斯波/斯波良久

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「最高級のものを期待しているわ」
「私は君のそういうところ、結構好きだよ」
「急になによ。気持ち悪い。そんなこと言われても追加の頼み事は受けないから」
「今はアルサムの様子を見に行ってくれるだけでいい」
「今は、って頼むつもり満々じゃない……」
「文句を言いつつ、引き受けてくれるだろう?」

 ニッと爽やかな笑みを浮かべる。だが爽やかなだけでは第一王子なんて務まらない。策士なのだ。どんな言葉を使えばより効率的に人を動かせるかを熟知している。策にハマるのは癪だが、この男が利用するだけで終わらないこともよく知っている。

「お姉様のことだけよ。……お姉様はズルいわ。私が一人で歩けなかった頃からずっと恩を売りつけているんですもの」
「シンディは返されるなんて思ってもいなかっただろうがね」
「何かをもらったら返す。常識でしょ?」
「そうだな」

 ズルい人なのだ。お姉様も目の前の男も。私が貴族のなんたるかを考えるよりもずっと前から、何度も手を差し伸べてくれる。その度に思い描く未来はより大きなものへと変わっていった。

 運命の恋なんて。私をバカにする声はもう何年も前から耳に届いている。けれどすぐ近くに理想がいるのだ。身体と心が成長しても、広大な夢はむしろ広がっていく一方だ。現実を見ろなんて言葉、私には通じない。これが私にとっての現実だから。追いつかないなら努力を続けるまでだ。

「ところで、アルサムはどうだった?」
「あの様子なら卒業後、城で働くと思うけど」
「そうではなくて。君は彼をどう思った? 対象外だったのは彼が愛情を忘れて引きこもっていたからだろう?」
「ああ、そういうこと。……余計なおせっかいよ」
「つれないことを言うな。私の運命は父と義父が連れてきてくれたのだから。ああ、もちろん君の後押しも忘れない」
「後押しなんてしたつもりはないけれど?」

 運命の恋というものは、一目惚れとは少し違う。人柄を知っていくうちに徐々に惹かれ……ということも多い、らしい。らしいというのは、私がまだ運命に出会っていないから。あくまでいろんな人に聞いた知識しかない。

 運命の恋をした人の多くは私に好意的で、話を聞かせてほしいと頼むと喜んで聞かせてくれる。アルサムが運命の相手かどうか、私にはまだ分からない。一生分からないかもしれない。それでも目の前の男に世話を焼かれるようなものでもない。

「だがそうか……。アルサムは君好みで、相性も悪くないと思ったんだがな」
「さっきも言ったけど、彼が私の話を聞くようになったのは勘違いを正せたから。私にとって彼は恋愛対象外だったからこそ、今があるの。アルサム先輩は女性に辟易としている様子だったわ」
「アカデミーへの転学が決まった頃から、学園内外問わず多くの女性が押し寄せていたという話だったからな。確か婚約者も決まりかけていたが、アカデミーに引きこもり始めたせいで話が流れたはずだ。もっとも本人はそのことを聞かされていなかっただろうがな」
「私、相手の成果にまとわりつく虫みたいに思われていたのね。学園を卒業したら運命の相手探しに本腰を入れるつもりだったけど、アカデミーへの入学も検討しようかしら」

 運命の相手を探しているが、決して依存先を見つけようとしているのではない。一人の人間として、尊敬しあえる人がいい。完璧でなくとも構わない。苦手なところは私が支えればいいと思っているし、逆に頼ることもあるだろう。それでも共にありたいと思える相手こそが運命なのではないか。私はそう考えている。

「義兄としては留学もいいと思う」
「あら、私をお姉様から引き離すつもり?」
「まさか。そんなことをすれば最愛の妻と息子、公爵一家に恨まれる」
「ならいいけど。留学するなら在学中じゃないかしら」
「君は既存の型にハマるような女性ではないだろ?」
「ピタリとハマっているつもりだけど?」
「私の知っている普通の淑女は王子相手にケーキをねだらない」
「私の知っている普通の義兄は妹に厄介事を押しつけたりしないわ」

 わざとらしく呆れた目を向ければ、彼はフッと笑った。楽しそうに朗らかに。お姉様に向けるような笑み。彼が私を心配している気持ちも、期待している気持ちも本物で。お節介を焼こうとしているのもまた義兄心というものであることは理解している。少し回りくどいだけだ。

 彼のそういうところ、私は案外嫌いではない。
 正直に伝えたらきっと調子に乗るから、永遠に伝える気はないが。

「一応引き続き、アルサム先輩の様子は見ておくわ。手紙は週明けでいいかしら」
「ああ、頼んだ」

 といっても書類の不備があった際の伝書鳩役がメイン。とりあえず近日中に一度顔を見に行くつもりだが、残りは片手の指で数えられるほどだろう。

 他に問題がありそうなアカデミー生もいないので、この一件さえ終わればしばらくはアカデミー棟に足を運ぶこともなくなる。そう思うと少しだけ寂しい。

 お気に入りのドレスが着られなくなった時と似た寂しさだ。悲しくて寂しくて。泣いていたら、お姉様がお人形の服にリメイクしてくれた。魔法みたいな手際に憧れて、今では私だって服のリメイクができるまでになった。

 多分、この寂しさを埋める術も持っているはずなのだ。
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