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38.恋愛って難しい

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「今日、発煙筒の数多くないですか?」
 父さんが宿舎手前で取り出した紙を横から覗くと、使用アイテム申請欄の項目にいつもの倍の数字が書かれていた。

 いつもは父さんが一本、私が二本で合計三本。騎士同士が組んでいる他のペアとは違い、すぐに応援が呼べるようにと一本多めに持たせてもらっている。

「最近ゲート遭遇率も上がってるから、多めに持っていくように指示があってな」
「それにしても三本は多すぎませんか?」
「私達が一番ゲート遭遇率が高いからな。部下達から増員を拒むならせめて発煙筒を多めに持ってとけと言われてしまってな。まあどうせ余った分は返すのだから良いだろうと多めに書いておいた。問題があるなら申請時に止められるだろう」
「なるほど」

 確かにここ三週間ほどは毎回ゲート発生に遭遇している。初めは一個だったのに、今や二個、三個と破壊することも少なくはない。そこにさらにゲート以外の魔物の数も増えてきている。それはクアラの時も同じこと。

 魔の周期が本格化したらどうなるのだろう?  なんて考えつつも、ゲートを破壊していく。

 父さんも私もクアラも慣れたもので、最近は以前にも増して効率よくゲートの破壊を行なっている。出てくる魔物の種類にもよるが、まずはゲートを破壊して、そこから魔物を一掃して~ということも増えてきた。先にゲートを破壊してしまえば魔物の数は増えないので片付けるのが一気に楽になるのだ。

 ただこの方法はあくまで父さんと二人だからこそ出来ること。追加の人員なんて送られれば確実に効率が落ちる。
 ゲート破壊について伝えればいいだけかもしれないが、それが他の騎士達に伝わらないとも限らない。連携を崩す様な真似はしたくないと私達は口を噤んでいる。

 といっても私たちの他に、兄さんとライドも知っているが、二人は特別だ。なにせ二人揃って私達の戦い方が変わったことに気づいてしまったのだから。ライドはともかく、兄さんなんて数日しかいなかった上に手合わせすらしていないのに……。

 観察力の高さが羨ましい。
 屋敷を発つ際にはよほどのことがない限り、父さんが上に伝えるまで黙っていると約束してくれた。

 兄さんの場合、魔物云々よりも他のことで怪我しそうなので心配だ。大丈夫大丈夫と言っていたが、本当に大丈夫な人は風呂で溺れかけたりしない。

 馬から落ちてないだろうか。
 ちゃんと寝てるかな。
 窓の外を眺めながら、少し抜けてる兄に想いを馳せる。

「クアラ殿?」
 声のする方へと視線を向ければ、アイゼン様の姿があった。

「アイゼン様!?  お帰りになられていたのですね!」
「今しがた戻ったところだ。といっても夜には発つ予定だが……。クアラ殿、少し時間いいだろうか」

 チラッと父さんの方に視線を向ける。なにやら聞かれたくないことでもあるのだろうか。はぁと呆けた声を出す私とは違い、父さんは小さくうなずいた。

「私は先に行ってる。クアラ、話が終わったら来なさい」
「気遣い感謝する」
「お気になさらず」

 発煙筒の他にも申請するものがあるようで「ゆっくりでいいぞ」と付け足して父さんはスタスタと歩いて行ってしまった。

「忙しいところすまない」
「いえ、まだ開始時刻までは余裕がありますから」
「クアラ殿の活躍は耳にしている。王都から帰ってきた騎士達と顔を合わせれば必ずと言っていいほどクアラ殿の話が出る。先日はシルバーオウルを五体も仕留めたとか」
「ほとんど父が狩ったようなものです」
「謙遜はいい。あれは完璧な連携なしでは狩れない魔物だ」

 ふっと頬を緩めて褒めてくれるが、実際、ほとんど父さんの手柄である。
 私がゲートを破壊している間に、父さんは木の上に留まっているシルバーオウルを剣の柄で殴り落としてくれた。そのおかげで銀の羽根が折れ、思ったように飛べなくなったところを叩いた。

 私がメインに働いたのは無事な部分の銀の回収と、クアラにねだられて作ったシルバーアクセサリー作りくらいだ。

 父さんが叩いたところがちょうど割れていて買取額が低くなってしまったので、勿体無いと引き取った部分をアクセサリー作りに使用した。
 銀の加工は初めてだったが、シルバーオウルの銀は質が良く、少し熱を加えればぐにゃりと曲がるのでうまく出来た。
 クアラの左手の小指にはまったリングを見た母さんは『母さんも欲しかった……』と三日ほど落ち込んでいたほどには。

「クアラ殿さえよければこのまま騎士団に……いや、止めておこう。ところで、キャサリン嬢は元気にしているか?」
「おかげさまで変わりなく過ごしております」
「本気だと言っておきながら、手紙すら送れず申しわけない」
「お仕事なのですから仕方がありませんよ。姉も分かっております」

 今、騎士団は大忙し。
 加えて赤マントの騎士ともなれば他の騎士の何倍もの重責を負っていることだろう。

 実際、第一部隊は今まで一度も王都に帰ってきていない。報告程度には足を運んでいたのかもしれないが、それすら一日と満たない。
 他の部隊のような休息目的の帰還はおそらく魔の周期に入ってから一度もないと思われる。母さんやライドもその情報をキャッチしていないので、少なくとも社交界のご令嬢・マダムの耳には入っていない。

 そんな状況で手紙をくれと騒ぐ令嬢がいるとしたら相当な馬鹿かわがままのどちらかに違いない。
 お気になさらずと告げれば、なぜかアイゼン様は少しだけ肩を落とした。

「そうか……。実は近く、第一部隊の帰還が決まっている。日にちを事前に伝えることは出来ないから急なことになってしまうが、その時、少しの時間でもキャサリン嬢と会いたいと思っている。本当は手紙を出せればいいんだろうが、返事が届くまで私はここに残ることができない。クアラ殿を介して言葉を残すことを許して欲しい」
「いえ。姉にもそのように伝えておきます」

 アイゼン様の瞳は真っ直ぐに私の胸を射抜く。
 私は彼のために騎士であるべきか令嬢であるべきか。彼の本気が伝わってくるからこそ、私も早めに答えを出さなければいけないと思う。

 アイゼン様と別れ、父さんの元に向かう。
 歩きながら『いっそ私がクアラとしてアイゼン様と戦って勝敗で結論を出せばいいんじゃないか?』なんてとんでもない考えが頭に浮かぶ。だがすぐに頭を振って考えを取り消す。

 どこに好きな相手を全力で叩き潰そうとする女がいるのか。
 万が一、勝利したところで千年の恋すら簡単に溶けてしまうことだろう。かといって公式戦でもないのに手を抜いてわざと負けるのは嫌だ。アイゼン様に失礼だし、失望されてしまうかもしれない。

「恋愛って難しい」
 誰もいない廊下で呟いた声は煙のように消えていった。
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