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第二十一章✧ディアマ

ディアマ

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イルドナとランレートとアコスと蒼史は、
宿の近くの食堂に場所を変えていた。

昼間から酒を飲み、暴れまわる客は少なくない。
それも『朝凪の浜』特有の光景である。
ガヤガヤと賑わう店の中で、四人は小さなテーブルを囲み、昼食をとっていた。

「あのぅ...ランレートさんは食べないんですか?」

蒼史が正面に座るランレートに話しかける。
みんなが食事をしているというのに、ランレートは一人、ウザったそうに水を飲んでいる。

「え...だって太るもん」

「はっ?」

蒼史は開いた口がふさがらなかった。
隣で酒を飲むイルドナはプッと吹いた。

「ははっ..相変わらずのランレートだな。
その台詞、懐かしい」

「はぁ..早く宿に戻りたいなぁ」

ランレートは外を眺めた。
ランレートの変な態度に、蒼史はついていけなかった。
蒼史の隣ではアコスが苦笑いしている。

「蒼史、俺と同じ反応だよ!」

..だが、少しは慣れたというようなアコスの笑い。
蒼史は顔を引き攣らせて『変なヤツ』と首を傾げた。

「ランレートさんって一体何者なんですか...?」

蒼史がダイレクトな質問をぶつけた。

「何者って...ぶっ...ははっ…蒼史、面白いな」

イルドナがニヤニヤと笑う。そして答えない。

「何者って、君は失礼だねぇ。
私が美しいから人には見えないの?妖怪じゃあないよ」

ランレートが自分の長い髪をけだるそうにいじりながら答える。

「はぁ...別にそういう意味ではないんですが..」

蒼史は少し飽きてきた。
その様子を見ているアコスがたまらず口を挟む。

「ディアマの人だよ!」

「えっ!ディアマ!!!!」

蒼史が『まさか』という驚き顔を見せる。
イルドナは苦笑いを見せ「ディアマといえば態度を変えるのか」と呟いた。

「だってディアマって伝説のようなチームじゃないですかっ!」

蒼史が拳をつくって力を加える。

「ほらほらっ!蒼史だって俺と同じ反応だろっ!!!」

アコスが嬉しそうにイルドナに言う。
イルドナは聞きたくなさそうに、食事に集中しだした。
蒼史が態度を変えて、身をテーブルに乗り出し、ランレートに興味津々に話をする。

「で、結局、ディアマって何人いるんですかっ?
ベルカイヌン様は無口な方だから、なかなかそういうコトを聞けないんですよ!」

イルドナのつまらなさそうな態度をよそに、ランレートもまんざりでもない様子で口先で笑みをつくる。

「うん。ディアマは私も合わせて6人だよ」

「えー!たったの6人なんですかぁ!」

蒼史が歓声をあげ、次はすかさずアコスが質問する。

「ベルカイヌンに…イルドナに…ランレートさんに....
あと、噂でしか聞いたことないけど、グラベンだろ...!
あと二人ってどんな奴なんだ!!?」

アコスと蒼史はまるで子供のようにはしゃぐ。
しかし、ランレートがいきなりキョトンとした。

「ん?イルドナはメンバーではないよ」




「「え゛―――っ!!!!?」」



二人がいっせいにイルドナの顔に視線を集める。
イルドナはため息をついて不機嫌になった。

「....そうだ。
ディアマの人間ではないが、それが何か不都合か?」

「いやっ..だって…
ディアマのメンバーだって、ずっと言ってたじゃないですか..」

蒼史がどもる。
アコスも『はぁ?』と少し不機嫌になる。

「イルドナ!俺達に嘘ついてたのかぁ!」

「いちいち面倒だったし、そう言った方が何かと便利だしな」

とても機嫌が悪い。
が、アコスも蒼史も構わずつっつく。
ランレートもイルドナに呆れ顔をする。

「もぉ..それさ売名行為だよー」

「別にいいじゃないか。
クラーザは了解済みなんだし」

イルドナはガブガブ酒を飲んだ。
ランレートは釘を刺す。

「グラベン君に知れたら殴られるからねぇ~。
もぉまったく…クラーザも適当なんだから」

「...じゃあ、イルドナにもベルカイヌンに頼んでも、結局はディアマに入れないんじゃないかぁ!」

アコスが切れた。
ランレートは目を丸くする。

「アコス君、ディアマに入りたかったの?」

「....そうなんだ!
ランレートさんから俺を推薦してくれよぉ!!!」

アコスは必死に頼みこみ、テーブルの上で頭を下げる。

「ムリだよー」

「なんでだよ!俺、実力も確かだし、これからももっともっと強くなるからさぁ!」

アコスは粘る。
蒼史は話の主旨が変わっているような気がしたが、黙って見守ることにした。

ランレートは困った顔をする。

「うーん。だってぇ..ディアマはグラベン君が遊びで作ったようなものだもん。グラベン君の趣味でもあるし、私じゃなんともできないよ」

「遊びー!?」

『なんだよそれぇ』とアコスは頭を抱えた。

「グラベン君はすごくユーモアな人だからね。
私はとても好きなんだ~。
だけど、呆けている訳じゃない。
実際、彼がつくったディアマは世界を轟かせるチームだしね」

アコスも蒼史も、グラベンという一人の人間を色々と想像した。

たった6人の最強チーム。
そして、その頂点の人...
一体、どんな奴なんだろう..

「まっ、アコス君、君が憧れるのもわかるよ。
ディアマに入れて欲しいって言う人は多いんだ。
イルドナもその一人だしね♪」

ランレートがイルドナの顔をチラッと見ると、とても嫌そうな表情を見せた。

「アコスとは一緒にするな」

アコスは飛んで喜ぶ。

「ぎゃははっ!なんだよ!
一緒じゃねーかよっ!仲良くやろーぜ!」

ランレートは止めを刺すように、
イルドナとアコスの顔を交互に見て言った。

「クラーザったら、色んなモノ拾っちゃうからなぁ~。
ほーんと困るなぁ~。
グラベン君も今回は流石に怒っちゃうだろうなぁ~」

四人は賑やかな宿で、更に賑わしさを増すように酒を飲みながら、延々と話し続けた。








ランレートもイルドナも、ミールの死が間近だと理解している。
アコスも蒼史も、ミールとはもうお別れだと気付いている。

が、誰一人、後ろを振り返るようなことは言わなかった。
...それは、悲しさを紛らわせている訳でない。
誰もが、先に進まなければいけないとわかっているからだ。

人の死に、
長くは嘆いていられない。

次は、自分かもしれないんだと、
立ち止まっている暇はないと、
今を懸命に生きているからだ。







「あき」

 



「あぁ....うっ...ぅっ..」

冷たくなったミールにずっとしがみついて泣いている亜紀に、クラーザがそっと手を差し延べた。

「ぅぅっ....あぁぁん..ひっく」

亜紀の肩に手を回し、ミールの身体から引き離す。
そして、亜紀を抱きしめてやった。
亜紀はクラーザの腕の中でも、涙を堪えることが出来なかった。

「あき...死は悲しむものじゃない」

亜紀の頭を優しく撫でる。

「人は死ぬと新しい場所に行けるんだ...
そこから、また旅が始まる。
その旅をする為に、今、俺達はここで生きているんだ。
ミールは次の旅に出発した。決して悲しむことじゃない」

「...ぅっ...ほんと?...ほんとに?…」

亜紀はクラーザにしがみついた。

「最後のミールはとても穏やかな顔をしていた。
だから、きっといい旅が始められているはずだ」

「ぁ..りがと..クラーザァ..ぅっ..」

クラーザは亜紀の悲しみを分かち合うように、優しく頷いた。

「でもっ..でもっ..アタシ..すごく..悲しいよ...」

人の死に感情を入れたことのないクラーザには、
亜紀の想いは新鮮だった。

そして、スッと心の中に染み込んでくる...


『カナシイ』
『サミシイ』




「...そうだな....」

クラーザは亜紀をギュッと強く包み込んだ。
クラーザがミールに手をかざし力を込めると、
小さな風が起き、ミールの身体を包んだ。


さようなら...ミールさん..



亜紀は心の中で、ミールに言った。

ビュッ....!!!

目に見えないが、クラーザがミールの変わり果ててゆく身体を優しい風の中で葬ったんだと悟った。

「…っ.....」

亜紀はクラーザの言った通りに、ミールの旅の門出を悲しんではいけないと懸命に涙を拭いた。
...が、卒業式でも1番目で泣くくらいの泣き虫の亜紀が、すぐに泣きやむハズがなかった。


部屋は静かになった。

たった二人だけの空間。



しばらくして、クラーザは亜紀をそっと放し、
頬に手をあてて顔を覗きこんだ。

「目が傷ついてしまったな..」

亜紀は真っ暗闇の中、クラーザの声だけを頼りにした。
クラーザの手に亜紀は手を沿える。

「クラーザ....」

亜紀は見えない目でクラーザに訴える。

「.....そばにいて..」

一筋、大粒の涙が流れる。

「クラーザの...そばにおいて..」

クラーザは亜紀の涙に触れた。

「...危険だ....お前を元の国に戻す...
もう一緒にはいられない…」

亜紀の柔らかい髪に触れ、クラーザは『切なく』感じた。

「...や..だ..」

亜紀は顔を両手で覆った。

「..クラーザのそばにいたい...
ずっと...クラーザといたい...離れるの...やだ....やだ...」

「.....」

クラーザはどうしたらいいものか迷った。

しかし、頭よりも先に手が勝手に亜紀へと伸びる。
小さく震える亜紀を引き寄せ、
思わず強く抱きしめてしまった。


ギュッ...


「..クラーザ...そばに..いて...」


放したくない..
離れたくない...

ずっと、こうしたかった..

頭よりも先に、心が動く。
止められない...

「...わかった。ずっとお前のそばにいる。
お前は俺が必ず守る」

クラーザは『感情』で左右されない人だった。
だが、今は違う。

頭よりも先に、手が口が...勝手に動く。
そんな自分に少し驚いた。
しかし、嬉しくも感じた。
『心のまま』に動く自分は生きている実感がする。

亜紀をどう守ろうか、
これから、どう生きていこうか、
そんなことを考えるよりも、ただ『絶対に守る』だ。











「お二人さん、失礼するよ」

すぐ近くでランレートの声がした。

『お二人さん』なんて呼ばれるとなんだか照れてしまって、亜紀は咄嗟にクラーザの腕から離れた。

「雰囲気がイイところ申し訳ないんだけど、
その布団、私が使ったやつなんだよねぇー。
なんだったら、今から新しいやつに取り替える?」

(やだっ...!!恥ずかしいっ!!)

亜紀は赤くなる顔を伏せた。
クラーザはランレートに振り向く。

「いや、別にいい。...それより、ラン、相談がある」

「クラーザ『それより』って女性に失礼だよ。
大事なコトでしょー。
むさ苦しい布団の上で押し倒したりしないでよね」

ランレートが二人に近寄る足音が聞こえる。


ストッ


亜紀の近くで腰を下ろす。

「あぁ、お顔が真っ赤♪
良かった~これならもう大丈夫だね」

ランレートが亜紀の顔に手をかけた。
亜紀はますます顔を赤くした。

(えーっ!!!こんな時にアタシのバカ―っ!!!
なに想像してんのよ―――!)

クラーザは静かに微笑み、亜紀の頭を撫でる。

「あき、こいつはランレートっていうんだ。
俺の信頼できる数少ない仲間の一人だ」

「え....あっ...よろしくお願い..です..!
アタシ、亜紀。名前、呼びます!!」

亜紀は緊張した面持ちで、
ランレートがいるであろう方向に頭を下げた。

「うん?なんか言葉がヘンだね」

亜紀は「ごめんなさい」とすぐに詫びる。
クラーザが紹介してくれた人、とても嬉しい気持ちになり、その分『上手くやらなきゃ』と気持ちが先走る。

「ラン、この人はあきだ」


ドキドキ.....


クラーザは続ける。

「俺の大切な人だ。
これから一緒に連れて行きたい。
だから、ランの力を貸してほしい」


大切な人――....

亜紀は口元を押さえた。
胸がキュンと苦しくなる。
クラーザのその言葉だけで、亜紀は充分だった。

ランレートはクラーザの顔を見ず、亜紀の顔をずっと見ていた。

「うん、いいよ」

なんとも軽い返事。

「ラン、ありがとう...」

クラーザの嬉しそうな声。

「あきちゃん、クラーザをよろしくね」

ランレートの優しい声。

「......」

亜紀は声が出なかった。代わりにやはり涙が出た。

「あき、どうした?」

クラーザが頭を撫でていた手を、亜紀の頬にやる。

「私、なにか嫌なこと言ったかな?」

亜紀は首を振る。

「ちがっ...ちがう...の..」

どこかで疑っていた。
表向きだけの『言葉』だと。
こちらの世界にきて、人に裏切られることがあまりに多過ぎた。
とくにクラーザのこととなると誰もが反対したから。
ランレートも同じじゃないかと心の奥で疑っていた。

けれど「クラーザをよろしく」と亜紀にとっては思わぬ、とても嬉しい言葉をランレートはくれた。

亜紀は涙を拭った。

「アタシ、クラーザ守る。盾..なる。邪魔しない...」

クラーザは小さな亜紀の『守る』に喜びを感じ、
ランレートはプッと笑いだした。

「あははっ、クラーザは守らなくてもいいよ。強いしね。
あきちゃんはクラーザを癒してあげればいいんだよ。
あっ...できたら、私を守ってほしいなぁ」

ランレートの先程とは違った、重みのある優しい声。
亜紀は胸をいっぱいにした。

「はい...アタシ、がんばる」

きっとランレートはとても強い人なんだと、亜紀は思った。
でなければ、こんなに力強い言葉は言えない。
クラーザからも『信頼』を得られない。


「あきちゃん、かわいいね。ヤキモチ焼いちゃうなぁ」

「そんな...ないです...!!
ランレートさん、優しい、強い.....信頼..です」

「ん?意味がわかんないなぁ..
そうそう、私のことはランでいいよ」

「ランさん..」

「『さん』はいいからぁー」

クラーザはただ微笑んでいた。





アコスと蒼史が宿に戻ってきたのは、日が沈んでからだった。
クラーザとランレートと、アコスと蒼史は、この街を発つ準備をした。


ガッ...

しばらくしてから、イルドナが部屋に入ってくる。

「外で乱闘騒ぎが起きてる。
もう少し、様子を見てから発った方がいい」

イルドナの言葉を聞いて、アコスはため息をついた。

「またかよ...この街はどこでだって騒ぎまくりだな」

イルドナが自分の荷をまとめる。

「面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。
クラーザ、早朝にした方がいいかもしれんぞ」

クラーザは黙ったまま作業を続ける。
荷物の片付いているランレートが髪をかきあげて、イルドナに声をかけた。

「いや、夜の間にしよう。
朝が来る前に海をわたった方が賢明だよ」

皆がそれぞれに自分のことをしている時に、アコスは亜紀に近付いてきた。

「俺、あんたの護衛になるから」

「え..」

亜紀は声のする方に振り向いた。

「これを被って」

アコスは亜紀の頭に何かを被せた。
亜紀は手探りでそれに触れる。
新しいフードだった。

「俺はアコス。何かあったら、すぐに呼んでくれ」

アコスは不器用にそう言い、慣れない手つきでしっかりとフードを被せた。

(ちょっと息苦しい...)

視界のない亜紀は、外の様子がまるでわからない。
フードを被ると、唯一、外との世界を繋ぐ聴覚さえも鈍くなり、
余計に不安が増した。

(...でも、慣れるしかない)

亜紀は不安を押し殺し、我慢した。





イルドナが確認するように、皆に言った。

「夜中にここを出て、船に乗り、海を渡る。
そして二日後『サイカの虹』の城で国王に会う。
国王には、クラーザとランレートと俺が立ち会う。
とりあえず、国王に会うのが先決だ。いいか?」

アコスも蒼史も頷いた。


国王―――...
どんな人なんだろう..
王冠とかかぶってるのかな..

亜紀は外国映画の王様の姿を色々と思い浮かべた。




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