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第五章✬ポジション争い

ポジション争い

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亜紀は無我夢中で敵を追い払った。

その必死な様子を見て、
グラベンはクスクスと笑いながら敵を蹴散らした。



気が付くと、
辺りにいた全ての敵が消えていた。

「..........」

「あ~あ終わっちまった!
あんまし手応えなかったなぁ」

グラベンが地面に転がる敵の束を踏み付けて歩いた。

「...グラベン..さん...」

亜紀が遠慮がちに話かけた。

「おー!そういや、おめぇさっき何か臭いもん広げてなかったかぁ?」

亜紀の言いかけようとした言葉を遮り、グラベンは思い出したかのように亜紀に尋ねた。

「臭い....?...あっ!」

亜紀は忘れていた整髪剤を思い出し、グラベンの背中から下り慌ててトランクを開けた。

ガチャ...

中からは、ツンと鼻をさす臭いが。
先程、髪色を染めようと液を混ぜていた途中だった。
急いで寺院から出たので、造りかけたままの液をトランクに放り込んだのだ。

幸運なことに、トランクの中で液は零れていないが、
あいにく臭いだけは充満していた。

「くせぇっ!なんだこれ!?」

グラベンも一緒になって、トランクの中を覗いた。
亜紀は液体を再びシャコシャコと混ぜ始め、グラベンに見せる。

「髪色変える、できる。
アタシ...黒髪、迷惑かかる。
皆さんと同じ色、これで変えれる...」

シャコシャコ...

「そんなことできんのか..。
んじゃ、俺のは変えれるか?」

グラベンが興味津々の顔で、自分の茶色の髪を指差す。
亜紀は少し考えた。

「...わかりません..たぶん、変わるかも...?」

「なら、俺に使わせろよ!」

「え??」

グラベンは亜紀から液が入ったケースを取り、舐めようとした。

「あっグラベンさっ!ちがう!」

亜紀はあやうく舐めてしまうグラベンを止め、仕方なく使い方を説明しはじめた。





「なぁっっっ!!!!!!!!すっっっげ――――っ!!!!」

森中にグラベンの歓声が上がったのは、それから少したってからだった。
亜紀が説明している間にグラベンは待ち遠しさに負け、話が終わる前に液を髪につけてしまったのだ。

更にその液を落とす水が無く、
森の中を、泉や川を探しているうちに時間がドンドンと過ぎていき、川に辿り着いて、液を流した頃には、グラベンの髪色は金髪になってしまったのだった。

「どっどうしましょう...」

慌てる亜紀。こんなにキレイに金髪になってしまうなんて。

「いいじゃねぇか!カッコイイな!気に入ったぜ!」

かなり満足している様子のグラベン。
川に映る自分の髪を何度も見つめていた。

困った表情の亜紀に、
グラベンは背を向けたまま話始めた。
今度は落ちついた口調で。

「なぁ...紅乃亜紀」

「...」

亜紀はふとグラベンの背中を見た。

「そのフードはなんだ?」

「..フード..?」

亜紀が深々と被っているフードに、グラベンは手をかけた。

パサッ..

フードをめくり亜紀の顔があらわになる。

「そんなサイズも合ってねぇー服着て、何してんだ?」

アコスから借りたフードと手足を隠す為の丈の長い服。

「..アタシ...妖..魔女だから..」

言いにくそうに言う。
『妖魔女』などと自分から言うなど初めてだ。

「そんなの知らねぇ。
たった今からは、おめぇの好きな服着て、おめぇの好きな格好をしな」

「え....でもっ..迷惑かかる!
アタシ妖魔女、バレたらすごく面倒になる...」

すると、グラベンは口先で笑った。

「俺はおめぇを守るって言った。
...守るってのは、そいつの全てを守るってことだ。
姿、形を隠して守るのは、本当の守りじゃねぇ。
おめぇの人格を尊重して守るのが、本当の守護だぜ。
...だから、おめぇはおめぇっていう人格を殺さず、好きな格好してりゃいいんだ」

「.....」

亜紀はあまりに嬉しい言葉に、つい黙ってしまった。

アタシはアタシのままでいいの..?
アタシという人間を隠さずに、堂々とこの姿をさらしていていいの....?

「クラーザはおめぇにフードを被って顔を隠せって言ったか?」

「...」

亜紀は無言で、顔を横に振った。

そっか...
クラーザは二人で旅をしていても、アタシの姿を隠そうとはしなかったっけ...
いくら、敵がアタシの姿に驚いても、クラーザはアタシに『顔を隠せ』なんて言ったことはなかった...

アタシを、アタシのありのままを守っていてくれてた...


「ふははっ…大事な自分を自分で隠そうとすんな」

軽く笑い飛ばしたグラベンは亜紀の肩を叩いた。

「ありがとう....」

「それが、あたりめぇーのことだっつーの!」

青と緑の色をしたグラベンの目がキラキラと輝いていた。

なんて素敵な人なんだろ...
亜紀は、グラベンの心の豊かさが偉大なものに思えた。



それから、グラベンは亜紀をおんぶして、
北の方角に半日程走った。
集合場所だと決めていた『パザナ』という者がいる村に、たどり着く。

その村は、家が10軒ほどしかないほんの小さな村だった。
深い森の奥に、ひっそりと佇んでいる。

(...隠れ家みたい...)

亜紀は心でそう思った。

「こっちだぜ。着いて来いよ」

グラベンは後ろをトボトボと歩く亜紀に手招きする。

「は..はい」

中でも1番大きくて、1番古いと思われる家にグラベンは向かっていった。


その家に入ろうとする直前――

「きゃっ!グラベンなのっ!!!?」

若い女の声がした。
グラベンも亜紀も声のする方に振り向く。

その女は少し汚れた服を着て、髪をおだんごに結っていた。

「おぉぉぉ!かゆ!...どうでぇ?イケてるだろ?」

グラベンは、かゆと呼ばれる女に金髪の髪をアピールした。

「何してるのよー!そんな髪色、気味が悪いわ!」

かゆは不満そうに言い、横目で亜紀を見た。

「あ...あのっ....」

慌てて亜紀は何か挨拶をしようとした。
が、すぐにグラベンが口を出してきた。

「かゆ!紅乃亜紀だ!後はおめぇに任せたぞ!」

ポンッと亜紀の背中を押し、
その隙にグラベンは家に入っていってしまった。

「ちょっ...!グラベン!待ちなさいよー!全くもう!!!」

かゆは家の中には入ろうとはせず、
冷たい目で残された亜紀を見た。

「はっ..初めてまして..アタシ紅乃亜紀。よろしくで...」

片言の亜紀の言葉に、かゆは解りやすく溜め息をついた。

「...もう!グラベンったら。
こんな気味の悪い子、なんでも私になすりつけるんだから...!」

それは亜紀に話かけた言葉ではなく、
かゆの大きな独り言のようだった。

「....」

亜紀は黙ってかゆに視線を送った。

ドサッ!!!

近くで物音がしたので、目をやるとフッソワがいた。

「おう、かゆ。
まさか、俺が1番か??......じゃねーみたいだな」

フッソワがキョロキョロと辺りを見渡し、亜紀を見つけ口をへの字に曲げた。

「フッソワ君!
グラベンったら、この子を私に任せるって言うのよ!
いきなり、どうしたらいいの!?」

かゆはフッソワとも面識があるようで、親しげに話し掛けた。

「あぁ。こいつぁ、クラーザの預かりモンだから適当に置いとけ」

「クラーザさんの??」

かゆは訝しんだ目で亜紀を見つめ、首を傾げた。
その隙に、フッソワも目の前の家に入っていってしまった。

バタンッ

家の戸を閉められ、かゆは不満気な顔をする。

「もう!やっと帰ってきたと思ったら、これなんだから!」

目の前の家には、
かゆは遠慮深くて入れない様子。

村長さんの家とか、そういった偉い人の家なんだろうかと亜紀は考えた。

きっと『パザナ』さんの家だ。
そして『パザナ』さんは村長さんなのかも。

「はぁ..」

かゆは、また溜め息をつき、
亜紀の正面に立った。

――身長は同じくらいだ。
瞳や髪の色は、やはり茶色。

「――最初に言っとくけど私は人助けなんかしないから」

「....」

慣れた言い方に見えた。
そして、さっさとどこかに歩いていく。
亜紀が着いて来ないと振り返り『着いて来てよ』の視線を送ってくる。

「.....」

亜紀は黙ってかゆに着いて行った。

(...仲良くなれなさそう...)

亜紀は肩を落とした。



一方、『パザナ』の家には、
グラベンとフッソワとランレートが集まっていた。

「ったく、お前らは。この村は安息の地ではないのだぞ。
お前らのたまり場にするな」

パザナとは年老いた女の名だった。

顔には深い皺が刻まれ、手足の皮も皺くちゃだ。

「いいじゃねぇか!たまには休んでもよぉ!」

部屋の中央でグラベンはゴロンと寝転んでいる。
フッソワとランレートは、行儀良く座っていた。

「馬鹿言え。わしらには時間がないと口を酸っぱくして、いつも言っておるだろ!」

パザナがグラベンの頭をゴツンと叩いた。

「あ..いてっ」

それでもグラベンは、だらし無く寝転ぶのをやめない。
ググッ..と伸びをし気持ち良さそうに眠り始めた。

「パザナのばーちゃん、これでも俺達、懸命にやってんだぜ?」

フッソワが言い訳をする。
パザナは、フッソワの祖母ではない。ランレートのでもない。

パザナは血は繋がっていないが、グラベンの育ての親だ。
そして、かゆの育ての親でもある。

「どれだけやってんだい?
玉石は何個、見つかったんだ?
ただ探してるだけじゃ、一生懸命だとは言わせんぞ、フッソワ」

「...今は12個だね。
グラベン君が持ってる2個と、探しだしたのが10個と」

ランレートが指を折って数える仕草をする。

「馬鹿だね!まだ半分しか集まっていないじゃないか」

パザナが鼻で笑う。
グラベン達が集めようとしている玉石は全部で24個ある。
今はまだ、その半分の12個しか手元にない。

「前来た時はまだ5個だったろ!
倍に増えたんだ!すげーじゃねぇか!」

フッソワが必死にパザナに褒め言葉を求める。
が、パザナは手厳しい。

「あれから何年かかってんだい、バカタレが!」

「...あーぁ。まだ来るべきじゃなかったね」

ランレートは苦笑いした。
すると、寝ていたハズのグラベンが口を開く。

「って言ってもよー。
あんな小させぇ石なんか、なかなか見つかんねぇよ。
黙って誰かが持ってりゃ、絶対にわかりっこねぇ」

「なんだぃ弱音を吐くのかい?」

グラベンは子供のように頬を膨らませた。

「そうだぜ。戦えってんなら自信あっけど、石ころ探せなんて、向いてねーよ俺達!」

フッソワも頬を膨らませる。
すると、何度も言って聞かせてきた言葉をパザナは言い始める。

「あれはただの石じゃないよ。
心が宿ってんだ。だから..」

「在るべき場所に還ろうとする――だろっ!?
わかってっけど、石はただの石だぜ!」

グラベンがパザナの言葉に被せて大きな声で言った。

「...わかってるんなら言わせんじゃないよ。
少し休んだら、さっさと行けよ」

パザナはそう言うと、奥の部屋に入っていった。

「さすが、パザナ糞ばばぁだぜ!」

グラベンが顔を背けた。

「まぁ時間がないことは確かなようだし、
皆が揃ったら、またすぐに探しに行こうか」

ランレートがふぅと息を吐いた。




かゆは亜紀を連れて、
その村で、二番目に大きい家に入っていった。

「ごめんね、みんなー...」

部屋に入るや否や、かゆは中にいる人に謝った。
亜紀も小さい顔をしながら、部屋に入る。

「はぁ?かゆ、一体、どうし――――――あぁ?」

部屋はさほど広くない。
畳みの部屋で、なにやらゴチャゴチャと物が散らばっており、物置みたいな部屋だ。
中にいる4人の若い女がいっせいに振り返り、亜紀の姿に驚いた。

皆が質問攻めをする前に、かゆが説明した。

「ついさっき、グラベンが帰ってきたの。
...で、この子を任せるって」

その言葉に4人は嫌な顔をする。

「はぁぁぁ?またぁ??」

「今度は何だって言うだよ?
グラベン君ってば、かゆに頼り過ぎじゃないかぁ?」

中でも気の強そうな2人が不満を口にした。
残りの2人は、不満な表情をしながら黙っている。

「ごめんねー。みーちゃん、楓」

かゆは気の強そうな2人に何度も謝った。
みーちゃんと楓というらしい。

「いや、いいよ。
かゆは悪くないんだし。悪いのはグラベン君よ」

背の高い楓がかゆを慰める。

「でも、かゆもすんなり連れて来ないでよ、もぉー」

香水の匂いをたっぷり染み付けたみーちゃんは、プリプリと不機嫌な顔。

「...うん、ごめんね」

かゆは、みーちゃんには頭が上がらないようだ。

「......」

亜紀はここまで露骨に嫌がられると、
何も言えず黙るしかなかった。
4人は輪になって草花など仕分けして、
何か作業をしている途中だった。

「....この子どうする?」

かゆが皆に...というか、
みーちゃんと楓に意見を求めた。

「空いてる部屋に何日か住ませとけばいいんじゃない?」

みーちゃんが作業を止め、長い髪をいじりながら言った。

「そうだよ。それで気が済んだら帰ってもらえばいいよ」

楓も適当に言う。

「それがさぁ...」

かゆが気まずそうに、みーちゃんの顔を見た。
視線を受けたみーちゃんは、
『え?なによ?』とキョトンとする。

「この子......クラーザさんの預かり物なんだって」

その言葉にみーちゃんの顔色が変わった。

「はぁ?はあぁぁ!?なによ?どーいう意味よっ!
預かり物ってなによ!?クラーザさんの何なのよ―ー!!!!」

みーちゃんは亜紀に飛び掛かった。

ドカッ!!!

亜紀はみーちゃんに強く壁に押し付けられる。

「―――やっ..」

亜紀はいきなりのことに驚き、必死に抵抗した。
女のわりにはデカイ楓が止めに入る。

「みーちゃん、やめときな」

「ちょっと!あんた、クラーザさんの何なのよーっっ!!!!
ってか、あんた!何者よっ!!!」

亜紀は胸倉を捕まれる。
亜紀はグラベンに言われてから、服を自分の物に着替えていた。
つまり、元の世界のだ。
カラフルなTシャツに、デニムのショートパンツ。

漆黒の髪色に瞳。
透けた白い肌に、細い手足。
服までそんなんだと、異様に思われて当然だった。

胸倉を掴んでから、
みーちゃんは亜紀の胸元にあるネックレスに気付いた。

「なによこれ!!!!!!!!」

怒りが頂点に達したみーちゃん。
紅い石を握りしめ、ネックレスを引きちぎった!

ブチッッ...

「やっ――やだっ!!!!」

クラーザの紅い石を奪われ、
さすがの亜紀も反撃をする。

「ちょっとあんた!!!これは、クラーザさんので....ぶっ!」

みーちゃんに飛び掛かる亜紀。

「アタシの返す!!!!アタシの!!!!」

「やめてよ!ばか!
これはクラーザさんのよ!あんたのじゃないわよ!!!!」

みーちゃんと亜紀は取っ組み合いの喧嘩になった。

「やだっ!アタシの!!!!返す!返す!アタシのっ!!!!」

「返す返すってうるさいわね!!!!黙りなさいよ!ばか!!!」

みーちゃんは亜紀を思いっきり突き飛ばした!
すると今度は亜紀がみーちゃんを突き飛ばす!

みーちゃんが亜紀の髪を掴み上げれば、
次は亜紀がみーちゃんの頬を叩く!

「やめなよ!二人とも!」

楓が二人を引き離す。

「そうよ!」

かゆも慌てて、間に割り込む。
残りの大人しい二人も、喧嘩を止めようと入ってくるが、皆、みーちゃん寄りの態度だった。

クラーザの紅い石をみーちゃんに渡す。

「やだっ!アタシの!!!!」

亜紀は必死に取り返そうとしたが、
皆がみーちゃんの味方をする。

ガッッ――――

するとそこにゾードが現れた。
部屋の中を一瞥する。

「なによっっ!!!!!!!!」

みーちゃんが興奮状態のまま、今度はゾードに喧嘩を売った。

「...」

ゾードは何も言わない。
知らぬ顔をして去って行こうとしたが、楓がゾードを引き止めた。

「ゾードさん!こいつ、連れてってよ!
乱暴で私達じゃ手がつけられない!」

そう言って楓は亜紀を突き出した。

「あっ――アタシの返す!早く!アタシの!!!!」

亜紀は再びみーちゃんに飛び掛かろうとした。

ガシッ

が、ゾードが亜紀の二の腕をしっかりと掴んだ。

「―――そいつを渡してやれ」

ゾードが静かな口調で、みーちゃんに言った。

「嫌よ!これはクラーザさんのよ!
こんな奴に渡せるわけないでしょ!」

「クラーザがくれてやったんだ」

「嘘よっ!!!!」

「早く返してやれ。そうすれば大人しくなる」

みーちゃんはゾードを睨んだが、亜紀の暴走が止まらないので、渋々、石を渡した。

「...あぁ..良かった....」

亜紀は大事そうに石を胸にやる。
みーちゃんは悔しそうな顔をした。
他の4人も納得いかない顔をしている。

「なによ!首に鎖なんか巻き付けちゃって!!!!
頭おかしいんじゃないの!!!?」

みーちゃんが亜紀にベーっと舌を出す。
亜紀は言っている意味がよくわからなかったが、ゾードが腕を引っ張るので、何も言い返すことができないまま、部屋を出ていった。



「ゾードさん...ありがと..」

亜紀はゾードの顔を見上げた。
ゾードは疲れた顔を見せた。

「――あいつらに付き合ってると疲れるぞ」

「...はい」

女性のハズなのに、
ゾードには女特有の毒々しさを感じなかった。
男のようにサバザハしている。

そんなゾードが、カッコイイと亜紀は思った。

「やだ!ゆるせなーっい!!!!
クラーザさんったら、なんであんな奴に..!!!!」

部屋に残ったみーちゃんは怒りを鎮めることができない。
楓も、ウンウンと頷く。

「私、グラベン君に何か文句言ってやんなきゃ気がすまないよー!」

みーちゃんはジタバタと床を叩く。
そんな様子を見て、かゆは『ごめんねー』と謝る。

「本当だよ。今まで色んな奴がいたけど、
あんな乱暴な奴は初めてだよ」

楓がみーちゃんとグルになる。
みーちゃんと楓が手を組めば、誰も歯向かえない。
大人しい二人も相槌を一生懸命にうつ。

「クラーザさん...私の気持ち、知ってるクセにひどいよーっ!!!
ひどいーっ!わぁーん!!!!」

みーちゃんが涙も出ないのに泣き真似をする。

「本当!本当!許せないよ!」

そんなみーちゃんに楓は付き合う。

「...でもしばらくは、あの子をここに置かなきゃいけないから」

かゆが疲れ果てた顔をする。

「すっごい気にいらなーいっ!」

みーちゃんが大声で叫んだ。





亜紀は空き部屋に案内された。
小さな個室で、ちゃぶ台のような丸テーブルと、布団が敷かれてあるだけの質素な部屋だ。

「これからはここがあんたの部屋だ。自由に使っていい」

ゾードが部屋に入り、窓を開け、外を眺めながら言った。
窓から見える景色は、
一面、森で何も見渡せない。

「....アタシの...」

「そうだ。あんたの部屋だ。
これから、ここで暮らすんだ」

「..ここで...」

何故かしっくりこなかった。
『アタシの部屋』だと言われても、
またクラーザが迎えに来て、
また色んな場所に旅に出て、
色んなところへ行くのだと思っているから...

でも、そっか..
クラーザの旅するところに、ずっと着いて回る訳にはいかない..

「.....」

静かになった亜紀を見て、ゾードは咳ばらいをした。

「...隣は俺の部屋だ。何かあれば声をかけろ」

「え...」

照れたのかゾードは顔を隠して、そそくさと部屋を出て行った。

カタン...

ゾードが部屋を出て行ってから、亜紀はふと顔を上げる。

(そうだよ...!
淋しさに落ち込んでたって仕方ないじゃない!)

亜紀は両手で小さな拳を作った。

(無一文のアタシに、こんな立派な部屋を貸してくれる幸せに、感謝しなきゃ!!)

初めてこの世界に来た時には、
自分の居場所がないだとか、
自分の生きている価値がわからなくなり嘆いていた。

元の世界に戻った時、
与えられた仕事を淡々とこなし、
販売員として、生き甲斐を感じることができた。

―――だけど、それで本当にいいの?

生き甲斐を感じることができる仕事をして、自分の居場所を確認する。
それって本当にいいの?

「....よしっ!」

アタシはこの世界を選んだんだ。
生き甲斐のある居場所を求めるんじゃなくて、
今の現状を、生き甲斐のあるものにアタシが変えるんだ!

『生き甲斐』になることは、
きっと、そこら中に転がっている!

『クラーザに愛されたい』だけじゃ、きっと息詰まってしまう。
アタシはアタシの生きる価値を、自分で見出だすんだ!

「まずは...」

亜紀はトランクを広げ、中を空けた。
荷物を全部取り出す。

「住めば都!」

亜紀は部屋を自分なりにアレンジした。
もちろん、家具などは一切ないので、そんなガラリと変わる訳ではないが、持ってきた洋服を並べ、持ってきたハンガーで壁にぶら下げる。

ポーチから化粧道具を取り出し、ちゃぶ台テーブルをドレッサーに生まれ変わらせる。

敷かれてある薄い布団に、お気に入りの香水をふりかけ、自作『安眠布団』に仕上げる。


「アタシ、ここで生きる!!!!」

...なんて、自分にエールを送ってみたりする。

そして...

ゴソッ..

亜紀は真新しいノートとボールペンを取り出し、テーブルに広げる。

「えっと―――」

ノートの最初に『ディアマ』と書く。

亜紀は出会った人々の顔を思い出し始めた。

グラベンさん―――
ディアマを作った人。リーダー。
なんかカリスマ的な存在??
ゲームとか勝負事が好き。
覚醒者。

ランさん―――
すごく優しい人。
黒魔術。お医者さんみたいな人。
好きな人がいるらしい。(女?もしや男??)

アダさん―――
足が早い人。
無口だけど、優しい人。
アタシと同い年くらい?
ゾードさんと、結構仲がイイみたい。

フッ....

(あの人の名前、なんだっけ..)

亜紀はフッソワの怖い顔を思い浮かべたが、
名前が出てこなかった。

(...だって難しい名前なんだもんっ!)

とりあえず、名前のところは『フッサン』にした。

フッサン――――
乱暴な人。すぐ睨む人。
クラーザにもケンカを吹っかける、なんかすごく怖い人。
ムキムキしてて、気持ち悪いくらい筋肉マン!!!!

ゾードさん―――
女の人。でも超カッコイイ!!!!
アタシを敵から守ってくれた、王子様みたいな素敵な人。
牙が生える。

亜紀はペンを進めた。

かゆサン――――
グラベンさんに、頼られてる人?
ちょっと怖い人。


かえでサン―――
背が高い人。
女の子グループの輪の中の中心人物??


みーちゃん―――



コト...


亜紀はペンを置いた。

「......」

みーちゃんと呼ばれる人は、
一体、クラーザとどんな関係なんだろう..

すごく怒ってたけど、
どうして、あんなに怒ってたんだろ...

クラーザのこと、好きなのかな....

(そうだ!こんなことしてる場合じゃなかった!)

ゴトッ...!

亜紀は立ち上がり、すぐに部屋を出た。

(アタシのバカ!本当バカ!
一緒に暮らしていく人に喧嘩ふっかけて、
なにやってんのよ――!!!今すぐ謝りに行かなくちゃ!)

亜紀は先程いた部屋に急いで戻った。
みーちゃん達が作業している部屋に。

亜紀の部屋からは少し離れている。

「...」

カタン..

亜紀は部屋の戸を開け、そっと部屋を覗く。
するとそこには、作業を中止し、
円になって話をしている、みーちゃん達の姿があった。

「あのぅ..」

勢い良く飛びこんだはいいが、
亜紀は何を言うかまとめるのを忘れていて、しどろもどろに話かけた。

「....なによ!?」

すぐにみーちゃんが亜紀に気付き、喧嘩越しの言葉を返す。
側では楓が亜紀を睨む。
かゆは亜紀を見ようともしない。
残りの大人しい二人は、嫌そうな顔付きで亜紀を凝視してきた。

「さっき..ごめんなさい...
アタシ怒った。みーちゃん..サン、叩いた。ごめんなさい」

「なによ!今更遅いわよ!」

みーちゃんは再びカッとなって怒鳴り苛々する。

「ごめんなさい...!」

亜紀は『しまった』と思い、
部屋に入りみーちゃんの元に近づく。

「ちょっと、入ってこないでよ」

楓がみーちゃんに近付くのを止める。
しかしみーちゃんも、亜紀に近寄り、顎をしゃくり上げ睨みつけてきた。

「あんた、クラーザさんの何なんのよ!」

「アタシは...クラーザ...さんの..」

咄嗟に『さん』付けをする亜紀。
今度は、大人しくしていた女の子達が口を開いた。

「クラーザさんはみーちゃんの大切な人なのよ。
よそ者のあなたに、変に入り込ませたくないわ」

「そうよ、そうよ。みーちゃんが可哀相よ」

どうやら亜紀が想像していた通り、みーちゃんはクラーザに特別な想いを寄せているらしい。
そして、それを皆が理解して、応援しているようだ。
まるで、クラスで人気のあるモテる男の子に、転校生の亜紀が何も知らずにアプローチをかけ、前から好きだったみーちゃんがヤキモチを焼いているみたいだった。

楓やかよは、みーちゃんのグループで、グルになってそれを批判しているみたいに思えた。

「あんたが、クラーザさんの石を持ってるなんて気に入らないの!
それを私に返してよ!」

みーちゃんは石を渡せとばかりに、亜紀に手を差し出す。

「....でも...」

ここで亜紀は身を引くわけにはいかなかった。
みーちゃん達に媚びたいのは山々だが、
この場所で、自分らしく生きていくと決めた以上、自分の気持ちを押し殺すことはしたくない。

みーちゃんの気持ちも理解できたし、できれば自分の気持ちも皆に理解してもらいたい。

最初は言い争いになるかもしれないが、いつかはわかってもらえると信じて...

「アタシも、クラーザ好き..だから、渡すできない」

なるべく柔らかい口調で言ったつもりだった。
―――が。

「好きって...!!!!好きってなによ!
あんた、バカにしてんでしょ!!!!
ウザイんだけど!もうマジ、あんた超ウザイ!!!!」

みーちゃんの怒りのボルテージはMAXを越え、
亜紀の言葉は火に油だった。

「勘弁してよ!あんたみたいな拾われ者に、どれだけ私達が苦労すると思ってんの!―――出てって!!!!」

楓が亜紀を突き飛ばし、部屋の外に閉め出した。

バタン!!!!

物凄い音で戸は閉められてしまった。

「なっ――――」

(なんでこんなに、アタシが攻められなきゃいけないのよー!!!!)

亜紀は戸の前で、静かに拳を作った。

(だって、クラーザがアタシにくれたんだもん!
拾われ者だからって、どうして、石をみーちゃんに渡さなきゃいけないのっ!!!)

亜紀も苛々した。

(もう絶対に謝らないんだから!
なんでアタシが謝らなきゃいけないのっ!)

亜紀はフンッと戸に背を向ける。

(あんな女の子達なら、仲良くなれなくていいもん!)




「...だから言ったろ」

亜紀の背後で声がした。
亜紀は驚き振り返る。

「..あ...ゾードさん..」

そこには、呆れた顔をしたゾードが。

「笑ったり怒ったり....可笑しな奴だな」

ふと苦笑いを見せるゾードに、
亜紀はなんだかホッとした。

そういえば、同じようなコトをクラーザにも言われたことがあったっけ...

「ゾードさん、拾われ者って..」

「ああ、俺も同じだ」

「へっ??」

「俺もお前と同じ拾われの身さ」

思いもよらない事実に亜紀は、開いた口が塞がらなかった。

「ゾードさんが?」

「....ああ。知りたいなら教えてやるよ」

亜紀の食いつきように、ゾードは一瞬たじろいだが、
真っすぐな瞳の亜紀を無視することができず、詳しい話をしてやることになった。

「知りたいっ!」

「はいはい」

ゾードは扱いづらく感じたが、嫌な気には自然とならなかった。
ウキウキな気分で、ゾードについていく亜紀。
ゾードは仕方なしに、亜紀の隣の部屋の自分の部屋に案内した。







「――――」

影で暗闇から女が一人、その様子を見ていたが、ゾードは知らぬふりをした。

「ゾードさん!アタシ、亜紀!亜紀って呼ぶっ!」

それに全く気付かないで、機嫌を良くした亜紀。



ザザッ―――..

「わぁ...」

ゾードの部屋に入るなり、亜紀は放心状態になった。

(きたなっ...)

人が住める部屋とは思えないくらいに、散らかっていた。
そして、その散らかりようは、
生活感がある散らかり方ではなく、完全に部屋が腐敗していた。

蜘蛛の巣がはっている。
絨毯もなく、軋んだ床が剥き出しである。
窓の場所は―――何故か穴が空いていた。

ヒュュ....

(さむいぃぃぃ...)

空いた穴から、冷たい夜風が入ってきていた。

「ほとんど部屋にいることはない。
ここにいると、腹が立つんだ」

「..はぁ..」

ギシッ...!

ゾードが軋んだベットに腰掛けると、埃が舞った。

「..ゴホッゴホッ...」

それに咳込んだのは亜紀ではなく、ゾードだ。

「ゾードさん、大丈夫?」

「..ゴホッ...ああ、本当汚いな。掃除しながらでもいいか?」

亜紀は何度も頷いてみせた。

「アタシ、手伝う」

ゾードと亜紀は、部屋の掃除をしながら話始めた。

「この村は『時雨の村』のはぐれ者からできたらしい」

はぐれ者とは、パザナのことだ。
変わり者の婆だと呼ばれていた。

「最初はそのパザナだけの家しか、ここにはなかったそうだ」


『時雨の村』で生まれた幼いグラベンが、
興味本意でパザナに近付いた。
そして瞬く間に、祖母と孫のような関係になった。

幼なじみであったかゆは、グラベンに着いて回り、
いつの間にか、かゆもこちらに住みつくようになった。

「グラベンさんと、かゆサンの家族は....?」

濡れ雑巾で床を不帰ながら、亜紀はゾードに聞いた。

「...そこまで詳しくは知らないが、
グラベンもかゆも、もう自分達の村には帰っていないそうだ」

そして、どこからかはぐれ者が見つかる度に、パザナは家にかくまってやったらしい。
もちろん、すぐに故郷に帰っていく者もあったらしいが、住み着く者もあったらしい。

そうして、人が増え小さくはあるが村が出来た。

「じゃ.....みーちゃんサン、楓サンも??」

亜紀の問いに壊れた窓を掃除するゾードが頷く。

「あいつらも、元々はグラベンが連れて来たはぐれ者達らしい」

そうなんだ...
アタシのこと、よそ者呼ばわりしてたけど、そんな変わらないんだ..

亜紀はゾードの顔を見つめた。

「...ゾードさん、ここにはどうやって来た??」

ゾードは亜紀を見つめ返し、すぐに外に視線をやった。
あまり、こうやって話をするのに慣れていないようだ。
だが、ゾードは亜紀の質問に答えてくれる。

「俺は――――...
物心がついた時には、もうすでに一人で戦っていた。
ずっと...一人だった」

生きる為に戦い...力が全てだった。

強さだけを求め、毎日、戦いに明け暮れていた。
―――そしてそんな時、グラベンに出会った。

「グラベンはその時の俺のイイ的になった。
あいつを倒して確固たる力を手に入れたい――そう思った」

「グラベンさんと戦った!?」

亜紀は手を止めて話に聴き入った。
すると、ゾードも手を止めた。

「俺が戦ったのは、クラーザだ」

「え...クラーザ...?」

亜紀はドキッとした。

「その頃のディアマは、
まだ、グラベンとクラーザとランレートの3人だけだった」

随分、前の話をしているようでゾードは遠い目をした。

「クラーザと..その..どうなった?」

亜紀の問いにゾードが笑ったようだった。

「全く歯がたたなかった。俺の完敗だった」

「......それで、どうやってディアマに?」

「グラベンがチームに入らないかって誘ってきたんだ。
俺のどこをどう気に入ったかわからないが、
一人だった俺にチームに入れってな」

クラーザとランレートは、賛成も反対もしなかった。

最初はゾードもチームなど入ろうともしなかった。
傷ついて起き上がれない身体で、この村に連れて来られ、身動きが取れなかった。
傷が癒えたら、すぐに立ち去ろうと思っていた。

「じゃあ、どうして?」

「しばらく様子を見ていて....
あることにやっと気付いたんだ」

「なに??」

亜紀が食いつくと、
ゾードが目を合わせて、ゆっくりと答えた。

「あいつは―――グラベンは覚醒者じゃない」

「え?――でも...」

瞳の色が違う人は覚醒者だって、前にイルドナさんが言ってた。
先程の敵だって、グラベンさんを覚醒者だって言ってたのに。

「最初は皆、グラベンを覚醒者だと勘違いするんだ。
あんな瞳だしな。
だが、覚醒者どころか何の能力もない…無能なんだ」

グラベンを囲むクラーザとランレートは誰もが怯える、覚醒者と黒魔術師だ。
なのに1番偉そうな顔をしているグラベンは何の力もない。

「だから、すごく気になったんだ。
なんで、あんなに強いクラーザやランレートが無能のグラベンについているのか。すごく知りたくなったんだ」

最初は興味本意だった。

「どうして??」

亜紀も真剣な顔で考える。
ゾードは口を開きかけたが、クスリと笑って言うのを止めた。

「なんでだと思う?自分で答えを探してみな」

「そっそんな...!」

亜紀はここまできて信じられないという顔をした。

(気になる―――っ!)

話の内容はコロコロと変わっていたが、ゾードと亜紀は部屋の掃除をはかどらせながら、話に夢中になった。

ゾードは女とあまり話をしない。
だが、亜紀は目を輝かせて、真剣に話を聞いてくれるので気付かぬうちにペラペラと自分の口が動いてしまう。
話すのが楽しく感じた。

「..この村にいる者は、なにかしら理由を持ってる。
だから皆、立場は同じだ」

「でも、みーちゃんサン達、そう思ってない」

「はは...あいつら、自分らが特別だと思ってんだ。
ちょっと前から、この村にいたってだけで大威張り」

「ほんと!ほんと!」

ゾードと亜紀はいつの間にか顔を見合わせ笑い合っていた。

「この家が女専用で、パザナのいる―――あの家がグラベン達が住む家だと決めたのも、あいつらなんだ。おかしな話だろ?」

穴が空いた窓から1番大きな家が見えた。
まるで、男子寮と女子寮みたいだ。

「なんで分ける??」

「俺には理解できんが、ぬけがけさせない為らしいぜ」

「ぬけが…け...?」

亜紀は言葉の意味がわからず繰り返した。
ゾードはニヤッと笑った。

「お前、クラーザが『好き』なんだろ?」

「え...」

顔を赤くする亜紀。
ゾードは亜紀の頭をポンポンと軽く叩く。

「みね...みーちゃんの名だが、
みねも、クラーザに相当、熱烈だぞ。皆が知ってる。
あいつらに反感食らわないように気をつけろよ。
――って言っても、もう手遅れだな。くははっ!」

ゾードが先程のみーちゃんと亜紀の争いを思い出して笑った。
亜紀は不安な顔をした。

「やっぱり...」

「まぁ、せいぜい泣かされて村を追い出されないようにすることだな」

ゾードは楽しんでいる様子。

「そんな人、いた??」

「ああ、そうだな。
過去にみねの逆鱗に触れて、村から追放された女は何人もいるぞ。むろん、男達には秘密でな......ぶっ!あははっ」

亜紀を怖がらせるように言いながら、吹き出して笑う。

「うぇーん..やだぁ..」

亜紀は自分の仕出かしてしまった出来事に頭を抱えた。

「どうなるか、楽しみだな!」

「んもーっ!!!ゾードさんっ!」

亜紀は頬を膨らませ、持っていた雑巾を投げた。

「あははっ!よせ!」

「ゆるさないぃぃ!」

亜紀は笑いながら、ゾードの腰に手を回しくすぐった。

「わはははっ!やめろやめろ!わかった!悪かった!」

「わ――――――ぁ!!!!」

亜紀はゾードを追いかけ回した。




ふたりの笑い声が、響き渡る――


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