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第六章✬敵も味方も
敵も味方も
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クラーザは遠く離れた森にいた。
「クラーザ、訃報だ」
森の洞窟で待機しているクラーザに、イルドナが歩み寄る。
「蒼史が死んだそうだ。
....あきが聞いたら、また『涙』を流して泣くだろうな」
クラーザとイルドナは新たな盗賊団と財宝を狙っていた。
今はその戦場にいる。
「ならば、あきに聞かせなければいい」
クラーザは顔色ひとつ変えずに答えた。
イルドナも心を乱さない。
長年の付き合いで、クラーザの反応は予想ができていた。
ザッザッ..
「ベルカイヌン様」
クラーザとイルドナの元に盗賊団の若い団長が声をかける。
「...」
クラーザは無言で振り返る。
「夕時になりましたら、作戦通り城に攻め入りましょう」
「人数は確保できたか」
クラーザの問いに団長が頷く。
「はい。ここから数キロ先の滝の洞窟に10名が待機しているのと、選抜された優秀な10名がたった今こちらに到着しました」
クラーザは『わかった』と頷く。
「では、時間になり次第、突入します」
今回、クラーザは手を下さない。
司令塔としてこの洞窟に待機し、任務が終了するのを待つだけだ。
「...私も準備するかな」
イルドナは戦闘の準備にかかった。
クラーザが策を練り、盗賊団と共にイルドナは城に攻め入る予定だ。
イルドナがクラーザの隣で、ガサゴソと荷物をまとめる。
『いってらっしゃい』も『いってきます』も、二人の間にはない。
「....」
クラーザはただ、洞窟から見える城をじっと睨んでいた。
ザッ..
イルドナは出発する。
城に突撃する選抜メンバーと、洞窟を離れていった。
「...ベルカイヌン様」
人が減り、静かになったところに若い団長がまた話かけてくる。
「今ほど、巫女が到着しました」
団長は後ろに控えている巫女を、クラーザの前に誘導する。
「...」
クラーザは黙ってその姿を見た。
「実力のある、とても高名な巫女です。
今回、私が熱望してお連れしました」
若い団長は自慢げに、巫女を紹介してきた。
その巫女とは―――――
「ベルカイヌン...そなたに、こんなに早くまた出会えるとは」
「んっ?お知り合いですか?」
団長がクラーザに尋ねた。
クラーザは団長の問いには答えず、巫女の顔を真っすぐ見て口を開いた。
「―――腕は痛むか」
巫女には左腕がなかった。
...そう、巫女とは新羅のことだった。
蒼史に憑依した時に、
クラーザが蒼史の左腕と共に、新羅の腕も斬り落とした。
「心配ない。一刀両断だったから痛みも一瞬だった」
「なんの話です...??」
団長がふたりの意味深な会話に眉間にシワを寄せる。
「この左腕は、つい最近、ベルカイヌンに斬られたもの。
とても不自由だが、ベルカイヌンを怨んではいない。
こうして再び出会えて良かった」
新羅の本音か嘘か区別のつかない言葉に、団長は焦り驚きつつも、任務遂行の為、この場で騒ぎをおこされないよう気を配った。
「積もる話もありましょうが、
任務が終わってからということで....」
「...」
クラーザは黙って、再び洞窟の外を眺めた。
新羅の突然の登場に、なんの動揺も見せない。
新羅も冷静を装っている。
「それで私は何をすれば?」
わざと新羅は、クラーザのすぐ隣に座った。
肩と肩が触れるくらい側に。
「はい、財宝にかかった邪気を払い除けてほしいのです。
そして城に篭った邪気も」
「いいだろう。では、そなたらの任務とやらが終わるまで、私は出番無しということだな」
偉そうな口調の新羅にも、若い団長は丁寧に受け答えする。
「どうぞ、しばらく休憩を」
ゴゴゴゴ......
外では雷が鳴りだした。
今にも崩れそうな夕空。
「これは嵐が来ますね...」
団長の呟き声が洞窟をこだました。
ゴゴゴゴォォ.....
ザァァァァァァァァァァ.....!!!!
ドォン―――ッッ!
雷が鳴り響き、雨も降り始め、
ついには豪雨へと変わっていった。
遠くで爆発音も聞こえる。
突撃が始まっているのだろう..
ドドォッッン――!!!!
ゴロゴロゴロ.....
ピカッ!
ザァァァァァァァァァァ――――!!!!
すぐに任務完了の知らせがきた。
突撃を開始して、およそ2時間ほどだった。
クラーザの読み通りらしく、テキパキと事は進む。
「ベルカイヌン様、巫女様、それでは城に参りましょう」
団長が声をかけると、クラーザも新羅も立ち上がり城に向かった。
ザァァァァァァァァァァ――――
激しい雨は降り続ける。
城に到着すると、イルドナがクラーザを待っていた。
「クラーザ」
辺りには、戦闘を終えたばかりの戦士達の姿もある。
「どうだ?」
クラーザの言葉にイルドナは首を縦に振った。
「あった。狙い通りだ」
「そうか」
クラーザは玉石を狙っていた。
イルドナから玉石を受け取る。
「...だが、残念ながら、
私の欲しい物は見当たらなかった。金目の物くらいか..」
イルドナはクラーザと行動し、自分の利益は自分で得る。
「お前の欲しい物が俺にはいまいちわからん」
クラーザは関心のない顔をした。
「...まぁ、気分によって変わるからな。
金だったり、酒だったり....
でも結局、いい女がいれば満足かな」
「好きにしろ」
クラーザはイルドナを通り過ぎ、
静まり返った城の中へと入っていった。
イルドナが新羅に気付いたのは、
城に入って、新羅の祈祷が始まってからだった。
「.....」
イルドナは新羅の堂々たる態度に、一瞬、体を固まらせた。
よくも偉そうな大きな顔をして、自分達の前に現れたもんだと、拍手してやりたい気にもなる。
ミールを殺したのは、紛れも無く新羅なのだ。
そして、蒼史も殺したに違いない。
「....」
イルドナはクラーザの顔を盗み見た。
いつもと全く変わらない、冷たい顔付き。
だが、クラーザの心の奥底は、腸が煮え繰り返っているに違いない。
前に傷付いた亜紀を見た時のクラーザの表情は、誰にも見せたことがないくらいに悔しそうで、すごく苦しそうだった。
亜紀と出会ってから、
クラーザに色んな変化が起き始めている。
そんな亜紀を傷付けた新羅だ。
クラーザが許す訳がない。
「...いつ殺る?」
イルドナはクラーザにそっと耳打ちをした。
するとクラーザは不愉快そうな顔をし、イルドナを睨みつけてきた。
「...」
無言でイルドナを否定する、クラーザの紅い眼。
「は?」
イルドナは訳がわからず、クラーザに聞き返した。
「亜紀の瞳を潰したんだぞ?命も狙っている!
生かしておく訳にはいかんだろ!?」
周りに聞こえぬように小さく話すが、思わず力が入る。
「熱くなるな、イルドナ」
クラーザのあまりに冷静な態度に、イルドナはもどかしさを感じた。
「あきが傷付けられたっていうのに、腹がたたないのか!」
「瞳は治った」
軽い返事のクラーザに、イルドナは怒った。
「あきが心配じゃないのか!」
すると、クラーザは横目でイルドナを睨みつけてきた。
「....お前、あきの何だ?」
「....なにって...」
イルドナはクラーザにそう言われて、熱くなっていたことに気付き、自分を取り戻す。
「……危ない危ない。
あきが心配のあまり、ついカッとなってしまった」
最初は亜紀を忌み嫌っていたイルドナだったが、
クラーザと同じく、今では亜紀によって、イルドナもどんどん影響され変化していっている。
クラーザは呆れた顔をした。
「あきのことは俺が決める」
「...だが、新羅は早くどうにかした方がいいんじゃないか?」
「始末なら、いつでもできる」
「.....わかった」
クラーザには何か考えがあるのだと思い、イルドナは言葉を飲んだ。
しばらくして、皆は城の王座の間に集まった。
よだれが出てしまう程のたくさんの財宝を囲み、品定めが始まった。
「では、ベルカイヌン様がお先に」
30人はいる中で、団長はクラーザに優先権を譲った。
他の者は黙って、クラーザが何を選ぶか伺っている。
「いや、俺はいい。玉石を貰ったからな」
「いえ、そういう訳には...何かお選び下さい」
律儀な団長が無理にすすめる。
「そうですよ。ベルカイヌン様がいなければ、この勝利はなかった。なにか選んで下さい」
他の者もクラーザに譲った。
クラーザは財宝に興味はなかったが、なにか選ぶことにした。
王冠に剣...
宝石や飾り物など、財宝と呼ぶ物は全て揃っていた。
中でも皆が欲しがっていた物は、豪華な武器だ。
伝説の剣や斧や盾が、ギラギラと輝いている。
「ならば―――」
「きゃあっ」
亜紀はクラーザの石がついているネックレスを、
後ろから誰かに引っ張られた。
グッと首が絞まる!
「――こんなモノ、つけてんじゃないわよっ!」
ネックレスを引っ張ったのは、たまたま後ろを通りかかったみーちゃんだった。
亜紀が嫌がると、さっと手を放し通り過ぎていく。
「....痛っ..」
亜紀は首元を押さえた。
「大丈夫か?」
すると、横からゾードが出てきた。
ゾードと亜紀は風呂に入ろうと移動中だった。
「..みーちゃん、引っ張った」
亜紀は大事そうに石を元の位置に戻す。
「そんな風に、首に紐を結んでる奴なんか、この国にはいないしなぁ...」
「え?そうなの?」
この世界には、ネックレスをしている者がいないらしい。
亜紀はふと、この世界で出会った者を思い浮かべたが、
――――確かに誰もネックレスをしていなかった。
「だって、首を絞めてくれって言ってるようなモンじゃないか?」
「そんなぁ...」
亜紀はカルチャーショックを受けた。
「でも..クラーザ何も言わなかった」
亜紀の胸を輝かせる石を見つめ、満足そうな顔をしていた。
「だぁから、クラーザは当てにするな。
どうせ、お前を独占してる気分にでもなってるんだろ」
「まっまさか..」
亜紀は頬を赤らめた。
「なんだ...そんなんで喜んでるようじゃ重傷だな」
そう言いながらも、ゾードは笑っていた。
もし―――ネックレスをすることが本当に危険なことなら、
クラーザはそう教えてくれるはず。
クラーザが何も言わないのは、
それほど危険ではないということだ。
「ねっ!ねっ!早くお風呂入る!!」
亜紀はネックレスを肌身離さず付けることに決めた。
「わかった。わーかったから」
ゾードは完全に亜紀のペースにはまっていった。
ガッ―――...
風呂場の戸を開けると、
そこには、みーちゃん達にくっついていた大人しい二人と、
また新たな女が一人、なにやら揉め事を起こしていた。
「なにしてるのっ!」
亜紀はすかさず、間に割って入っていった。
一目見ただけで、大人しかった二人が乱暴しているとわかったからだ。
二人はホウキやバケツを持ち、暗い表情をしている女に暴力を振るっている。
「行こっ」
「うん」
二人はそそくさと風呂場を出て行った。
出入口にいたゾードは、
二人を引き止めず、出て行くのを見送った。
「――あなた、だいじょ...」
「触らないで!!!」
「―――っ」
差し出した亜紀の手を、
その暗い表情の女は、側に落ちていたバケツで遮った。
「私に――触らないで!」
念を押すように再びそういうと、その女は亜紀に礼も言わずに、さっさと風呂場を出て行った。
「....」
「あいつは、あんな奴だ。いちいち気にかけんな」
ゾードが落ち込む亜紀に声をかけた。
「ゾードさん....」
夏も終わりかけの夜―――
パザナの大きな家では、夜遅くまで明かりが灯っていた。
亜紀がいう男子寮で、グラベン、ランレート、フッソワ、アダ、
そして、アコスが夜な夜な宴会を賑やかに繰り広げている。
少し離れた、女子寮では、お局的な存在のみーちゃんや楓やかゆ達が、せっせと村の管理をしている。
女だが、男のようなゾードは浮いた存在でもあった。
が、今は亜紀と顔を見合わせて笑っている。
「うわぁ―――!」
亜紀は脱衣所の扉を開けて、歓喜の声を上げた。
「大きいっっ!!!!」
亜紀の反応を見て、隣でゾードが笑った。
風呂は外にあった。
その場所には温泉が湧いていたのだ。
湯気が立ち込める中で、ゾードと亜紀は温泉に入った。
「....」
「どうしたの?」
いきなり静かになるゾードの顔を、亜紀は覗き込んだ。
ゾードは亜紀の肩に触れる。
「...本当に、透けてしまいそうだな...
同じ人間とは.....思えない」
ゾードは亜紀の白い身体をマジマジと見た。
漆黒の髪色とは反対に、白い肌。
細く小さく、美しい...
「そんな言うなら、ゾードさん同じ。すごくキレイ...」
湯で温まった亜紀は頬をピンク色に染めている。
亜紀の微笑は女神の微笑みだ。
「キレイって...俺のどこが」
ゾードはバシャっと湯から腕を上げ、筋肉のついた黒く焼けた肌を見つめる。
「ほら!長い手!ピチピチ!胸大きい!ずるい!!!」
亜紀はわざとゾードの身体をベタベタと触った。
男だと見間違えてしまう程に、
ゾードは背が高く筋肉質だ。
しかし、豊富な胸もあり、脚はしなやかで長かった。
亜紀は本気でゾードを美しく思った。
男であり、女でもある、魅力的なゾードに。
「そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。
男か女か、わからんと言われてきたのだが...」
ふとしたゾードのこの言葉は、
後から考えれば、ゾードの弱みだったのかもしれない。
「なんで!?男の人より100倍強い!
普通の女の人より100倍素敵!」
亜紀のこの不完全な言葉が、
ゾードの胸を深く突いた。
「............」
ゾードは目を丸くして、亜紀を見つめた。
「...ヘンかなぁ」
亜紀が自分の言葉が悪かったのかと心配になった。
「ふっ...ははは....なるほどね。
お前がそんなだから、あの氷のようなクラーザが夢中になる訳だ」
「お前ちがう!亜紀!」
亜紀は照れ隠しに、お湯をゾードの顔にかけた。
「ぶっ...」
ゾードは顔を拭い、亜紀の顔を睨んだ。
「この野郎―――っ!」
「わっ!...きゃっ!!!!」
ゾードは亜紀に飛びかかり、
からかって、ギュッと抱き着いた。
亜紀は思わずアハハッと声を出して笑った。
湯から上がった二人は、
昼間に掃除したゾードの部屋でくつろいでいた。
「...」
亜紀は今までに友人にしたことのない新しいタイプのゾードを見つめた。
ゾードは穴が空いた窓に、布を張り付ける。
ザァァッ....!!!
すると、そこに強い風が吹いた。
「――――」
ゾードは剥がれる布をしっかり握る。
ドサッ―――!
そこへ、アダが現れた。
「なにやってんだ」
「....急に現れて、アダこそ何しに来たんだ」
アダとゾードは男友達のようだ。
「ゾード来い」
アダがゾードを呼び出しに来た。
アダの格好を見ると、宴会の誘いなどではなく、危険な場所に行くような...
「ゾードさん...どこ行く..?」
亜紀は不安になり、ゾードの腕にしがみついた。
「あきも一緒だったか」
アダが亜紀に気付き、外を指差した。
「え..」
「ランレートが外で待ってる」
アダは言葉足らずで説明すると、
外に来るよう顎で合図した。
ザッ...
アダは穴が空いた窓から現れ、またすぐに消えた。
ゾードが亜紀の肩に手を置いた。
「アダと見回りに行ってくる。
その間、ランレートとお茶でもしてろ。
眠たければ寝ていてもいいし…」
もう真夜中だ。
やっと一日が終わると思ったのに...
「ゾードさん、気をつける...」
「誰に言ってんだ。心配など必要ないさ」
ゾードはニコリと笑った。
ゾードに連れられ、女子寮を出ると、ランレートが寒そうに立っていた。
「あっ..あきちゃん!」
パッと顔を明るくするランレート。
「んじゃ、またな」
ゾードは軽く亜紀の頭を叩くと、あっという間に飛んでいってしまった。
「....あっ...」
亜紀はゾードの後ろ姿を眺め、無事を祈った。
「さぁ、あきちゃん、部屋に入ろう。風邪ひいちゃうよ」
ランレートが優しく亜紀の肩を抱き、男子寮へとそっと案内した。
「えっ...でも、こっちはダメだって...みーちゃんが..」
ぬけがけしたと、また喧嘩を売られてしまう。
「だから、見つからないようにだよ。しぃ――...」
ランレートは口の前に人差し指を当て、ウィンクした。
大丈夫かな...と心配しながら、
亜紀は男子寮に少し興味があり、すんなりと着いて行った。
ギシッ...ギシッ...ギシッ...ギシッ...
古い廊下を歩く。
「まだグラベン君達が部屋で飲んでるから、見つからないようにね。特にフッソワ君がうるさいから」
ランレートが悪戯っ子のように笑い、足音を消すように亜紀に指示した。
ワイワイガヤガヤと騒がし部屋の前を、ドキドキしながら通過し、渡り廊下に出た。
「...ふぅ」
「ここまで来たら、もう大丈夫だからね」
どうやら、ここからは一人一人の部屋が並んでいるようだ。
亜紀はあちこちを見渡した。
「ああ..心配しなくていいよ。
ここからは、私とクラーザとアダの部屋しかないから」
「そっそうなの...」
「うん。今通ってきた宴会場を分岐点に、右側がグラベン君とフッソワ君の部屋、左側に私達の部屋があるんだ。
それで、真っすぐ行くと道場があって、奥に行くとパザナ婆さんの部屋に行くんだ」
「はぁ...」
言葉だけでは、あまりよくイメージできなかったが、
まぁとにかく、ここは安全な区域らしい。
ランレートの部屋は意外にも普通だった。
和室だがベッドがあり、洒落たテーブルがあり、窓にはレースのカーテンが引かれていた。
「あっ言っとくけど、私の趣味じゃないよ。
グラベン君が私にこの部屋をくれたんだ」
「....」
亜紀はどこか緊張してしまい、テーブルの前で正座した。
(ランさんは、オカマっぽいけど、素敵な男の人だもん...)
「そんな緊張しないでよぉー。
私も緊張しちゃうじゃん」
ランレートが和ませようと笑い飛ばすと、亜紀はホッとした。
翌朝、朝一でイルドナが村にやって来た。
たくさんの財宝を抱えて、
グラベン達の前に差し出す。
「わぁさすがだねー」
ランレートが大袈裟に驚いてみせた。
「んで、玉石はあったのかよ?」
グラベンが寝起きでボサボサの頭を掻きむしりながら言う。
「ああ、クラーザの言った通りだった」
「やるなぁークラーザ様はよぉ」
フッソワが悔しがりながら言う。
「クラーザは一緒じゃないの?」
ランレートが財宝をいじりながら尋ねた。
「別のヤボ用が入った。
すぐ終わらせると言っていたが、先に私に玉石を持っていくようにと」
そう言って、イルドナは玉石をグラベンに渡した。
「おう、サンキューな」
「.....ん..」
亜紀はゆっくりと目を覚ました。
「......」
温かい布団に寝かされていた。
「ラン...さん...?」
辺りを見ても、ランレートの姿はなかった。
それどころか、昨夜見たランレートの部屋でなくなっていた。
もちろん、亜紀やゾードの部屋でもない。
とても殺風景な部屋だった。
布団が敷かれていて、大きな本棚があった。
その他は何もなかった。
バフッ...
亜紀はもう一度、布団にうずくまった。
(クラーザの...香りがする..)
ほんの微かだが、クラーザの匂いがした。
(クラーザの部屋だぁ....)
亜紀は枕をギュッと抱きしめ、目を閉じた。
「クラーザァ...会いたいよ...」
男子寮の広い宴会場では、
女達の財宝の品定めが始まっていた。
「きゃあぁぁ!私これがいい!」
みーちゃんがあれやこれやと宝を奪っていく。
「私はこの短剣と、王冠と、あっ!これも欲しい!」
楓も必死で選んでいく。
かゆや大人しい二人も、ペチャクチャとしゃべりながら嬉しそうに品を物色し合った。
「おいおい、紅乃亜紀の分も残しておいてやれよー」
グラベンが口を挟んでも、女達は財宝に必死だ。
すると、みーちゃんが王冠を被りながら、グラベンを睨んだ。
「うっさいわねー。
こんなの早い者勝ちに決まってんでしょー!」
「なんだ、おめぇーら。
意地汚ねぇーなぁー。誰か呼んできてやれよ」
グラベンが苦笑いする。
「あ...じゃあ、私があきちゃんを呼んでくるよ」
ランレートが慌てて部屋を出ようとすると、かゆが引き止める。
「男はダメよ。私が呼んでくるわ」
かゆが嫌そうに役を買って出た。
「いや...私が...」
ランレートは焦った。
亜紀の部屋に行っても亜紀はいないからだ。
「なら、俺が連れて来る」
ゾードがかゆに言った。
「...じゃあ、ゾードさんお願い」
「....」
ランレートはゾードと目を合わせホッとした。
ゾードは男子寮を出て行くフリをして、亜紀がいるであろうランレートの部屋に向かった。
が、いなかったので、クラーザの部屋に入る。
ガ――――...
引き戸を開け、中を覗くと、亜紀は布団に包まり、物思いにふけっていた。
「お前は...ホント可愛い奴だな」
「....ゾードさんっ!」
亜紀は飛び起き、笑顔でゾードに駆け寄った。
「ほら、行くぞ」
「え??」
亜紀はゾードに手を引かれ、クラーザの部屋を後にした。
亜紀が宴会場に到着すると、
もう既に、財宝たちは取り分けられ、余り物が残っていた。
亜紀が入ってくるなり、みーちゃんは大きな声で独り言を呟く。
「この腕輪ってさー!
私が欲しいって言ってたデザインなのよねー!
クラーザさんったら、私の言葉覚えてて私の為に選んでくれたんだわぁ!」
皆は苦笑いするが、誰もみーちゃんを咎めない。
「がははっ!なるほどな!
趣味ワリー腕輪だと思ったぜぇ!」
フッソワがみーちゃんを馬鹿にする。
「なによ!フッソワ君に趣味が悪いなんて言われたくなーいー!」
フッソワとみーちゃんはじゃれている。
しかし隣で、イルドナが水を差した。
「あ――...これは全て、私が選んだ物なんだが..」
「へっ?じゃぁクラーザさんが選んだ物はどれなのよー!」
みーちゃんが慌てて、イルドナの身体を揺すって尋ねる。
「あぁ――...すまん、ない」
「なによそれー!!!!」
みーちゃんの態度に、一同が笑った。
仲間に入れない亜紀に、アコスが話しかけてきた。
「ほら、あきも欲しいモン選べよ。まだ腕輪も髪飾りもあるよ」
「そうだぜ、紅乃亜紀。
余りモンしかねぇーけど、まだまだイイもんあるぜ」
グラベンが亜紀に何か選ぶように指差した。
「え....アタシはいい」
亜紀は笑顔で遠慮した。
豪華過ぎる王冠に髪飾りにイヤリングたち。
剣や刀なんかは、持っていても、亜紀には使えない。
それになにより――――
(..アタシには、クラーザからもらったネックレスがあるもの)
「何か一つもらっておけ」
ゾードが亜紀の肩に手を乗せると、
亜紀は空気を読んで少し考えた。
「じゃぁ...これ、ください」
亜紀はシルクのような薄い織物を手に取った。
「おう!ドンドン持ってけ」
グラベンが笑顔で頷いた。
「ありがと..」
(やったぁ...!
これでクラーザに何か作ってあげよう!何がいいかなぁ…)
亜紀は織物を大事に抱えて、想像を膨らませた。
グラベン達とみーちゃん達が仲良く話をしている時に、
そっとイルドナが亜紀に近付いてくる。
「...後でお前に見せたい物が」
「え!なぁに?」
亜紀もなぜか小声でイルドナに尋ねた。
亜紀の隣でゾードが微笑んでいる。
「ゾードさん、知ってるの?」
亜紀はイルドナとゾードの顔を交互に見た。
イルドナは縦に頷いて、亜紀の耳元に手を添えて、本格的にヒソヒソ話をしてきた。
「クラーザからお前に土産があるんだ。
もう、お前の部屋に運んでおいてもらった」
「えっ...!」
亜紀は驚きの顔でゾードを見た。
「俺が今朝のうちに運んでやったんだぜ。見に行くか?」
ゾードが得意気な顔で微笑んできた。
「うんっ!!!」
イルドナとゾードの二人は話もしたことはなかったが、
亜紀の嬉しそうな顔を見ると、顔を見合わせて微笑み合う。
皆が朝食を取っている間に、
イルドナとゾードと亜紀は、男子寮を出てひっそりと女子寮に向かった。
「なにかな...」
亜紀はソワソワして、舞い上がる気持ちを懸命に抑える。
「なにがいい?」
ゾードが亜紀に笑顔で聞く。
「えー...なんでもいい!」
ゾードと亜紀が微笑み合う姿を、イルドナは後ろから見ていた。
ゾードの顔付きは、二・三日前に見た顔とは全く違っていた。
(まるで、いつかのクラーザを見ているようだ...)
穏やかな顔で、戦いの中に生きている目ではない。
昔はそんな顔付きをするクラーザを許せなく感じたが、
今はそうは思わない。
なぜだ.....?
それは亜紀のせいだ。
亜紀がそうさせるんだ。
亜紀は私達に足りない何かを、
私達の知らない何かを、無償で与えてくれる。
亜紀は胸を弾ませながら、自分の部屋の戸を開けた。
ガァ――――...
「あ...!」
亜紀は小さな声を上げ、口元を手で隠した。
「どうした?早く中に入ろうぜ」
期待していた反応と違い、
ゾードは拍子抜けた顔で亜紀の背中を押す。
亜紀のことだから、てっきり『わぁーい!!』と両手を上げて部屋に駆け込むと思ったのに...
「イ...イルドナさん...これ..」
亜紀は身体を固まらせ、微動だにしない。
「そうだ。お前の大切な物なんだろ?」
「...あぁ...ああ..」
亜紀は震える口元を押さえる。
「なんだ?どうしたんだ?気に入らないのか?」
ゾードが心配そうな顔で、亜紀の顔を覗き込んだ。
イルドナは亜紀を急かすゾードを引き止め、ニコリと笑った。
「....」
ゾードは状況が上手く把握できずに首を傾げる。
「...どうして....」
亜紀は今にも泣き出しそうな声を出す。
イルドナは満足気な笑みで、亜紀の肩にそっと手をかけた。
「私が話したら、クラーザが..」
『あきは、キレイ好きだからな…』
そこには..
大きな大きな...見たこともないような、
大きな鏡が置いてあった。
イルドナは亜紀の肩を抱き、その大きな鏡の前に導いた。
「私がお前の大切にしていた鏡を壊してしまったことがあっただろ?それを前に、クラーザに話したんだ。
そうしたら、クラーザが見つけてきたんだ。あきにってな」
亜紀は震える手で、鏡に触れた。
「...あぁ......」
畳み一枚分はある大きな鏡は、
金のフチで象られ、隅々に輝かしいダイヤのような石がちりばめられていた。
スゥゥ―――...
亜紀は細く白い指先で、鏡をなぞった。
「良かったな、あき」
イルドナが頭を撫でた。
そしてその瞬間、涙をこぼす亜紀を抱きしめて包んでやった。
「....クラーザァ...」
「..よしよし、お前は本当によく泣くよな。
これは、クラーザも手がかかるハズだ」
イルドナはクラーザの代わりに亜紀を優しく抱きしめてやった。
「可愛い奴だな..」
ゾードも亜紀に近付いて、頭を撫でてやった。
こちらの世界では、鏡はなかなか手に入る物ではなかった。
だから現に、イルドナは鏡という存在を知らなかった。
が、しかし、色んな物を知るクラーザは知っていた。
盗賊であるアコスも知っている。
イルドナは財宝に疎かったから知らなかっただけだ。
「みね達が知ったら、ヤキモチ焼いてカンカンになって怒るだろうな」
ゾードがクスクスと笑う。
「アタシ...大事する」
「そうしてやれ。クラーザも喜ぶ」
イルドナも笑った。
クラーザのいる洞窟は、多くの敵に取り囲まれていた。
ワァァァァァ―――――
すぐ側で敵の怒号が響いている。
「行くのか...ベルカイヌン」
新羅が外を睨んでいるクラーザの腕に手をかけた。
洞窟の中では、仕事で手を組んだ盗賊達がざわめいている。
「もう用はない」
クラーザはさっさとこの場を立ち去ろうとする。
「...また会えるか」
新羅が新羅の中の女をチラつかせる。
クラーザは力の篭った強い視線で、新羅を見た。
「次に会うことがあれば…」
「そなたが、私を殺しにくる時――――――か..?」
新羅はクラーザの殺気に気付いていた。
「―――」
クラーザは答えず、紅い眼で何かを訴える。
「そなたの為にしたことじゃ…!」
新羅は瞳を潤ませて、クラーザにしがみついた。
「放せ、新羅」
クラーザの低くくて冷たい声。
その視線も、新羅を切り裂くような冷たく痛いものだ。
「なぜじゃ...」
ググッ...
新羅はクラーザの腕を握る手に力をこめた。
「....」
クラーザは腕に食い込む新羅の手を見た。
新羅はこの任務に参加し、鋼の義手を手に入れた。
新羅の熱い手と冷たい義手が、クラーザの腕をしっかりと握りしめる。
「――ーーなぜこうなった…!!
そなたとは...ずっとずっと…ずっと共に生きてゆけると思っておったのに...!!!!」
ググッ...!!!
「放せ..」
「あの女がぁ..!あの憎き妖魔女が私たちの未来を狂わせたのじゃ...!!!!」
「その腕、もう一度斬り落とすぞ!」
カッ!!!!
クラーザは脅しなどではなく本気で刀を振り上げた!
バッ...
新羅は咄嗟に飛び退いた。
「ベルカイヌン.....」
愛しい者を見る目で、新羅はクラーザを見つめる。
「目を覚ましておくれ...
もうあの女はいない。もう忘れろ....」
新羅は亜紀が死んだと思い込んでいた。
亜紀の瞳を貫いた魔毒の針が、そう示したからだ。
「悪いが、あいつは死んでなどいない」
クラーザが刀で空を斬り、ビュッビュッと音をならす。
新羅の顔付きが変わる。
恋する乙女から...鬼のような形相に。
「なんだと...?そんな訳がない。寝ぼけるな」
新羅の物々しい気迫にも、
クラーザはまだ怒りを隠し冷静を装う。
「あいつの瞳が治ってなければ、
お前の目を即座に潰していたところだ」
「なん....だとっ..!」
亜紀の潰した瞳は治せるハズがない。
「目を覚ますのは、新羅、お前の方だ。
あきが現れていなくとも、俺はお前などとは生きてはいかん」
クラーザは言い切ると新羅に背を向けた。
「まっ....待て..!!!!」
新羅はクラーザの背に、義手を突き当てた。
....ドックン..ドックン...ドックン...ドックン..ドックン....
新羅の心臓が荒々しい音を立てて唸る。
「行かせぬ...妖瑪のところになぞ、行かせてやるものか...!」
義手が微かに震える。
怖さか?それとも喜びか?
「....」
クラーザはふいに、顔だけ新羅に振り向く。
無言の圧力...
「あっ...あぁっ...」
新羅がいきなり動揺を見せた。
そして、堪えきれなくなりクラーザに抱き着いた。
「...違う!こんなんじゃない!
ベルカイヌン、そなたを妖瑪になど渡したくない!
絶対に絶対じゃ!!!私は許しはせぬ!」
クラーザは新羅を無造作に振り払った。
「何もするな」
「断る!そなたが私の元に帰ってこない限りは、私は妖瑪を呪って呪って呪い殺してやる!!!!」
新羅の憎しみで溢れた目を、
クラーザは真っすぐに見る。
「妖瑪などと汚らわしい名で呼ぶな。
あきだ。あきには俺が近付けさせん」
そう言うと、クラーザは敵の待つ嵐の中に飛び込んでいった。
ワアァァァアァアァァ――――!!!!
ゴォォォォォ!!!!!!!!
洞窟を出ると、岩山に囲まれた砂漠に出た!
辺りには隠れるような場所もなく、
殺風景な景色が広がっている!
大勢の敵は、クラーザの姿を捕らえ、一気に攻めてきた!
ブォオォォオオオ――――!!!!
クラーザの着地する場所に、強い風が巻きおこる!
砂が散り、目を覆い隠す者から、クラーザは斬りかかる!
ザァンン!!!!
長い刀を振り回す!
ドン...
クラーザに首を斬られた者が地面に倒れ込むと、その場にいた者全員がクラーザに飛びかかった!!
「クラーザ、訃報だ」
森の洞窟で待機しているクラーザに、イルドナが歩み寄る。
「蒼史が死んだそうだ。
....あきが聞いたら、また『涙』を流して泣くだろうな」
クラーザとイルドナは新たな盗賊団と財宝を狙っていた。
今はその戦場にいる。
「ならば、あきに聞かせなければいい」
クラーザは顔色ひとつ変えずに答えた。
イルドナも心を乱さない。
長年の付き合いで、クラーザの反応は予想ができていた。
ザッザッ..
「ベルカイヌン様」
クラーザとイルドナの元に盗賊団の若い団長が声をかける。
「...」
クラーザは無言で振り返る。
「夕時になりましたら、作戦通り城に攻め入りましょう」
「人数は確保できたか」
クラーザの問いに団長が頷く。
「はい。ここから数キロ先の滝の洞窟に10名が待機しているのと、選抜された優秀な10名がたった今こちらに到着しました」
クラーザは『わかった』と頷く。
「では、時間になり次第、突入します」
今回、クラーザは手を下さない。
司令塔としてこの洞窟に待機し、任務が終了するのを待つだけだ。
「...私も準備するかな」
イルドナは戦闘の準備にかかった。
クラーザが策を練り、盗賊団と共にイルドナは城に攻め入る予定だ。
イルドナがクラーザの隣で、ガサゴソと荷物をまとめる。
『いってらっしゃい』も『いってきます』も、二人の間にはない。
「....」
クラーザはただ、洞窟から見える城をじっと睨んでいた。
ザッ..
イルドナは出発する。
城に突撃する選抜メンバーと、洞窟を離れていった。
「...ベルカイヌン様」
人が減り、静かになったところに若い団長がまた話かけてくる。
「今ほど、巫女が到着しました」
団長は後ろに控えている巫女を、クラーザの前に誘導する。
「...」
クラーザは黙ってその姿を見た。
「実力のある、とても高名な巫女です。
今回、私が熱望してお連れしました」
若い団長は自慢げに、巫女を紹介してきた。
その巫女とは―――――
「ベルカイヌン...そなたに、こんなに早くまた出会えるとは」
「んっ?お知り合いですか?」
団長がクラーザに尋ねた。
クラーザは団長の問いには答えず、巫女の顔を真っすぐ見て口を開いた。
「―――腕は痛むか」
巫女には左腕がなかった。
...そう、巫女とは新羅のことだった。
蒼史に憑依した時に、
クラーザが蒼史の左腕と共に、新羅の腕も斬り落とした。
「心配ない。一刀両断だったから痛みも一瞬だった」
「なんの話です...??」
団長がふたりの意味深な会話に眉間にシワを寄せる。
「この左腕は、つい最近、ベルカイヌンに斬られたもの。
とても不自由だが、ベルカイヌンを怨んではいない。
こうして再び出会えて良かった」
新羅の本音か嘘か区別のつかない言葉に、団長は焦り驚きつつも、任務遂行の為、この場で騒ぎをおこされないよう気を配った。
「積もる話もありましょうが、
任務が終わってからということで....」
「...」
クラーザは黙って、再び洞窟の外を眺めた。
新羅の突然の登場に、なんの動揺も見せない。
新羅も冷静を装っている。
「それで私は何をすれば?」
わざと新羅は、クラーザのすぐ隣に座った。
肩と肩が触れるくらい側に。
「はい、財宝にかかった邪気を払い除けてほしいのです。
そして城に篭った邪気も」
「いいだろう。では、そなたらの任務とやらが終わるまで、私は出番無しということだな」
偉そうな口調の新羅にも、若い団長は丁寧に受け答えする。
「どうぞ、しばらく休憩を」
ゴゴゴゴ......
外では雷が鳴りだした。
今にも崩れそうな夕空。
「これは嵐が来ますね...」
団長の呟き声が洞窟をこだました。
ゴゴゴゴォォ.....
ザァァァァァァァァァァ.....!!!!
ドォン―――ッッ!
雷が鳴り響き、雨も降り始め、
ついには豪雨へと変わっていった。
遠くで爆発音も聞こえる。
突撃が始まっているのだろう..
ドドォッッン――!!!!
ゴロゴロゴロ.....
ピカッ!
ザァァァァァァァァァァ――――!!!!
すぐに任務完了の知らせがきた。
突撃を開始して、およそ2時間ほどだった。
クラーザの読み通りらしく、テキパキと事は進む。
「ベルカイヌン様、巫女様、それでは城に参りましょう」
団長が声をかけると、クラーザも新羅も立ち上がり城に向かった。
ザァァァァァァァァァァ――――
激しい雨は降り続ける。
城に到着すると、イルドナがクラーザを待っていた。
「クラーザ」
辺りには、戦闘を終えたばかりの戦士達の姿もある。
「どうだ?」
クラーザの言葉にイルドナは首を縦に振った。
「あった。狙い通りだ」
「そうか」
クラーザは玉石を狙っていた。
イルドナから玉石を受け取る。
「...だが、残念ながら、
私の欲しい物は見当たらなかった。金目の物くらいか..」
イルドナはクラーザと行動し、自分の利益は自分で得る。
「お前の欲しい物が俺にはいまいちわからん」
クラーザは関心のない顔をした。
「...まぁ、気分によって変わるからな。
金だったり、酒だったり....
でも結局、いい女がいれば満足かな」
「好きにしろ」
クラーザはイルドナを通り過ぎ、
静まり返った城の中へと入っていった。
イルドナが新羅に気付いたのは、
城に入って、新羅の祈祷が始まってからだった。
「.....」
イルドナは新羅の堂々たる態度に、一瞬、体を固まらせた。
よくも偉そうな大きな顔をして、自分達の前に現れたもんだと、拍手してやりたい気にもなる。
ミールを殺したのは、紛れも無く新羅なのだ。
そして、蒼史も殺したに違いない。
「....」
イルドナはクラーザの顔を盗み見た。
いつもと全く変わらない、冷たい顔付き。
だが、クラーザの心の奥底は、腸が煮え繰り返っているに違いない。
前に傷付いた亜紀を見た時のクラーザの表情は、誰にも見せたことがないくらいに悔しそうで、すごく苦しそうだった。
亜紀と出会ってから、
クラーザに色んな変化が起き始めている。
そんな亜紀を傷付けた新羅だ。
クラーザが許す訳がない。
「...いつ殺る?」
イルドナはクラーザにそっと耳打ちをした。
するとクラーザは不愉快そうな顔をし、イルドナを睨みつけてきた。
「...」
無言でイルドナを否定する、クラーザの紅い眼。
「は?」
イルドナは訳がわからず、クラーザに聞き返した。
「亜紀の瞳を潰したんだぞ?命も狙っている!
生かしておく訳にはいかんだろ!?」
周りに聞こえぬように小さく話すが、思わず力が入る。
「熱くなるな、イルドナ」
クラーザのあまりに冷静な態度に、イルドナはもどかしさを感じた。
「あきが傷付けられたっていうのに、腹がたたないのか!」
「瞳は治った」
軽い返事のクラーザに、イルドナは怒った。
「あきが心配じゃないのか!」
すると、クラーザは横目でイルドナを睨みつけてきた。
「....お前、あきの何だ?」
「....なにって...」
イルドナはクラーザにそう言われて、熱くなっていたことに気付き、自分を取り戻す。
「……危ない危ない。
あきが心配のあまり、ついカッとなってしまった」
最初は亜紀を忌み嫌っていたイルドナだったが、
クラーザと同じく、今では亜紀によって、イルドナもどんどん影響され変化していっている。
クラーザは呆れた顔をした。
「あきのことは俺が決める」
「...だが、新羅は早くどうにかした方がいいんじゃないか?」
「始末なら、いつでもできる」
「.....わかった」
クラーザには何か考えがあるのだと思い、イルドナは言葉を飲んだ。
しばらくして、皆は城の王座の間に集まった。
よだれが出てしまう程のたくさんの財宝を囲み、品定めが始まった。
「では、ベルカイヌン様がお先に」
30人はいる中で、団長はクラーザに優先権を譲った。
他の者は黙って、クラーザが何を選ぶか伺っている。
「いや、俺はいい。玉石を貰ったからな」
「いえ、そういう訳には...何かお選び下さい」
律儀な団長が無理にすすめる。
「そうですよ。ベルカイヌン様がいなければ、この勝利はなかった。なにか選んで下さい」
他の者もクラーザに譲った。
クラーザは財宝に興味はなかったが、なにか選ぶことにした。
王冠に剣...
宝石や飾り物など、財宝と呼ぶ物は全て揃っていた。
中でも皆が欲しがっていた物は、豪華な武器だ。
伝説の剣や斧や盾が、ギラギラと輝いている。
「ならば―――」
「きゃあっ」
亜紀はクラーザの石がついているネックレスを、
後ろから誰かに引っ張られた。
グッと首が絞まる!
「――こんなモノ、つけてんじゃないわよっ!」
ネックレスを引っ張ったのは、たまたま後ろを通りかかったみーちゃんだった。
亜紀が嫌がると、さっと手を放し通り過ぎていく。
「....痛っ..」
亜紀は首元を押さえた。
「大丈夫か?」
すると、横からゾードが出てきた。
ゾードと亜紀は風呂に入ろうと移動中だった。
「..みーちゃん、引っ張った」
亜紀は大事そうに石を元の位置に戻す。
「そんな風に、首に紐を結んでる奴なんか、この国にはいないしなぁ...」
「え?そうなの?」
この世界には、ネックレスをしている者がいないらしい。
亜紀はふと、この世界で出会った者を思い浮かべたが、
――――確かに誰もネックレスをしていなかった。
「だって、首を絞めてくれって言ってるようなモンじゃないか?」
「そんなぁ...」
亜紀はカルチャーショックを受けた。
「でも..クラーザ何も言わなかった」
亜紀の胸を輝かせる石を見つめ、満足そうな顔をしていた。
「だぁから、クラーザは当てにするな。
どうせ、お前を独占してる気分にでもなってるんだろ」
「まっまさか..」
亜紀は頬を赤らめた。
「なんだ...そんなんで喜んでるようじゃ重傷だな」
そう言いながらも、ゾードは笑っていた。
もし―――ネックレスをすることが本当に危険なことなら、
クラーザはそう教えてくれるはず。
クラーザが何も言わないのは、
それほど危険ではないということだ。
「ねっ!ねっ!早くお風呂入る!!」
亜紀はネックレスを肌身離さず付けることに決めた。
「わかった。わーかったから」
ゾードは完全に亜紀のペースにはまっていった。
ガッ―――...
風呂場の戸を開けると、
そこには、みーちゃん達にくっついていた大人しい二人と、
また新たな女が一人、なにやら揉め事を起こしていた。
「なにしてるのっ!」
亜紀はすかさず、間に割って入っていった。
一目見ただけで、大人しかった二人が乱暴しているとわかったからだ。
二人はホウキやバケツを持ち、暗い表情をしている女に暴力を振るっている。
「行こっ」
「うん」
二人はそそくさと風呂場を出て行った。
出入口にいたゾードは、
二人を引き止めず、出て行くのを見送った。
「――あなた、だいじょ...」
「触らないで!!!」
「―――っ」
差し出した亜紀の手を、
その暗い表情の女は、側に落ちていたバケツで遮った。
「私に――触らないで!」
念を押すように再びそういうと、その女は亜紀に礼も言わずに、さっさと風呂場を出て行った。
「....」
「あいつは、あんな奴だ。いちいち気にかけんな」
ゾードが落ち込む亜紀に声をかけた。
「ゾードさん....」
夏も終わりかけの夜―――
パザナの大きな家では、夜遅くまで明かりが灯っていた。
亜紀がいう男子寮で、グラベン、ランレート、フッソワ、アダ、
そして、アコスが夜な夜な宴会を賑やかに繰り広げている。
少し離れた、女子寮では、お局的な存在のみーちゃんや楓やかゆ達が、せっせと村の管理をしている。
女だが、男のようなゾードは浮いた存在でもあった。
が、今は亜紀と顔を見合わせて笑っている。
「うわぁ―――!」
亜紀は脱衣所の扉を開けて、歓喜の声を上げた。
「大きいっっ!!!!」
亜紀の反応を見て、隣でゾードが笑った。
風呂は外にあった。
その場所には温泉が湧いていたのだ。
湯気が立ち込める中で、ゾードと亜紀は温泉に入った。
「....」
「どうしたの?」
いきなり静かになるゾードの顔を、亜紀は覗き込んだ。
ゾードは亜紀の肩に触れる。
「...本当に、透けてしまいそうだな...
同じ人間とは.....思えない」
ゾードは亜紀の白い身体をマジマジと見た。
漆黒の髪色とは反対に、白い肌。
細く小さく、美しい...
「そんな言うなら、ゾードさん同じ。すごくキレイ...」
湯で温まった亜紀は頬をピンク色に染めている。
亜紀の微笑は女神の微笑みだ。
「キレイって...俺のどこが」
ゾードはバシャっと湯から腕を上げ、筋肉のついた黒く焼けた肌を見つめる。
「ほら!長い手!ピチピチ!胸大きい!ずるい!!!」
亜紀はわざとゾードの身体をベタベタと触った。
男だと見間違えてしまう程に、
ゾードは背が高く筋肉質だ。
しかし、豊富な胸もあり、脚はしなやかで長かった。
亜紀は本気でゾードを美しく思った。
男であり、女でもある、魅力的なゾードに。
「そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。
男か女か、わからんと言われてきたのだが...」
ふとしたゾードのこの言葉は、
後から考えれば、ゾードの弱みだったのかもしれない。
「なんで!?男の人より100倍強い!
普通の女の人より100倍素敵!」
亜紀のこの不完全な言葉が、
ゾードの胸を深く突いた。
「............」
ゾードは目を丸くして、亜紀を見つめた。
「...ヘンかなぁ」
亜紀が自分の言葉が悪かったのかと心配になった。
「ふっ...ははは....なるほどね。
お前がそんなだから、あの氷のようなクラーザが夢中になる訳だ」
「お前ちがう!亜紀!」
亜紀は照れ隠しに、お湯をゾードの顔にかけた。
「ぶっ...」
ゾードは顔を拭い、亜紀の顔を睨んだ。
「この野郎―――っ!」
「わっ!...きゃっ!!!!」
ゾードは亜紀に飛びかかり、
からかって、ギュッと抱き着いた。
亜紀は思わずアハハッと声を出して笑った。
湯から上がった二人は、
昼間に掃除したゾードの部屋でくつろいでいた。
「...」
亜紀は今までに友人にしたことのない新しいタイプのゾードを見つめた。
ゾードは穴が空いた窓に、布を張り付ける。
ザァァッ....!!!
すると、そこに強い風が吹いた。
「――――」
ゾードは剥がれる布をしっかり握る。
ドサッ―――!
そこへ、アダが現れた。
「なにやってんだ」
「....急に現れて、アダこそ何しに来たんだ」
アダとゾードは男友達のようだ。
「ゾード来い」
アダがゾードを呼び出しに来た。
アダの格好を見ると、宴会の誘いなどではなく、危険な場所に行くような...
「ゾードさん...どこ行く..?」
亜紀は不安になり、ゾードの腕にしがみついた。
「あきも一緒だったか」
アダが亜紀に気付き、外を指差した。
「え..」
「ランレートが外で待ってる」
アダは言葉足らずで説明すると、
外に来るよう顎で合図した。
ザッ...
アダは穴が空いた窓から現れ、またすぐに消えた。
ゾードが亜紀の肩に手を置いた。
「アダと見回りに行ってくる。
その間、ランレートとお茶でもしてろ。
眠たければ寝ていてもいいし…」
もう真夜中だ。
やっと一日が終わると思ったのに...
「ゾードさん、気をつける...」
「誰に言ってんだ。心配など必要ないさ」
ゾードはニコリと笑った。
ゾードに連れられ、女子寮を出ると、ランレートが寒そうに立っていた。
「あっ..あきちゃん!」
パッと顔を明るくするランレート。
「んじゃ、またな」
ゾードは軽く亜紀の頭を叩くと、あっという間に飛んでいってしまった。
「....あっ...」
亜紀はゾードの後ろ姿を眺め、無事を祈った。
「さぁ、あきちゃん、部屋に入ろう。風邪ひいちゃうよ」
ランレートが優しく亜紀の肩を抱き、男子寮へとそっと案内した。
「えっ...でも、こっちはダメだって...みーちゃんが..」
ぬけがけしたと、また喧嘩を売られてしまう。
「だから、見つからないようにだよ。しぃ――...」
ランレートは口の前に人差し指を当て、ウィンクした。
大丈夫かな...と心配しながら、
亜紀は男子寮に少し興味があり、すんなりと着いて行った。
ギシッ...ギシッ...ギシッ...ギシッ...
古い廊下を歩く。
「まだグラベン君達が部屋で飲んでるから、見つからないようにね。特にフッソワ君がうるさいから」
ランレートが悪戯っ子のように笑い、足音を消すように亜紀に指示した。
ワイワイガヤガヤと騒がし部屋の前を、ドキドキしながら通過し、渡り廊下に出た。
「...ふぅ」
「ここまで来たら、もう大丈夫だからね」
どうやら、ここからは一人一人の部屋が並んでいるようだ。
亜紀はあちこちを見渡した。
「ああ..心配しなくていいよ。
ここからは、私とクラーザとアダの部屋しかないから」
「そっそうなの...」
「うん。今通ってきた宴会場を分岐点に、右側がグラベン君とフッソワ君の部屋、左側に私達の部屋があるんだ。
それで、真っすぐ行くと道場があって、奥に行くとパザナ婆さんの部屋に行くんだ」
「はぁ...」
言葉だけでは、あまりよくイメージできなかったが、
まぁとにかく、ここは安全な区域らしい。
ランレートの部屋は意外にも普通だった。
和室だがベッドがあり、洒落たテーブルがあり、窓にはレースのカーテンが引かれていた。
「あっ言っとくけど、私の趣味じゃないよ。
グラベン君が私にこの部屋をくれたんだ」
「....」
亜紀はどこか緊張してしまい、テーブルの前で正座した。
(ランさんは、オカマっぽいけど、素敵な男の人だもん...)
「そんな緊張しないでよぉー。
私も緊張しちゃうじゃん」
ランレートが和ませようと笑い飛ばすと、亜紀はホッとした。
翌朝、朝一でイルドナが村にやって来た。
たくさんの財宝を抱えて、
グラベン達の前に差し出す。
「わぁさすがだねー」
ランレートが大袈裟に驚いてみせた。
「んで、玉石はあったのかよ?」
グラベンが寝起きでボサボサの頭を掻きむしりながら言う。
「ああ、クラーザの言った通りだった」
「やるなぁークラーザ様はよぉ」
フッソワが悔しがりながら言う。
「クラーザは一緒じゃないの?」
ランレートが財宝をいじりながら尋ねた。
「別のヤボ用が入った。
すぐ終わらせると言っていたが、先に私に玉石を持っていくようにと」
そう言って、イルドナは玉石をグラベンに渡した。
「おう、サンキューな」
「.....ん..」
亜紀はゆっくりと目を覚ました。
「......」
温かい布団に寝かされていた。
「ラン...さん...?」
辺りを見ても、ランレートの姿はなかった。
それどころか、昨夜見たランレートの部屋でなくなっていた。
もちろん、亜紀やゾードの部屋でもない。
とても殺風景な部屋だった。
布団が敷かれていて、大きな本棚があった。
その他は何もなかった。
バフッ...
亜紀はもう一度、布団にうずくまった。
(クラーザの...香りがする..)
ほんの微かだが、クラーザの匂いがした。
(クラーザの部屋だぁ....)
亜紀は枕をギュッと抱きしめ、目を閉じた。
「クラーザァ...会いたいよ...」
男子寮の広い宴会場では、
女達の財宝の品定めが始まっていた。
「きゃあぁぁ!私これがいい!」
みーちゃんがあれやこれやと宝を奪っていく。
「私はこの短剣と、王冠と、あっ!これも欲しい!」
楓も必死で選んでいく。
かゆや大人しい二人も、ペチャクチャとしゃべりながら嬉しそうに品を物色し合った。
「おいおい、紅乃亜紀の分も残しておいてやれよー」
グラベンが口を挟んでも、女達は財宝に必死だ。
すると、みーちゃんが王冠を被りながら、グラベンを睨んだ。
「うっさいわねー。
こんなの早い者勝ちに決まってんでしょー!」
「なんだ、おめぇーら。
意地汚ねぇーなぁー。誰か呼んできてやれよ」
グラベンが苦笑いする。
「あ...じゃあ、私があきちゃんを呼んでくるよ」
ランレートが慌てて部屋を出ようとすると、かゆが引き止める。
「男はダメよ。私が呼んでくるわ」
かゆが嫌そうに役を買って出た。
「いや...私が...」
ランレートは焦った。
亜紀の部屋に行っても亜紀はいないからだ。
「なら、俺が連れて来る」
ゾードがかゆに言った。
「...じゃあ、ゾードさんお願い」
「....」
ランレートはゾードと目を合わせホッとした。
ゾードは男子寮を出て行くフリをして、亜紀がいるであろうランレートの部屋に向かった。
が、いなかったので、クラーザの部屋に入る。
ガ――――...
引き戸を開け、中を覗くと、亜紀は布団に包まり、物思いにふけっていた。
「お前は...ホント可愛い奴だな」
「....ゾードさんっ!」
亜紀は飛び起き、笑顔でゾードに駆け寄った。
「ほら、行くぞ」
「え??」
亜紀はゾードに手を引かれ、クラーザの部屋を後にした。
亜紀が宴会場に到着すると、
もう既に、財宝たちは取り分けられ、余り物が残っていた。
亜紀が入ってくるなり、みーちゃんは大きな声で独り言を呟く。
「この腕輪ってさー!
私が欲しいって言ってたデザインなのよねー!
クラーザさんったら、私の言葉覚えてて私の為に選んでくれたんだわぁ!」
皆は苦笑いするが、誰もみーちゃんを咎めない。
「がははっ!なるほどな!
趣味ワリー腕輪だと思ったぜぇ!」
フッソワがみーちゃんを馬鹿にする。
「なによ!フッソワ君に趣味が悪いなんて言われたくなーいー!」
フッソワとみーちゃんはじゃれている。
しかし隣で、イルドナが水を差した。
「あ――...これは全て、私が選んだ物なんだが..」
「へっ?じゃぁクラーザさんが選んだ物はどれなのよー!」
みーちゃんが慌てて、イルドナの身体を揺すって尋ねる。
「あぁ――...すまん、ない」
「なによそれー!!!!」
みーちゃんの態度に、一同が笑った。
仲間に入れない亜紀に、アコスが話しかけてきた。
「ほら、あきも欲しいモン選べよ。まだ腕輪も髪飾りもあるよ」
「そうだぜ、紅乃亜紀。
余りモンしかねぇーけど、まだまだイイもんあるぜ」
グラベンが亜紀に何か選ぶように指差した。
「え....アタシはいい」
亜紀は笑顔で遠慮した。
豪華過ぎる王冠に髪飾りにイヤリングたち。
剣や刀なんかは、持っていても、亜紀には使えない。
それになにより――――
(..アタシには、クラーザからもらったネックレスがあるもの)
「何か一つもらっておけ」
ゾードが亜紀の肩に手を乗せると、
亜紀は空気を読んで少し考えた。
「じゃぁ...これ、ください」
亜紀はシルクのような薄い織物を手に取った。
「おう!ドンドン持ってけ」
グラベンが笑顔で頷いた。
「ありがと..」
(やったぁ...!
これでクラーザに何か作ってあげよう!何がいいかなぁ…)
亜紀は織物を大事に抱えて、想像を膨らませた。
グラベン達とみーちゃん達が仲良く話をしている時に、
そっとイルドナが亜紀に近付いてくる。
「...後でお前に見せたい物が」
「え!なぁに?」
亜紀もなぜか小声でイルドナに尋ねた。
亜紀の隣でゾードが微笑んでいる。
「ゾードさん、知ってるの?」
亜紀はイルドナとゾードの顔を交互に見た。
イルドナは縦に頷いて、亜紀の耳元に手を添えて、本格的にヒソヒソ話をしてきた。
「クラーザからお前に土産があるんだ。
もう、お前の部屋に運んでおいてもらった」
「えっ...!」
亜紀は驚きの顔でゾードを見た。
「俺が今朝のうちに運んでやったんだぜ。見に行くか?」
ゾードが得意気な顔で微笑んできた。
「うんっ!!!」
イルドナとゾードの二人は話もしたことはなかったが、
亜紀の嬉しそうな顔を見ると、顔を見合わせて微笑み合う。
皆が朝食を取っている間に、
イルドナとゾードと亜紀は、男子寮を出てひっそりと女子寮に向かった。
「なにかな...」
亜紀はソワソワして、舞い上がる気持ちを懸命に抑える。
「なにがいい?」
ゾードが亜紀に笑顔で聞く。
「えー...なんでもいい!」
ゾードと亜紀が微笑み合う姿を、イルドナは後ろから見ていた。
ゾードの顔付きは、二・三日前に見た顔とは全く違っていた。
(まるで、いつかのクラーザを見ているようだ...)
穏やかな顔で、戦いの中に生きている目ではない。
昔はそんな顔付きをするクラーザを許せなく感じたが、
今はそうは思わない。
なぜだ.....?
それは亜紀のせいだ。
亜紀がそうさせるんだ。
亜紀は私達に足りない何かを、
私達の知らない何かを、無償で与えてくれる。
亜紀は胸を弾ませながら、自分の部屋の戸を開けた。
ガァ――――...
「あ...!」
亜紀は小さな声を上げ、口元を手で隠した。
「どうした?早く中に入ろうぜ」
期待していた反応と違い、
ゾードは拍子抜けた顔で亜紀の背中を押す。
亜紀のことだから、てっきり『わぁーい!!』と両手を上げて部屋に駆け込むと思ったのに...
「イ...イルドナさん...これ..」
亜紀は身体を固まらせ、微動だにしない。
「そうだ。お前の大切な物なんだろ?」
「...あぁ...ああ..」
亜紀は震える口元を押さえる。
「なんだ?どうしたんだ?気に入らないのか?」
ゾードが心配そうな顔で、亜紀の顔を覗き込んだ。
イルドナは亜紀を急かすゾードを引き止め、ニコリと笑った。
「....」
ゾードは状況が上手く把握できずに首を傾げる。
「...どうして....」
亜紀は今にも泣き出しそうな声を出す。
イルドナは満足気な笑みで、亜紀の肩にそっと手をかけた。
「私が話したら、クラーザが..」
『あきは、キレイ好きだからな…』
そこには..
大きな大きな...見たこともないような、
大きな鏡が置いてあった。
イルドナは亜紀の肩を抱き、その大きな鏡の前に導いた。
「私がお前の大切にしていた鏡を壊してしまったことがあっただろ?それを前に、クラーザに話したんだ。
そうしたら、クラーザが見つけてきたんだ。あきにってな」
亜紀は震える手で、鏡に触れた。
「...あぁ......」
畳み一枚分はある大きな鏡は、
金のフチで象られ、隅々に輝かしいダイヤのような石がちりばめられていた。
スゥゥ―――...
亜紀は細く白い指先で、鏡をなぞった。
「良かったな、あき」
イルドナが頭を撫でた。
そしてその瞬間、涙をこぼす亜紀を抱きしめて包んでやった。
「....クラーザァ...」
「..よしよし、お前は本当によく泣くよな。
これは、クラーザも手がかかるハズだ」
イルドナはクラーザの代わりに亜紀を優しく抱きしめてやった。
「可愛い奴だな..」
ゾードも亜紀に近付いて、頭を撫でてやった。
こちらの世界では、鏡はなかなか手に入る物ではなかった。
だから現に、イルドナは鏡という存在を知らなかった。
が、しかし、色んな物を知るクラーザは知っていた。
盗賊であるアコスも知っている。
イルドナは財宝に疎かったから知らなかっただけだ。
「みね達が知ったら、ヤキモチ焼いてカンカンになって怒るだろうな」
ゾードがクスクスと笑う。
「アタシ...大事する」
「そうしてやれ。クラーザも喜ぶ」
イルドナも笑った。
クラーザのいる洞窟は、多くの敵に取り囲まれていた。
ワァァァァァ―――――
すぐ側で敵の怒号が響いている。
「行くのか...ベルカイヌン」
新羅が外を睨んでいるクラーザの腕に手をかけた。
洞窟の中では、仕事で手を組んだ盗賊達がざわめいている。
「もう用はない」
クラーザはさっさとこの場を立ち去ろうとする。
「...また会えるか」
新羅が新羅の中の女をチラつかせる。
クラーザは力の篭った強い視線で、新羅を見た。
「次に会うことがあれば…」
「そなたが、私を殺しにくる時――――――か..?」
新羅はクラーザの殺気に気付いていた。
「―――」
クラーザは答えず、紅い眼で何かを訴える。
「そなたの為にしたことじゃ…!」
新羅は瞳を潤ませて、クラーザにしがみついた。
「放せ、新羅」
クラーザの低くくて冷たい声。
その視線も、新羅を切り裂くような冷たく痛いものだ。
「なぜじゃ...」
ググッ...
新羅はクラーザの腕を握る手に力をこめた。
「....」
クラーザは腕に食い込む新羅の手を見た。
新羅はこの任務に参加し、鋼の義手を手に入れた。
新羅の熱い手と冷たい義手が、クラーザの腕をしっかりと握りしめる。
「――ーーなぜこうなった…!!
そなたとは...ずっとずっと…ずっと共に生きてゆけると思っておったのに...!!!!」
ググッ...!!!
「放せ..」
「あの女がぁ..!あの憎き妖魔女が私たちの未来を狂わせたのじゃ...!!!!」
「その腕、もう一度斬り落とすぞ!」
カッ!!!!
クラーザは脅しなどではなく本気で刀を振り上げた!
バッ...
新羅は咄嗟に飛び退いた。
「ベルカイヌン.....」
愛しい者を見る目で、新羅はクラーザを見つめる。
「目を覚ましておくれ...
もうあの女はいない。もう忘れろ....」
新羅は亜紀が死んだと思い込んでいた。
亜紀の瞳を貫いた魔毒の針が、そう示したからだ。
「悪いが、あいつは死んでなどいない」
クラーザが刀で空を斬り、ビュッビュッと音をならす。
新羅の顔付きが変わる。
恋する乙女から...鬼のような形相に。
「なんだと...?そんな訳がない。寝ぼけるな」
新羅の物々しい気迫にも、
クラーザはまだ怒りを隠し冷静を装う。
「あいつの瞳が治ってなければ、
お前の目を即座に潰していたところだ」
「なん....だとっ..!」
亜紀の潰した瞳は治せるハズがない。
「目を覚ますのは、新羅、お前の方だ。
あきが現れていなくとも、俺はお前などとは生きてはいかん」
クラーザは言い切ると新羅に背を向けた。
「まっ....待て..!!!!」
新羅はクラーザの背に、義手を突き当てた。
....ドックン..ドックン...ドックン...ドックン..ドックン....
新羅の心臓が荒々しい音を立てて唸る。
「行かせぬ...妖瑪のところになぞ、行かせてやるものか...!」
義手が微かに震える。
怖さか?それとも喜びか?
「....」
クラーザはふいに、顔だけ新羅に振り向く。
無言の圧力...
「あっ...あぁっ...」
新羅がいきなり動揺を見せた。
そして、堪えきれなくなりクラーザに抱き着いた。
「...違う!こんなんじゃない!
ベルカイヌン、そなたを妖瑪になど渡したくない!
絶対に絶対じゃ!!!私は許しはせぬ!」
クラーザは新羅を無造作に振り払った。
「何もするな」
「断る!そなたが私の元に帰ってこない限りは、私は妖瑪を呪って呪って呪い殺してやる!!!!」
新羅の憎しみで溢れた目を、
クラーザは真っすぐに見る。
「妖瑪などと汚らわしい名で呼ぶな。
あきだ。あきには俺が近付けさせん」
そう言うと、クラーザは敵の待つ嵐の中に飛び込んでいった。
ワアァァァアァアァァ――――!!!!
ゴォォォォォ!!!!!!!!
洞窟を出ると、岩山に囲まれた砂漠に出た!
辺りには隠れるような場所もなく、
殺風景な景色が広がっている!
大勢の敵は、クラーザの姿を捕らえ、一気に攻めてきた!
ブォオォォオオオ――――!!!!
クラーザの着地する場所に、強い風が巻きおこる!
砂が散り、目を覆い隠す者から、クラーザは斬りかかる!
ザァンン!!!!
長い刀を振り回す!
ドン...
クラーザに首を斬られた者が地面に倒れ込むと、その場にいた者全員がクラーザに飛びかかった!!
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