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第六章✬敵も味方も

敵も味方も

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クラーザは遠く離れた森にいた。

「クラーザ、訃報だ」

森の洞窟で待機しているクラーザに、イルドナが歩み寄る。

「蒼史が死んだそうだ。
....あきが聞いたら、また『涙』を流して泣くだろうな」

クラーザとイルドナは新たな盗賊団と財宝を狙っていた。
今はその戦場にいる。

「ならば、あきに聞かせなければいい」

クラーザは顔色ひとつ変えずに答えた。
イルドナも心を乱さない。
長年の付き合いで、クラーザの反応は予想ができていた。


ザッザッ..

「ベルカイヌン様」

クラーザとイルドナの元に盗賊団の若い団長が声をかける。

「...」

クラーザは無言で振り返る。

「夕時になりましたら、作戦通り城に攻め入りましょう」

「人数は確保できたか」

クラーザの問いに団長が頷く。

「はい。ここから数キロ先の滝の洞窟に10名が待機しているのと、選抜された優秀な10名がたった今こちらに到着しました」

クラーザは『わかった』と頷く。

「では、時間になり次第、突入します」

今回、クラーザは手を下さない。
司令塔としてこの洞窟に待機し、任務が終了するのを待つだけだ。

「...私も準備するかな」

イルドナは戦闘の準備にかかった。
クラーザが策を練り、盗賊団と共にイルドナは城に攻め入る予定だ。
イルドナがクラーザの隣で、ガサゴソと荷物をまとめる。
『いってらっしゃい』も『いってきます』も、二人の間にはない。

「....」

クラーザはただ、洞窟から見える城をじっと睨んでいた。

ザッ..

イルドナは出発する。
城に突撃する選抜メンバーと、洞窟を離れていった。




「...ベルカイヌン様」

人が減り、静かになったところに若い団長がまた話かけてくる。

「今ほど、巫女が到着しました」

団長は後ろに控えている巫女を、クラーザの前に誘導する。

「...」

クラーザは黙ってその姿を見た。

「実力のある、とても高名な巫女です。
今回、私が熱望してお連れしました」

若い団長は自慢げに、巫女を紹介してきた。
その巫女とは―――――

「ベルカイヌン...そなたに、こんなに早くまた出会えるとは」

「んっ?お知り合いですか?」

団長がクラーザに尋ねた。
クラーザは団長の問いには答えず、巫女の顔を真っすぐ見て口を開いた。

「―――腕は痛むか」

巫女には左腕がなかった。
...そう、巫女とは新羅のことだった。

蒼史に憑依した時に、
クラーザが蒼史の左腕と共に、新羅の腕も斬り落とした。

「心配ない。一刀両断だったから痛みも一瞬だった」

「なんの話です...??」

団長がふたりの意味深な会話に眉間にシワを寄せる。

「この左腕は、つい最近、ベルカイヌンに斬られたもの。
とても不自由だが、ベルカイヌンを怨んではいない。
こうして再び出会えて良かった」

新羅の本音か嘘か区別のつかない言葉に、団長は焦り驚きつつも、任務遂行の為、この場で騒ぎをおこされないよう気を配った。

「積もる話もありましょうが、
任務が終わってからということで....」

「...」

クラーザは黙って、再び洞窟の外を眺めた。
新羅の突然の登場に、なんの動揺も見せない。
新羅も冷静を装っている。

「それで私は何をすれば?」

わざと新羅は、クラーザのすぐ隣に座った。
肩と肩が触れるくらい側に。

「はい、財宝にかかった邪気を払い除けてほしいのです。
そして城に篭った邪気も」

「いいだろう。では、そなたらの任務とやらが終わるまで、私は出番無しということだな」

偉そうな口調の新羅にも、若い団長は丁寧に受け答えする。

「どうぞ、しばらく休憩を」





ゴゴゴゴ......

外では雷が鳴りだした。
今にも崩れそうな夕空。

「これは嵐が来ますね...」

団長の呟き声が洞窟をこだました。

ゴゴゴゴォォ.....

ザァァァァァァァァァァ.....!!!!

ドォン―――ッッ!

雷が鳴り響き、雨も降り始め、
ついには豪雨へと変わっていった。

遠くで爆発音も聞こえる。
突撃が始まっているのだろう..

ドドォッッン――!!!!

ゴロゴロゴロ.....

ピカッ!

ザァァァァァァァァァァ――――!!!!


すぐに任務完了の知らせがきた。
突撃を開始して、およそ2時間ほどだった。

クラーザの読み通りらしく、テキパキと事は進む。

「ベルカイヌン様、巫女様、それでは城に参りましょう」

団長が声をかけると、クラーザも新羅も立ち上がり城に向かった。


ザァァァァァァァァァァ――――


激しい雨は降り続ける。
城に到着すると、イルドナがクラーザを待っていた。

「クラーザ」

辺りには、戦闘を終えたばかりの戦士達の姿もある。

「どうだ?」

クラーザの言葉にイルドナは首を縦に振った。

「あった。狙い通りだ」

「そうか」

クラーザは玉石を狙っていた。
イルドナから玉石を受け取る。

「...だが、残念ながら、
私の欲しい物は見当たらなかった。金目の物くらいか..」

イルドナはクラーザと行動し、自分の利益は自分で得る。

「お前の欲しい物が俺にはいまいちわからん」

クラーザは関心のない顔をした。

「...まぁ、気分によって変わるからな。
金だったり、酒だったり....
でも結局、いい女がいれば満足かな」

「好きにしろ」

クラーザはイルドナを通り過ぎ、
静まり返った城の中へと入っていった。

イルドナが新羅に気付いたのは、
城に入って、新羅の祈祷が始まってからだった。

「.....」

イルドナは新羅の堂々たる態度に、一瞬、体を固まらせた。
よくも偉そうな大きな顔をして、自分達の前に現れたもんだと、拍手してやりたい気にもなる。

ミールを殺したのは、紛れも無く新羅なのだ。
そして、蒼史も殺したに違いない。

「....」

イルドナはクラーザの顔を盗み見た。
いつもと全く変わらない、冷たい顔付き。
だが、クラーザの心の奥底は、腸が煮え繰り返っているに違いない。

前に傷付いた亜紀を見た時のクラーザの表情は、誰にも見せたことがないくらいに悔しそうで、すごく苦しそうだった。

亜紀と出会ってから、
クラーザに色んな変化が起き始めている。
そんな亜紀を傷付けた新羅だ。
クラーザが許す訳がない。

「...いつ殺る?」

イルドナはクラーザにそっと耳打ちをした。
するとクラーザは不愉快そうな顔をし、イルドナを睨みつけてきた。

「...」

無言でイルドナを否定する、クラーザの紅い眼。

「は?」

イルドナは訳がわからず、クラーザに聞き返した。

「亜紀の瞳を潰したんだぞ?命も狙っている!
生かしておく訳にはいかんだろ!?」

周りに聞こえぬように小さく話すが、思わず力が入る。

「熱くなるな、イルドナ」

クラーザのあまりに冷静な態度に、イルドナはもどかしさを感じた。

「あきが傷付けられたっていうのに、腹がたたないのか!」

「瞳は治った」

軽い返事のクラーザに、イルドナは怒った。

「あきが心配じゃないのか!」

すると、クラーザは横目でイルドナを睨みつけてきた。

「....お前、あきの何だ?」

「....なにって...」

イルドナはクラーザにそう言われて、熱くなっていたことに気付き、自分を取り戻す。

「……危ない危ない。
あきが心配のあまり、ついカッとなってしまった」

最初は亜紀を忌み嫌っていたイルドナだったが、
クラーザと同じく、今では亜紀によって、イルドナもどんどん影響され変化していっている。
クラーザは呆れた顔をした。

「あきのことは俺が決める」

「...だが、新羅は早くどうにかした方がいいんじゃないか?」

「始末なら、いつでもできる」

「.....わかった」

クラーザには何か考えがあるのだと思い、イルドナは言葉を飲んだ。



しばらくして、皆は城の王座の間に集まった。
よだれが出てしまう程のたくさんの財宝を囲み、品定めが始まった。

「では、ベルカイヌン様がお先に」

30人はいる中で、団長はクラーザに優先権を譲った。
他の者は黙って、クラーザが何を選ぶか伺っている。

「いや、俺はいい。玉石を貰ったからな」

「いえ、そういう訳には...何かお選び下さい」

律儀な団長が無理にすすめる。

「そうですよ。ベルカイヌン様がいなければ、この勝利はなかった。なにか選んで下さい」

他の者もクラーザに譲った。
クラーザは財宝に興味はなかったが、なにか選ぶことにした。

王冠に剣...
宝石や飾り物など、財宝と呼ぶ物は全て揃っていた。
中でも皆が欲しがっていた物は、豪華な武器だ。
伝説の剣や斧や盾が、ギラギラと輝いている。


「ならば―――」










「きゃあっ」

亜紀はクラーザの石がついているネックレスを、
後ろから誰かに引っ張られた。
グッと首が絞まる!

「――こんなモノ、つけてんじゃないわよっ!」

ネックレスを引っ張ったのは、たまたま後ろを通りかかったみーちゃんだった。
亜紀が嫌がると、さっと手を放し通り過ぎていく。

「....痛っ..」

亜紀は首元を押さえた。

「大丈夫か?」

すると、横からゾードが出てきた。
ゾードと亜紀は風呂に入ろうと移動中だった。

「..みーちゃん、引っ張った」

亜紀は大事そうに石を元の位置に戻す。

「そんな風に、首に紐を結んでる奴なんか、この国にはいないしなぁ...」

「え?そうなの?」

この世界には、ネックレスをしている者がいないらしい。
亜紀はふと、この世界で出会った者を思い浮かべたが、
――――確かに誰もネックレスをしていなかった。

「だって、首を絞めてくれって言ってるようなモンじゃないか?」

「そんなぁ...」

亜紀はカルチャーショックを受けた。

「でも..クラーザ何も言わなかった」

亜紀の胸を輝かせる石を見つめ、満足そうな顔をしていた。

「だぁから、クラーザは当てにするな。
どうせ、お前を独占してる気分にでもなってるんだろ」

「まっまさか..」

亜紀は頬を赤らめた。

「なんだ...そんなんで喜んでるようじゃ重傷だな」

そう言いながらも、ゾードは笑っていた。
もし―――ネックレスをすることが本当に危険なことなら、
クラーザはそう教えてくれるはず。

クラーザが何も言わないのは、
それほど危険ではないということだ。

「ねっ!ねっ!早くお風呂入る!!」

亜紀はネックレスを肌身離さず付けることに決めた。

「わかった。わーかったから」

ゾードは完全に亜紀のペースにはまっていった。

ガッ―――...

風呂場の戸を開けると、
そこには、みーちゃん達にくっついていた大人しい二人と、
また新たな女が一人、なにやら揉め事を起こしていた。

「なにしてるのっ!」

亜紀はすかさず、間に割って入っていった。
一目見ただけで、大人しかった二人が乱暴しているとわかったからだ。

二人はホウキやバケツを持ち、暗い表情をしている女に暴力を振るっている。

「行こっ」

「うん」

二人はそそくさと風呂場を出て行った。
出入口にいたゾードは、
二人を引き止めず、出て行くのを見送った。

「――あなた、だいじょ...」

「触らないで!!!」

「―――っ」

差し出した亜紀の手を、
その暗い表情の女は、側に落ちていたバケツで遮った。

「私に――触らないで!」

念を押すように再びそういうと、その女は亜紀に礼も言わずに、さっさと風呂場を出て行った。

「....」

「あいつは、あんな奴だ。いちいち気にかけんな」

ゾードが落ち込む亜紀に声をかけた。

「ゾードさん....」

夏も終わりかけの夜―――
パザナの大きな家では、夜遅くまで明かりが灯っていた。

亜紀がいう男子寮で、グラベン、ランレート、フッソワ、アダ、
そして、アコスが夜な夜な宴会を賑やかに繰り広げている。

少し離れた、女子寮では、お局的な存在のみーちゃんや楓やかゆ達が、せっせと村の管理をしている。

女だが、男のようなゾードは浮いた存在でもあった。
が、今は亜紀と顔を見合わせて笑っている。


「うわぁ―――!」

亜紀は脱衣所の扉を開けて、歓喜の声を上げた。

「大きいっっ!!!!」

亜紀の反応を見て、隣でゾードが笑った。
風呂は外にあった。
その場所には温泉が湧いていたのだ。

湯気が立ち込める中で、ゾードと亜紀は温泉に入った。

「....」

「どうしたの?」

いきなり静かになるゾードの顔を、亜紀は覗き込んだ。
ゾードは亜紀の肩に触れる。

「...本当に、透けてしまいそうだな...
同じ人間とは.....思えない」

ゾードは亜紀の白い身体をマジマジと見た。
漆黒の髪色とは反対に、白い肌。
細く小さく、美しい...

「そんな言うなら、ゾードさん同じ。すごくキレイ...」

湯で温まった亜紀は頬をピンク色に染めている。
亜紀の微笑は女神の微笑みだ。

「キレイって...俺のどこが」

ゾードはバシャっと湯から腕を上げ、筋肉のついた黒く焼けた肌を見つめる。

「ほら!長い手!ピチピチ!胸大きい!ずるい!!!」

亜紀はわざとゾードの身体をベタベタと触った。

男だと見間違えてしまう程に、
ゾードは背が高く筋肉質だ。
しかし、豊富な胸もあり、脚はしなやかで長かった。

亜紀は本気でゾードを美しく思った。
男であり、女でもある、魅力的なゾードに。

「そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。
男か女か、わからんと言われてきたのだが...」

ふとしたゾードのこの言葉は、
後から考えれば、ゾードの弱みだったのかもしれない。

「なんで!?男の人より100倍強い!
普通の女の人より100倍素敵!」

亜紀のこの不完全な言葉が、
ゾードの胸を深く突いた。

「............」

ゾードは目を丸くして、亜紀を見つめた。

「...ヘンかなぁ」

亜紀が自分の言葉が悪かったのかと心配になった。

「ふっ...ははは....なるほどね。
お前がそんなだから、あの氷のようなクラーザが夢中になる訳だ」

「お前ちがう!亜紀!」

亜紀は照れ隠しに、お湯をゾードの顔にかけた。

「ぶっ...」

ゾードは顔を拭い、亜紀の顔を睨んだ。

「この野郎―――っ!」

「わっ!...きゃっ!!!!」

ゾードは亜紀に飛びかかり、
からかって、ギュッと抱き着いた。
亜紀は思わずアハハッと声を出して笑った。

湯から上がった二人は、
昼間に掃除したゾードの部屋でくつろいでいた。

「...」

亜紀は今までに友人にしたことのない新しいタイプのゾードを見つめた。
ゾードは穴が空いた窓に、布を張り付ける。

ザァァッ....!!!

すると、そこに強い風が吹いた。

「――――」

ゾードは剥がれる布をしっかり握る。

ドサッ―――!

そこへ、アダが現れた。

「なにやってんだ」

「....急に現れて、アダこそ何しに来たんだ」

アダとゾードは男友達のようだ。

「ゾード来い」

アダがゾードを呼び出しに来た。
アダの格好を見ると、宴会の誘いなどではなく、危険な場所に行くような...

「ゾードさん...どこ行く..?」

亜紀は不安になり、ゾードの腕にしがみついた。

「あきも一緒だったか」

アダが亜紀に気付き、外を指差した。

「え..」

「ランレートが外で待ってる」

アダは言葉足らずで説明すると、
外に来るよう顎で合図した。

ザッ...

アダは穴が空いた窓から現れ、またすぐに消えた。
ゾードが亜紀の肩に手を置いた。

「アダと見回りに行ってくる。
その間、ランレートとお茶でもしてろ。
眠たければ寝ていてもいいし…」

もう真夜中だ。
やっと一日が終わると思ったのに...

「ゾードさん、気をつける...」

「誰に言ってんだ。心配など必要ないさ」

ゾードはニコリと笑った。
ゾードに連れられ、女子寮を出ると、ランレートが寒そうに立っていた。

「あっ..あきちゃん!」

パッと顔を明るくするランレート。

「んじゃ、またな」

ゾードは軽く亜紀の頭を叩くと、あっという間に飛んでいってしまった。

「....あっ...」

亜紀はゾードの後ろ姿を眺め、無事を祈った。

「さぁ、あきちゃん、部屋に入ろう。風邪ひいちゃうよ」

ランレートが優しく亜紀の肩を抱き、男子寮へとそっと案内した。

「えっ...でも、こっちはダメだって...みーちゃんが..」

ぬけがけしたと、また喧嘩を売られてしまう。

「だから、見つからないようにだよ。しぃ――...」

ランレートは口の前に人差し指を当て、ウィンクした。
大丈夫かな...と心配しながら、
亜紀は男子寮に少し興味があり、すんなりと着いて行った。

ギシッ...ギシッ...ギシッ...ギシッ...

古い廊下を歩く。

「まだグラベン君達が部屋で飲んでるから、見つからないようにね。特にフッソワ君がうるさいから」

ランレートが悪戯っ子のように笑い、足音を消すように亜紀に指示した。

ワイワイガヤガヤと騒がし部屋の前を、ドキドキしながら通過し、渡り廊下に出た。

「...ふぅ」

「ここまで来たら、もう大丈夫だからね」

どうやら、ここからは一人一人の部屋が並んでいるようだ。
亜紀はあちこちを見渡した。

「ああ..心配しなくていいよ。
ここからは、私とクラーザとアダの部屋しかないから」

「そっそうなの...」

「うん。今通ってきた宴会場を分岐点に、右側がグラベン君とフッソワ君の部屋、左側に私達の部屋があるんだ。
それで、真っすぐ行くと道場があって、奥に行くとパザナ婆さんの部屋に行くんだ」

「はぁ...」

言葉だけでは、あまりよくイメージできなかったが、
まぁとにかく、ここは安全な区域らしい。
ランレートの部屋は意外にも普通だった。

和室だがベッドがあり、洒落たテーブルがあり、窓にはレースのカーテンが引かれていた。

「あっ言っとくけど、私の趣味じゃないよ。
グラベン君が私にこの部屋をくれたんだ」

「....」

亜紀はどこか緊張してしまい、テーブルの前で正座した。

(ランさんは、オカマっぽいけど、素敵な男の人だもん...)

「そんな緊張しないでよぉー。
私も緊張しちゃうじゃん」

ランレートが和ませようと笑い飛ばすと、亜紀はホッとした。




翌朝、朝一でイルドナが村にやって来た。

たくさんの財宝を抱えて、
グラベン達の前に差し出す。

「わぁさすがだねー」

ランレートが大袈裟に驚いてみせた。

「んで、玉石はあったのかよ?」

グラベンが寝起きでボサボサの頭を掻きむしりながら言う。

「ああ、クラーザの言った通りだった」

「やるなぁークラーザ様はよぉ」

フッソワが悔しがりながら言う。

「クラーザは一緒じゃないの?」

ランレートが財宝をいじりながら尋ねた。

「別のヤボ用が入った。
すぐ終わらせると言っていたが、先に私に玉石を持っていくようにと」

そう言って、イルドナは玉石をグラベンに渡した。

「おう、サンキューな」






「.....ん..」

亜紀はゆっくりと目を覚ました。

「......」

温かい布団に寝かされていた。

「ラン...さん...?」

辺りを見ても、ランレートの姿はなかった。
それどころか、昨夜見たランレートの部屋でなくなっていた。
もちろん、亜紀やゾードの部屋でもない。

とても殺風景な部屋だった。

布団が敷かれていて、大きな本棚があった。
その他は何もなかった。

バフッ...

亜紀はもう一度、布団にうずくまった。

(クラーザの...香りがする..)

ほんの微かだが、クラーザの匂いがした。

(クラーザの部屋だぁ....)

亜紀は枕をギュッと抱きしめ、目を閉じた。

「クラーザァ...会いたいよ...」





男子寮の広い宴会場では、
女達の財宝の品定めが始まっていた。

「きゃあぁぁ!私これがいい!」

みーちゃんがあれやこれやと宝を奪っていく。

「私はこの短剣と、王冠と、あっ!これも欲しい!」

楓も必死で選んでいく。
かゆや大人しい二人も、ペチャクチャとしゃべりながら嬉しそうに品を物色し合った。

「おいおい、紅乃亜紀の分も残しておいてやれよー」

グラベンが口を挟んでも、女達は財宝に必死だ。
すると、みーちゃんが王冠を被りながら、グラベンを睨んだ。

「うっさいわねー。
こんなの早い者勝ちに決まってんでしょー!」

「なんだ、おめぇーら。
意地汚ねぇーなぁー。誰か呼んできてやれよ」

グラベンが苦笑いする。

「あ...じゃあ、私があきちゃんを呼んでくるよ」

ランレートが慌てて部屋を出ようとすると、かゆが引き止める。

「男はダメよ。私が呼んでくるわ」

かゆが嫌そうに役を買って出た。

「いや...私が...」

ランレートは焦った。
亜紀の部屋に行っても亜紀はいないからだ。

「なら、俺が連れて来る」

ゾードがかゆに言った。

「...じゃあ、ゾードさんお願い」

「....」

ランレートはゾードと目を合わせホッとした。
ゾードは男子寮を出て行くフリをして、亜紀がいるであろうランレートの部屋に向かった。
が、いなかったので、クラーザの部屋に入る。

ガ――――...

引き戸を開け、中を覗くと、亜紀は布団に包まり、物思いにふけっていた。

「お前は...ホント可愛い奴だな」

「....ゾードさんっ!」

亜紀は飛び起き、笑顔でゾードに駆け寄った。

「ほら、行くぞ」

「え??」

亜紀はゾードに手を引かれ、クラーザの部屋を後にした。
亜紀が宴会場に到着すると、
もう既に、財宝たちは取り分けられ、余り物が残っていた。

亜紀が入ってくるなり、みーちゃんは大きな声で独り言を呟く。

「この腕輪ってさー!
私が欲しいって言ってたデザインなのよねー!
クラーザさんったら、私の言葉覚えてて私の為に選んでくれたんだわぁ!」

皆は苦笑いするが、誰もみーちゃんを咎めない。

「がははっ!なるほどな!
趣味ワリー腕輪だと思ったぜぇ!」

フッソワがみーちゃんを馬鹿にする。

「なによ!フッソワ君に趣味が悪いなんて言われたくなーいー!」

フッソワとみーちゃんはじゃれている。
しかし隣で、イルドナが水を差した。

「あ――...これは全て、私が選んだ物なんだが..」

「へっ?じゃぁクラーザさんが選んだ物はどれなのよー!」

みーちゃんが慌てて、イルドナの身体を揺すって尋ねる。

「あぁ――...すまん、ない」

「なによそれー!!!!」

みーちゃんの態度に、一同が笑った。
仲間に入れない亜紀に、アコスが話しかけてきた。

「ほら、あきも欲しいモン選べよ。まだ腕輪も髪飾りもあるよ」

「そうだぜ、紅乃亜紀。
余りモンしかねぇーけど、まだまだイイもんあるぜ」

グラベンが亜紀に何か選ぶように指差した。

「え....アタシはいい」

亜紀は笑顔で遠慮した。
豪華過ぎる王冠に髪飾りにイヤリングたち。
剣や刀なんかは、持っていても、亜紀には使えない。
それになにより――――

(..アタシには、クラーザからもらったネックレスがあるもの)

「何か一つもらっておけ」

ゾードが亜紀の肩に手を乗せると、
亜紀は空気を読んで少し考えた。

「じゃぁ...これ、ください」

亜紀はシルクのような薄い織物を手に取った。

「おう!ドンドン持ってけ」

グラベンが笑顔で頷いた。

「ありがと..」

(やったぁ...!
これでクラーザに何か作ってあげよう!何がいいかなぁ…)

亜紀は織物を大事に抱えて、想像を膨らませた。
グラベン達とみーちゃん達が仲良く話をしている時に、
そっとイルドナが亜紀に近付いてくる。

「...後でお前に見せたい物が」

「え!なぁに?」

亜紀もなぜか小声でイルドナに尋ねた。
亜紀の隣でゾードが微笑んでいる。

「ゾードさん、知ってるの?」

亜紀はイルドナとゾードの顔を交互に見た。
イルドナは縦に頷いて、亜紀の耳元に手を添えて、本格的にヒソヒソ話をしてきた。

「クラーザからお前に土産があるんだ。
もう、お前の部屋に運んでおいてもらった」

「えっ...!」

亜紀は驚きの顔でゾードを見た。

「俺が今朝のうちに運んでやったんだぜ。見に行くか?」

ゾードが得意気な顔で微笑んできた。

「うんっ!!!」

イルドナとゾードの二人は話もしたことはなかったが、
亜紀の嬉しそうな顔を見ると、顔を見合わせて微笑み合う。

皆が朝食を取っている間に、
イルドナとゾードと亜紀は、男子寮を出てひっそりと女子寮に向かった。

「なにかな...」

亜紀はソワソワして、舞い上がる気持ちを懸命に抑える。

「なにがいい?」

ゾードが亜紀に笑顔で聞く。

「えー...なんでもいい!」

ゾードと亜紀が微笑み合う姿を、イルドナは後ろから見ていた。
ゾードの顔付きは、二・三日前に見た顔とは全く違っていた。

(まるで、いつかのクラーザを見ているようだ...)

穏やかな顔で、戦いの中に生きている目ではない。
昔はそんな顔付きをするクラーザを許せなく感じたが、
今はそうは思わない。

なぜだ.....?
それは亜紀のせいだ。
亜紀がそうさせるんだ。

亜紀は私達に足りない何かを、
私達の知らない何かを、無償で与えてくれる。


亜紀は胸を弾ませながら、自分の部屋の戸を開けた。

ガァ――――...

「あ...!」

亜紀は小さな声を上げ、口元を手で隠した。

「どうした?早く中に入ろうぜ」

期待していた反応と違い、
ゾードは拍子抜けた顔で亜紀の背中を押す。

亜紀のことだから、てっきり『わぁーい!!』と両手を上げて部屋に駆け込むと思ったのに...

「イ...イルドナさん...これ..」

亜紀は身体を固まらせ、微動だにしない。

「そうだ。お前の大切な物なんだろ?」

「...あぁ...ああ..」

亜紀は震える口元を押さえる。

「なんだ?どうしたんだ?気に入らないのか?」

ゾードが心配そうな顔で、亜紀の顔を覗き込んだ。
イルドナは亜紀を急かすゾードを引き止め、ニコリと笑った。

「....」

ゾードは状況が上手く把握できずに首を傾げる。

「...どうして....」

亜紀は今にも泣き出しそうな声を出す。
イルドナは満足気な笑みで、亜紀の肩にそっと手をかけた。

「私が話したら、クラーザが..」



『あきは、キレイ好きだからな…』



そこには..
大きな大きな...見たこともないような、
大きな鏡が置いてあった。

イルドナは亜紀の肩を抱き、その大きな鏡の前に導いた。

「私がお前の大切にしていた鏡を壊してしまったことがあっただろ?それを前に、クラーザに話したんだ。
そうしたら、クラーザが見つけてきたんだ。あきにってな」

亜紀は震える手で、鏡に触れた。

「...あぁ......」

畳み一枚分はある大きな鏡は、
金のフチで象られ、隅々に輝かしいダイヤのような石がちりばめられていた。

スゥゥ―――...

亜紀は細く白い指先で、鏡をなぞった。

「良かったな、あき」

イルドナが頭を撫でた。
そしてその瞬間、涙をこぼす亜紀を抱きしめて包んでやった。

「....クラーザァ...」

「..よしよし、お前は本当によく泣くよな。
これは、クラーザも手がかかるハズだ」

イルドナはクラーザの代わりに亜紀を優しく抱きしめてやった。

「可愛い奴だな..」

ゾードも亜紀に近付いて、頭を撫でてやった。
こちらの世界では、鏡はなかなか手に入る物ではなかった。
だから現に、イルドナは鏡という存在を知らなかった。

が、しかし、色んな物を知るクラーザは知っていた。
盗賊であるアコスも知っている。
イルドナは財宝に疎かったから知らなかっただけだ。

「みね達が知ったら、ヤキモチ焼いてカンカンになって怒るだろうな」

ゾードがクスクスと笑う。

「アタシ...大事する」

「そうしてやれ。クラーザも喜ぶ」

イルドナも笑った。









クラーザのいる洞窟は、多くの敵に取り囲まれていた。

ワァァァァァ―――――

すぐ側で敵の怒号が響いている。

「行くのか...ベルカイヌン」

新羅が外を睨んでいるクラーザの腕に手をかけた。
洞窟の中では、仕事で手を組んだ盗賊達がざわめいている。

「もう用はない」

クラーザはさっさとこの場を立ち去ろうとする。

「...また会えるか」

新羅が新羅の中の女をチラつかせる。
クラーザは力の篭った強い視線で、新羅を見た。

「次に会うことがあれば…」 

「そなたが、私を殺しにくる時――――――か..?」

新羅はクラーザの殺気に気付いていた。

「―――」

クラーザは答えず、紅い眼で何かを訴える。

「そなたの為にしたことじゃ…!」

新羅は瞳を潤ませて、クラーザにしがみついた。

「放せ、新羅」

クラーザの低くくて冷たい声。
その視線も、新羅を切り裂くような冷たく痛いものだ。

「なぜじゃ...」

ググッ...

新羅はクラーザの腕を握る手に力をこめた。

「....」

クラーザは腕に食い込む新羅の手を見た。
新羅はこの任務に参加し、鋼の義手を手に入れた。
新羅の熱い手と冷たい義手が、クラーザの腕をしっかりと握りしめる。

「――ーーなぜこうなった…!!
そなたとは...ずっとずっと…ずっと共に生きてゆけると思っておったのに...!!!!」

ググッ...!!!

「放せ..」

「あの女がぁ..!あの憎き妖魔女が私たちの未来を狂わせたのじゃ...!!!!」

「その腕、もう一度斬り落とすぞ!」

カッ!!!!

クラーザは脅しなどではなく本気で刀を振り上げた!

バッ...

新羅は咄嗟に飛び退いた。

「ベルカイヌン.....」

愛しい者を見る目で、新羅はクラーザを見つめる。

「目を覚ましておくれ...
もうあの女はいない。もう忘れろ....」

新羅は亜紀が死んだと思い込んでいた。
亜紀の瞳を貫いた魔毒の針が、そう示したからだ。

「悪いが、あいつは死んでなどいない」

クラーザが刀で空を斬り、ビュッビュッと音をならす。
新羅の顔付きが変わる。
恋する乙女から...鬼のような形相に。

「なんだと...?そんな訳がない。寝ぼけるな」

新羅の物々しい気迫にも、
クラーザはまだ怒りを隠し冷静を装う。

「あいつの瞳が治ってなければ、
お前の目を即座に潰していたところだ」

「なん....だとっ..!」

亜紀の潰した瞳は治せるハズがない。

「目を覚ますのは、新羅、お前の方だ。
あきが現れていなくとも、俺はお前などとは生きてはいかん」

クラーザは言い切ると新羅に背を向けた。

「まっ....待て..!!!!」

新羅はクラーザの背に、義手を突き当てた。

....ドックン..ドックン...ドックン...ドックン..ドックン....

新羅の心臓が荒々しい音を立てて唸る。

「行かせぬ...妖瑪のところになぞ、行かせてやるものか...!」

義手が微かに震える。
怖さか?それとも喜びか?

「....」

クラーザはふいに、顔だけ新羅に振り向く。
無言の圧力...

「あっ...あぁっ...」

新羅がいきなり動揺を見せた。
そして、堪えきれなくなりクラーザに抱き着いた。

「...違う!こんなんじゃない!
ベルカイヌン、そなたを妖瑪になど渡したくない!
絶対に絶対じゃ!!!私は許しはせぬ!」

クラーザは新羅を無造作に振り払った。

「何もするな」

「断る!そなたが私の元に帰ってこない限りは、私は妖瑪を呪って呪って呪い殺してやる!!!!」

新羅の憎しみで溢れた目を、
クラーザは真っすぐに見る。

「妖瑪などと汚らわしい名で呼ぶな。
あきだ。あきには俺が近付けさせん」

そう言うと、クラーザは敵の待つ嵐の中に飛び込んでいった。



ワアァァァアァアァァ――――!!!!

ゴォォォォォ!!!!!!!!


洞窟を出ると、岩山に囲まれた砂漠に出た!
辺りには隠れるような場所もなく、
殺風景な景色が広がっている!

大勢の敵は、クラーザの姿を捕らえ、一気に攻めてきた!


ブォオォォオオオ――――!!!!


クラーザの着地する場所に、強い風が巻きおこる!
砂が散り、目を覆い隠す者から、クラーザは斬りかかる!

ザァンン!!!!

長い刀を振り回す!

ドン...

クラーザに首を斬られた者が地面に倒れ込むと、その場にいた者全員がクラーザに飛びかかった!!

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