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マーシュ・スリート 2 『赤』のスリート
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奥の間の控えの間は、壁全面が鏡張りだった。
周りの壁に映っている人物が自分たちであると気づき、その中に自分の姿がある事に気がついた時、誰もが意図しない胸の奥から迸るような嬌声を上げていた。
それは10歳の私もそうで、年齢にしては随分と大人びていると言われていたそんな仮面を脱ぎ捨て、聞いた事もない声が自分の喉から迸っているのだ。
私の髪は『漆黒』になっていた。遠く映る自身のの姿に瞳の色までの確認はできなかったが、自分が希望する『赤』でない事だけは認識できた。認識できてしまった。
なんとかその場に膝から崩れ落ちる事は回避して、自分の姿から意識を引き離す。周りの者が自分以上に混乱している姿を見て、自分以外の人たちのその変わりようを目に映すことができるように、冷静な気持ちに立て直す。
第一王子は、儀式前から想像していたように、髪の色は王族を現す金色に輝いていた。この中でそのことに一番喜んでいるであろう本人は、あまり取り乱すことなく自身のその姿に見入っているようだ。
侯爵家の子息もその家の象徴たる青色に髪色が変化している。その色の濃さからも上級精霊と契約が結べたようで、王子の横に付き従う姿は、今の王とその宰相の姿のミニチュア版のようだ。
伯爵家令嬢も我が家と同じく『火』の精霊に護られている家の者は『赤』に、水の精霊に護られている者は青に、風の精霊に護られている者は緑にと、その色を変えている。
色の濃さがそれぞれの精霊の等級を表していることは聞いていたが、髪色にこれまでダイレクトに現れることを、大人たちの姿を目にしていたのに関わらず、理解していなかったようだ。
奥の間の魔法陣に足を踏み入れる前までは、皆茶色い髪に茶色い瞳の色だったのが、唯一の金色に、いくつかの赤、青、緑、黒の頭。そして一番多いのは入った時と変わらない色である茶色の髪色。この国の中で一番高い確率で契約が成されると言われているこの王宮の大神殿でも、契約が果たされるのは半分に満たない子供達なのだ。兄弟の内半分が契約できれば良い方で、4人兄弟でも1人も契約に至らずに、親戚から契約が成った養子を当主に迎えなければならない上級貴族も居るという。
であれば、私はどうなるのだろうか。
奥の間のと続く扉とは違うもう一つの扉が外から開けられるまでの間、私は自身が纏った精霊の色と葛藤していた。精霊と契約は成ったのだ、それも上級精霊と。自分が感じる魔力量の上昇からそのことに疑いは全く感じなかった。しかし、色が……、精霊の色が……。
壁に近付き、瞳の色を確かめた時、淡く抱いていた希望も潰された。瞳の色は若干濃くなっただけで茶色であった。赤ではなかった……。
最初の衝撃からすべての者の動揺が少し収まった頃を見計らったように、外とつながる扉が開かれる。外からまだまだ明るい日の光が差し込んできたことがわかった時、初めてこの部屋には窓が一切ないことに気がついた。
希望する精霊と契約できた者と、精霊と契約ができなかったが者、二つの塊ができた。
若い神官に案内され、両親や保護者が待つ大神殿の祭壇前に向かう。
私は二つの塊の間に一人、どちらにも混ざることができずに、大きな葛藤を抱えたままトボトボとただその流れに身を任せている状態であった。
今年は王国の跡取りになるであろう、第一王子がいる。王族は光の精霊に愛されていると言われ、またその色を纏う者が王となる。その王子が精霊と契約するのであるから、それと同じくして精霊と契約する者は多く、また幾人かは上級精霊と契約するのではないか、と大いに期待されていた。
確かに今回精霊と契約が成立した者は例年よりも随分多いだろう、上級精霊ともまた然りだ、なんと言っても上級精霊とは契約が全くできない年も多いのだから。
第一王子を含む集団が祭壇室に入った時には中で待つ大人たちから歓声と共に大きな拍手が巻き起こった。その少し後ろを歩いていた私は、扉を潜ることに躊躇した。天井から七色の光が差し込む祭壇前にこちらを向いて手を叩いている両親の姿が見えた。私のことを探していることはわかった。しかし、両親が探しているのはきっと赤い髪。今回の契約で赤い髪になった者は数名いたが上級精霊と契約できた者は見える限り一人のみだ。
赤い髪の者の中に私の姿を見付けることができずに、とても戸惑った表情の両親とずっとその様子を見つめていた私との視線がかさなった。始めに気がついたのは母だった。戸惑いながらも期待に赤らめていた頬が、私の姿を認めた瞬間に一瞬にして蒼ざめた。
その母の視線を追った父も私の纏う色に気付き、こちらは一瞬にして真っ赤になった、怒りからだろうか……。そして、私に背を向けると足早にこの大広間から出て行ってしまった。その父の背と、私の顔の間をオロオロと視線を彷徨わせていた母も、知り合いに声を掛けられたことをきっかけにしてか、その知り合いの声を振り払うように父の向かった先へ踵を返して行ってしまった。
今日、一緒に精霊契約をした者の中にも顔見知りは居たが、この国のすべての者が通う学校は10歳の精霊契約が終わった者から通うことになっているので、それまでの知り合いはとても狭い範囲の者に限られるのだ。
私も秋から始まる初級学校に通うことになるだろう。そうすれば、『赤』のスリートと言われる程火の精霊に愛されていると言われる一門の長になるだろうと思われていた私が、その条件を満たすことができなかったことは、すぐにこの王国中に響き渡るだろう。
周りの壁に映っている人物が自分たちであると気づき、その中に自分の姿がある事に気がついた時、誰もが意図しない胸の奥から迸るような嬌声を上げていた。
それは10歳の私もそうで、年齢にしては随分と大人びていると言われていたそんな仮面を脱ぎ捨て、聞いた事もない声が自分の喉から迸っているのだ。
私の髪は『漆黒』になっていた。遠く映る自身のの姿に瞳の色までの確認はできなかったが、自分が希望する『赤』でない事だけは認識できた。認識できてしまった。
なんとかその場に膝から崩れ落ちる事は回避して、自分の姿から意識を引き離す。周りの者が自分以上に混乱している姿を見て、自分以外の人たちのその変わりようを目に映すことができるように、冷静な気持ちに立て直す。
第一王子は、儀式前から想像していたように、髪の色は王族を現す金色に輝いていた。この中でそのことに一番喜んでいるであろう本人は、あまり取り乱すことなく自身のその姿に見入っているようだ。
侯爵家の子息もその家の象徴たる青色に髪色が変化している。その色の濃さからも上級精霊と契約が結べたようで、王子の横に付き従う姿は、今の王とその宰相の姿のミニチュア版のようだ。
伯爵家令嬢も我が家と同じく『火』の精霊に護られている家の者は『赤』に、水の精霊に護られている者は青に、風の精霊に護られている者は緑にと、その色を変えている。
色の濃さがそれぞれの精霊の等級を表していることは聞いていたが、髪色にこれまでダイレクトに現れることを、大人たちの姿を目にしていたのに関わらず、理解していなかったようだ。
奥の間の魔法陣に足を踏み入れる前までは、皆茶色い髪に茶色い瞳の色だったのが、唯一の金色に、いくつかの赤、青、緑、黒の頭。そして一番多いのは入った時と変わらない色である茶色の髪色。この国の中で一番高い確率で契約が成されると言われているこの王宮の大神殿でも、契約が果たされるのは半分に満たない子供達なのだ。兄弟の内半分が契約できれば良い方で、4人兄弟でも1人も契約に至らずに、親戚から契約が成った養子を当主に迎えなければならない上級貴族も居るという。
であれば、私はどうなるのだろうか。
奥の間のと続く扉とは違うもう一つの扉が外から開けられるまでの間、私は自身が纏った精霊の色と葛藤していた。精霊と契約は成ったのだ、それも上級精霊と。自分が感じる魔力量の上昇からそのことに疑いは全く感じなかった。しかし、色が……、精霊の色が……。
壁に近付き、瞳の色を確かめた時、淡く抱いていた希望も潰された。瞳の色は若干濃くなっただけで茶色であった。赤ではなかった……。
最初の衝撃からすべての者の動揺が少し収まった頃を見計らったように、外とつながる扉が開かれる。外からまだまだ明るい日の光が差し込んできたことがわかった時、初めてこの部屋には窓が一切ないことに気がついた。
希望する精霊と契約できた者と、精霊と契約ができなかったが者、二つの塊ができた。
若い神官に案内され、両親や保護者が待つ大神殿の祭壇前に向かう。
私は二つの塊の間に一人、どちらにも混ざることができずに、大きな葛藤を抱えたままトボトボとただその流れに身を任せている状態であった。
今年は王国の跡取りになるであろう、第一王子がいる。王族は光の精霊に愛されていると言われ、またその色を纏う者が王となる。その王子が精霊と契約するのであるから、それと同じくして精霊と契約する者は多く、また幾人かは上級精霊と契約するのではないか、と大いに期待されていた。
確かに今回精霊と契約が成立した者は例年よりも随分多いだろう、上級精霊ともまた然りだ、なんと言っても上級精霊とは契約が全くできない年も多いのだから。
第一王子を含む集団が祭壇室に入った時には中で待つ大人たちから歓声と共に大きな拍手が巻き起こった。その少し後ろを歩いていた私は、扉を潜ることに躊躇した。天井から七色の光が差し込む祭壇前にこちらを向いて手を叩いている両親の姿が見えた。私のことを探していることはわかった。しかし、両親が探しているのはきっと赤い髪。今回の契約で赤い髪になった者は数名いたが上級精霊と契約できた者は見える限り一人のみだ。
赤い髪の者の中に私の姿を見付けることができずに、とても戸惑った表情の両親とずっとその様子を見つめていた私との視線がかさなった。始めに気がついたのは母だった。戸惑いながらも期待に赤らめていた頬が、私の姿を認めた瞬間に一瞬にして蒼ざめた。
その母の視線を追った父も私の纏う色に気付き、こちらは一瞬にして真っ赤になった、怒りからだろうか……。そして、私に背を向けると足早にこの大広間から出て行ってしまった。その父の背と、私の顔の間をオロオロと視線を彷徨わせていた母も、知り合いに声を掛けられたことをきっかけにしてか、その知り合いの声を振り払うように父の向かった先へ踵を返して行ってしまった。
今日、一緒に精霊契約をした者の中にも顔見知りは居たが、この国のすべての者が通う学校は10歳の精霊契約が終わった者から通うことになっているので、それまでの知り合いはとても狭い範囲の者に限られるのだ。
私も秋から始まる初級学校に通うことになるだろう。そうすれば、『赤』のスリートと言われる程火の精霊に愛されていると言われる一門の長になるだろうと思われていた私が、その条件を満たすことができなかったことは、すぐにこの王国中に響き渡るだろう。
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