若頭と小鳥

真木

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11 若頭と小鳥のお茶会

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 ある日の昼下がり、義兄と朔はそろって白いスーツに身を包んで出かけた。
「さっちゃんのスーツ姿は絵になるね。もっともっと綺麗な服を選んであげたくなる」
「兄さんこそ」
 迎えの車の中で笑った義兄に、朔は義兄に目を細めながら返す。
「昔だったら貴族だったのだと思う。兄さんは」
 義兄はそれほど長身ではなく、細身でもある。けれど端正な目鼻立ちと長い手足、洗練された仕草が、義兄を華にしていた。その堂々とした立ち居振る舞いは、人を使うことに慣れた者の特異な力があった。
 義兄は朔の髪をそっと梳いて言う。
「俺、昔だったら貴族の特権を大いに利用しただろうな。たぶんさっちゃんを外に出さないで、ずっと大事に隠しただろう」
 一方で朔は、中学生ほどの背丈と細い手足が、今にも手折られそうに見えた。義兄が大輪の花であれば、朔は小さな器の中でだけ咲く、クロッカスの花のようだった。
 義兄は優しく微笑んで朔に告げる。
「でもさっちゃんに綺麗なものを見せてあげたり、美味しいものを食べさせてあげたいから。さっちゃんを安全に連れ出せる今の時代でよかったと思うよ」
 義兄はそう言って、毛づくろいをするように長いこと朔の髪を梳いていた。
 やがて義兄は朔の手を引いて車から降りると、ある屋敷の庭に入って行った。
 名のある屋敷なのだというのは朔にもわかった。義兄は集まりつつある人々をちらと見ながら、朔に言う。
「今日は同業者の茶会なんだ」
 同業者と聞くと朔は怯えるが、朔が何か危害を加えられることのないよう、義兄はいつも朔の側を離れなかった。
「ある組長が義妹の若頭のために定期的に開いているものだけど、さっちゃんは何も気にしなくていいから。同業者の相手はお兄ちゃんに任せて、美味しいものを食べておいで」
 そう言って、義兄は朔にテーブルの上を見せてくれた。
 そこに並べられていた立食ビュッフェは見た目にもとても華やかで、ウェイターが来客に紅茶をふるまってくれる。一見すると後ろ暗い世界とは無縁の光景だった。
「義妹の……若頭?」
 ふと気になって朔が問いかけると、義兄はうなずいて問いかける。
「男社会のこの業界では珍しいね。話してみる?」
「う、ううん……」
 組の次点を仕切る彼女は、きっと男勝りで朔のような弱弱しい存在を快く思わないだろう。そう思って朔が首を横に振ると、義兄もそれ以上無理に勧めたりはしなかった。
 けれど義兄と少し離れて食事をしていたとき、朔はある女性から話しかけられた。
「イヤリング、落としましたよ」
 そう、耳をくすぐるような淡い声音で告げたのは、黒いスーツ姿の女性だった。
 朔がはっとして耳を触ると、確かに女性の手元に朔のイヤリングがあった。
 男性のようにスーツを着こなした女性は、朔より背は高かったが、その雰囲気はまだ少女のように淡かった。朔は緊張して身を縮めたが、女性は優しく笑って一歩近づく。
「つけて差し上げます……」
 朔の耳に、なめらかな指と小さな息遣いが触れる。
 息を詰めた朔に、女性は耳元でささやいた。
「いい匂い。水に濡れた花のような匂いがします」
 女性は感嘆のようにつぶやいて、朔にだけ聞こえる声で告げる。
「花は好きだもの。あなたなら、触れられるのかな……」
 けれど女性はすぐに体を離して、ふっと笑う。
「……ごめんなさいね。忘れてください」
 女性は朔のイヤリングをつけ終えると、いたずらっぽく言う。
「怒らないで、兄さん」
 女性が顔を上げた先に、背の高い男性が張りつめた空気をまとって立っていた。
 男性は女性の肩をつかむと、自分のものだと周囲に見せつけるように歩いていく。
 それを立ちすくんで見送った朔の元に、すぐに義兄がやって来て問いかけた。
「大丈夫? 何か言われた?」
「あのひとたちは……」
 朔が義兄を見上げてたずねると、義兄は警戒を示しながら言う。
「今見かけたのはこの茶会の主催者の、組長とその義妹。……さっちゃん?」
 朔が少し震えているのに気づいたのか、義兄は朔の肩を抱いてくれた。
「そっか。……おいで、さっちゃん。今日はお暇しよう」
 そうして義兄は、朔を連れて早々に茶会を後にすることを決めたのだった。



「あの組長と義妹は、義兄妹で愛し合っていると言われているよ」
 居館に戻ってスーツを脱いだ朔に、義兄は朔のスーツを掛けながら言った。
「だから少し、普通の恋人同士と違う。組長は妹を外の世界に触れさせようとしながら、実際に触れようとすると怒って。妹は男性のようにスーツに身を包みながら、兄の前では無力な少女で」
「……でもお互い、切ないくらいに好き合ってるように見えた」
 朔はぽつりとつぶやいて、傍らに座った義兄を見上げる。
「兄さんが好きな僕も……歪んでるかな」
 義兄は朔の頭を子どもにするように撫でて告げる。
「もう一つ教えてあげる。あの義兄妹の裏の商売は、麻薬なんだ。昼間は明るいテラスで紅茶を飲んでいるけどね」
 朔が恐れで身を震わせる前に、義兄は朔の体を両腕で包み込む。
「この世界は一歩先に闇が潜む。俺自身もあの兄妹が好きかというとそうでもない。今日みたいにさっちゃんにちょっかい出されたら、もちろん腹が立つしね。……でもね、さっちゃん」
 義兄はふいに朔の目をのぞきこんで言った。
「歪んだ愛は悪いもの? 俺がさっちゃんを愛してる気持ちは、さっちゃんを傷つけてるかな?」
「ううん」
 朔は首を横に振って、義兄の肩に触れる。
「兄さんの愛情を疑ったことなんてない。……僕、兄さんの側にいたい」
「さっちゃん」
 義兄は幸せそうに華やいだ笑顔を浮かべると、朔の体をぎゅっと抱く。
 まだ義兄はスーツ姿のままだったから、朔は慌てて言う。
「兄さん、せっかくのスーツがしわになっちゃうよ」
「いいんだ。俺の今の気持ちとおそろい。さっちゃんの愛情で、くしゃくしゃにされていたいんだ」
「もう……」
 朔を離す気配がない義兄に、朔は困り顔で息をつく。
 けれど、朔も義兄と同じ気持ちだったから。朔はおずおずと義兄の背に腕を伸ばして抱きしめ返したのだった。
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