女盗賊してたらある日偽装結婚の片棒を担ぐことになりました

笹村

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Ⅰ 疾走

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 俺達はその日、いつものように走っていた。

 猫のように軽やかに、犬のように力強く。家々の屋根を足場に全力疾走。
 足場は悪く、一歩間違えれば真下へとまっ逆さま。
 特に、今のような月の光しか頼る物の無い真夜中なら、なおさらだ。
 それでも、俺達は走る。走り続ける。何故かと言えばそれは簡単、

「待たんかーっ、この盗賊どもがーっ!」

 そう、俺達は盗賊なのだ。つまりは、お宝を頂戴して逃げ回ってるって訳だ。

「くそっ、警護団の奴らしつこいっ。どうするっ!」

 仲間の一人が走りながら俺に指示を仰ぐ。
 俺は走るのを止め屋根の上から、俺達を追走するように家々に隣接する地面を走り回っている警護団の奴らの動きを確認する。

(まずいな……数が多い。分散して逃げても意味が無い。
 とはいえ、このまま逃げても追いつかれるか……)

 腹を括る。巧い手とは言えないが、他に方法はありはしない。

「先に行けっ! 一端、俺が連中を引き付ける。その間に街の外に出ろっ!」
「そんな、独りで残して――」
「いいから行けっ!」

 愚図る仲間に、キツイ口調で俺は命令する。
 もう、目で見えるぐらいの距離に迫った城壁を指差しながら。

「あの城壁を越えたら街の外だっ! 早く行けっ! 足手まといだっ!」

 一瞬だけ、仲間達の表情が泣き出しそうに歪む。
 まぁ、しょうがない。子供の頃から一緒に暮らしてきた兄弟に近い仲間なのだ。
 そこらのヤクザな盗賊団のようにドライに割り切るのは無理ってもんだ。
 けれど、

「……分かった……死ぬなよ、ソフィア」

 三人の仲間の内の一人、俺より一つ年上のジェイクが俺の意志を汲んでくれる。
 さすがは影のリーダー。よく分かっている。
 足の速さと身の軽さだけでかしらになっているだけの俺とは違う。

 俺が受け持っていたお宝を受け取ると、振り返る事すらなく一気に走り出すジェイクに、残りの二人も一瞬の迷いを見せた後、追従する。

 これで好い。今日のお宝は、絶対に持って帰らなければならない物だ。
 そうでなければ、アジトで待っている子供達に食べさせてやれなくなる。

 あの子達を飢えさせない事。それが大人になった俺達の仕事なのだ。
 昔、俺達が子供だった頃に、あの人達にして貰ったように。

「さて、それじゃま、死ぬ気で走りますか」

 捕まれば、ただでは済まない。良くて一生牢獄行き、下手すりゃ、散々遊び尽くされた後、首切り断頭台といった所だろう。

 そうなるぐらいなら、死んだ方がマシ。

 全身を駆け巡る恐怖を、走り続ける為の緊張感へと変え、俺は追っ手に向って声を張り上げる。

「間抜けっ! どっちを見てるっ! 追いつけるつもりかよっ! ノロマ野郎っ!」

 ざわりと、自分に向って注がれる無数の視線に、思わず鳥肌が立つ。

 ははっ、単純な奴ら。お陰でこっちとしては大助かりだ。

 全力で、疾走する。猫のように軽やかに、犬のように力強く。
 先に逃げた仲間達が逃げ切る事が出来るように。
 追っ手達が見失ってしまわないギリギリの速さを維持して走り続ける。

 怖い。正直、怖い。けれど恐怖に捕まって、速度を落す訳にはいかない。

 走る走る走る走るっ!

 こんな時だって言うのに、凄く楽しい。
 はっきり言って、こういう所は自分でも可怪おかしいって思う。
 でも、だからこそ俺は、かしらに選ばれたのだ。

「お前は何時でも諦めない。そして、困難を楽しむ事が出来る。
 だからこそ、お前がかしらに相応しいんだよ、ソフィア」

 大事な人から貰った、大切な言葉が思い出される。
 今は死んでもういない、初めて自分に優しくしてくれた大人の一人。

 その言葉が勇気をくれる。自分に対する誇りを持てる。
 あの人がくれた言葉を護る為にも、俺は捕まる訳にはいかないのだ。

(……もぅ、逃げ切れたかな)

 仲間達が逃げていった方向に顔を向けるような間抜けな真似はせず、あいつらの足の速さから予想出来る、逃げ出すのに必要な時間を計算する。

 ……うん、大丈夫。余裕を持って逃げ出している筈だ。
 今ならもう城壁に辿り着き、事前に仕掛けておいたロープを伝って登りきっている筈だ。

 一つ目のチャレンジはクリアーした。なら、後は自分が逃げ切るだけ。

(絶望的に難しいけど)

 足が震えて立ち止まりそうになる。
 けれど顔だけは笑顔を浮かべ、自身を鼓舞する。
 空元気も、元気は元気。

 優しくしてくれた大人達の一人から貰った言葉を、思わず思い出す。
 くすくすと、懐かしさに笑ってしまう。

 うん、大丈夫。大丈夫だ。逃げ切れる。
 笑える余裕がある内は、絶望なんかには捕まらない。
 俺は走る。全力を越え、更に加速する。

 ギリギリで警護団の奴らが追いつけた速さを飛び越える。
 追いつける、もんか。

 全力で走りながら、俺はこの後の事を考える。

 まずは、警護団の奴らから逃げ切るのが先決だ。
 そして、あいつらが俺の事を見失ったまま、城壁に幾つか仕掛けたロープを伝って登り切ればクリアーだ。

 けれど、日が昇ってくれば、城壁に仕掛けたロープの事がバレる事だって十分に考えられる。
 それまでに、逃げ切らなければならない。

 時間制限付きの、命を賭けた鬼ごっこ。
 楽しい事、この上ない。

 自分を騙しながら、俺は走り続ける。猫のように軽やかに、犬のように力強く。
 速く速く速く、誰も追いつけないほど速く。
 実際、もう誰も追いつけなんかしない。

 だから、逃げ切れる――筈だった。運が悪くさえなければ。

「――っ!」

 声にならない悲鳴を上げる。
 思いっきり踏み込んだ屋根の一部が崩れる感触に、一気に血の気が引く。

 最悪。

 心の中で運命の女神とやらを呪う余裕はあっても、崩れた体勢を戻す余裕はありはしなかった。
 ぐきりっ、と、崩れた屋根を踏み込んだ脚の足首が、いやな感触と共に激痛に襲われる。

 挫いたのだ。

 と、自覚する暇すらなく、俺は不様に転げ、そのまま屋根の傾斜に従って落ちていく。

 ――あ、死ぬな、これ。

 最後に頭に浮かんだ事がコレというのは、我ながらどういう事なのか。

 まぁ、いいや。悪く無い人生だった。
 思い残す事は一杯あるけれど、あの子達のことは、きっとジェイク達がキチンと見てくれるだろう。

 ……なら、いいや。死んだら、あの人達に逢えるかもしれないし。

 最後に脳裏に浮かんだのは、優しい大人たちの周りで、はしゃぎ回ってる子供の頃の自分の姿。

 あぁ、悪くない。こんなにも懐かしい景色が見られるのなら、死んで逝くのも悪くない。

 ふわりと、自分に掛る重さが消える。
 屋根から落ちて宙に投げ出されたんだな、と気付くより早く、俺はまっ逆さまに落ちて行った。

 そして、俺の意識はそこで消え失せた。
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