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第1章 牛肉勝負
幕間 勝負の裏側
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「いやあ、実に好い勝負でした」
夜。ガストロフの屋敷に招かれた陽色は、ガストロフの言葉に笑顔で返した。
「喜んで頂けたなら、何よりです」
「喜びましたとも。あれだけの美味い料理を、作って貰えたのですから」
ガストロフは、子供のように無邪気に喜ぶ。それに対する陽色は、笑顔は浮かべているが、どこか油断なく向かい合って座っていた。
いま居る場所は、ガストロフが特別に懇意にしたい相手だけを通す部屋だ。
部屋の中央にテーブルが置かれただけの小ざっぱりとした部屋だが、貴族でも魔術師でもない商人が手に入れられる内で、最高級の盗聴防止の魔導具で固められている。
ここでなら、なにを話そうが外に漏れることは無い。
逆に言えば、外で聞かれては困る話をするかもしれない、そんな場所でもある。
「本当に、美味い料理でした。可能なら、私の専属料理人になって欲しいほどです」
「それは無理です」
笑顔のまま、陽色は断る。
「あいつは、そういうことを望みませんから。引き抜きは、ご容赦願います」
「ははっ、釘を刺されてしまいましたな。残念残念」
冗談めかして言いながら完全に本気の目をしていたが、それを笑顔で塗りつぶし、ガストロフは本命の話題に入った。
「今回の料理勝負で、牛肉の有用性を知らしめることが出来ました。アルテア地方の代表であるグエンさんも、ジェイド地方の代表であるクリスさんも、それは認められています」
「では、以前お話頂いた計画は、実行段階に移られるのですね?」
「ええ、お蔭さまで。今まで食肉として用いられてこなかった牛肉。それを生産供給するための一大流通圏の確立。貴方がたのもたらした蒸気機関車と牛肉料理で、実行するだけの現実味が出来ましたので」
それは牛肉という新たな商品を、自分達で独占して商売にしようという計画だ。
牛を育てるための穀物供給先として山岳地帯のアルテア地方が。
餌の穀物と、生産した牛肉を陸路で運ぶ手段に蒸気機関車が使われ、一大中継基地として、海運が発達したジェイド地方が役割を担う。
異世界から転生召喚された勇者たちがもたらした蒸気機関車が無ければ、計画さえされなかった目論見。
しかし蒸気機関車がもたらされても、今まで食肉として使われてこなかった牛肉を商品にするのは、二の足を踏む商人も多かった。
だからこそ、牛肉は商品になるのだと思わせるほどの料理が欲しかったのだ。
五郎たちが牛肉で料理勝負をさせられたのは、それが一因である。
「本音を言えば、五郎にもこの事は、伝えておきたかったんですがね」
「申し訳ない。信じていない訳ではありませんが、どこから漏れるとも限りませんので」
「それは仕方がないことです。残念だったのは、目的さえ知っていれば、もっと他にも色々な料理を作ってくれただろうにと、思っただけですから」
「ああっ、それは確かに! 五郎さんだけではありませんな。他の料理人の方達にも、申し訳ないことをしました。特に、最後まで選考に残った御2人。あの方たちもきっと、好き料理を作って下さったでしょうに」
「美味しい料理を作られたみたいですね。五郎が褒めていました」
「それはそうでしょう! あの御2方は、五郎さんに匹敵する料理の腕をお持ちでした。あの時だけの勝負で終わらせるなど、もったいない! という訳で、また料理勝負をお願いしたいのです」
「……どういうことですか?」
目を細めて尋ねる五郎に、ガストロフは悪びれずに返した。
「実は、今回の料理勝負の結果を、アルテアとジェイドの豪商たちも知りましてね。牛肉だけを商品にするのはズルいと仰られまして。それぞれの地方で取れる物を使って料理を作ってくれと言われたのですよ」
「そういう話になるように、誘導しませんでした?」
「いやですねぇ。想定の内でしょう? 私がそうするのは」
2人は一瞬、お互いを見つめ合ったが、
「ははっ、お互いさま、といった所ですね」
「ははっ、まったくで」
楽しげに笑い合った。
「しかしこれで、貴方たち勇者の目的が、一歩近づくのではないですかな?」
「目的ですか」
「ええ。分断されている各辺境領の統合。これが、貴方達の目的なのでしょう?」
笑みを崩すことなく、ガストロフは言った。
この世界は、王を頂点とする王政府と、王から自治を任されている辺境伯を頂点とする辺境領から人間社会は出来ている。
今では距離が離れているせいで、それぞれが独自の発展を遂げているそれを、一つにまとめると言っているようなものだ。
けれど、それを陽色は否定する。
「目的ではありません。手段です」
「ほう? どういうことですか?」
疑問というよりは確認するように尋ねるガストロフに、陽色は応える。
「私達の目的は、あくまでも平和です。その為に危険度の高い各辺境領の分断を止めたい、それだけです」
「そのために利用するのが、食ですか?」
「はい。手段の1つではありますが、そうです」
「出来ますかね?」
「してみせます。牛肉1つとっても、他の地域の助けが無ければ成り立たないような仕組みを作り、お互いがお互いを依存しあう」
「それによって、争いを無くすと。出来ますかね? たかだか食ですよ」
「出来ます」
確信するように、陽色は笑顔で言い切った。
「美味しい物には、勝てませんから」
「はっ……」
ガストロフは、常は見せない、獰猛な笑みを浮かべ応えた。
「やはり貴方は大法螺吹きの大馬鹿者だ。山師以外の何者でもない。おまけに、自分の欲を何よりも優先している。
ですが、だからこそ、私は貴方に大金を賭けても良いと思っている。
なぜなら、私も貴方と同じだからだ」
ガストロフは自分を静めるような間を空けて、続けて言った。
「私は今でこそ大商人なんて言われてますがね。そうなったのは、欲しい物があったからですよ」
そう言って、テーブルの中央に置いてあった、皿に乗せられたパイを陽色に差し出す。
切り分けられていたそれを、一つ手に取り陽色は食べる。
「魚のパイですか」
サクサクのパイ生地に、具はクセの無い白身魚。
淡泊だがしっかりとした味わいの魚が、バターの風味が楽しめるパイ生地と合わさり美味しさを感じさせてくれる。
「美味しいですね」
「そうでしょう。ですが、私が子供の頃に、父に作って貰って食べたそれは、もっと味が濃く、もっともっと美味しかった」
想い出を、ガストロフは語る。
「父は料理人でした。腕の良い、正直者でね。
貧しい中で、色々と私に美味い物を食わせてくれたものです。
特に好物だったのが、魚のパイでね。今の時期に、味のこってりとした魚のパイを作ってくれました。
美味かった。美味かったんですよ。
なのに、どうやって作られた物なのか、分からないんですよ。
教えて貰う前に、父は過労がたたって死にましたから」
告解するように言い、渇望するように続けた。
「私は、またあのパイが食べたい。その一心で、今まで金を稼いできた。
人は私のことを情報通だと言いますがね、なんのことは無い。
子供のころ食べた懐かしい味が知りたくて、なんだろうと知ることのできることは漁っているだけのことです。
情けないと、思いますか?」
「いいえ。思い出の味を求めることの、なにが悪いことですか」
怒りを浮かべるように陽色は返す。
「それを情けないというのなら、一度無くしてみればいいんです。
私達は元の世界からこちらの世界に来ましたけどね、心の底から実感してますよ。故郷の味が食べたいって。
それを再現するために、どれだけ苦労しているか。
必要な食材も調理法も、必死の思いで掻き集めて作り出したんです」
「……ははっ、それはまた、大した情熱だ」
「それだけの価値がある。想い出の味には。それを求めることが情けないというのなら、いいでしょう。私が勝負してやりますよ、そいつと」
「……ふ、ははっ……情熱的ですね、貴方は」
「だから勇者なんて物をやったんですよ。それは五郎も、他の勇者も同じですけどね」
「……好いことですよ。なおさら、貴方がたに賭けてみたくなる。
賭けるべき相手に賭けられないで、なにが商人か。
陽色さん、私は貴方達に賭けますよ。全額賭けても良い」
「ありがたい。必ず、期待には応えてみせます。そのためにはまず、五郎には頑張って貰いましょう」
「それは良い。利息分として、頑張って貰いましょう」
などと本人のあずかり知らぬ場所で、莫大な投資金の利息やら、一大経済圏の正否が料理の出来次第で左右される重みを、五郎は肩に背負わされる。
そうとは知らぬ五郎は、早速次の日、新たな料理勝負のために沿岸地域のジェイド地方に訪れていた。
夜。ガストロフの屋敷に招かれた陽色は、ガストロフの言葉に笑顔で返した。
「喜んで頂けたなら、何よりです」
「喜びましたとも。あれだけの美味い料理を、作って貰えたのですから」
ガストロフは、子供のように無邪気に喜ぶ。それに対する陽色は、笑顔は浮かべているが、どこか油断なく向かい合って座っていた。
いま居る場所は、ガストロフが特別に懇意にしたい相手だけを通す部屋だ。
部屋の中央にテーブルが置かれただけの小ざっぱりとした部屋だが、貴族でも魔術師でもない商人が手に入れられる内で、最高級の盗聴防止の魔導具で固められている。
ここでなら、なにを話そうが外に漏れることは無い。
逆に言えば、外で聞かれては困る話をするかもしれない、そんな場所でもある。
「本当に、美味い料理でした。可能なら、私の専属料理人になって欲しいほどです」
「それは無理です」
笑顔のまま、陽色は断る。
「あいつは、そういうことを望みませんから。引き抜きは、ご容赦願います」
「ははっ、釘を刺されてしまいましたな。残念残念」
冗談めかして言いながら完全に本気の目をしていたが、それを笑顔で塗りつぶし、ガストロフは本命の話題に入った。
「今回の料理勝負で、牛肉の有用性を知らしめることが出来ました。アルテア地方の代表であるグエンさんも、ジェイド地方の代表であるクリスさんも、それは認められています」
「では、以前お話頂いた計画は、実行段階に移られるのですね?」
「ええ、お蔭さまで。今まで食肉として用いられてこなかった牛肉。それを生産供給するための一大流通圏の確立。貴方がたのもたらした蒸気機関車と牛肉料理で、実行するだけの現実味が出来ましたので」
それは牛肉という新たな商品を、自分達で独占して商売にしようという計画だ。
牛を育てるための穀物供給先として山岳地帯のアルテア地方が。
餌の穀物と、生産した牛肉を陸路で運ぶ手段に蒸気機関車が使われ、一大中継基地として、海運が発達したジェイド地方が役割を担う。
異世界から転生召喚された勇者たちがもたらした蒸気機関車が無ければ、計画さえされなかった目論見。
しかし蒸気機関車がもたらされても、今まで食肉として使われてこなかった牛肉を商品にするのは、二の足を踏む商人も多かった。
だからこそ、牛肉は商品になるのだと思わせるほどの料理が欲しかったのだ。
五郎たちが牛肉で料理勝負をさせられたのは、それが一因である。
「本音を言えば、五郎にもこの事は、伝えておきたかったんですがね」
「申し訳ない。信じていない訳ではありませんが、どこから漏れるとも限りませんので」
「それは仕方がないことです。残念だったのは、目的さえ知っていれば、もっと他にも色々な料理を作ってくれただろうにと、思っただけですから」
「ああっ、それは確かに! 五郎さんだけではありませんな。他の料理人の方達にも、申し訳ないことをしました。特に、最後まで選考に残った御2人。あの方たちもきっと、好き料理を作って下さったでしょうに」
「美味しい料理を作られたみたいですね。五郎が褒めていました」
「それはそうでしょう! あの御2方は、五郎さんに匹敵する料理の腕をお持ちでした。あの時だけの勝負で終わらせるなど、もったいない! という訳で、また料理勝負をお願いしたいのです」
「……どういうことですか?」
目を細めて尋ねる五郎に、ガストロフは悪びれずに返した。
「実は、今回の料理勝負の結果を、アルテアとジェイドの豪商たちも知りましてね。牛肉だけを商品にするのはズルいと仰られまして。それぞれの地方で取れる物を使って料理を作ってくれと言われたのですよ」
「そういう話になるように、誘導しませんでした?」
「いやですねぇ。想定の内でしょう? 私がそうするのは」
2人は一瞬、お互いを見つめ合ったが、
「ははっ、お互いさま、といった所ですね」
「ははっ、まったくで」
楽しげに笑い合った。
「しかしこれで、貴方たち勇者の目的が、一歩近づくのではないですかな?」
「目的ですか」
「ええ。分断されている各辺境領の統合。これが、貴方達の目的なのでしょう?」
笑みを崩すことなく、ガストロフは言った。
この世界は、王を頂点とする王政府と、王から自治を任されている辺境伯を頂点とする辺境領から人間社会は出来ている。
今では距離が離れているせいで、それぞれが独自の発展を遂げているそれを、一つにまとめると言っているようなものだ。
けれど、それを陽色は否定する。
「目的ではありません。手段です」
「ほう? どういうことですか?」
疑問というよりは確認するように尋ねるガストロフに、陽色は応える。
「私達の目的は、あくまでも平和です。その為に危険度の高い各辺境領の分断を止めたい、それだけです」
「そのために利用するのが、食ですか?」
「はい。手段の1つではありますが、そうです」
「出来ますかね?」
「してみせます。牛肉1つとっても、他の地域の助けが無ければ成り立たないような仕組みを作り、お互いがお互いを依存しあう」
「それによって、争いを無くすと。出来ますかね? たかだか食ですよ」
「出来ます」
確信するように、陽色は笑顔で言い切った。
「美味しい物には、勝てませんから」
「はっ……」
ガストロフは、常は見せない、獰猛な笑みを浮かべ応えた。
「やはり貴方は大法螺吹きの大馬鹿者だ。山師以外の何者でもない。おまけに、自分の欲を何よりも優先している。
ですが、だからこそ、私は貴方に大金を賭けても良いと思っている。
なぜなら、私も貴方と同じだからだ」
ガストロフは自分を静めるような間を空けて、続けて言った。
「私は今でこそ大商人なんて言われてますがね。そうなったのは、欲しい物があったからですよ」
そう言って、テーブルの中央に置いてあった、皿に乗せられたパイを陽色に差し出す。
切り分けられていたそれを、一つ手に取り陽色は食べる。
「魚のパイですか」
サクサクのパイ生地に、具はクセの無い白身魚。
淡泊だがしっかりとした味わいの魚が、バターの風味が楽しめるパイ生地と合わさり美味しさを感じさせてくれる。
「美味しいですね」
「そうでしょう。ですが、私が子供の頃に、父に作って貰って食べたそれは、もっと味が濃く、もっともっと美味しかった」
想い出を、ガストロフは語る。
「父は料理人でした。腕の良い、正直者でね。
貧しい中で、色々と私に美味い物を食わせてくれたものです。
特に好物だったのが、魚のパイでね。今の時期に、味のこってりとした魚のパイを作ってくれました。
美味かった。美味かったんですよ。
なのに、どうやって作られた物なのか、分からないんですよ。
教えて貰う前に、父は過労がたたって死にましたから」
告解するように言い、渇望するように続けた。
「私は、またあのパイが食べたい。その一心で、今まで金を稼いできた。
人は私のことを情報通だと言いますがね、なんのことは無い。
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情けないと、思いますか?」
「いいえ。思い出の味を求めることの、なにが悪いことですか」
怒りを浮かべるように陽色は返す。
「それを情けないというのなら、一度無くしてみればいいんです。
私達は元の世界からこちらの世界に来ましたけどね、心の底から実感してますよ。故郷の味が食べたいって。
それを再現するために、どれだけ苦労しているか。
必要な食材も調理法も、必死の思いで掻き集めて作り出したんです」
「……ははっ、それはまた、大した情熱だ」
「それだけの価値がある。想い出の味には。それを求めることが情けないというのなら、いいでしょう。私が勝負してやりますよ、そいつと」
「……ふ、ははっ……情熱的ですね、貴方は」
「だから勇者なんて物をやったんですよ。それは五郎も、他の勇者も同じですけどね」
「……好いことですよ。なおさら、貴方がたに賭けてみたくなる。
賭けるべき相手に賭けられないで、なにが商人か。
陽色さん、私は貴方達に賭けますよ。全額賭けても良い」
「ありがたい。必ず、期待には応えてみせます。そのためにはまず、五郎には頑張って貰いましょう」
「それは良い。利息分として、頑張って貰いましょう」
などと本人のあずかり知らぬ場所で、莫大な投資金の利息やら、一大経済圏の正否が料理の出来次第で左右される重みを、五郎は肩に背負わされる。
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