夫が前世の記憶を取り戻したようです。私は死亡ENDモブだそうですが、正ヒロインをざまぁして元気に生きたいと思います。

越智屋ノマ

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【3】いきなり『キャラ変』されても困ります!

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「すまなかった、リコリス。愚かだった僕を……どうか許してくれ」
昏睡状態から目覚めたミュラン様は、ひどく悲しげな顔をして、わたしに謝ってきた。

(「許してくれ」って……。どれを許してほしいのかしら)

わたしを「子供」とか「痩せガラス」とか「生理的に受け付けない」とかさんざん馬鹿にしたこと? それともやっぱり、愛人がいっぱいいること? どれを謝ってるのか知らないけど、どれも別にどうでもいいや。

「なに気弱なこと言ってるんですか、ミュラン様らしくないですよ。じゃ、みんなを呼んできますから! 王家にも伝令を飛ばさなきゃいけませんよね?」

ぱたぱた走って部屋を出た。曲がりなりにも公爵夫人なんだから、おしとやかにしなくちゃいけないんだろうけど……嬉しいときは素直に喜びたい。

 * * * * *

奇跡的に生還したミュラン様は、なぜか性格が変わっていた。
『反省して心を入れ替える』とかいうレベルじゃなくて、かなり別人になっていた。
……たぶん、昏睡状態が長すぎたせいで頭がヘンになっちゃったんだと思う。


「リコリス。庭でティータイムでも、一緒にどうかな」

目覚めて5日後。順調に回復していたミュラン様は、いきなり部屋にわたしを呼びつけて、ティータイムに誘ってきた。
……どういう風の吹き回しなんだろう。1年近く「空気嫁」扱いで目も合わそうとしなかったくせに。

「……病み上がりなのに外に出ちゃっていいんですか?」
「医者に、外気に触れるよう勧められた。さすがに狩りに出るほどの体力は戻っていないから、まずは庭先からと思ってね。僕の相手を頼めるかい?」

愛人呼びなさいよ、愛人。5人もいるんだから……。と、心の中で毒づいていたけれど、病み上がりの人に塩対応をするのも悪い気がして黙り込んでいた。

「茶菓子には、舶来品のチョコレートを用意させてあるんだが」
「お供いたします、旦那様」

口が勝手に答えていた。人生初のチョコレートなる高級スイーツ、食べるチャンスを失う訳にはいかない。

   *

「僕は食欲が湧かないから、そのチョコレートは好きなだけ食べるといいよ」
「えっ。良いんですか?」

紅茶に口をつけてゆったりしているミュラン様の向かいの席で、わたしはチョコレートを食べまくっていた。どうせ空気妻だし、いくら嫌われても全然かまわないので、好き放題食べさせてもらうことにする。

全力で頬張っていたら、なんかクスクス笑われてしまった。どうせまた「みっともない子供だ」とか「生理的に受け付けないとか」とか、考えてるんだろうけど。
……でも、なんだか今日のミュラン様は機嫌がよさそうだ。倒れる前みたいな、取り澄ました感じがしない。

「……無事に目が覚めて、よかったですね」
「ありがとう」

そういえば。と、ミュラン様はつぶやいた。

「呪術院の報告によると、僕の倒れた原因はやはり『呪いの一種』だそうだよ」
「呪い……」
「呪いと一般的な魔法の違いは、分かるかな?」

そんなの知らない。わたし、初歩魔法だって使えないもの。

「呪いというのは魔法のなかでも特に危険度が高く、ごく一握りの高位魔術師だけにしか使用権限のない禁術のことだよ。他人を殺したり、発病させたりする術だ」

「怖いですね。ミュラン様が呪われたということは、誰かがあなたを殺そうとしたってことですか」
「そうだね。……犯人は特定できていないようだ。もし犯人が見つかれば、その者は死罪を免れないだろう」

ちらり。とミュラン様がこっちを見てきたから、相づちを返してみた。

「そうですか。犯人、早く見つかるといいですね」
「まぁ……僕としては、犯人捜しにはあまり興味がないんだ。だから、捜索を打ち切るように進言しておいた」
「そうなんですか?」

「無事に生還できたし、自分にかけられた呪いを解析して、術式を解き明かすことができたからね。ついさっき、呪術院に術式解析のレポートを提出しておいたよ。今後、同じ呪いを掛けられた者が出てもすぐ解呪できる――つまり、我らの王国は優れた防衛手段をひとつ増やせたということだ」

ミュラン様が、なんか難しいこと言ってる。
よくわからないけど、この人は呪いの解析とかもできるらしい。……さすが名門貴族。

「呪いを解く方法は、基本的には1つしかない……呪いを掛けた張本人が解くことだ。しかし、術式を十分に解析できている場合には、高度な魔術師であれば呪いに介入して解呪することもできる。あるいは、『聖女』は神の恩寵を受けてあらゆる呪いを無効化できるそうだが……この国には聖女なんていないからね」

「……なんか難しいんですね。まぁ、ともかくミュラン様が元気そうで何よりです」


わたしがうなずいていると、ミュラン様がまじめな顔でこっちを見てきた。

「まぁ、呪いの話はどうでもいい。大切なのは、死の淵に立たされた僕が非常にを思い出せたという一点だ」
「大切なこと?」
「あぁ。思い出せてよかった。忘れたまま生きていたら、悲惨なことになっていたはずだ」

大切なことって何ですか? と聞きたかったけど、空気妻なので自粛してみる。
『臨死体験をすると死生観が変わる』みたいな話はよく聞くし、ミュラン様のもそういう類《たぐい》なのだろう。

まぁ、何はともあれ元気でよかった。

もぐもぐとチョコレートを食べ続けていると、ミュラン様がいきなり大きな花束を差し出してきた。テーブルの下に隠していたらしい。
抱えきれないような立派な花束に、深紅のバラがぎっしり。

「……なんですかこれ」
「誕生日のプレゼントだよ」
「誕生日」

だれの?
きょとーん。として首をかしげていると、ミュラン様が呆れた顔になっていた。

「君の誕生日だ」
「えっ。わたし?」

結婚した日から、今日でちょうど1年になるらしい。つまり結婚記念日である今日、わたしは15歳になったのだ。
ちょっと前まで毎日『慰謝料カウントダウン』を生きがいにしてたんだけど、ミュラン様が倒れて以来、日付を見るのを忘れていた……そっかぁ、もう1年か。

「今日、誕生日でしたっけ? ……えっと、わざわざスミマセン」

意外と律儀な人なのね……。と、感心しながら、わたしは花束を受けとった。
……悪い気はしないけど、なんか恥ずかしい。
頬が熱くなっちゃったのをごまかしたくて、とりあえず紅茶を飲んでいた。

「君が嫁いでちょうど1年。つまり、あと2年は僕の妻でいる予定なんだろう?」
ぶはっ。
盛大に紅茶を噴き散らかした。

「3年間、肉体関係を持たずに過ごして、法務院に『白い結婚』を訴え出てから離婚するつもりなんだろ?」
「な、ななな……なぜそれを!?」
慰謝料をねらった離婚前提の結婚だったことを、ミュラン様は見抜いていたの!?

「君の態度を見れば、明らかじゃないか。どうせ、親から入れ知恵されたんだろう? だが、賢い判断だと思うよ」

四聖爵《ぼく》の妻になんて、なってもロクなことがない。時期が来たら離縁するのが賢明だよ。と、彼は呟いていた。

(も、もしかして、わたし、結婚詐欺とかで訴えられたりするのかしら…………)
びくびくしながら身構えていたわたしを見て、ミュラン様はおもしろそうに笑っていた。


「つまりは、あと2年。僕と君は夫婦ゴッコを続けるわけだ」
ミュラン様が何を考えているのかさっぱりわからず、怖すぎる!

恐怖のあまり、わたしは花束をテーブルに置いて後ずさろうとした。
でも、彼に腕をつかまれて引き寄せられてしまう。――こわい怖い怖い!!

「で、慰謝料はいくらほしい?」
「え?」
「言ってごらん。いくらほしいんだ」
「……80000レントくらい」
「なんだ、そんなに少なくていいのか」
「少ない!?」

実家の所領では、税収10年分くらいなんですけど!?
唖然としているわたしを眺めて、ミュラン様は相変わらず、機嫌よさそうに微笑んでいた。

「僕は、君に対して負い目を感じている。……だから、君の希望はできるだけ叶えてあげたいと思っている」
「わ、訳が分かりません」
「べつに、理解されなくていい」

それだけ言うと、彼はわたしの腕を放して再び紅茶を飲み始めた。

「ともかくあと2年は、楽しく過ごそう」

  * * *


「えぇ!? 愛人さんたちと別れちゃったんですか?」

その日の夜。
ミュラン様が食事を優雅に口に運びながら言った――「5人の女性とは、縁を切った」と。

その日、わたしは初めてミュラン様から、「一緒に夕食を」と命じられた。
嫌々ダイニングルームに行ってみたら、誕生日っぽい豪華なメニューがずらっと並んでて。食卓に着いていたのは彼だけだった。……いつも愛人たちと一緒にごはん食べてたよね?? と思ってジト目で睨んでいたら、別れたのだと教えてくれた。

「……それって、愛人のメンバーチェンジってことですね。新メンバーは別室待機中ですか? わたし、いないほうがいいですよね?」

「いや。新しい女性を招く予定はないよ。ちなみに、彼女たちには慰謝料を渡したうえで、それぞれの家柄に見合う婚約者を見繕っておいた。……結婚に至らず契約終了するときには、そういう扱いをすると取り決めてあった」

契約?

「屋敷内でもめ事を起こさないこと、基本的には僕に愛情の応酬を求めないこと、……それら2点を守ったうえで、子を孕んだ場合には妻に迎えると。そういう契約だったんだよ」

そういえば、侍女たちもそんな話をしてたわ。
でも、結婚もしないでお手付きばかり増やすのって、男としてどうなのよ……。

「彼女らは僕が意識を失っている間に、ずいぶん好き放題にふるまっていたと、従者たちから報告を受けた。だから契約を終了したんだ」

淡々とした口調で、食事しながらミュラン様が言う。
(……なんか、冷たい人だなぁ)

ふわふわ笑っていたかと思えば、契約だからとあっさり人間関係を切ってしまう。……やっぱりわたしには、ミュラン様が理解できない。

「僕を軽蔑してるんだろう?」
わたしの心なんかとっくにお見通しらしく、ミュラン様は涼やかに微笑んでいる。

「え? ……まぁ」

「国防のために、四聖爵の血筋を絶やすわけにはいかないんだ。……かといって、手あたり次第に妻を増やすのも嫌なんだよ。仕方ないじゃないか」

まぁ、理解してもらわなくていい。と呟いてから、彼は静かにスープを味わっていた。

(よく分からない人だな……)

「ともかく、君の前には二度と愛人は現れない。安心して暮らすといいよ」
「え?」

もしかして、わたしを気遣ってくれている??
一瞬うれしくなりかけたけど、重要なことに気づいた瞬間ぞっとした。

(あれ? でも、愛人さんたちがいなくなっちゃったら、この人は後継者作りをどうするつもりなんだろう。……ま、まさかあの5人の代わりをわたしにさせようと!?)

ないよね、ありえないよね!? わたしみたいなのは「生理的に受け付けない」って言ってたし。でも……そうは言っても、他の相手がいないってことは……

気色悪い想像をしてしまって青ざめていると、ミュラン様がすぐに口をはさんできた。

「君の考えていることが手に取るようにわかるが、そういう考えは持っていない。君には指一本触れないよ。……触れられたら君も困るだろう? 君のが台無しになってしまうからね」

「じゃあ……この家の後継者問題は、どうするつもりなんですか?」
「それは、君には関係ないね」

むっ……なんか言い方が感じ悪い。やっぱりこの人、性格がひねくれてるなぁ。
わたしがイラッとしていても、お構いなしに彼は食事を続けていた。

「後継者問題は、ひとまず放置することにした。君の計画に協力してあげるから、その見返りとして僕も気楽な日々を楽しませてもらうよ。……あと2年、どうぞよろしく」

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