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【17】第三王子
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執務室から退出していくルシウス様は、あくまでも平静を装っている。しかし憎しみを帯びた目線を一瞬向けられて、私はぞくっとしてしまった。
でも、今は怖がっている場合ではない。……私がしっかりしないければ。
体の震えをこらえ、彼の退出を見届けた。
国王陛下の面前でルシウス様に恥をかかせてしまったのだから、あとでどんな仕返しが来るかと思うと怖くてたまらない。
それでも、ルシウス様を魔塩事業から遠ざけなければならないと思った。
――ルシウス様が今回の登城に同行したがったのも、私に執拗に接触してくるようになったのも、魔塩の利益をかすめ取るために違いないわ。料理に薬物を盛らなくなったのも、私に利用価値を見出したためなんでしょうね。
先日、料理人のトマス・ベッカーがこっそり報告しに来てくれた。ルシウス様がベッカーのもとを訪れて、薬瓶を回収したそうだ。「これはもう必要ない」と言っていたらしい。
こんな身勝手で頭のおかしい人を、魔塩事業に関わらせるわけにはいかない。もしそんなことになれば、彼は南部六領の復興ではなく自身の利益を求めようとするに決まっている。
緊張していた私を、ねぎらうようにエデンが声をかけてきた。
(ご立派です、ヴィオラ様)
エデンの声を聞くと、本当に安心する。
(あの男が何を仕掛けてこようとも、心配には及びません。俺が必ずあなたを守ります)
――ありがとう、エデン。
「ヴィオラ夫人よ、これで支障はないか」
「はい。陛下の寛大なご配慮に感謝いたします」
「うむ、南部六領の復興を願うそなたの気持ち、しかと理解した。それでは本題に戻ろう」
……そう、本題だ。
今日、私はここで魔塩の製法を考え付いた経緯を説明しなければならない。応接椅子に着席するよう促され、私は静かに腰を下ろした。
「ノイリス伯爵より委細を聞いた。『厄災の竜に汚染された土壌を、焙煎すると魔塩に変化する』――そのような荒唐無稽な製法を、そなたが発見したという話だが……それは誠か?」
「ええ。私が発見いたしました」
――本当は、私が見つけた訳ではないけれどね……。
エデンが死後に飛ばされたオロラニア王国で、現地の生活を観察して入手した製法だ。でも、こんな事情を話しても信じて貰える訳がないから、私が発見したことにする。
「ヴィオラ夫人、そなたの発見はすばらしい。作物もろくに育たぬ灼血土が、まさか世界に誇る魔力資源へ変貌するとはな……。我が息子レオカディオも『灼血土に秘められた魔力を感じる』と以前からわしに述べておったが、具体的な活用法にはいたらなかった。夫人に先を越されて悔しかろう、レオカディオよ?」
ははは、と愉快そうに陛下が笑っている。
その隣で、レオカディオ殿下が茶目っ気のある笑みを浮かべて肩をすくめていた。
「いえ父上、悔しいというよりもヴィオラ夫人の慧眼に感服するばかりですよ。私は魔法を扱う身ですから、物質に内包される魔力もそれなりに察知できますが……まさか魔法の覚えのない夫人が、このような製法を発見するとは」
第三王子のレオカディオ殿下は、私と同じくらいの年齢――二十歳半ばくらいだ。ルシウス様の従兄弟だからか、切れ長の碧眼やウェーブ掛かった金髪は少しルシウス様と似ている。
……容姿が似ているというだけで、なんだか緊張してしまう。
私の緊張をよそに、レオカディオ殿下は苦笑していた。
「しかしまさかフライパンで煎るとは……コーヒー豆やナッツでもあるまいし、その発想はありませんでした。私もいくつかの方法で灼血土の加工を試みていたものの、反応は得られずにおりました。他の方法では魔塩を生成できないようですね……さらなる研究の余地はありますが」
「ヴィオラ夫人よ、そなたがいかにしてこの製法に思い至ったか、このレオカディオが知りたがってな。わしも興味があるのだ、ぜひ聞かせておくれ」
「かしこまりました」
私は姿勢を正し、用意してきた答えを告げた。
「きっかけは、幼いころに実家の書庫で読んだ『実録・世界の土食文化』という書物でした。書物の内容があまりに衝撃的だったので、いつか土を食べてみたいと思っていました。食べるために調理していたら、偶然、魔塩ができました」
……真っ赤な嘘で申し訳ない。
陛下と殿下が、驚いたように目を見開いている。
「ど、土食文化……」
「食べるのか? 土を……」
「はい。この世界の一部地域には、土を食用とする人々がいます。土に含まれるミネラルの摂取や、滋養強壮や消化剤のような医薬品としての活用を目的としているようです。なので私も、土を食べようと思いました」
……真っ赤な嘘で、本当に申し訳ない。
でも、そういう書物が実在するのは確かだ。子供のころ、実家の書庫で土食文化の本を読んだことがあった。
「灼血土ではほとんどの作物が育ちません。しかし実家の領地は灼血土まみれ……どうにか使い道はないかと思い、いっそ食べてみようかな、と」
陛下と殿下は、引き気味だった……。
「だからと言って、よく食べる気になったな。竜の瘴気で汚染された、あの灼血土だぞ……?」
「ええ。『灼血土には有害性はない』という魔導庁を報告を信じておりますので。実家から土を取り寄せて調理を試し始めたところ、たまたま焙煎で魔塩ができました」
なんてへたくそな言い訳なのだろう。
我ながら呆れてしまうが、限られた時間の中ではこれくらいしか思いつかなかった。
――でも、いくら陛下たちに疑われたとしても、「これが事実です!」と言い張るしかない。
私は覚悟を決めて、陛下たちの反応を待った。幸い、おふたりは私を疑わなかったようだ。むしろ感心した様子で、惜しみない賛辞を送ってくださった。
「見事だヴィオラ夫人! 先入観に囚われない柔軟な挑戦意欲、高く評価しよう。そなたのおかげで、この国はめざましい発展を遂げることだろう」
「ありがとうございます」
すると陛下は、上機嫌でこう言った。
「ひょっとすると、そなたはこのセルマ王国の聖女なのかもしれんなぁ!」
……せ、聖女? 私が?
とんでもない誉め言葉をいただいてしまった。
聖女というのは、古代に実在したという『国を救う乙女』のことだ。
国が危機に瀕すると、神は聖女を遣わすのだそうだ。
聖女は優れた魔法を使って知恵や力を人々に授け、人々を救うと言われているが……そんなのは伝説上の存在だ。
地上に最後に聖女が現れたのだって、千年も昔のことだといわれている。
「過分なお言葉でございます、陛下。私には魔法も使えませんし……」
「しかしそなたは魔塩の製法を発見してくれた。そなたの知識で我が国が救われるのだから、やはりそなたは聖女なのかもしれん」
……なんだか、罪悪感が。
本当は、私が作り方を発見した訳ではないし。エデンから教えてもらったことを、自分の手柄のように話しているだけなのに……。
(気にしないでください、ヴィオラ様!)
というエデンの声が、心の中から聞こえていた。
「千年前に災禍の竜がオロラニア王国を脅かした際には、聖女が出現して竜を祓ったと言われておる。しかしこの国に竜が現れたそのとき、国中を探しても聖女と思しき女性は見つからなかった――この国は神に見放されたのかと思っていたが。どうやら我が国の聖女は、遅れてやってきたらしい」
私が恐縮していると、横からレオカディオ殿下が声を投じてきた。
「ヴィオラ夫人が困っていますよ。ふふ、父上の聖女信仰にも困ったものですね」
「言ってくれるなレオカディオよ、私とて夢を見たいのだ。国を救い導く聖女か……実際には、遥か昔の物語なのかもしれんなぁ。いるならば是非会いたいものだが」
まぁ、よい。と、国王陛下は気を取り直したように言った。
「ヴィオラ夫人。そなたのような才媛を王家の近縁たるクラーヴァル公爵家に迎えられたこと、嬉しく思うぞ。今後もその才覚をもって、ルシウスを支えてやっておくれ」
うっ。
そんなことを言われてしまうと、なんだか離婚しにくくて困るわ……。
私は、必死に笑みを取り繕っていた。
「今日はそなたと話の話が聞けて、有意義であった!」
「恐悦至極に存じます」
よかった、話はこれで終わりのようだ。執務室から退出した私は、安堵の息を漏らした。すごく緊張したけれど、どうにかこれで一段落。
……いや。まったく一段落ではないのかもしれない。
部屋の外で控えていた侍従が、私に「クラーヴァル公爵閣下がお待ちの部屋までご案内いたします」と声をかけてきた。
そうだ、夫婦一緒に来たのだから、夫婦一緒に帰らなければならない。ルシウス様は、私にどんな仕打ちをしてくるだろうか……。
(ヴィオラ様、俺が替わります)
ずっと息をひそめていたエデンが、私の中から囁きかけてきた。
――ありがとう、エデン。でも今は平気よ。当初の打ち合わせ通り、宮廷内で入れ替わるのはやめましょう。
エデンは演技が苦手だし、唐突に態度が変わったら周囲に不審がられるかもしれない。だから、ぎりぎりまで私のままでいたほうが安全だ。
侍従に通された部屋では、ルシウス様が満面の笑みで私を迎えてきた。
「やあ、待っていたよヴィオラ。お疲れ様」
目つきが不自然に柔らかくて、気持ちが悪い。これは彼の外面――いわゆる『よそ行きの顔』だ。
本当はすごくイライラしているくせに。二人きりになったら、絶対に本性を表すに決まっているんだから。
馬車停め場へむかう道すがら、ルシウス様と並んで宮廷を進んだ。ルシウス様は柔らかい笑みを浮かべているが、心の中では私への罵倒が渦巻いているに違いない……おそろしい。
――エデン。馬車に乗りこむタイミングで、体を代わってもらえる?
(もちろんです。二人きりになったら、この男が何をしでかしてくるか分かりませんからね)
などと心の中で会話していた、そのとき。
「やぁ、君たち夫婦はまるで会話がないんだな!」
唐突に、軽やかな男声が後ろ側から響いた。
声を掛けてきたのはレオカディオ第三王子殿下だ。
いったい何の用かしら……。と訝しがる暇もなく、殿下は私とルシウス様との間に割って入って来た。
「ルシウス。ヴィオラ夫人を貸してくれ」
――!?
殿下は何を言っているの?
ルシウス様も、戸惑ったように眉を寄せている。
「レオカディオ殿下、いったい何をおっしゃっているのでしょうか?」
「私はまだ、ヴィオラ夫人と話し足りないんだ。ルシウスだけで屋敷に戻れ。夫人はあとから、王家の馬車で送り届ければ問題ないだろう?」
殿下はルシウス様の返事を待たず、私を連れて歩き出していた。どうやら私自身には拒否権はないらしい――有無を言わさず連れていかれてしまう。
「殿下。私の妻に軽率なマネはおやめください。王家の醜聞になりかねませんよ?」
「そういうのじゃない。さぁ、おいでヴィオラ夫人」
何がどうなっているのか、さっぱり分からない……。殿下はルシウス様を置き去りにして、すたすたと進んでいった。
私の心の中ではエデンが、
(おい、レオ! 止まれ!! お前、一体ヴィオラ様に何の用だ!?)
と喚き立てていた……。
でも、今は怖がっている場合ではない。……私がしっかりしないければ。
体の震えをこらえ、彼の退出を見届けた。
国王陛下の面前でルシウス様に恥をかかせてしまったのだから、あとでどんな仕返しが来るかと思うと怖くてたまらない。
それでも、ルシウス様を魔塩事業から遠ざけなければならないと思った。
――ルシウス様が今回の登城に同行したがったのも、私に執拗に接触してくるようになったのも、魔塩の利益をかすめ取るために違いないわ。料理に薬物を盛らなくなったのも、私に利用価値を見出したためなんでしょうね。
先日、料理人のトマス・ベッカーがこっそり報告しに来てくれた。ルシウス様がベッカーのもとを訪れて、薬瓶を回収したそうだ。「これはもう必要ない」と言っていたらしい。
こんな身勝手で頭のおかしい人を、魔塩事業に関わらせるわけにはいかない。もしそんなことになれば、彼は南部六領の復興ではなく自身の利益を求めようとするに決まっている。
緊張していた私を、ねぎらうようにエデンが声をかけてきた。
(ご立派です、ヴィオラ様)
エデンの声を聞くと、本当に安心する。
(あの男が何を仕掛けてこようとも、心配には及びません。俺が必ずあなたを守ります)
――ありがとう、エデン。
「ヴィオラ夫人よ、これで支障はないか」
「はい。陛下の寛大なご配慮に感謝いたします」
「うむ、南部六領の復興を願うそなたの気持ち、しかと理解した。それでは本題に戻ろう」
……そう、本題だ。
今日、私はここで魔塩の製法を考え付いた経緯を説明しなければならない。応接椅子に着席するよう促され、私は静かに腰を下ろした。
「ノイリス伯爵より委細を聞いた。『厄災の竜に汚染された土壌を、焙煎すると魔塩に変化する』――そのような荒唐無稽な製法を、そなたが発見したという話だが……それは誠か?」
「ええ。私が発見いたしました」
――本当は、私が見つけた訳ではないけれどね……。
エデンが死後に飛ばされたオロラニア王国で、現地の生活を観察して入手した製法だ。でも、こんな事情を話しても信じて貰える訳がないから、私が発見したことにする。
「ヴィオラ夫人、そなたの発見はすばらしい。作物もろくに育たぬ灼血土が、まさか世界に誇る魔力資源へ変貌するとはな……。我が息子レオカディオも『灼血土に秘められた魔力を感じる』と以前からわしに述べておったが、具体的な活用法にはいたらなかった。夫人に先を越されて悔しかろう、レオカディオよ?」
ははは、と愉快そうに陛下が笑っている。
その隣で、レオカディオ殿下が茶目っ気のある笑みを浮かべて肩をすくめていた。
「いえ父上、悔しいというよりもヴィオラ夫人の慧眼に感服するばかりですよ。私は魔法を扱う身ですから、物質に内包される魔力もそれなりに察知できますが……まさか魔法の覚えのない夫人が、このような製法を発見するとは」
第三王子のレオカディオ殿下は、私と同じくらいの年齢――二十歳半ばくらいだ。ルシウス様の従兄弟だからか、切れ長の碧眼やウェーブ掛かった金髪は少しルシウス様と似ている。
……容姿が似ているというだけで、なんだか緊張してしまう。
私の緊張をよそに、レオカディオ殿下は苦笑していた。
「しかしまさかフライパンで煎るとは……コーヒー豆やナッツでもあるまいし、その発想はありませんでした。私もいくつかの方法で灼血土の加工を試みていたものの、反応は得られずにおりました。他の方法では魔塩を生成できないようですね……さらなる研究の余地はありますが」
「ヴィオラ夫人よ、そなたがいかにしてこの製法に思い至ったか、このレオカディオが知りたがってな。わしも興味があるのだ、ぜひ聞かせておくれ」
「かしこまりました」
私は姿勢を正し、用意してきた答えを告げた。
「きっかけは、幼いころに実家の書庫で読んだ『実録・世界の土食文化』という書物でした。書物の内容があまりに衝撃的だったので、いつか土を食べてみたいと思っていました。食べるために調理していたら、偶然、魔塩ができました」
……真っ赤な嘘で申し訳ない。
陛下と殿下が、驚いたように目を見開いている。
「ど、土食文化……」
「食べるのか? 土を……」
「はい。この世界の一部地域には、土を食用とする人々がいます。土に含まれるミネラルの摂取や、滋養強壮や消化剤のような医薬品としての活用を目的としているようです。なので私も、土を食べようと思いました」
……真っ赤な嘘で、本当に申し訳ない。
でも、そういう書物が実在するのは確かだ。子供のころ、実家の書庫で土食文化の本を読んだことがあった。
「灼血土ではほとんどの作物が育ちません。しかし実家の領地は灼血土まみれ……どうにか使い道はないかと思い、いっそ食べてみようかな、と」
陛下と殿下は、引き気味だった……。
「だからと言って、よく食べる気になったな。竜の瘴気で汚染された、あの灼血土だぞ……?」
「ええ。『灼血土には有害性はない』という魔導庁を報告を信じておりますので。実家から土を取り寄せて調理を試し始めたところ、たまたま焙煎で魔塩ができました」
なんてへたくそな言い訳なのだろう。
我ながら呆れてしまうが、限られた時間の中ではこれくらいしか思いつかなかった。
――でも、いくら陛下たちに疑われたとしても、「これが事実です!」と言い張るしかない。
私は覚悟を決めて、陛下たちの反応を待った。幸い、おふたりは私を疑わなかったようだ。むしろ感心した様子で、惜しみない賛辞を送ってくださった。
「見事だヴィオラ夫人! 先入観に囚われない柔軟な挑戦意欲、高く評価しよう。そなたのおかげで、この国はめざましい発展を遂げることだろう」
「ありがとうございます」
すると陛下は、上機嫌でこう言った。
「ひょっとすると、そなたはこのセルマ王国の聖女なのかもしれんなぁ!」
……せ、聖女? 私が?
とんでもない誉め言葉をいただいてしまった。
聖女というのは、古代に実在したという『国を救う乙女』のことだ。
国が危機に瀕すると、神は聖女を遣わすのだそうだ。
聖女は優れた魔法を使って知恵や力を人々に授け、人々を救うと言われているが……そんなのは伝説上の存在だ。
地上に最後に聖女が現れたのだって、千年も昔のことだといわれている。
「過分なお言葉でございます、陛下。私には魔法も使えませんし……」
「しかしそなたは魔塩の製法を発見してくれた。そなたの知識で我が国が救われるのだから、やはりそなたは聖女なのかもしれん」
……なんだか、罪悪感が。
本当は、私が作り方を発見した訳ではないし。エデンから教えてもらったことを、自分の手柄のように話しているだけなのに……。
(気にしないでください、ヴィオラ様!)
というエデンの声が、心の中から聞こえていた。
「千年前に災禍の竜がオロラニア王国を脅かした際には、聖女が出現して竜を祓ったと言われておる。しかしこの国に竜が現れたそのとき、国中を探しても聖女と思しき女性は見つからなかった――この国は神に見放されたのかと思っていたが。どうやら我が国の聖女は、遅れてやってきたらしい」
私が恐縮していると、横からレオカディオ殿下が声を投じてきた。
「ヴィオラ夫人が困っていますよ。ふふ、父上の聖女信仰にも困ったものですね」
「言ってくれるなレオカディオよ、私とて夢を見たいのだ。国を救い導く聖女か……実際には、遥か昔の物語なのかもしれんなぁ。いるならば是非会いたいものだが」
まぁ、よい。と、国王陛下は気を取り直したように言った。
「ヴィオラ夫人。そなたのような才媛を王家の近縁たるクラーヴァル公爵家に迎えられたこと、嬉しく思うぞ。今後もその才覚をもって、ルシウスを支えてやっておくれ」
うっ。
そんなことを言われてしまうと、なんだか離婚しにくくて困るわ……。
私は、必死に笑みを取り繕っていた。
「今日はそなたと話の話が聞けて、有意義であった!」
「恐悦至極に存じます」
よかった、話はこれで終わりのようだ。執務室から退出した私は、安堵の息を漏らした。すごく緊張したけれど、どうにかこれで一段落。
……いや。まったく一段落ではないのかもしれない。
部屋の外で控えていた侍従が、私に「クラーヴァル公爵閣下がお待ちの部屋までご案内いたします」と声をかけてきた。
そうだ、夫婦一緒に来たのだから、夫婦一緒に帰らなければならない。ルシウス様は、私にどんな仕打ちをしてくるだろうか……。
(ヴィオラ様、俺が替わります)
ずっと息をひそめていたエデンが、私の中から囁きかけてきた。
――ありがとう、エデン。でも今は平気よ。当初の打ち合わせ通り、宮廷内で入れ替わるのはやめましょう。
エデンは演技が苦手だし、唐突に態度が変わったら周囲に不審がられるかもしれない。だから、ぎりぎりまで私のままでいたほうが安全だ。
侍従に通された部屋では、ルシウス様が満面の笑みで私を迎えてきた。
「やあ、待っていたよヴィオラ。お疲れ様」
目つきが不自然に柔らかくて、気持ちが悪い。これは彼の外面――いわゆる『よそ行きの顔』だ。
本当はすごくイライラしているくせに。二人きりになったら、絶対に本性を表すに決まっているんだから。
馬車停め場へむかう道すがら、ルシウス様と並んで宮廷を進んだ。ルシウス様は柔らかい笑みを浮かべているが、心の中では私への罵倒が渦巻いているに違いない……おそろしい。
――エデン。馬車に乗りこむタイミングで、体を代わってもらえる?
(もちろんです。二人きりになったら、この男が何をしでかしてくるか分かりませんからね)
などと心の中で会話していた、そのとき。
「やぁ、君たち夫婦はまるで会話がないんだな!」
唐突に、軽やかな男声が後ろ側から響いた。
声を掛けてきたのはレオカディオ第三王子殿下だ。
いったい何の用かしら……。と訝しがる暇もなく、殿下は私とルシウス様との間に割って入って来た。
「ルシウス。ヴィオラ夫人を貸してくれ」
――!?
殿下は何を言っているの?
ルシウス様も、戸惑ったように眉を寄せている。
「レオカディオ殿下、いったい何をおっしゃっているのでしょうか?」
「私はまだ、ヴィオラ夫人と話し足りないんだ。ルシウスだけで屋敷に戻れ。夫人はあとから、王家の馬車で送り届ければ問題ないだろう?」
殿下はルシウス様の返事を待たず、私を連れて歩き出していた。どうやら私自身には拒否権はないらしい――有無を言わさず連れていかれてしまう。
「殿下。私の妻に軽率なマネはおやめください。王家の醜聞になりかねませんよ?」
「そういうのじゃない。さぁ、おいでヴィオラ夫人」
何がどうなっているのか、さっぱり分からない……。殿下はルシウス様を置き去りにして、すたすたと進んでいった。
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