黒龍帝のファンタジア

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現れた黒龍帝

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 麗らかな日差しが降り注ぐ長閑(のどか)な草原。それはどこか見た者の心を洗い流すような、そんな効果がある。チュンチュンと、小鳥の囀りが聞こえる中、しかしその世界観をぶち壊しにするような集団が草原に現れた。その数は20。

 集団は矢の如し勢いで草原を駆ける。

 6本足で、目が4つある馬に乗っている者や、体長2メートルは越す大きさのトカゲに乗った者や、はたまた何のも乗らずに己の足で走っている者など様々な人達で構成されているその集団はルオス・ベルギン率いる冒険者、傭兵の混成部隊だ。

 冒険者、傭兵はシルバー以上のみという事と第4階位のルオスが率いているという事もあってか、誰1人としてこれから死地に向かうというのに悲壮な顔をした者はいない。

 むしろ、ここで成果を上げて、名を上げようと目にギラギラとやる気を漲らせている。中には既にこの非常事態が終わったら飲みにいく事や、色街に繰り出す事を計画している者もいるくらいだ。

 勿論それはイリーナ・ハンスも同じで愛馬に乗って、草原を駆けながら笑みを浮かべる。

「みんなやる気十分ね~。 これから死地に向かうっていうのに、それを分かっているのかしら? 」
「皆、ルオス様も討伐に赴くということもあって気合が入っているのである! 」
「かりー、かりー、軽すぎるぜ全く。そんでもって取り立ててもらえるかも、だろ? ばかじゃねえのか? 」
「そうね。底なしの馬鹿ね。犬のように。」
「ア"ア"ン? なんか言ったかアバズレ? 」
「ハイハイ! 喧嘩はそこまで! でも1つ心配なのは少し浮かれすぎじゃない?それで大丈夫かしら? 足元を掬われないといいけど‥‥ 」

 イリーナはそう危惧する。戦場とは一瞬の油断が命取りに繋がる、綱渡りのようものだ。今の様などこか浮き足立った雰囲気では、からなずと言っていいほどミスをする。そしてーーー

 ーーー死ぬ。

 これはイリーナがゴールドになるまで数々見てきたものだ。ある者は油断している所を後ろからグッサリと、ある者は追い詰めた魔物の反撃をくらい頭を吹き飛ばされたりとこういった感じだ。

(いや、でも今回に限ってそれはないかしらね。なんせあのブラディプリンセスがいるんだし。それに私達だっているわ。ゴールド冒険者に第4階位がいれば、大抵の事は解決できるわよ。)

 『ブラディプリンセス』

 これは約20年前に起こった人魔大戦で、ルオスが呼ばれていた2つ名だ。敵を次々と屠り、血潮を浴びながらもその美貌を失わず、まるで戦場に舞い降りた戦女神な様から、血の姫、ブラディプリンセスと呼ばれる様になったのだ。

 その名は敵が聞けば恐れ慄き、味方が聞けば士気が上がり百戦百勝だったらしい。

 そのブラディプリンセスに、冒険者では上から数えて3番目のゴールドに、16名のシルバーの冒険者と傭兵。

 これほどの質を誇った者達が、20名揃えば第5階位だって倒せるだろう。そう考えてイリーナは杞憂ねと呟いてから前に顔を戻して、手綱を握りなおしたのだった。

---

「な、なんじゃこれは‥‥」

 ルオスは信じられないと言った心境をありありと、顔に滲ませながらそう呟いた。それだけではない。声には出していないが、ルオスに率いられている冒険者、傭兵の混成部隊もルオスと同じ気持ちだった。

 ーーーありえない。

 ーーーなんだこれは。

 ーーー夢なのか?

 これらの言葉が、彼ら彼女らの心の中で飛び交う。中には手に持っていた剣を取り落としてしまった者までいるくらいだ。

 ではなぜ彼ら彼女らがその様になったのか。その答えは目の前にある。クァルシスの森だ。ルオス達が、まず目にしたのは遠目からでも分かる程に轟々と燃え盛るクァルシスの森だった。

 ルオス達はクァルシスの森をこうしたのが、今回捉えた第3階位以上の龍人族と、龍人族と天人族を除いたその他の種族と仮定し、急行し今に至る。

 クァルシスの森を焼いているその炎はただの炎ではないのは一目瞭然だ。どこに黒炎を見てただの炎と言う様な輩がいるのだろうか。

 それに今も激しく燃え盛っている黒炎は、見ている人に強制的に恐怖を植え付けているかの様で、ジリジリと精神を少しずつ、されど確実に削って行っている。

 ルオスは自然と息が荒くなるのを感じながら黒炎を見てゴクリと喉を鳴らす。

(これは‥‥黒炎。 黒龍が使うとされる生命力を奪う龍気‥‥‥なんてことじゃ。最悪の事態に発展してしもうた。第3階位以上の魔力と龍気、そしてこの黒炎。間違いない。この森には黒龍がおる。)

(森を焼き尽くしていることから考えて決して、気性が穏やかということでは無いじゃろう。寧ろ逆。荒々しい者の可能性が高い‥‥! こうはしておれん! すぐに引き返して1人でも多くの民を逃さねば下手したら全滅ということもあり得るぞ! )

 ルオスは勢いよく振り返り、未だに、燃え盛っているクァルシスの森を見ている混成部隊へと声を荒らげる。

「お主ら! ぼさっとしていないで早く街に知らせを出すのじゃ! そして1人でも多く民を逃せ! これは領主命令じゃ! 殿は妾が務めるゆえ、安心して街まで駆けるがよい! 」

 ルオスの言葉を聞いた混成部隊は、伊達にシルバー以上で構成されていないのか、直ぐに今の状況を理解し、体勢を整えて、ピシッと綺麗な敬礼をした。

「畏まりました! ですが! 街に知らせを出す役は1人で十分かと思われます! 念のためにもう1人つけたとしても、十分過ぎます! それに黒龍を足止めする役は多い方が良いかと! 」

 ルオスはそれを聞いて、目を見開く。もしやこ奴ら、残るつもりかと。自分から死ぬと分かっている場所に飛び込むとはとんだ大馬鹿ものだ。ルオスは領主だから、貴族だから、そしてあの街が好きだから残るのであって、冒険者と傭兵達に残る理由はない。

 寧ろ、残らない理由の方が多い筈だ。冒険者は名前の通り冒険する様なことをするバカなどいないと言って良いほど少数派だし、それは傭兵も同じ。それだと言うのにこいつらは‥‥

「お主ら分かっておるのか? これから相手にするには黒龍。魔族になった最強の貴龍と言われている相手じゃぞ。死ぬかもしれん。」

 ルオスのその言葉に答える様に、冒険者の中から4名の男女が出てきた。自然と人が割れている事からリーダー格、もしくは一目置かれていることは言うまでもない。イリーナ達だ。

「分かっていますよルオス様。」
「それを承知の上で俺たちゃ~残るって言ってんだ。へへッ! こんだけやべー敵なら報酬はたんまり期待できるんですよねぇ!? 」
「某の剣技が披露させる時が来たのである! 」
「そうだな。是非披露してくれ。そして散れ。」
「散ってどうするのである!! 縁起でもないことを言わないでほしいのである! 」

 ワイワイとこれかも死ぬかもしれないというのに、イリーナ達は楽しそうに喋る。それは決して黒龍を楽観視してのことではない。寧ろ警戒心は混成部隊の中では1番と言って良いほど高いだろう。

 だが、それでもイリーナ達は喋るのだ。浮き足立ち過ぎるもいけないことだが、ガチガチに緊張しすぎるのも、不測の事態に動けなくなる。もう既に不測の事態に片足どころか両足突っ込んで沈み出した様な状況だ。それではいけない。だからこその行為。

 その行いは、どうやら功を奏した様で、イリーナ達につられてガチガチに緊張していた混成部隊の面々の緊張がほぐれて来た。

「俺が黒龍倒したら、ルオス様! お、おお、俺と結婚してください! 」
「馬鹿言うんじゃねぇ。お前の様な馬ズラがルオス様の眼中に入るわけねぇだろ! 入ったとしても、どこから逸れた馬と間違われるだけじゃボケ! 」
「野性味あふれる顔と言え! 顔と!  全く近頃の若者はこのワイルドな顔の良さがわからなくて困るぜ。」
「おめぇの場合、野生そのものじゃろうがい。」
「それをいわねぇでくださいよ。親爺さん‥‥。」
「「「アハハハハ!! 」」」

 混成部隊の面々は笑い合う。そこには先ほどまでの緊張感は漂っていなかった。バックに轟々と燃え盛るクァルシスの森がなければ何処かの酒場の光景か何かと見間違いそうだ。だがしかし、ここは酒場ではない。黒龍がいる森の前だ。つまりはそいつは現れる。

 ーーードゴン! ドゴン! 

 ーーーバキバキ! バキバキ!

 この様な轟音が突如鳴響き出したのだ。そして遠くの木々が次々となぎ倒され、こちらに何かが近寄ってくる。その木々がなぎ倒せれている場所からは、今も尚手前で燃え盛っている炎が生易しいと言えるような程の炎が吹き出しているのが見える。

 それを見た混成部隊の面々は即座に構えた。

「きおったぞ! 黒龍じゃ! 予め決めていた陣形で対応する様に! 決して死ぬでないぞ! 」

「「「おう! (はい! )」」」

 ゴクリと誰かが喉を鳴らした。その音はこれほどの轟音が鳴り響いているというのに、やけに響く。それは全員の心情を表しているからなのだろう。だが、気負いは一切ない。ここで勝ち抜いて、生きて帰る。これが混成部隊の共通した目標になっていた。

 その目標が正しいのかどうかは、誰も分からないが、とうとうそいつは現れる。

 ドガァッァァン!!

 一際大きい音を辺りに響かせ、黒炎を纏った背中に翼と尻尾を、頭に後ろに流れる様な角を生やした黒髪の男性がザザッーと地面に擦れて、やがて止まった。

 その男性はバシンッ! と尻尾で地面を強く叩いてから、威風堂々と腰に手を当てて空を見上げた。

「あ~やっと止まった。この体のスペック予想以上に高すぎるな。こんなの初めてだぞ。それにやっちまったよ。森焼いちゃったよ。うわ~ そういう系の団体に袋叩きにされる‥‥。」

 男性は自嘲気味に、口元に笑みを浮かべる。その男性は黒い翼、黒い尻尾、そして黒い髪。

 ‥‥黒龍だ。だがその男性の目を見て、ただ1人目を見開くものがいた。

「き、金色の目‥‥。ハハハ、どこまで最悪な方向に進めば気が済むのじゃ。最悪と思っていた黒龍が可愛く見えてくるわ。黒龍の王。黒龍帝とは、な。」

 その黒龍帝こと恭介は、目に絶望の色を宿したルオスを見て、あっ、やべっ! 俺が森から出てくる所見られた! 放火犯とばバレちゃったー!! と少し、いやかなりずれたことを考えていたのだった。
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