白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「記憶、喪失? と、いうと、えーっと……つまり、貴女には、記憶が、ないと?」

 いつも棘のある言葉を吐き出すシルヴィスも、毒気を抜かれたのか、まったく嫌味の感じられないごく普通な質問を投げてきた。

「あ、私が女王なのだろうってことは、わかるんです。皆さんが言っていたし、気が付いたら、その、城の……玉座? 大きな椅子にいたので」
「……」

 三人はお互いを見合って瞬きを繰り返した。

「待て。その、それじゃあ……なんだ。あんたは……冷たく当たられていた理由が、わからない……?」
「ごめんなさい、それについても……まったく」

 再び、沈黙。

 どうも、みんなこれは想定外だったらしい。

「いや……いやいやいや、待て。こいつが嘘をついている可能性だって無きにしも非ずだよな」

 男はそう言ったが、シルヴィスが「いえ……、」と口を開いた。

「確かに、この人の不審極まりない言動も、その言葉を聞けば、納得がいきます」

 不審極まりないとか言われた。
 酷くないですか。そんな風に思ってたんですね、シルヴィス。

「だってこの人は、あまりに女王らしくない。それ以外も、おかしい。我々への態度を抜きにしても、です」
「……い、や……そりゃ、そうかもしれねぇが。演技の可能性も、でかいだろ」
「それにしたって我々の態度の理由が分からないなんて見え透いた嘘をつくバカがどこにいるんです。大体この人、言っていることがまるでなんで頓珍漢トンチンカンすよ。我々の家に来た初日、我々を見て何て言ったと思います? 小人ツヴェルクですよ?」
「はぁ? そりゃ記憶喪失の前にアホなだけだろ。お前らの身長見て小人とか馬鹿かよ」
「しかもその後に今度は何でしたっけ、えーっと」
「炭鉱、って言ってなかったかな」
「あー、そうです。突然、炭鉱で働いてるんですよね、とか言い出して」

 男が半眼で私を見た。

 何ですかその目。馬鹿を見てるみたいです。否定できなくてつらいのでやめてください。
 自分でも、自分より背の高い人たちに小人とか口走ったのは馬鹿だったと思ってるんですから!

「おい女王さんよ。あんたどこと勘違いしてあの森に入ったんだ?」
「い、いえ。普通に迷いの森だと思ってました」
「いや、そいつは間違っていないが……あー、なんだ。こいつはあれか。頭がおかしいのか?」

 なんでそうなる。

 記憶喪失って、言ったじゃないですか!

「……クファルス、失礼だよ」

 カーチェスが控えめにそう告げる。
 どうやらあまりカーチェスはこの男が得意ではないようだった。
 確かに先ほど「半端者」とか言われて敵意を向けられていたし、どう間違っても好きにはならないだろう雰囲気だったけれど。

「そんで、」

 男はがしがしと左手で頭を掻いてから私を見た。

 と、そこで気づく。

 この人、右腕がない。

 いや、腕はある。確かにある。でも明らかに血の通った人間の腕――ではなくて、木製の義手、とでも言ったらいいのだろうか。先には鉤爪のような金属が生えている。

 どうして、右腕がないのだろう。武器屋と言っているから、何だか物騒なことにでも巻き込まれたのだろうか……

「おいあんた、話聞いてんのか?」
「え? あ、ごめんなさい、ぼーっとしてました。な、何ですか?」

 私が謝ると、男はがしがしと頭を掻いて首を振った。
 頭を掻くのは癖なのか。

「はー……抜けた女王さんだなこいつは。何だ、ほんとに貴族か? こいつ」
「顔は明らかに女王のそれですよ」
「まぁ、間違いなく、クレア女王、とやらの顔だわな」
「……ん?」

 ちょっと待て、今なんて言いましたか。

「あの、」
「何だ」
「今、なんて?」
「あ? 明らかに女王の顔だっつっただけだ」
「いえ、誰かの名前を呼ばなかったですか」
「はぁ? おいおい、冗談だろ。あんた自分の名前も忘れてんのか?」

 ……ここにきて、まさか私の名前が明かされるとは。

「そういえば……名前が分からないって、貴女、まさか記憶喪失で」
「ご、ごめんなさい」
「いや待てよ。でも普通記憶喪失だったら最初にそう言うんじゃねぇのか?」
「仮にも女王と言う立場なら、そう容易く記憶喪失なんて言いふらさないんじゃないかな? 信頼できない相手にそんなことを言ったら、どんな嘘を吹き込まれるかわからないし……俺は、姫の判断は妥当なものだと思うよ」

 お父さんお母さん想像できましたか。

 私は想像できませんでした。

 今までずっとあなたたちからもらった縦文字の名前で生きてきて、それなのにある日突然赤の他人からオシャレな横文字の名前を無理矢理与えられるとか。

 全然いらなかったです。

 ……。いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「それで……あの、私の名前は、クレア、と、言うんですか」
「名前聴いても思い出さないんですか貴女」

 いえそもそもが、それ私の名前じゃないので。

「ごめんなさい、まったく馴染みがないです」
「……」
「あ、でも女王だとは思うので、たぶんそういう名前……なのでしょうね。教えてくださってありがとうございます」

 私がそう言うと、やはりその場には微妙な空気が流れる。

「……君は、その……クレア姫って呼ばれる方がいい?」

 ややあってから、カーチェスがそう訊ねてきた。
 しかし私は首を振った。

 申し訳ないが、今更ぽんと名前を与えられてその名前で呼んでもらっても、反応できるとはとても思えない。
 というかほんとに、正直誰ですかっていう名前です。
 でも私はおそらくその名前で、死なずに済んだとしたらその名前で生きていくわけで……っていやいや、これから一生この洒落た名前で呼ばれるとか本気で勘弁していただきたいのですが。私は普通でいい。

「ごめんなさい、思い出すまでは、現状維持で、いいですか」
「言われなくても、貴女の名前を呼ぶ気なんかありませんよ」

 ようやく平時の刺々しさを取り戻したシルヴィスだったが、未だにあまり声に力はない。かなり予想外だったらしく、何故だか結構引きずっているようだった。

「……こんなことなら一応伝えておいた方がいいんじゃねぇのか?」

 男は深く息をついて、シルヴィスに視線を投げかけた。シルヴィスは視線をほんの少しだけ私に向けた後、すぐに男を見返す。

「……諸々を、伏せて?」
「あぁ。肝心なところが分かってないから図々しいことだろうが何だろうが言えるんじゃねぇのか。だとしたら自覚してもらったほうがいいだろうが?」

 肝心なところ、とはなんだ。

 私が口を挟める立場でもないが、こんなよくわからない、宙ぶらりんの状況も居心地が悪い。私が何かをしたというのなら改善したいし、言ってほしい。

「待って……、それについては、ルーヴァスの指示を、仰ぐべきじゃない?」

 カーチェスは困ったような表情でそう告げた。

「そりゃああの家はあのお人の指示で回っているんだろうよ。だが、それにしたってこいつは想定外だろうが。記憶喪失の上、確執まで知らないとあっちゃあおかしな言動をとっても変じゃねぇ。が、それじゃ俺も、あんたらも、困るだろ」

 もっともあんたは違うのかもしれないがな、と男に鋭く言われ、カーチェスは言葉を失った。目を伏せて、口を噤む。

「クファルス、ここで内輪もめをしてどうするんです」
「お前だってこいつは好かねぇだろ」
「そもそもわたくしはあの家の連中のほとんどを好きませんので。同じことです。大体、貴方はほとんどの他者が嫌いではありませんか」
「けっ」

 あーくそ、タバコ吸いてぇ、と男が言うと、シルヴィスは銃の先で男の頭を叩き付けた。「いって!」と男が悲鳴を上げる。
 話がお流れになった様子から伺うに、どうやらその“話しておいた方がいいこと”についてはルーヴァスの意向を伺うことに決定したらしかった。

 ……そう言えばルーヴァスが他の妖精たちを“拾った”ということだったが、ルーヴァスはあの家でどういう立ち位置なのだろうか……

 という思考は、シルヴィスたちの騒ぎ立てる声で思い切り途絶えさせられた。

「おいふざけんな! いてぇだろうが」
「痛くしたんです。大体その石頭はこの程度じゃ割れないでしょう」

 いや、割れなくても痛そうですよね、すごく。
 っていうか叩き付けたのは曲がりなりにも銃なわけで、一歩間違えたらこの男の頭に銃弾をぶち込んでいたのでは。

 唖然とする私を他所に、男はシルヴィスにニヤリと笑いかけて、

「言ってくれんじゃねぇか、あぁ? 年長者にその口の利き方は何だ、シルヴィスよ?」
「貴方の息がタバコ臭いのが全面的に悪いのでしょう、改善なさい」
「ったく、素直に体が心配です、とでも言やぁ可愛げのあるものを」
「うぬぼれないでください中年が」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ始める二人がなぜだか親子のようにも見えてきた。
 男の方もシルヴィスの方も、やかましくしてはいるものの、なんだかんだ仲は悪くなさそうである。気の置けない仲、という奴なのだろう。

「……」

 その騒ぎ立てる二人の様子を、ほんの少しだけ羨ましそうに、カーチェスが見ていた。

 眼を細め、切なそうな色をにじませた表情で、しかしどこか諦めを浮かばせながら。

 ――カーチェスは、どうして男にあんなに食って掛かられたのだろうか。

 容易に触れてはいけない気がして、私はしばし逡巡した後、カーチェスの手をそっと握った。

 それにカーチェスが驚いたように私を振り返る。

 私は何も言わず彼を見上げた。

「……、」

 すると、カーチェスはやはり泣きそうな表情で微笑んだ。小さな吐息がこぼれる。それからか細い声で、彼は言葉を発した。

「姫、」
「はい……?」

 私が握っていない方のカーチェスの手が、緩やかに私の頭に触れる。壊れ物に触れるかのように優しく撫で――それから彼は口角を下げて目を伏せた。

「……ごめんね」

 何に対する謝罪なのかわからないそれに、何故だか私は何も聞くことができなかった。
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