白雪姫の継母に転生しました。

天音 神珀

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「呼び出してすまない」
「いえ、構いません」

 ルーヴァスの謝罪に、カーチェスはにっこりと笑って、ルーヴァスの自室の扉を閉めた。それから歩を進め、紅茶の用意を始めたルーヴァスに「俺も手伝います」と言ったが、ルーヴァスは首を振って「気にせず、座っていてくれ」とほんの少しだけ苦笑を見せる。

 カーチェスはそれに目を伏せたが、「わかりました」と首を縦に振った。

「いい加減、二人の時もその口調はやめてほしいものなのだが……」

 その口調、というのは言わずもがな、不自然なほど丁寧なカーチェスのそれである。

 二人にとってそれはまったく違和感のあるものではなかったが、ルーヴァスが敬遠していることはカーチェスもよく知っている。

「……嫌ですか」
「あなたはもともと、そんな話し方をする人ではないだろう」

 紅茶を煮出してから砂時計で時間を測り始めたルーヴァスは、立ったままのカーチェスに座るよう再度促し、自身も部屋の中央のテーブルへと着いた。

「あなたは俺の、命の恩人ですから」

 目を細めてそう告げたカーチェスに、ルーヴァスは少しだけ悲しそうに笑った。

「……。それを、未だに言うのだな」
「……では、砕けた口調で話したほうが良いと?」
「あなたが単純にわたしを命の恩人として思っているにしても、嫌でも距離を感じるからな」

 含みのある言い方だったが、それにカーチェスが答えることはなかった。ややあってから緩やかに唇を開き、砂時計を見たまま告げる。

「そもそも、あなたは本来、俺のような妖精と話す立場の妖精ではないでしょう」
「それは扉の内側の話だろう。大体、わたしは正当な立場ではないからな。そう畏まってもらえるほどのものではないのだが」

 自嘲気味に紡がれた言葉に、カーチェスは返す言葉が見当たらなかったか、黙り込んだ。

 それにルーヴァスは苦笑して、壁際の棚を見遣る。棚には紅茶の茶葉が入っているのだろうと思われる缶とさまざまな植物が芽吹いている鉢植え、それから多くの書物が整然と並んでいた。
 ルーヴァスが見ていたのは恐らく鉢植えで、その視線はどこか物悲しげだった。

 その理由を、カーチェスは漠然としか知らない。

 ただ、自分のしていることの罪深さと深い罪悪感に似たものが、おそらくルーヴァスにもあるのだろう。
 そしてそれが彼にそんな眼差しをさせているのだろうということは何となくわかっていた。

 ――ルーヴァスほど深い部分までは自分がその罪に関与しているとは思えなかったが。

 いずれにせよ彼と自分は同罪で、だから。

 だから、姫のことが心配なのだろう。

 あの無邪気な少女のことが。

「俺を呼んだってことは……姫のことですか?」
「その通りだ。それから、街でのことについて、もう少し詳しく聞きたい」
「……」

 カーチェスは嫌なものを思い出して、知らず苦い表情を見せた。
 それにルーヴァスは気の毒そうな色を隠さない。

「また、クファルスに何か言われたか?」
「いや……そちらは、構わないのですが」
「ならば彼女のことか?」
「……仰る、とおりです」
「……」

 ルーヴァスが顔をしかめてため息をつく。

「幸い、騒ぎにはなっていません」
「そうでなければ我々も困るからな……」
「ただ、薄々感づいているかと」

 カーチェスの答えに、ルーヴァスは何事かを思案するように視線を下に落とす。 

「しかしその様子ならば、解まで追い付いていないな」
「いないでしょう。ただ、つながりが薄くなっていること自体は気づいているはず」
「……。すべての場所から資料を早急に消し去る必要があるな。……ラクエスに頼むことにしよう」

 ラクエス、という単語を耳にした途端、カーチェスは申し訳なさげに頭を垂れた。

「……申し訳ございません」

 その謝罪の意味を十二分に理解しているルーヴァスは、顔を上げるように促して薄く微笑む。

「あなたに非はないだろう」
「俺の精霊が使い物になればよかったのですが」
「……。いい。そう深くとらえる必要はない。とりあえず今は動向の監視をするべきだろう」

 そう言い、ルーヴァスが砂時計に視線を戻す。
 砂はあとほんの少しだけ残っている。

「引き続き、同じように」
「御意」

 カーチェスは恭しく返事をする。それに一瞬、ルーヴァスは寂しそうな表情を見せた。
 それは申し訳なさげであり、悲しげであり、いろんな色がないまぜになった表情だ。

「……あなたには、辛い思いをさせるな」

 砂時計の最後の一粒が、静かに零れ落ちていった。










 翌日からの私は情けないことに、彼らとどう接するべきかがつかめなくなってしまい、何となく七人を避けるように地下の自室で過ごすことが多くなった。
 もちろん、掃除だとか、料理だとか、そう言った“責務”についてはきちんとこなしている。ただ、それ以外において彼らと関わることが極力なくなったということだ。その上、その“責務”すらもほとんど七人と顔を合わせることのないような時間に済ませようとしていた。

 これが最悪の結果しかもたらさないであろうことが分かっていても、もはやどうするべきなのかがわからず――結局逃げるように一人、自室でため息をつくのである。

『……お嬢様』

 たまに声をかけてくれるリオリムは、本当に心配そうだった。むしろ私よりもずっと私のことを心配しているように見えた。

「うん、なに?」
『その……差し出がましいこととは存じますが。外の空気でも、吸いに行かれるのは、いかがでしょうか』

 気分転換、といったところだろうか。
 が、リオリムが言いたいことは何となく察している。

 心変わりしてくれと。そう言いたいのだろう。

 優しい彼のことだから、私が死ぬとなると、きっと悲しむのだろうなぁ、なんて、どこか他人事のように自分の死を客観視してしまう私は、おかしくなってしまったのだろうか。

「――うーん、まぁ、今日はいいかな」
『そう、ですか……』

 ここ数日、何故か妖精たちの様子がおかしいようにも思う。不自然にもやたら私に話しかけようとしてくることもある。何より何故か雰囲気が暗い。

 しかし、それに構うほどの余裕も、私にはなかった。

 ……私は、死ぬ。
 白雪姫の望む世界のため、彼女を愛し、彼女の言葉を信じて盲目になった妖精たちに殺される。
 あの、優しい彼らに。

「……」

 諦観、というものは誠に恐ろしいものだと、何故だか静かに思うことがある。
 その恐ろしいものにつかまった私は、いずれそれに食いつぶされるだろうという思いに、心を支配されていた。












「姫、共に茶でも飲まないか?」

 そう言ってルーヴァスが私の自室を訪れたのは、それからほどなくのことだった。

 扉を開くと、穏やかな微笑を浮かべたルーヴァスが立っており、私は対応に困らざるを得ない。

 だって、どう接すればいいのだろう。

 今までは「知らない」という免罪符――とはいえそれは私だけであり、彼らにとっては到底免罪符になどならないだろう――があったから、あんな風に気軽に接することができたのだ。

 しかし今もそれをできるほど、私の神経は図太くない。

「……ええ、と」

 どう返事したものか迷っていると、ルーヴァスは、少し思案する様子を見せたが、やがてふわりと微笑んで、

「外は天気もいい。外で、紅茶と茶菓子を楽しむのも悪くないだろう」

 と、彼にしては珍しくやや強引に私を部屋の外へと連れ出したのだった。
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