精霊の御子

神泉朱之介

文字の大きさ
上 下
92 / 97

92話

しおりを挟む
 魔都 婁久世之亜ルクセノア は目前に迫っていた。
「いよいよね、イレー」
 藍絽野眞アイロノマ の旗艦である巨大飛行軍船の甲板の上に立ち、水の宝剣 を手にした 麗羅符露レイラフロ は、同じく 炎の宝剣 を手にして立つ傍らの 李玲峰イレイネ に笑いかけて、そうささやいた。
「うん、レイラ」
 李玲峰イレイネ はうなずく。
 地平線には、すでに燦然と輝く魔都が視認出来る。
 相変わらず、目に綾な色彩でその姿を飾っている。
 以前に 阿留摩アルマ の手引きで 陀伊褞ダイオン とともにその魔都に潜入した時、そして都市から脱出した時に、李玲峰イレイネ は心に堅く誓ったものだ。
 おれはいつか、ここへまた帰ってくる。
 お前との決着をつけるために。
 必ず、お前をやっつけてやる、と。
 そして、ようやく今、こうして戻ってきた!
「戦闘態勢に入るように、全軍に伝達せよ。
 そして、もう一度、命令を徹底させるんだ。逃げようとする者は、女子供は勿論、逃げたいという態度を取る者なら、年寄りでない男でも手は出すな、と。中には、異形の者たちもいる。そうした者たちは、亜苦施渡瑠アクセドル のキメラ手術による犠牲者だ。助けを求められたら、出来る限り、助けてやれ。
 我々が戦う相手は、根威座ネイザ の帝国軍の兵たちだけだ!
 まだ 亜苦施渡瑠アクセドル の親衛隊である近衛の仮面騎士団の者たちは相当数、温存されていると思われる。敵は、この魔都を守るために総力をあげてくるはずだ。油断はするな!」
 李玲峰イレイネ が命じると、藍絽野眞アイロノマ の将軍は、はっ! と応じて、言われたことを忠実に実行するために、離れていった。
 たとえどんな結果に終わるにせよ、これで、すべての決着がつく。
(大地の精霊王 よ)
 この地の底で、暗黒の闇の中で、今も 大地の精霊王 は人間たちを見守っているだろうか。
 少年は、溜め息をついた。
(出来ることをやるしかない。おれは、 炎の御子 だから)
 麗羅符露レイラフロ が、李玲峰イレイネ の腕にそっと手を添えてきた。
「イレー」
「レイラ?」
 麗羅符露レイラフロ はちょっと身を伸ばして、李玲峰イレイネ の口元にキスをした。
  李玲峰イレイネ は、紅くなる。
 麗羅符露レイラフロ は微笑んだ。
「好きよ、イレー。大好きよ。
 あたし、いつもあなたと一緒にいるわ」
 そして、麗羅符露レイラフロ も照れたように、少しだけ頬を紅くした。
「うん……レイラ」
 そう、一人じゃない。
 レイラがいる。
 そして、何があっても親友だ、と言ってくれた 於呂禹オロウ がいる。
 それに、炎 がある。
 炎の精霊王 に託された、炎。
 那理恵渡玲ナリエドレ は言った。
 いつかわかります、あなたが世界の希望なのだ、ということが、と。
(ナリェ。あなたが何者なのか、おれ、わかるような気がするよ)
 李玲峰イレイネ は心の中でつぶやいた。
 それから、二人はそれぞれ 鵜吏竜紗ウリリューサ の背に乗った。
 魔都 婁久世之亜ルクセノア を叩く!
李玲峰イレイネ ! まずはあたしは 水 を呼び込むわ。力を溜めないと」
「わかった。おれも、そうする」
 婁久世之亜ルクセノア に迫りながら、二人は心を通じ合わせて、会話をかわした。
「魔都には、亜苦施渡瑠アクセドル の炎の結界が張ってあるみたいだ。力を溜めて、一気に破ろう!」
「結界?」
「うん」
 李玲峰イレイネ は 炎の宝剣 を抜いた。
「魔皇帝が持つ、封じられた古代の精霊の力。永久の獄炎 の結界だ!」
 麗羅符露レイラフロ の持つ 水の宝剣 は青い光を放ち、不毛の大地の上に水を呼んだ。
 宝剣は天上に雲を集め、空を裂いて、何本もの竜巻のような水の渦を 婁久世之亜ルクセノア の周辺に呼び込んだ。
 風がごおごおと音を立てる。
 李玲峰イレイネ の 炎の宝剣 は灼熱の赤い光を発し、地面を裂いた。
 不毛の大地に精霊たちの技は無かったけれど、その大地の圧力の下には溜められた地熱があった。
 その熱から炎の力を集めることは、大地の精霊王 も拒絶はしないようだった。
 大地にばっくりと幾筋もの裂け目が現れ、その下から真っ赤な溶岩のような炎が噴き出し、空中に真紅の炎の華を咲かせた。
 棲まじい、自然の力そのもののような 宝剣 の力を前にして、魔都の前に並べられた 根威座ネイザ の戦列は、ひるんだかのように、刹那、乱れた。
 水 と 炎 は、不毛の大地に聳える人工の都市へと襲いかかった。
 束の間、天に突き刺さる鋭利な尖塔のような形をした虹色の都市。
 魔都 婁久世之亜ルクセノア は、永久の獄炎 の結界に守られて、その威容を誇るかのように、妖しくひときわ輝きを放った。
 やがて、バチバチと小さな火花のような金色の光が魔都の周囲を覆った。
 やがてその火花の一つ一つが大きな破裂音とともにはじけるようになっていき、断続的に小さな爆発があちこちで起こり始めた。
 水 と 炎 とが、魔都をすっぽりと覆った 永久の獄炎 の結界を破ろうとしていた。
 ついに虹色に彩られた魔都の外壁が黒く醜い色に焦げ始める。
 結界は綻び、真っ赤な火の手を噴き始める。
 わああっ、と九大陸連合の方の戦列から歓声が上がった!
「よしっ、行くぞ!」
 李玲峰イレイネ は叫んだ。
 根威座ネイザ 軍の戦列と九大陸連合の戦列が真っ向からぶつかり、縺れ合った!
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

暗殺者は異世界でスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:4

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:15,812pt お気に入り:7,491

ユニークスキル【課金】で自由に生きる!!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:483

処理中です...