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15話

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 レイは手動式の缶切りを上手に使い、牛肉の缶詰を開けにかかる。
「三姉妹は、ボクのいた宇宙で発生した知的生命体なんだ。あいつら、地球へ来る前、ボクの星を襲ったんだ」
「猫に恨みでもあったのかしらね」
 もちろん、そうではない。
「創造は破壊から生まれるのだ」
 などと、たわけたことを考えているかどうか定かではないが、三姉妹は破壊者なのである。
 貴奈津やレイたちの思考形態からみれば、三姉妹は単なる性格破綻者としか思えない。
「あいつらは破壊することを楽しんでいるんだ」
「目的はないの?」
「破壊行為そのものが、あいつらの刹那的な快楽なんじゃないかな。破壊のあとに、なんらかの目的があるとは思えない。ボクやおまえたち地球人のような、普通の生き物と同列に考えたらだめだ」
 三姉妹は破壊しつくす、とレイは言った。
 人工的な建造物だけではなく、山を崩し海を埋める。
 自然も地形も悉く破壊する。
 そして最終的には星を死なせる。
「地球を死の星にするっていうこと?」
「そうじゃない。地球という星を、宇宙から消し去るまでやるということだ。それが終われば、また新たな獲物を求めて行くだけだ、あいつらは」
「冗談じゃないわよ、そんなこと、させるもんですか」
「その意気でがんばれ」
「レイ、まさか、あんたの星、なくなっちゃった……とか?」
 貴奈津が声をひそめてしまう。
 レイは声を上げて笑った。
「バカを言うな。ボクたちがあんなやつらに負けるもんか。ボクたちは地球を遙かに凌駕する科学力で、三姉妹を迎え撃った。
 あいつら、ボクたちに手も足も出なかったんだぞ」
 缶詰の牛肉をフォークで口に運びながら、得意気に言う。
 貴奈津は訝しげに目を細めた。
「つじつまが合わないじゃないの。それならなぜ三姉妹が健在なのよ。なぜ、あんたがここにいるのよ」
「ボクたちの側も、三姉妹になかなかダメージを与えられなかったんだ。雑魚は簡単に やっつけられたんだけどな」
「いい勝負だったわけね」
「しかし、そこで登場する我が軍の科学技術の粋、亜空間発生転送制御装置、略してダイナー!」
 レイはフォークを持った手を突き上げ、ポーズを決めた。
「どこが略してなのかわからないけど、一々カッコつけなくてもいいわよ」
「ム……とにかく、そのダイナーでだ、異世界宮殿もろとも三姉妹を亜空間に永遠に閉じ込めるはずだったんだ」
「ようするに失敗したわけね」
「そう言ってしまったら身も蓋もないだろう」
 どういう言いかたをしても、同じである。
 結果としてレイたちは、みごとに失敗したのだった。
 三姉妹の力を見くびっていたのかもしれない。
 しかもただの失敗に終わらず、逆流したエネルギーがダイナーを誤作動させた。
 ダイナーは二つの宇宙のあいだに、通路を開いてしまった。
 レイたちの宇宙と、貴奈津たちのいる宇宙を、一時的につないでしまったのである。
「だから三姉妹は、ボクたちの世界から、こっちの世界に吹き飛ばされる格好になったんだな」
 レイの説明を聞き、貴奈津はふと首をひねった。
 頬杖をついて、しばし考えこんでしまう。
 貴奈津が静かになったのを見て、レイは牛肉の缶詰に集中しはじめた。しかし、一切れ二切れをレイが口に運んだところで、貴奈津がふいにテーブルを叩いた。
「レイ、ということはよ。異世界宮殿が地球に現れたのは、あんたたちのせいなんじゃない の? あんたたちが、そのダイナーとかいうボロい機械で、よけいなことさえしなければ、地球は無事にすんでいたんじゃない?」
「そういう考え方もある」
「それしかないわよっ!」
「怒るな。どんなに優れた種族にも、ごく些細な科学技術上のミスというのはありえるものなのだ」
 フォークを振りながらレイが説く。
 貴奈津は椅子にそっくり返って腕組みをした。
「些細な? ほほー、些細という? つまり、地球人類の及びもつかない高度な科学力を誇るあんたたちが、そういう愚かなミスを犯したわけね。そして、そのつけを、無関係なわたしたち地球人類に押しつけた。と、そういうことよね」
「だけど、ただ押しつけたんじゃないぞ。それだけはわかってもらいたい。これは不幸な偶然なんだ。決して意図的にやったことじゃない」
「意図的にやられたら、たまらないわよ。なにしろわたしたちは、あんたたちのように、ときには大失敗する高度な科学力なんか持っていないんだから」
「言葉にトゲがあるな、おまえ。ボクたちも責任は感じている。だからボクがあとを追ってきたんだ」
 異世界宮殿が三姉妹とともに別宇宙に吹き飛ばされたとき、ダイナーの管理科学者は、異世界宮殿が転移した座標を正確にポイントした。
 そして、ダイナーが作動不能になる寸前、レイにあとを追わせたのである。
 役に立ちそうな雑多な武器、装置とともに、レイを小型宇宙艇に押し込み送り出した。 別にレイでなくともよかったのだが、なにしろ時間が差し迫っていた。
 適任者の選別をしている余裕はなかったのだ。
 その時、レイはたまたまそばにいたのだった。
「一人で来たの?」
 貴奈津の問いに、レイは黙ってうなずいた。
「必ず助けに行くからねー」
 という科学者や技術者たちの言葉を、レイは信じて飛び出してきたのだ。
 しかし、今のところ助けはまだ来ない。
 もしかしたら、永遠に来ないかもしれない。
「ん、どうした?」
 貴奈津が眉を寄せて自分を見ているのに気づき、レイはフォークをペロリとなめた。
 貴奈津は溜め息をもらした。
「一人じゃ大変だったでしょうね」
 思わずレイに同情してしまう。
 しかし、レイはそれほど堪えていないようで、ニャハハハと笑った。
 レイにとっては、もうずいぶん前のことなのだ。
「そうだな、最初に地球に降りたときには驚いた。原始時代かと思ったもんな」
「一万八千年前なら、そうかもしれないわね」
「いや、それはボクたちの水準から見ての話。地球人類史でいえば、一万八千年前のほうが、現代より進んでいたかもしれないぞ」
「うそでしょ。そんなはずないわよ。どこに証拠があるのよ」
「証拠はほとんど残ってないだろうな。現代より優れたところがあるといっても、当時のは物質文明じゃないからな」
「でも、なんにも歴史に残っていないっていうのは変じゃない」
「あー、だから当時の文明はだな、三姉妹から壊滅的打撃をこうむったわけだ。いや、まったく不幸だった。あれのおかげで、地球文明の発達は一万年は遅れただろうな」
「気楽に言うんじゃないわよ。誰のせいだと思ってるの!」
 貴奈津に怒鳴られ、レイはテーブルの上に額をすりつけた。
 謝っているつもりらしいが、どうしてもそうは見えない。
 レイが顔を上げた。
「ま、それは置いといてだ。当時、一万八千年前の原始的な科学力では、どうやっても三姉妹に対抗できるとは思えなかった。ボクは途方にくれたんだ。
 しかしだ、じつは原始的だったのが逆によかったんだな。地球人類は知的生物としてまだ過渡期にあったおかげで、おまえたちのように、おかしな能力を持つ人間を生み出すことがあったわけだ」
「人をバケモノみたいに」
「いやあ、異能力者というのは便利なものだ。並の科学力など軽く凌いでしまうパワーがあるもんな」
「ダイナーみたいに誤作動もしないしね」
「それは言わない約束だ」
 レイはフォークを持っていないほうの手で、貴奈津の言葉を制した。
 その仕草が、どうも真剣味を欠く。
 話だけなら、レイの言っていることは衝撃的だ。
 しかし、レイのキャラククーには微塵も悲壮感が漂っていない。
 いったいどこまで真実なのか、貴奈津としては判断に苦しんでしまうところがある。
 レイは牛肉の缶詰を平らげ、キャビアの瓶詰めにとりかかった。
 つぶつぶをティースプーンで器用に掬い上げて口へ運ぶ。
 貴奈津から見ると、食器を使うというのがどうにもレイの外見と馴染まない。



 続く……
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