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93話
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翌日、ローユンと貴奈津が謝り、月葉もわびを入れたので、いざこざは一応の収拾をみた。
ぎこちなくはあったけれど月葉が笑みを向けたので、ローユンの喜びは一入だった。
ローユンはしっかりと月葉を抱きしめた。
これはいつものローユンのパターンである。
ぜんぜん嬉しくなかったが、月葉はじっと耐えたのだった。
朝食はとりあえず家ですませて、貴奈津、月葉、ローユンとイーライ、それに二人の異世界猫は、揃ってレイの小型宇宙艇に乗りこんだ。
下から異世界宮殿を見上げるのは鬱陶しい、どうせ監視するなら上空からにしよう。
という、レイの提案によるものだ。
東京と、その上に居すわる異世界宮殿を、眼下に一望できる位置に宇宙艇は浮かんでいた。
あまり高速で移動すると上手くいかないのだが、停止しているぶんにはプロテクトが効いている。
地球人の科学力では、宇宙艇の姿を捕らえることは出来なかった。
もちろん、肉眼でも同じことだ。
ソファーとテーブル以外なにもない、およそコックピットらしくないコクピットに、貴奈津と月葉、ゴーシュとレイがいた。
監視をこの四人にまかせ、ローユンとイーライは別室のコンピュータルームに行っている。
ドーム形の天井まで届く、コクピットの超大型メインスクリーンに、異世界宮殿を中心にして俯瞰した東京が映っている。
関東地方は晴天だった。
東京の密集するビル群の上に、くっきりと異世界宮殿の影が落ちていた。
「じゃあ、ゴーシュって化学者なのね」
パンダ座りしているゴーシュの隣で、貴奈津も床に腰をおろしている。
「うん、バイオ関係。お医者さんも少し出来るよ。だから、これ救急セット」
床に店開きして、ゴーシュが得体の知れない道具一式を点検している。
背負ってきたリュックの中から取り出したものだ。
膝にレイを乗っけて、月葉はソファーにかけていた。
「用意がいいんだな、ゴーシュは」
興味をひかれて月葉も覗く。
液体の入った色とりどりのアンプル、ビン入りのゼリーのように見える錠剤、箱入りの薄紙らしきもの、等々があったが、なにしろ異世界猫用である。
用途はとうていわからない。
「ボク、戦闘時は救護班やるからね。眞鳥は空母に乗りこまないから、四人の分作っとこう」
透明ケースをあけて、鉛筆を半分に折ったほどのガラス管を、ゴーシュは数本取り出した。
「はい、貴奈津、手を出して」
「え? まさか注射じゃないでしょうね。痛いのいやよ、わたし」
「痛くなーい」
言いながらゴーシュが、貴奈津の腕にガラス管の尖ったほうを押しつける。
ほんの一瞬チクリとする。
「痛いじゃない」
「そんなはずないよ。どれどれ」
別のガラス管を、ゴーシュは自分の腕に押しつけた。
「ウッ」
小さな悲鳴を上げて、明らかに痛そうな表情をする。
しかし、すぐに顔をふって平静を粧う。
「ぜんぜん痛くなーい」
「……あんたたちって」
これで、誤魔化したつもりなのが、どう考えても貴奈津にはわからない。
レイもこういう見え見えをよくやるのだが、たんにレイが抜けているだけだと、今まで貴奈津は思っていたのだ。
しかし、もしかすると異世界猫の、種としての特性なのかもしれない。
「ゴーシュ、それ、なんの注射かな。危険はないわけ、副作用とか」
月葉は半袖シャツを着ていた。
狙われそうな腕を背後にまわして質問する。
「注射じゃないよ。生きてる細胞のサンプル、ちょっともらうだけ」
ゴーシュはすでに新しいガラス管をかざして、月葉の前にせまっている。
「その用途を述べよ」
地球人の倫理観が、異世界猫には通用しない場合もある。
自分の細胞を、遺伝子操作など、おかしなことに使われてはたまらない。
「培養して、人間用の治療薬を作っておくの」
「それならいいかな」
肯いて、月葉は腕を差し出した。
百パーセント信用したわけではないが、異世界猫がそうそう悪巧みをするとも思えない。
たいした痛みではなかった。
肌にも傷らしい傷はついていない。
ゴーシュはガラス管にそれぞれ「貴奈津」「月葉」と名前を書き込み、丁寧にまたケースに戻した。
それからリュックを引きよせ、荷造りを始める。
ぼんやりと、その様子を眺めていた月葉のひざで、レイがピクリと耳を立てた。
「ゲッ!」
叫んで浮き上がり、スクリーンを見上げる。
「レイ、どうした?.」
「探知機が警報をよこした。異世界宮殿に動きがあるみたいだ」
「また、なにか出てくるのかしら」
「違う。異世界宮殿が自分たちを守るバリアーを解除しようとしているんだ」
「前にもあったわよね、そういうこと。異世界宮殿へ乗り込んだときにもバリアーは解除されてたし、あとは、ええっ! まさか」
ぎくりと顔を見合わせ、貴奈津と月葉が声をそろえる。
「ハイパー・レーザー砲!」
使用されたのは一万八千年前に一度きりだが、その恐ろしさは身に染みている。
そのときは予測できなかった。
すなわち、防げなかったということだ。
異世界宮殿のハイパー・レーザー砲は、一瞬にして地平線まで火線を走らせる。
「見て!」
異世界宮殿の側面、無秩序な構造物のあいだから、ビルほどもある円筒型がせり出してくる。
筒の内部で白光が強さを増す。
「ウガッ、ま、まずい」
続く……
ぎこちなくはあったけれど月葉が笑みを向けたので、ローユンの喜びは一入だった。
ローユンはしっかりと月葉を抱きしめた。
これはいつものローユンのパターンである。
ぜんぜん嬉しくなかったが、月葉はじっと耐えたのだった。
朝食はとりあえず家ですませて、貴奈津、月葉、ローユンとイーライ、それに二人の異世界猫は、揃ってレイの小型宇宙艇に乗りこんだ。
下から異世界宮殿を見上げるのは鬱陶しい、どうせ監視するなら上空からにしよう。
という、レイの提案によるものだ。
東京と、その上に居すわる異世界宮殿を、眼下に一望できる位置に宇宙艇は浮かんでいた。
あまり高速で移動すると上手くいかないのだが、停止しているぶんにはプロテクトが効いている。
地球人の科学力では、宇宙艇の姿を捕らえることは出来なかった。
もちろん、肉眼でも同じことだ。
ソファーとテーブル以外なにもない、およそコックピットらしくないコクピットに、貴奈津と月葉、ゴーシュとレイがいた。
監視をこの四人にまかせ、ローユンとイーライは別室のコンピュータルームに行っている。
ドーム形の天井まで届く、コクピットの超大型メインスクリーンに、異世界宮殿を中心にして俯瞰した東京が映っている。
関東地方は晴天だった。
東京の密集するビル群の上に、くっきりと異世界宮殿の影が落ちていた。
「じゃあ、ゴーシュって化学者なのね」
パンダ座りしているゴーシュの隣で、貴奈津も床に腰をおろしている。
「うん、バイオ関係。お医者さんも少し出来るよ。だから、これ救急セット」
床に店開きして、ゴーシュが得体の知れない道具一式を点検している。
背負ってきたリュックの中から取り出したものだ。
膝にレイを乗っけて、月葉はソファーにかけていた。
「用意がいいんだな、ゴーシュは」
興味をひかれて月葉も覗く。
液体の入った色とりどりのアンプル、ビン入りのゼリーのように見える錠剤、箱入りの薄紙らしきもの、等々があったが、なにしろ異世界猫用である。
用途はとうていわからない。
「ボク、戦闘時は救護班やるからね。眞鳥は空母に乗りこまないから、四人の分作っとこう」
透明ケースをあけて、鉛筆を半分に折ったほどのガラス管を、ゴーシュは数本取り出した。
「はい、貴奈津、手を出して」
「え? まさか注射じゃないでしょうね。痛いのいやよ、わたし」
「痛くなーい」
言いながらゴーシュが、貴奈津の腕にガラス管の尖ったほうを押しつける。
ほんの一瞬チクリとする。
「痛いじゃない」
「そんなはずないよ。どれどれ」
別のガラス管を、ゴーシュは自分の腕に押しつけた。
「ウッ」
小さな悲鳴を上げて、明らかに痛そうな表情をする。
しかし、すぐに顔をふって平静を粧う。
「ぜんぜん痛くなーい」
「……あんたたちって」
これで、誤魔化したつもりなのが、どう考えても貴奈津にはわからない。
レイもこういう見え見えをよくやるのだが、たんにレイが抜けているだけだと、今まで貴奈津は思っていたのだ。
しかし、もしかすると異世界猫の、種としての特性なのかもしれない。
「ゴーシュ、それ、なんの注射かな。危険はないわけ、副作用とか」
月葉は半袖シャツを着ていた。
狙われそうな腕を背後にまわして質問する。
「注射じゃないよ。生きてる細胞のサンプル、ちょっともらうだけ」
ゴーシュはすでに新しいガラス管をかざして、月葉の前にせまっている。
「その用途を述べよ」
地球人の倫理観が、異世界猫には通用しない場合もある。
自分の細胞を、遺伝子操作など、おかしなことに使われてはたまらない。
「培養して、人間用の治療薬を作っておくの」
「それならいいかな」
肯いて、月葉は腕を差し出した。
百パーセント信用したわけではないが、異世界猫がそうそう悪巧みをするとも思えない。
たいした痛みではなかった。
肌にも傷らしい傷はついていない。
ゴーシュはガラス管にそれぞれ「貴奈津」「月葉」と名前を書き込み、丁寧にまたケースに戻した。
それからリュックを引きよせ、荷造りを始める。
ぼんやりと、その様子を眺めていた月葉のひざで、レイがピクリと耳を立てた。
「ゲッ!」
叫んで浮き上がり、スクリーンを見上げる。
「レイ、どうした?.」
「探知機が警報をよこした。異世界宮殿に動きがあるみたいだ」
「また、なにか出てくるのかしら」
「違う。異世界宮殿が自分たちを守るバリアーを解除しようとしているんだ」
「前にもあったわよね、そういうこと。異世界宮殿へ乗り込んだときにもバリアーは解除されてたし、あとは、ええっ! まさか」
ぎくりと顔を見合わせ、貴奈津と月葉が声をそろえる。
「ハイパー・レーザー砲!」
使用されたのは一万八千年前に一度きりだが、その恐ろしさは身に染みている。
そのときは予測できなかった。
すなわち、防げなかったということだ。
異世界宮殿のハイパー・レーザー砲は、一瞬にして地平線まで火線を走らせる。
「見て!」
異世界宮殿の側面、無秩序な構造物のあいだから、ビルほどもある円筒型がせり出してくる。
筒の内部で白光が強さを増す。
「ウガッ、ま、まずい」
続く……
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