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第三十七話「訓練の成果」

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「来たな。ファングボアが三匹、プチラビットが五匹。全員わかってるな?」

「「「「はい、先生!」」」」

「……(何でこうなったんだろう?)」


 サダウィンのブートキャンプが始まって二日が経過し、彼の助言した通りにゴリス達は訓練に勤しんできた。最初はぎこちなかった連携も徐々に前衛同士や後衛同士、そして前衛後衛の前後の連携も以前とは比べ物にならないほどに向上していた。


 それでも、サダウィンには一度たりとも通用しておらず、自分たちが強くなればなるほど彼の強さを肌で感じるようになっており、今では王城にいた騎士たちと同様彼に心酔するほどにまでになっていた。


 特にリーダーのゴリスとあれほど子供子供と見下していたサリィの心酔っぷりは異常で、忠誠というよりも崇拝や狂信に近いものがある。


「『神の祝福をかの者に与えよ』 【レイシールド】」

「ふんっ」

「はぁ」

「詠唱を始めるわ!」


 まず戦闘に入る前に、ミネルバが使える神聖魔法を使って味方の防御力を向上させる。サダウィンが彼女に聞いたところによると、神聖魔法は神官として修業をした者に神の加護が与えられ習得することができるという何ともファンタジー的な魔法らしい説明が返ってきたが、彼はそれを“特定の条件を満たした場合に習得できる特殊魔法”と解釈し、いずれ自分も覚えてやると言う密かな野望を抱いていた。


 そして、ゴリスとヴァンにも簡単な魔力操作を覚えてもらい、ぎこちないながらも身体強化を施せるようになっている。さらに、前衛である自分たちがどう動けばいいのか、後衛との距離感と連携はどうするべきなのかをサダウィンが懇切丁寧に教えた結果、今では無暗にモンスターに飛び出していったりもしないし、同じ前衛のヴァンと足並みを合わせることもできるようになった。


 サリィはサリィで、サダウィンが模擬戦で見せた無詠唱での魔法の使用を習得するべく魔力操作の訓練を行っており、未だ無詠唱はできていないものの、魔法を使うことを他の仲間に告知したり、魔法を放つ瞬間に仲間に宣言したりと以前と比べて格段に連携が取れるようになっている。


 各自に成長の成果が見られ、以前よりも冒険者としてのレベルはアップしているのだが、それと引き換えに何かを喪失した気がするサダウィン。それが何なのかはわからないが、兎にも角にも彼らが本来の冒険者パーティーとしての連携が機能し始めたのは彼にとっても僥倖だったため、それについての思案は破棄することにした。


「はぁっ! ヴァン、そっちの相手を頼む」

「はい! ていっ!!」


 前衛の二人が連携をしてファングボア二匹を打倒す。残ったファングボアもゴリスが自らを囮にして、隙ができたところをヴァンが仕留めていた。


 ヴァンが最後のファングボアを倒したタイミングで、残りのプチラビット五匹が彼らに迫っていたが、ここでサリィの魔法の詠唱が完了する。


「二人とも下がって! ……【ファイヤーボール】!!」


 ゴリスとヴァンの二人が引いたのを確認したサリィのファイヤーボールがプチラビットたちに襲来する。低級とはいえ、狙いすましたファイヤーボールがものの見事に群れの中心で爆ぜる。


 この二日の間サリィが行った魔力操作の鍛錬と、使用した魔法をどこに放つかという魔法使いとしての在り方をいくつかの助言によって理解した彼女は、ここぞというタイミングでここぞという場所に魔法を使用することができるようになっていた。


「あぁん、まだ瀕死のモンスターが残ってるわ。全滅させるつもりで放ったのに……」

「問題ない。ダメージも十分だし、ちゃんと最も有効的な位置に魔法を放っていたからな。生き残ったのはたまたまに過ぎない。よくやった」

「は、はい! ありがとうございます!!」

「……」


 この変わりようである。あれだけ上から来ていたサリィが、サダウィンの言葉に丁寧な口調で嬉しそうにしている。人は変われば変わるもんだとよく言うが、この変わりようはどうなのだと考えなくもない。


 そのことを一番痛感しているのは他でもないサリィであり、だからこそ彼の言動に対して過剰なまでの反応を見せているのかもしれない。


 紆余曲折あったが、徐々に形になりつつある彼らの連携を見て、サダウィンは助言をしてよかったと頬を緩めるのであった。



 ☆ ☆ ☆



 さらに二日が経過し、いくつかの村と街を経由しながら、目的のロギストボーデンまで数日と迫ったある日のこと、突如サダウィンが右手を上げて馬車を止めさせた。


 その行為にヨルクやゴリス達が怪訝な表情を浮かべる中、サダウィンは淡々と今起きている現状を伝えた。


「盗賊だ。数はおそらく、二十前後ってところか」

「本当かい!? ど、どうすれば?」

「盗賊か。我々だけでなんとかなるか?」

「む、無理ですよー」

「確かに、私たちだけじゃあ歯が立たないけど。私たちには先生が付いているわ!」

「そ、そうよ! 先生なら盗賊の十や二十相手じゃないわ! ですよね!?」


 サダウィンの言葉にヨルク、ゴリス、ヴァン、ミネルバ、サリィの順に意見を述べる。この短い期間で、モンスターに対しての連携はほぼ完璧に近い状態にまで仕上がっており、その実力は自信を持ってFランク冒険者のそれだと胸を張れる。


 だが、サダウィンの助言を受けて成長した彼らであるが、未だにサダウィンが教えられていないことがあった。それは、大勢の人間を相手に戦う【多勢対人戦闘】である。


 元の地球のように治安が良く盗賊など皆無であった世界とは異なり、この世界には盗賊という存在が当たり前に存在する。そして、街から街へ移動する冒険者は、常にその盗賊と戦うことを想定しておく必要があるのだ。そして、盗賊は基本的に十から二十人程度の組織で動くことが多く、その戦い方も荒々しいものであるため、必然的に乱戦になる場合が多い。


 モンスターとの戦闘とは少し毛色の異なる戦い方をしなければならず、だからといってサダウィン一人では乱戦を想定した戦い方を教えることもできなかったため、今まで乱戦についての動き方は教えていないのだ。


「サリィの質問に答えるなら、俺一人でも対処は可能だ。だが、今回は多勢対人戦闘のいい機会だから、基本的にお前たちだけで盗賊を撃退してもらう」

「「「えー、そんなぁ」」」

「それって、俺たちのためなんですよね?」


 サダウィンの無慈悲な一言に情けない声を上げるヴァン、ミネルバ、サリィに対し、さすがはリーダーをやっているというべきなのか、ゴリスだけが今回の意図を問い掛けてくる。


 彼としてももちろんゴリス達をいじめたいわけではなく、ちゃんとした訓練の一環としてやってもらうつもりだ。だから、危なくなったらちゃんと介入するとあらかじめ一言断ってから、盗賊と戦う時の注意点を挙げていく。


「まず、盗賊はモンスターと違って小賢しい戦い方をしてくる。砂を顔にぶつけて目つぶしをしてきたり、弱い人間を人質にしたり、大勢で乱戦に持ち込んだりいろいろだ」

「そういったことを想定して動かないといけないってことですね」

「そうだ。今回の場合は依頼主であるヨルクと、基本的に近接戦闘に向いていない後衛のミネルバとサリィも人質に取られることもあるだろう。二人とも美人だし、盗賊は彼女たちを奪おうと躍起になってくるはずだ」

「「び、美人!!」」


 サダウィンの説明を真剣に聞いている前衛二人に対し、彼の口にした“美人”という言葉に反応する後衛二人という対称的な光景が広がっている。彼としては真面目に話を聞いてほしいのだが、自分の口にした言葉でここまで嬉しそうな反応を示してくれるのは男冥利に尽きる部分もあり、何とも複雑な気持ちを抱いてしまう。


 とりあえず、現在進行形で浮かれている女性二人の意識を盗賊を撃退することに向けさせ、そこから細かい助言をしてから、待ち伏せているであろう盗賊の元へと向かった。


「待ちな!」

「何者だ!?」


 サダウィンが予想した通り、馬車を進めること三十分ほどの場所で盗賊の集団と思しき武装した連中が馬車の進行方向に立ち塞がる。人数もサダウィンの予想通り十五人から二十人ほどの集団で、盗賊団としては中規模クラスの部類に入る数である。盗賊の頭と思しき体格の大きな男に向けて、部下の盗賊が大きな声を上げる。


「お頭ぁ、女ですぜ。しかも二人も!」

「ほう、こりゃあなかなかの上玉じゃねぇか。久々に楽しめそうだな」

「早く奪っちまいましょうや!」

「てめぇら! 命が惜しかったら、馬車の荷物と女を置いていけ! そうすりゃあ命ばかりは見逃してやる」


 部下の報告に醜悪な顔を笑みで歪ませると、盗賊の頭目はサダウィンたちに通告する。だが、そんな理不尽な要求をされて“はい、そうですか。じゃあどうぞ”などと宣う頭がお花畑な人間などこの世に存在しないため、当然その要求は却下される。


「そんな要求を呑めるわけがないだろう!」

「なら、力ずくで奪うまでだ! 野郎どもやっちま――」

「『燃えさかる火よ。我が魔力を使用し、出現せよ』 【ファイアーストーム】!!」


 頭目の号令を遮るようにして、サリィが中級魔法の中でも広範囲に被害を及ぼす強力な魔法【ファイアーストーム】を放つ。


 この数日間のサダウィンの指導によって、彼女でも覚えられる広範囲の魔法を実践に投入可能なまでに引き上げることに成功していた。それもひとえに彼女の努力とサダウィンの指導の賜物なのだが、サリィは頑なに「すべては先生のお陰です!!」と自信満々に宣言していたのは彼の記憶にもまだ新しい。


 その成果を試す場が訪れたことに喜び勇んだ結果、盗賊の半数以上に甚大な被害が出てしまう。辛うじてその命を散らずに済んだ盗賊も、重度の火傷を負ってしまい、最早戦うことはできずに虫の息となっていた。


「ちぃ。おい、ひとまずあっちの御者のおっさんかガキを人質に取れ! 人質さえ取れればこっちのもんだ」

「それを俺たちが許すと思ってるのか?」

「まったく僕たちも侮られたものですね」


 頭目の指示が飛び交うが、そんな簡単に人質を取らせるほど今のゴリスとヴァンは弱くない。この数日サダウィンという手練れと、絶えず全力で戦ってきた彼らにとって、素人に毛が生えたような盗賊などものの数ではなく、瞬く間に切り伏せていく。


 一人また一人とその数を確実に減らされていく中、頭目は二つの選択肢を迫られていた。撤退か、玉砕覚悟で人質を取りに行くかのどちらかだ。撤退すれば、上手くすればサダウィン達からの追撃は受けずに逃げられる可能性がある。だが、サダウィン達が盗賊を見逃さずに殲滅を選択すればひとたまりもない。


 そのリスクがある以上、頭目に残されている選択は命懸けでも人質を取って、上手く彼らに言うことを聞かせるしかないと判断した。


「うおぉぉぉおおおおおお」

「む?」


 命が懸かった人間の火事場の馬鹿力は凄まじく、頭目は一目散に人質に定めた人間の背後に回り込み、手にしていた剣を首元に突き付けながら大声を上げる。


「動くな貴様らぁー!! このガキがどうなってもいいのか!?」

「あっ」

「ちょっ」

「そこだけは手を出しちゃ」

「終わりね」


 思っていた反応とは違うことに気付いた頭目だったが、時すでに遅しであり、彼の首筋に一筋の閃光が走る。頭目は何が起こったのかも理解できず、視界が低くなっていくのを感じながら、見上げた先にある首の無くなった自分の体を見上げるという異様な光景を目の当たりにした。


「御者の人間を人質のターゲットにしていれば、未来は変わっていたかもな」

「く、くそが……」


 サダウィンの言葉を理解した時、頭目は初めて人質にするはずだった彼に首を斬られたことを理解し、この中で一番の強者が彼であったことを悟る。


「尤も、そうなったらそうなったで、お前が御者の人間に届く前に、その首を刈り取ればいいだけの話だがな」

「……」


 頭目がサダウィンの二の句を聞くことはなかった。すでに彼は事切れており、もう二度と動き出すことはないのだから。


 生き残った盗賊たちも、頭目が討ち取られたことで元々烏合の衆であった集団が司令塔を失ったことで統制を失い、蜘蛛の子を散らす様に三々五々に逃亡していく。


 だが、ただ逃げるだけの無抵抗の人間をゴリスとヴァンが討ち漏らす訳もなく、すべての盗賊が物言わぬ骸へと変貌するのに、それほど時間は掛からなかったのである。


 こうして、最後の美味しいところだけ持っていく形となってしまったサダウィンだが、ゴリス達の戦果については概ね満足のいく結果となったので、良しとした。


 それから、目的地のロギストボーデンに到着するまで彼らに助言を続け、街に到着する頃には、Eランクになってもおかしくないほどの実力を身に付けたのであった。
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