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第三十九話「到着。商業都市ロギストボーデン」

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 グロムベルクを出立して二週間が経過し、予定通りロギストボーデンに到着した。都市の規模は、王都よりも小さくグロムベルクよりも大きいと言った具合で、中規模の都市に分類される。


 街の外周は、八メートルほどの高さと王都の外壁よりも若干低いが、それでも堅牢な守りであることに変わりなく、都市の守りとしては十分に機能してくれる。


 レインアークの物流の要となる都市であるため、その総人口も五本の指に入る規模で、その人口は十万は下らない。各拠点に物資や食材などの様々な物が集まり、通称レインアークの手足と呼称されている。


「いやあー、サダウィン君がいてくれたお陰で、なんとかたどり着けたよ。君を寄こしてくれた冒険者ギルドには感謝しなとね」

「お役に立ったなら何よりだ」


 そんなことを言いながら、ヨルクはサダウィンと握手を交わす。それを見ていたゴリス達がバツの悪そうな苦笑いを浮かべていた。


 元々この依頼を受けていたのは彼らであり、本来であればサダウィンが同行することはなかった。だが、彼が同行したことでゴリス達個人の実力やパーティーとしての連携も格段に向上したことを鑑みれば、仮にサダウィンが同行していなければ、道中で遭遇したモンスターの群れや盗賊にやられていた可能性が高い。それをわかっているからこそ、サダウィンに対するヨルクの対応がゴリス達と異なるのは仕方のないことであった。


「もし、何か入用なものがあれば我がエトムート商会を訪ねてくれ、いつでも歓迎しよう」

「その時は世話になろう」


 街の門を潜り簡単な挨拶を交わした後で、ヨルクとはそこで別れた。次にサダウィン達が向かった先は、冒険者ギルドだ。


 グロムベルクよりも幅広な大通りを道なりに進み、巨大な大広場に出た辺りで、冒険者ギルドの看板を発見し、五人でギルドへ入る。


 冒険者ギルドの内部は、グロムベルクのギルドと比べて広さも規模も大きく、冒険者で混む依頼が張り出される早朝の時間帯でないにもかかわらず、ギルド内には数十人の冒険者がいた。


 その光景を横目で一瞥すると、サダウィンはゴリス達と一緒に受付カウンターへと向かう。


「いらっしゃいませ。本日はどういった用件でしょうか?」

「依頼の達成の報告だ」

「では、皆さんのギルドカードをご提示願います」


 受付嬢の指示に従い、ギルドカードを提示する。すぐに確認が取れ、返却されたギルドカードを受け取り依頼達成の手続きが取られた。


「依頼達成の確認が取れましたので、こちらが報酬金の大銀貨六枚になります」

「確かに受け取った」


 依頼を受けた冒険者の代表として、ゴリスが報酬金を受け取る。それから、ギルドに設置されているテーブルに座ると、報酬金の分配についての話になったのだが、ここでサダウィンにとって予想外の事態が発生する。


「……なんのつもりだ?」

「ですから、今回の報酬金すべて先生に差し上げます」

「なんでそうなる? お前たちも依頼を受けたんだ。当然報酬金を受け取る権利がある」

「今回の依頼はヨルクさんも言っていましたが、先生がいなければ依頼は達成できなかったでしょう。それを考えれば、この報酬金はすべて先生が受け取るべきです」


 そう、なんとゴリス達は自分たちが依頼で役に立っていなかったこと理由に、報酬金の受け取りを辞退してきたのだ。サダウィンとしては、彼らを鍛えたのは依頼を円滑に進めるための作業のような感覚だったため、彼らが役に立っていないという感想は抱かなかった。


 だが、本人たちからすれば今までの自分たちの行動を振り返ってみた時、実力不足だったことを痛感したらしい。だが、それと報酬金を受け取らないというのは別問題だとサダウィンは彼らに言い聞かせる。


「いいか、役に立っていないとかいるとかではなく、この依頼を達成したという仕事に対して依頼主であるヨルクが支払った金がこの報酬金だ。つまりこの報酬金を受け取らないということは、依頼主だけでなくその仕事を受けた自分たち自身の価値も否定してしまうことになるんだぞ?」

「……」


 サダウィンの言葉に、反論する言葉が見つからないといった顔を浮かべながらゴリス達が押し黙った。彼の言っていることは、労働に対してその労働に見合わない金額は受け取るべきではないだろうが、必要最低限の労働に対する対価は受け取るべきだという極々当たり前のことであった。


 彼としても、別にゴリス達の価値観を変えたいわけでもなければ、自分の価値観を押し付けたいわけでもない。だが、自分たちが自分たちを信じなければ、自分たちを信じてくれた人間に申し訳が立たないのではないかというただの問い掛けに過ぎない。そして、未だ俯いているゴリス達に対し、発破をかけるようにサダウィンは言い放つ。


「もし自分が、相手の信頼に応えられていないというのなら、強くなればいい。いろんなことを経験して失敗を繰り返して、そこからどうすればいいのか学び取ればいい。まだお前たちは若い。いくらでも成長することができるだろう。だから、今回自分たちが失敗したというのなら、それを教訓に次失敗しないよう努力すればいいだけの話だ」

「先生……」


 サダウィンの言葉に、ゴリス達の目から涙が溢れ出す。その様子を見た周囲の冒険者たちが、怪訝な顔で彼らを見ていた。


 サダウィンは、ゴリス達が落ち着くのを待って、ゴリスが持っていた今回の依頼の報酬金が入った皮袋に手を突っ込み、中に入っていた大銀貨を二枚取り出し、彼らに見えるように提示する。


「今回の依頼の報酬は大銀貨六枚だ。俺たちは五人で依頼を受けた。つまり大銀貨を一人一枚で分配すると一枚余る。なら、この余った一枚はお前たちを鍛えた授業料として俺がもらっておく。残った四枚はお前らの取り分だ。それでいいな?」

「もちろんです」

「あ、あのっ! せ、先生っ!!」

「なんだサリィ?」


 サダウィンとゴリス達の報酬金の分配の交渉が終わったタイミングで、サリィが意を決して彼に話し掛けてきた。言いにくいことなのか、体をもじもじとさせながら言い淀んでいる。


「あのっ、そのっ。先生に初めて会った時のことを謝りたくて」

「ああ、そのことなら気にするな。サリィが俺に感じた印象は間違っていない。寧ろ、おかしいのは俺の方だ」

「それでも謝りたいんです! その時は、生意気なことを言ってしまいすみませんでした!!」


 今の状況を第三者が見れば、成人していない少年に成人した女性が頭を下げて謝罪しているという訳のわからない光景に映ることだろう。それだけ、サダウィンとゴリス達の関係性は特殊なのだ。


 年下の駆け出し冒険者の少年に冒険者パーティーとしての連携や戦闘方法を教えてもらったなどと、この状況で誰が思いつくだろう。そんな話を聞いたところで誰も信じないし、逆にそれをネタに馬鹿にしてくる者さえいる。


「お前の気持ちはわかった。それよりも、俺が教えた魔力操作の鍛錬は毎日欠かさずやることだ。ミネルバ、お前もだぞ? そうすれば、上級魔法や高位の神聖魔法を使いこなすことができるようになる」

「はいっ」

「がんばります」

「あと、ゴリスとヴァンはもう少し身体強化の展開速度をスムーズにすること。そして、身体強化中のスピードに慣れるようにしておけ。もちろん、剣術の腕も鍛えるのを忘れるな」

「うっす」

「はい」


 最後まで自分たちのために助言をくれるサダウィンに、ゴリス達は純粋な尊敬の眼差しでその助言を聞いている。彼としては、彼らの助言を中途半端に終わらせたくなくて言ったことなので、彼らのためというよりは自分の気が済むところまでやりたかっただけというのが本音だ。


 それでも、結果としてその助言が彼らのためになっているところはサダウィンの優しさだったりする。そして、それをゴリス達は十分理解していた。


「じゃあ、俺はこれで失礼する」

「ありがとうございました!!」

「「「ありがとうございました!!」」」


 これ以上彼らと一緒にいる意味はないため、踵を返してサダウィンは去って行く。その背中に向かって、ゴリス達は頭を下げ、割れんばかりの大声で感謝の言葉を口にした。


 その声はギルド中に響き渡り、何事かと冒険者やギルドの職員が視線を向けるが、少年に大人四人が頭を下げている異様な光景が映し出されていることに怪訝な顔を浮かべるだけであった。


「とても慕われているんですね。まるで、師匠が弟子を見送るみたいでしたよ?」

「そんな御大層なものじゃないんだがな」

「確か、サダウィンさんでしたね。何か御用ですか?」

「ああ、さっきこの街に来たばかりで、宿を確保してないんだ。おすすめの場所があったら教えて欲しい」

「それでしたら、このギルドを出て左手の大通りを真っすぐ行った先にある【太陽の馬車】っていう宿がおすすめですよ」


 そのまま受付カウンターへとやってきたサダウィンは、先ほどの光景を見ていた受付嬢に彼らとのやり取りを突っ込まれてしまう。よく見ると、先ほど依頼の報告をした受付嬢と同じ人物だったことにサダウィンは気付く。


 用向きを聞かれたので、この街で活動していくための拠点となる宿を紹介してもらいたい旨を伝えた。そのまま礼を言ってギルドを出ようとすると、突然彼女に両腕を掴まれ顔を覗き込んできた。


「じー」

「な、なにか?」

「そういえば、前にいた冒険者ギルドから何か手紙を預かっていませんか?」

「手紙……ああ、そういえばギルドマスターから推薦状を書いてもらってたっけ」


 彼女がグロムベルクの冒険者ギルドにいたベティに顔つきが似ていたため、サダウィンは一瞬何か良からぬことをやられるのかと身構えたが、あんな妙な言動を取る受付嬢はそうそういないため、彼女が取った行動はただ彼を物理的に引き止めるための行為だけに終わった。


 彼女の問いに、ゴードンからFランクに昇級するための推薦状を預かっていたことを思い出し、偽の魔法鞄に手を入れアイテムリングから推薦状を取り出す。


「これだ」

「拝見します」


 サダウィンから受け取った推薦状を開け、受付嬢の女性は目を通し始める。途中目を見開き驚いているように見えたが、すぐに普段の顔に戻ると、手紙を読み終えた。


「確かに、グロムベルクのギルドマスターが書いた推薦状で間違いありません。サダウィンさん、もう一度ギルドカードの提示お願いします。ここでFランクに昇級させますので」

「そんな簡単に昇級させて問題ないのか?」

「大丈夫ですよ。そのための推薦状なので」


 こうまで簡単にランクが上がることにそれでいいのかと思いつつも、ギルド職員の彼女が言うのであればそういうものなのだろうと自身を納得させ、サダウィンは再びギルドカードを彼女に渡す。


 すぐに手続きが完了し、返ってきたギルドカードのランクの項目にFの文字が刻まれている。


「これで手続きは完了です。サダウィンさん、さっそく依頼を受けますか?」

「いや、先に宿を確保をしておきたい。この街の散策もしてみたいから、依頼を受けるのは二日後かな」

「そうですか、了解しました。申し遅れましたが、私はこのギルドで職員をしておりますマルティナと申します。主に受付業務を担当しております。何かと顔をよく見ることになると思いますので、よろしくお願いしますね」

「ああ、わかった。よろしく頼む」


 簡単な自己紹介をしたマルティナと別れ、サダウィンはギルドを後にした。


 だが、彼は気付かなかった。いくらギルド職員とはいえ、各ギルドの最高責任者であるギルドマスターの推薦状を、自分が所属する冒険者ギルドのギルドマスターの許可なく閲覧してしまうことの違和感に。冒険者一人のランク昇級をただのギルド職員が簡単に行ってしまったことに。


 これが一般の冒険者であれば、その違和感に気付いたかもしれない。しかし、冒険者になって日が浅いサダウィンが、その違和感に気付くことの方が困難であり、その違和感を抱くこと自体が異常と言えた。それほどまでに、彼女の手際は洗練されており、それこそ冒険者の進退に幾度も関わってきたことを匂わせる雰囲気を持っていた。


「あれが“Aランクの原石”ですか……。ゴードンさんも大きく出ましたね」


 サダウィンがいなくなった後、マルティナがぽつりと呟く。彼女の視線の先には、ゴードンがしたためた推薦状があり、その内容は実にシンプルだった。


 彼曰く、“Aランクの才能を秘めている原石”。あるいは、“高貴な生まれである可能性あり、要監視対象”などと綴られており、サダウィンについての詳細が記載されている。


 そして、最後に取って付けたように“とりあえず、Fランクに昇級しておいてくれ”という、推薦状で最も大事な一文が手紙の結びの言葉として使われていることに、マルティナは呆れながらため息を吐く。


「ゴードンさん、推薦状の意味わかってるんですかね?」


 マルティナの零した言葉も、遠く離れるゴードンには届かなかったが、同時刻に彼が盛大なくしゃみをする姿が見受けられたため、彼女の思いは多少なりとも届いてはいたようだ。


「ひとまず、サダウィンさんのことはうちのギルマスに伝えておいた方がいいわね。あの馬鹿。ちゃんと、理解してくれるといいんだけど。はぁー、なんでサブギルドマスターなんて仕事引き受けちゃったのかしらね私」


 その呟きを聞いた者はいなかったが、これで彼女が持っていた違和感の正体が判明する。ギルドの最高責任者であるギルドマスターに次ぐ権限を持つ存在。それがサブギルドマスターなのだから。


 こうして、サダウィンが色んな意味で要注意人物としてギルドに認識されてしまい、このロギストボーデンでも彼の安住の地は望めそうになかったのであった。
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