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第三章 ヒュージフォレストファング

34話

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「よし、冒険者ギルドに到着っと……やっぱ便利だよな【転移魔法】」


 時間は午前三時半、秋雨にとってはもはや日課となりつつある時間帯だ。
 秋雨は今、冒険者ギルドの前に立っていた。だが先ほどまで、自身が泊っている【白銀の風車亭】から出た通りの前にいたのだが、この一瞬のうちに冒険者ギルドのスイングドアの前まで瞬間的に移動していた。


 それを可能としたのは、彼がこの三日間の間に新たに修得した【転移魔法】によるものだ。
 転移魔法とは、ある地点から任意に指定した地点まで時間を掛けずに移動する移動魔法の一種で、某国民的RPGであるドラ〇ンクエ〇トに登場する【ルー〇】という魔法が最も有名だ。


 だが、行きたいところに一瞬で行けるという絶大なるメリットはあるのだが、デメリットとして一度行ったことがある場所に限られている。
 転移魔法としてはよくある制限ではあるので、それを不便に感じることはないが、活動拠点がグリムファームだけの今の秋雨にとっては、まだその力を十全に活かしきれてはいなかった。


 他にも今後冒険者活動において必要になってくる魔法を色々と覚えたが、いずれ披露する機会が巡ってくるので、ここでは敢えて言及しないでおこう。
 そんなことを考えつつ、いつものように冒険者ギルドへとやって来た秋雨は、これまたいつものようにスイングドアの下の隙間から匍匐前進で侵入したのかと言えば、今回は普通にスイングドアから入っていく。


(流石に毎回毎回匍匐前進は精神的にキツイもんがあるからな、それに【鑑定】先生曰く、普通に入っても問題ないって言われたし)


 そう、この三日の間に秋雨はスイングドアから入っても何ら問題はないということに気付いた。
 いくら秋雨が慎重派の人間でも、毎回ギルドに顔を出す度に服をホコリ塗れにするのは、気分的にもあまり気持ちのいいものではない。
 そんな風に考えていた時に、【鑑定】先生の能力についてとある仮説が浮かんだのだ。


 女神サファロデから【鑑定】の力をもらう際、秋雨は彼女に「どんなものでも見透かしてしまう鑑定能力が欲しい」と頼んでいた。
 この“どんなものでも”というのは、この世界の常識からお金の価値に至るまでの知識はもちろんの事、モンスターや人物の強さやスキルも見透かすという本当の意味でのチート能力であった。


 試しに秋雨が冗談で、白銀の風車亭の看板娘であるケイトのスリーサイズを教えて欲しいと【鑑定】先生にお伺いを立てたところ、すぐに答えが返ってきたので慌ててキャンセルしたくらいだ。
 ちなみに秋雨がケイトのスリーサイズのうち不可抗力で聞いたのは、身長とバストサイズの十の位までであった。


 そんな何でも教えてくれる鑑定先生(もはや彼の中ではその呼び方が定着している)であれば、“未来予測もできるのでは?”と秋雨は考えたのだ。
 そして、その仮説を実証すべく、試しに“冒険者ギルドのスイングドアを普通に押して入ったら、何かトラブルは起きるか?”という問いに対し、鑑定先生から“NO”の答えが返ってきたため、それを聞いてから秋雨は匍匐前進を止めることにした。


 もし秋雨が鑑定先生にその事を聞かなければ、彼はこの先も匍匐前進を続ける羽目になっていたことだろう。


 そんなことにならなくて済んだ秋雨は、鑑定先生に心の中でお礼を言いながらいつもの受付カウンターへとやって来た。
 カウンターには既にベティーがスタンバっており、秋雨が来たのを視認すると、べこりとお辞儀をして挨拶をする。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。アキサメさん、本日はまた買い取りでしょうか?」

「ああ、これを頼む」


 秋雨はベティーにそう言うと、いつもの茶色がかった麻袋を投げて寄こす。
 その中身といえばいつもの通り、ブルーム草5本、ジュウヤク草3本、ボルトマッシュルーム1本というラインナップだった。


「いつも同じ量なんですね」

「採り過ぎはあまりよくないだろ?」

「そりゃそうですけど、可能であればもう少し多めに採ってきてもらっても大丈夫ですよ? 実はアキサメさんの持ってきてくれる薬草の質が良くてですね、薬師の方から「もっとないのか?」とせっつかれてるんですよねー」

「……そうか」


 秋雨は内心で舌打ちをした。
 どうやら自分の預かり知らぬところで、悪目立ちしていたようで秋雨はその事に焦りの感情を内心で浮かべる。


(くそ、そんなとこでも目立っていたのか、でも薬草を納品しないと金が稼げないしな……)


 わざと品質を落としたものを出すことも視野に入れつつ、今後の対策を考える秋雨だったが、今回の目的はいつもの薬草換金とは別にあったので、早速それを実行に移すことにした。
 そう覚悟を決めた秋雨は、あの素材を出す前にベティーに一言声を掛けた。


「ベティー」

「なんでしょうか?」

「こう、口に手を当ててくれないか?」

「こうですか?」


 秋雨の要請に素直に従い、自分の口を手で覆い隠すベティーを確認し、さらに念を押す。


「いいか? 今から出す素材を見ても、決して驚かない事、いいな?」

「はい、わかりました」


 手で口を押さえているため、多少くぐもった声になっているが、ちゃんと返事が聞こえたため、秋雨は懐からとある素材をカウンターに置く。


「!?」


 口を押さえた状態であったため、ベティーの悲鳴に似た驚きの声はギルドに響き渡らなかったものの、それでも秋雨には彼女が明らかに驚愕しているのがわかった。
 秋雨は出したのは、今日仕留めたフォレストベアーの討伐証明部位である【フォレストベアーの爪】だった。


「これって、フォレストベアーの爪じゃないですか? どうやってこれを?」

「実は……」


 秋雨は掻い摘んで説明した。
 いつものように薬草を採集していると、満身創痍のフォレストベアーが目の前に現れたと。そして、必死に逃げ回りながら相手の様子を窺っていると、どうやらすでに致命傷を誰かに与えられていたらしく、しばらくしたら動かなくなってしまった事を説明した。


「とまあそういうわけで、実際俺が倒したわけじゃないんだが、その素材を手に入れることができたんだ。自分の実力で倒したわけじゃないから持って帰るか迷ったが、せっかく手に入れるチャンスが目の前にあるならって事で持ってきた」


 お分かりかと思うが、当然秋雨の説明は嘘である。
 冒険者として登録したばかりの新人が、Eランクのフォレストベアーを単独で狩るなど常識的に考えて不可能であった。
 そこで秋雨が考えたのは、すでにフォレストベアーが致命傷を負っていて、逃げ回っていたら元々与えられていた致命傷が原因で絶命してしまった事にしたのだ。


 所謂一つの言い訳に過ぎなかったが、駆け出し冒険者である秋雨がフォレストベアーの爪を持ち込んだ理由としては十分だったようで、ベティーはそれ以上の詮索をすることなく換金の手続きに入った。


「では今回の買い取り金額ですが、いつもの薬草が大銅貨3枚に銅貨1枚、そしてフォレストベアーの爪が大銅貨7枚で買い取らせていただきまして、合計銀貨1枚と銅貨1枚になります」

「それで構わない」


 そう言うとすぐさま支払を済ませると、秋雨はベティーに言い含めるように念押しする。


「いいかベティー、今回のフォレストベアーの素材はたまたま偶然が重なった事で手に入れられたもんだからな、そこのところ誰か他のギルド職員に聞かれたらちゃんと説明してくれよ? 特にギルドマスターには可能な限り黙っててくれ」

「わかりました。できる限り事の顛末を正確にお伝えしますが、ギルドマスターに黙っている事は難しいかと思いますよ? 今もアキサメさんに会いたがってますし」

「なら聞かれたら、今回はたまたま偶然が重なったとだけ伝えておいてくれ。それからギルドマスターに会いたいと言われたら俺が「諦めろ」と言っていたと伝えてくれ」


 秋雨はベティーにそう伝えると、踵を返してその場を後にしようとするが、そこで何かを思い出したらしく再び受付カウンターに戻り口を開く。


「そう言えば、ヒュージフォレストファングが出たらしいな」


――――――――――――――――

フォレストベアーの素材を売ってよかったのだろうか……
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