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第十章 気を付けていても、面倒事はどこからでもやってくる
118話
しおりを挟むさて、ここで一つ魔法の講義をするとしよう。
魔法とは、一般的には魔力というものを消費することで無から有を生み出すという現象を引き起こす神秘の秘術として広まっている。だが、その実態は実に現実的なものだ。
実際ところ魔法というものは、魔力というものを媒介にして無から有を生み出す現象を引き起こすという点については同じだ。では何が違うのかといえば、科学的アプローチに基づいて現象を引き起こしているれっきとした物理現象が魔法というものなのである。
例えば、一個のライターがあり、ライターを着火させるにはライターオイルが必要になってくる。これを魔法に置き換えて解釈すると、魔法を使用するには魔力が必要ということであり、発動した魔法というものは神の奇跡でも神秘の技でもなんでもなく、魔力という魔法を使用するために必要なプロセスを踏んだ結果による科学的な現象の一つということになるのだ。
そして、魔法を発動させるのにも発動した魔法を維持させるのにも魔力が必要であり、すべての魔法を構築しているエネルギーが魔力という概念なのだ。
であるならば、構築した魔力を毛糸の編み物を一つ一つ解いていくかのように霧散させるとどうなるのか。答えは“魔法の維持ができず消失することになる”だ。
とどのつまり、ペンドリクスの炎帝球が消失したのは、炎帝球を構築していた魔力を霧散させたことで、その形態を維持することができなくなり、結果消失という顛末に終わってしまったのであった。
「面倒なことになりそうだったんでな。お前の魔法を構築していた魔力を霧散させた」
「な、なんじゃと!? ば、馬鹿な。あり、得ぬ。そ、そんなことができるはずがない!!」
「じゃあ、お前の魔法はどうなったっていうんだ? 自信満々に使ってたじゃないか。しゅべてを~飲み込むぅ~大いなる炎よぉ~。我が敵となった者にぃ~絶望を与えよぉ~。すふぃあ~ふれいむ~えんぺらぁ~ってな」
「き、貴様ぁ!!」
明らかに小馬鹿にした口調で煽るように、ペンドリクスが使った魔法の発動トリガーを真似る。その意図はしっかりと彼女にも伝わっており、怒りの表情を浮かべる。
それと同時に、ペンドリクスの中では混乱を極めていた。確かに彼女は自分が使える魔法の中でも攻撃力の高い【炎帝球】を発動させた。だが、次の瞬間にはまるで発動していなかったかのように炎の影も形も残っていなかったのだ。
それこそ、秋雨の言う通り消失させたかのような状況に、彼の言っていることが正しいのではないかとすら思うほどだ。
だが、彼女はすぐにその考えを棄却する。自分でも成し得ないことを目の前の成人したばかりの少年風情が起こせるとは到底思えず、彼女自身その事実を信じたくなかったからである。
「もう気が済んだか? なら、そろそろ終わりにしたいんだが」
「くっ……ああああああああああああああ」
目の前で起こったことにパニック状態となったペンドリクスは、ありとあらゆる魔法を秋雨目掛け打ちまくる。しかし、ただでさえ正攻法でも通用しなかった攻撃であるにもかかわらず、なりふり構わない攻撃が彼に通じるわけもなく、最小限の動きで躱される。
「な、なぜじゃ!? なぜわらわの攻撃が当たらない!」
「そこが、俺とお前との格の差というものだ」
「い、いつの間にわらわの背後に!?」
気づかないうちに背後から声をかけられたことに、ペンドリクスは驚愕を禁じ得なかった。先ほどまで地表にいたはずの秋雨が、次の瞬間には後ろにいたのだから。
「ただの転移魔法だ」
「て、てて、転移魔法……馬鹿な! 時空魔法が使えるなど、あり得ない!!」
時空魔法……それは、光属性と闇属性を一定数極めると習得が可能と言われている希少魔法であり、当然ペンドリクスは習得に至っていない。その時点で、彼女は今目の前にいる相手が格上であることをようやく理解する。
そもそもからして、ペンドリクスと秋雨の二人の間には魔法使いとしてのスタートラインがあまりに違い過ぎた。女神サファロデによって付与されたチート能力の数々を初期装備した状態でこの世界に降り立ち、ありとあらゆる魔法を生み出すことが可能な創造魔法を持っている彼と、ただ魔法の才能があり、努力によって並の魔法使いよりも優秀という枠組みから少しはみ出した程度の実力しか持たない彼女とでは、もはや勝負すること自体がおこがましいというものである。
一般的に言って、ペンドリクスの魔法使いとしての能力は十分高い。これが常識の範囲内にいる魔法使いが相手であるならば、彼女の力でも十分に対応することができただろう。
しかし、そう、だがしかしである。今回は相手が悪過ぎた。
その結果、チートVSただの天才の戦いは、チートの圧勝という形で決着する。
「さて、そろそろその体を元の持ち主に返してもらおうか」
「な、なにを――ぐはっ」
秋雨はペンドリクスの肩を掴んでこちらに振り向かせる。そして、そのまま自身の右手を彼女の胸部に突き刺した。それと同時に、彼はある魔法を使用する。
「【魂捕縛(ソウルボンデージ)】。……おっと」
その魔法は肉体から強制的に魂を抜き取るという魔法であり、致命傷なしに相手に死を与えることのできる恐ろしい魔法だ。
だが、今回の場合は一つの肉体に二つの魂が入っている状態であるため、そのうちの一つを取り出すという目的においては有効な魔法でもある。
ちなみに、そのような魔法はこの世に存在せず、秋雨が今この場で生み出した彼のオリジナル魔法になっていたりする。
ペンドリクスの魂を取り出したことで、エリスの肉体から力が抜け落下するところを支える。一度地上へと降りてエリスの体を静かに寝かせる。
『こ、これはどういうことじゃ! 一体どうなっておる!?』
「魂になってもうるさいとは、最後まで迷惑なやつだ」
『まさか、肉体から魂を強制的に取り出したとでもいうのか!? そんな魔法がこの世に存在するわけがない!!』
「そんなことはどうでもいい。さあ、最後の仕上げだ」
自分の身に起こったことが未だ信じられない様子のペンドリクスを放っておいて、秋雨はすぐにあることを行うための準備を行う。
空いている手を使い、アイテムボックスから適当なモンスターの魔石を取り出してそれを砕く。砕いた粉末を地面の土と混ぜ合わせ魔法を使って壺のような容器を作製する。
それができたことで、大体の準備ができたため未だ喚きたてているペンドリクスに最終宣告を突き付けた。
「これから、お前を封印する」
『な、なんじゃと!?』
「このまま消滅でも構わんだろうが、それだとサファロデからクレームが来そうだからな」
秋雨の勘は正しく、後日エリスの肉体から魂を取り出している光景を見たサファロデが、いとも簡単に禁忌に触れるような行為を行ったことに頭を悩ませることになるのだが、今回の事情を考慮して彼女から直接苦情が来ることはなかった。
もし、秋雨が魂そのものを消滅させる魔法も作っていたら、前回の記憶を改竄する魔法の時のようなことになっただろうが、彼はなんとなくそれを理解していたため、今回は封印という形を取ることにした。
「もともと自分の意志で封印していたんだ。今回は他人の意志で、しかも自分では封印を解くことができなくなるだけだ」
『や、やめろぉー、やめてくれぇー!!』
「大罪を犯した哀れなる魂よ。その咎を受け、汝に永劫の眠りを与えん……魔封BANだぁぁぁぁぁああああああああああ」
それは、秋雨が前世で読んだ七つの球を集める漫画の中に登場する大魔王を封印するための技のパロディであり、効果は同じく相手を容器の中に封じ込めるというものだ。
“魔を封じる”というファンタジー要素と、インターネット上においてアカウントを削除したり何かしらのペナルティを与えるときのネット用語の“BAN”という言葉を使って件の漫画に出てくる技の名前を真似たものとなっているのだが、それを理解できるのは彼と同じ世界出身の日本人くらいだろう。
『あああああああああああああ』
「封印完了」
オリジナルと同じく、まるで掃除機のように壺に吸い込まれるペンドリクスの魂であったが、彼女の最後の抵抗もむなしく、あっさりと封印されてしまう。
仕上げに、壺に栓で蓋をすれば封印が完了のため、秋雨は適当な栓を作り、二度と彼女が出てこれないようにした。
これで、ようやく完全にペンドリクスの件は片付き、一件落着した。だが、これで終わりかと思えるほど秋雨は楽観視していない。
「絶対、王族の連中にバレてるよなー。ペンドリクスに魔法を使わせたのは失敗だったか」
ペンドリクスとの戦いでかなりの魔力放出が行われた。それをこの国の権力者たちが察知できていないはずがないと秋雨は考えており、このあと彼らの追及が待ち受けていることにため息が漏れた。
「いっそのことこのまま他国に流れるか? その方が手っ取り早そうだ」
秋雨は、現状王都でいろいろと面倒な事案があることを考慮し、このまま他国へ逃亡することを視野に入れ始めていた。
現在、秋雨のことを認知している王族は第三王女のライラと、手紙を送った国王ヨハネである。他の王族とは会っていないため、今警戒すべきはこの二人なのだが、この国のトップに存在を知られているというのは彼にとっては痛手だ。
権力者にとって優秀な人材は、常に欲している状態であり、隙あらば陣営に取り込みたいと考えている。そして、国のトップが考える取り込みとは、爵位と領地を与え強制的に国の所属にしてしまうということだ。
そうすることで、もうすでに我が国のものとなったということを他国に知らしめることになる。そのため、仮に他国がその人材を欲したとしても、自国の所属ということで手を出しづらくなるのだ。
それを防ぐためには、公の場で王族……特に国王とは会うべきではなく、仮にそうなってしまった場合、その場で爵位を押し付けてくる可能性が高い。
であるからして、王族に存在を認識されてしまっている今、王都を引き払うのは彼にとっては英断であると言えた。
「だが……何だこの感覚?」
しかし、秋雨はそうすべきであると思いながらも、即断できなかった。理由は、自身の胸の内にある感覚である。
それは今まで秋雨が信じてきた勘のようなものであり、今回もそれに従って動いている。そして、その感覚が訴えてきているのだ。“今王都を離れるのは得策ではない”と……。
「まだ、王都でやるべきことがあるとでもいうのか? だとしたら、それはなんだ?」
秋雨の感じているものは感覚的なものであり、何かスキルのような能力ではない。そのため、さすがにその詳細までは教えてくれない。
しかし、秋雨の中にある感覚が確かに訴えてきている以上、まだ王都を離れるべきではないと結論付けた。
「まあ、ひとまずは王都へ戻ろう」
そうつぶやくと、秋雨はエリスと共に王都へと帰還することにした。
こうして、ペンドリクスとの一件が解決し、王都に再び平和が訪れた……かに見えた。だが、それはこの先待っている面倒事の序章でしかなかったということを秋雨は思い知ることになる。
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