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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
147話
しおりを挟むここで魔法についての講義を行うことにしよう。魔法というものを使用する上で最も一般的な方法として用いられるのが、詠唱魔法と呼ばれるものだ。
詠唱とは、特定の文言を口にすることで魔法を発動させるための補助を行うのだが、一般的に知られている詠唱の認識は異なる。
それは魔法を発動させるためには、必ず詠唱を行わなければならないという間違った認識として広まってしまっているということだ。
以前にも言及しているが、魔法を発動させるために必要なことはなにかと言われれば、それは頭でイメージする想像力であり、逆にそれがしっかりできてさえいれば、詠唱などというものは必要ない。
そして、魔法の詠唱というものは大抵の場合、内容がある程度固定で決まっており、特に逸脱した内容のものはないとされている。
だというのに、今その場にいる者たちが聞いているもの、見ているものはなんであろうか。秋雨が発動している魔法は、一貫して同じ魔法である。同じ魔法であるのだが、その詠唱の文言や発動するために必要な魔法名がどれも異なっているのだ。
もう一度言うが、魔法を発動させるための詠唱は、ある程度固定で決まっている。もちろん、すべて一律に同じではなく、少しだけ異なることも珍しくはない。
だが、秋雨の魔法はどうだろうか? 彼が発動した魔法は詠唱から魔法名も明らかに異なっており、それを意図して変化させる意思が感じられる。
そして、意図的に詠唱や魔法名を変え、まったく同じ効果の魔法を発動し続けるというのは異常なことであり、それができる人間はかなり珍しかった。
どうして秋雨にそれができるかといえば、もともと彼が無詠唱の魔法使いであるからだ。
詠唱を行わなくとも頭でイメージしたものをそのまま発動できてしまう彼にとって、詠唱など無用の長物であり、むしろ邪魔なものでしかない。
今、彼が詠唱まがいの行動を取っているのは、周囲に実力を悟られないための偽装工作であり、本来は必要のないものだ。
だが、それが返って彼の実力の高さを証明するものとなっていることに彼自身気づいていない。
「な、なんという高度な魔力制御だ」
「あれだけ異なる詠唱を行っているにもかかわらず、効果にばらつきがない」
「普通はばらつきどころか場合によっては発動しなかったり、最悪暴発することだってあるというのに……」
「さすが私の先生です!!」
秋雨の魔法を見て、それぞれが口々に感想を漏らす。最後の感想は断固として拒否したいところではあるが、今はそれよりも重要なことがあった。
「といわけで爺さん」
「なんじゃ?」
「この勝負俺の――」
「私の負けだわ……」
秋雨がこの勝負の勝敗を口にしようとしたそのとき、それを遮るように割って入ってきた人物がいた。それは、この勝負の参加者であるアーシャだった。
「なんでそうなる? 的をよく見てみろ。お前は十発中九発当てている。その一方で、俺は十発中八発だ。今回の勝負は、設置された的に当てた回数で勝敗が決まるルールだ。そうだな爺さん?」
「あ、ああ。ルールではそうなっておる」
「というわけだ。この勝負九対八でお前の勝ちだ。じゃあ、これで俺の実力が大したことがないということが証明されたな。こんな茶番はもう終わりだ。もう帰らせてもらう」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
一体なんの冗談だと秋雨は思ったが、バルバスの提示したルールを口に出しつつ彼に確認を取り、この勝負がアーシャの勝ちであるということを周囲に知らしめる。そして、用は済んだとばかりにその場からすぐに退場していったのであった。
しかしながら、秋雨は重要なことを失念している。先の勝負において、彼は常人では到底成し得ないことをさらりとやってのけていた。それを見た目撃者は多く、その中には彼の同僚も多数含まれている。
同僚ということは、すなわち魔法というもののメカニズムを解き明かそうと日々研鑽する者たちであり、通常ではありえないことをやってのけたその人物にいろいろと問い詰めるというのは、ごく自然な流れであって……。
「ヒビーノ先生! ヒビーノ先生!!」
「あれは一体どういうことなのですか!?」
「先生の見解を!!」
「それよりも、ヒビーノ教諭! ポーションを作りたまえ! 錬金術についてのディスカッションでも構わないぞ!!」
勝負が終わってすぐ、彼が使っている研究室を兼ねた部屋には、今まで以上の職員が詰めかけた。しかし、そこに目的の人物はおらず、詰めかけた職員たちは空振りに終わってしまう。
一体彼がどこに行ってしまったのかといえば、職員が寝泊まりしている自室……でもなく、なんと以外にも学園長の部屋であった。
「ふう、ここならば人が来ないからな」
この学園のトップが使っている部屋であるため、そのセキュリティはかなり厳重である。だというのに、一体どうやって彼は侵入したのだろうか。
そんなことはどうでもいいとばかりに、秋雨は普段学園長が座る椅子に腰を下ろしながら、騒ぎがおさまるのを静かに待った。
それから、しばらくして学園長室の扉が開かれる。やってきたのは、この部屋の主であるバルバスだった。
「なんじゃ、こんなところに隠れておったのか?」
「ここが一番見つかりにくかったからな」
「それにしてもどうやって入った? 警報の魔道具が設置されておったはずじゃが」
「まあ、そんなことはどうでもいいではないか」
「どうでもよくはないと思うのはわしだけかの?」
バルバスの問いに答えようとしない秋雨であったが、早々に追及を諦め、話題を変えた。もちろん、先刻の勝負で使用した魔法についてである。
「まあよい。ところで、勝負の最中に使用していた魔法……あの魔法が何なのか聞いても良いかの?」
「何って、ただの初級レベルの火魔法だが?」
「それはわかっておる。問題は、お主が使用した詠唱と魔法名じゃ!」
秋雨の見当違いな返答に、声を大にしてバルバスが返答する。彼があの場で火属性の魔法を使ったことは見れば一目瞭然であり、バルバスが聞きたかったのは、その中身にある。
何度も言うが、魔法の発動方法については一律同じわけではなく、秋雨がアーシャとの勝負の場で使った魔法のように様々なやり方が存在する。
彼が使った【火球の礫】という魔法の発動についても、詠唱はもちろんのこと魔法名すら完全に同じにする必要はない。
人によってそのやり方は様々だが、問題はそれを一人の人間が行ったということである。
同じ【火球の礫】という魔法を、他の人間が異なる詠唱と異なる魔法名で使用していることはままある。だが、それを一人の人間がいくつもの詠唱といくつもの魔法名で再現してしまうということは稀なのだ。
一説では、人によって魔力の質というのは違っている。そのために、詠唱や魔法名も異なると言われているが、実際は物事の得手不得手に関連したものだ。
魔法はイメージが大切だ。こういった詠唱の方が頭で思い描きやすい、こういった魔法名の方がしっくりくるといった感覚的なものによって詠唱や魔法名をこの世界の人々は選び取っている。だが、実際は特にこうでなければならないという決まった詠唱や魔法名は存在しないのだ。
「といった具合に、詠唱と魔法名というものはこれでなければならないという決まりはない。もちろん、属性によってこの文言を使った方がいいというのはあるが、それも頭で想像……思い描きやすいものを選んだ方がいいという単純なものだ。火の魔法を使いたいのに、水に関する詠唱の文言ではやりにくいといった感覚だな」
「なるほどのぅ」
「魔法の練度を上げるには、頭での想像力とそれを実際に顕現させるための魔力制御、この二つさえ鍛えておけばいい。この二つを鍛えれば、詠唱や魔法名など必要なくなる」
「それって、誰でも無詠唱が可能になるということですか?」
「ん?」
などと、秋雨が魔法についての講釈を垂れていると、突如として女性の声で質問が飛んでくる。バルバスがやってきたとき、執務机に設置された椅子を窓側に向けて座りながら話していたため、彼以外の第三者がやってきたことに気づくのが遅れたのだ。
質問していたのは、魔法実技担当のアリマリであったが、そこにいたのは彼女だけではなく他の職員十数人が彼の講義染みた話に聞き入っており、なにかに納得するかのようにしきりに頷いていた。
「……では、今日の授業はここまで。サラダバー!!」
「あっ、待ってください! まだ質問が」
「私もヒビーノ先生にお聞きしたいことが!!」
「ヒビーノ先生!」
それから、彼らから逃げるように窓から外に出た秋雨は自室へと戻った。まだ彼に質問したそうな職員の声が聞こえていたが、これ以上面倒なことは遠慮したかったため、そのまま逃亡を図ったのだ。
だが、その程度で諦めるような職員たちではなく、結局後日秋雨のもとを押し掛け、結局質問に答えることになってしまったのは言うまでもない。
こうして、アーシャとの魔法対決は表面上彼女の勝利となったが、その結果に本人が納得するのはまた別の話であるということを秋雨は思い知らされることとなる。
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