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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
150話
しおりを挟む「では、これにて魔法理論に関する授業を終了する。このあと少しの休憩を挟んで【魔法陣】に関するレポートの報告を兼ねた解説を行う。残りたいやつは残れ。以上だ」
そう言って舞台袖へと引っ込んでいった秋雨であったが、それ以上に彼の授業を聞いていた者たち……特に生徒たちは彼の言葉に今日一番の驚愕を示した。
「まさか、ただの事務員だと思っていた人がここまでの知識を持っているとは」
「しかも、これから魔法陣についての解説をやるだって?」
「あの誰も解明できていない未解決問題を?」
生徒の中には、秋雨の言葉に半信半疑な者もいたが、一部の人間は彼の言葉を完全に信じている者もいた。言わずもがなウルフェリアやアーシャである。
「さすがは先生です! まさか、ここまで素晴らしい授業ができるお方だったとは」
「わたしなんかが、勝てる相手ではなかったということね」
「姫様」
「いいのよアンリ。今思えば、わたしは傲慢だった。彼が、ヒビーノ先生がそれに気づかせてくれた。それだけでも感謝しているわ」
秋雨の本当の姿を知ったウルフェリアは感激し、自身の愚かさを正してくれたアーシャは彼に感謝した。
ちなみに、あれからアーシャは王族として必要な作法や教養を身に付け始め、今まで侍女をしていたネンリに暇を出し、自分が傲慢になる原因を作った人間を遠ざけた。
アンリはネンリと名前が似ているが、まったく別の貴族出身の侍女であるため、再び彼女が悪い影響を受けることはない。
「想像以上じゃ。ヒビーノ先生、なんという授業をするんじゃ」
「学園長、これは魔法の歴史が動きますぞ!」
「ヒビーノ先生がいれば、いずれ魔法の深淵に辿り着くことも不可能ではない!」
「……うむ、そうじゃの」
興奮する職員をよそに、バルバスは複雑な感情を抱いていた。彼がこの授業を最後に、学園を出て行ってしまうことを知っている唯一の人間であったからだ。
本当のところ、秋雨が学園を去ってしまうことをバルバスは残念に思っており、できれば残ってほしいと考えている。だが、学園を去るという話をしていたとき彼の目には確かな強い意志があった。だからこそ、バルバスは引き止めるような無駄なことはしないと彼の意思を尊重したのである。
(じゃが、ヒビーノ先生。せめてもの抵抗として、君には名誉職員として永久に籍を置き続けてもらおう。君のような優秀な人間を解雇などできるはずもない)
バルバスの思惑など知らない秋雨であったが、彼としても籍が残ろうが残るまいが、二度とこの国を訪れることはない以上、どうでもいいことであった。
それから、二十分ほど時間が経過する。だが、トイレに行く人間はちらほらといるものの、誰一人として帰ることはなかった。
それも当然で、未だまともな進捗が見られない分野である【魔法陣】についての解説が聞けるとあっては、魔法バカたちが集まるダルタニアンにおいて帰るという選択肢は皆無である。
一生に一度聴けるかどうかわからない話をみすみす逃すほど、この場にいる人間は愚かではなかった。
「では、再開する」
休憩から戻ってきた秋雨であったが、誰一人として帰っていない状況に、内心で「そんなに聞きたいのかよ」とツッコミをいれつつも、魔法陣についての話を始めた。
「ここからは、俺が知っている魔法陣についての知識をまとめたレポートの報告と解説を行っていく。生徒諸君らは、この話を聞いても試験に関係のない話であるから、覚えなくても構わない。では、まずは魔法陣とは何かについて話していくとしよう」
それから、秋雨の魔法陣に関する話が続いていく。詳細は割愛するが、彼の話のほとんどは未だ解明されていないものであり、一体どこでその知識を知り得たのかと疑問に思うレベルの濃い内容であった。
「ということになる。以上で魔法陣に関するレポートの報告と解説を終了する」
秋雨がそう宣言すると、割れんばかりの拍手が待っていた。その場にいた全員がスタンディングオベーションで彼の功績を称え、ウルフェリアに至っては、滂沱の涙を流していた。
その姿に若干引きつつも、その拍手に応えるように軽く会釈をすると、今度こそ秋雨は講堂をあとにする。
そして、その足で学園長室に向かい、いつぞやのときのようにバルバスが戻ってくるのを待った。
秋雨は今回のことでまた自室や研究所に人が殺到すると予想しており、案の定彼を求めて多くの職員や生徒が詰めかけていた。
「またここにおったか」
「まあ、ここには人が来ないからな」
「わしを待っておったということは、もう出てゆくのか?」
「そうだな。早ければ明日の早朝に出て行くつもりだ」
「そうか」
しばらくしてやってきたバルバスに告げると、少し寂し気な表情を浮かべたが、すぐに元の穏やかな表情に戻り、彼に提案してきた。
「ヒビーノ先生はここを出て行くが、籍は残しておく。また戻ってきたくなったらいつでも戻って来れるように」
「戻らないかもしれんぞ」
「それでも、お主との繋がりは切りたくない。こればかりは決定事項じゃ!」
そう力強く宣言すると、ぷいっと顔を背ける子供っぽい仕草をする。
彼としてはもう戻るつもりはないが、完全に関係を断ち切りたくないというバルバスの気持ちも理解できるため、学園に籍が残る件については特に何も言わなかった。
「あと、これが魔法陣に関するレポートだ」
「うおう、分厚いのぅ」
どこからか取り出したのか、通常の本とは比べ物にならないほどに分厚いレポートを出されて、さすがのバルバスも困惑する。最終的に秋雨が書いたレポートのページ数は三千ページほどにまで膨れ上がり、その厚みもかなりのものになっていた。
「あと、これだ」
「これは?」
「今日の授業の様子が録画されている魔道具だ。参考資料として、今後学園にやってくる人間にでも見せてやるといい」
「それは助かるのぅ」
一体いつの間にそんなものを用意していたのかは知らないが、テニスボール大の水晶のようなものを秋雨は取り出す。それは、一定時間の映像と音声を録画しておける魔道具のようで、そこには今日行われた授業が録画されていた。
これを使用することで、かなり目立ってしまうことになってしまうが、もう二度とこの国に戻ってくるつもりがない彼にとっては、特に困ることはなかった。
「これで渡すものも渡した。じゃあ、今まで世話になった」
「具体的に何かしたわけではないが、まあご苦労様じゃ。ところで、学園を出て次はどこへ行くつもりじゃ?」
「まだ決まっていない。それに行先は教えないつもりだ。俺がいなくなったことで俺を連れ戻そうとする人間もいるだろうしな」
「それは、まあ確実にいるじゃろうな」
バルバス自身が、このまま秋雨が学園から去ることを良しとしていない人間の筆頭であり、本音を言えばできれば引き続き学園の職員として残ってもらいたいと考えていた。
可能ならば、彼独自の授業を行ってもらい魔法技術貢献の手助けをしてもらいたいと思っているのだが、引き止めたところで聞き入れてくれる人間でないこともこの短期間での彼との付き合いで理解していた。
「そういうわけでだ。行先は誰にも告げずに行こうと思う」
「そうか、残念じゃが達者でな」
「ああ、ではサラダバ」
そう言い残すと、秋雨は学園長の椅子からひょいっと飛び降りそのまま部屋を後にした。
残されたのは、空席の椅子と静寂であり、彼と出会ったこの数か月がまるで走馬灯のようにあっという間の出来事であった。
まるで突如現れた幻であったかのように現れ、そして同じように夢幻と消えていく。バルバスはそんな錯覚を感じていたのである。
「残念じゃが、あの少年が残してくれた確かなものもある。今はこれをもとに魔法技術のさらなる発展をするのが、わしらの仕事じゃな」
それから、秋雨が学園を去ったのち、彼が残したレポートと映像の魔道具によって新たな発見が次々に明るみとなり、マジカリーフの歴史にその名を刻むこととなる。
彼はダルタニアン魔法学園の職員や生徒たちの間で【伝説の職員】としてのちの世まで語り継がれることとなり、それはまさにGTH……グレートティーチャーヒビーノであった。
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