15 / 37
14話「料理を作るために家を借りるみたい」
しおりを挟む商業ギルドからポーションの納品を依頼されてから数日が経過した。
姫の最近の生活リズムとしては、ギルドから支給された素材を使ってポーションを作製し、出来上がったものをギルドで引き取ってもらうということを繰り返す日々を送っている。
そのお陰ということもあり、姫の現在の所持金は一気に増加し、現在二十万ゼノ以上の稼ぎを叩き出していた。
商業ギルドのギルドマスターが、ポーションの買い取り額を相場の倍にしてくれたことが、これだけの稼ぎを生み出すのに一役買ったようだ。
そんな日々を送っていた姫だったが、人間というのは生活が安定するとどうしても欲が出てきてしまう生き物である。
大金を得たことで生活に余裕の出てきた姫は、気になっていた事案を解決するため、とあることを新しく始めようとしていた。それはというと……。
「重御寺姫。これより食事改善に着手する!!」
もはやお決まりといっていい謎の宣言を高らかにする姫だったが、いつものようにそのことを指摘する人間がいなかったため、彼女の声が空しく響き渡るだけであった。
日々この世界で生活をしていく中で、姫はとあることに不満を抱いていた。それ即ち、料理である。
美味なるものが溢れかえる地球出身の彼女にとって、こちらの世界の食べ物はあまり美味しくはない。姫自身、食べ物にありつけるだけ有難いことだという思いはあるが、やはりどうしても地球で食べていたものと比べてしまう。
生活の基盤が安定しなかった最初の頃とは違って、今は安定した収入を確保できており余裕がある。であれば、日ごろから不満に思っていることを改善したくなるのは、人として至極真っ当な行動だと言える。
「まずは主食のパンをなんとかしなくちゃね。でも、そのためにはマイキッチンが欲しいところね」
地球にいた頃から、異世界にやってきたらどうするべきかということを本気で妄想していた姫にとって、いくつかやってはならないタブーが存在した。
そのうちの一つが、地球にある技術を異世界に流用するという行為だ。技術といっても、その分野は幅広くその中でも身近な技術といえば、料理である。
現代の人間にとって料理のレシピは、何処にでも溢れている身近なものだが、中世ヨーロッパ程度の文明力しか持たない異世界では、それが秘匿されるべき重要な情報だったりする。
特に王侯貴族などの上流階級では、貴族の家ごとに代々伝わる料理の極意のようなものまであり、それらは決して他家に漏らしてはならない機密事項なのだ。
それ故、異世界にやってきたときに地球の料理を作る場合、誰にも見られないようにするのが最善なのである。
もし地球の技術を用いた何某かの物が作れるなどということを権力者に知られれば、ポーションの時と同じく目を付けられ、最悪の場合身柄を拘束されることだってあるのだ。
そうならないようにするためにも、姫はさっそく自分の持ち家を探すべく商業ギルドへと足を運んだ。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
「キッチン付きの借家ですか?」
商業ギルドへとやって来た姫は、さっそく受付嬢に用向きを伝える。いきなり若い女性が借家を探していること若干不審がる受付嬢だったが、それを態度には出さず姫の用件をオウム返しで答える。
「できれば、お風呂もあると最高なんだけど」
「では、ギルドカードの提示をお願いします……結構です。カードをお返しします。それでは姫様、先ほどの条件に合う物件を探してまいりますので、少々お待ちください」
受付嬢がそう言うと、受付のバックヤードへと下がっていく。しばらくして、何枚かの羊皮紙を手に戻ってくるとそれを開いて見せてきた。
そこに記載されていたのは、物件の間取り図でリビングやトイレなど意外と詳細に記されていた。
「候補としてはこちらの四つですが、予算はどれほどとお考えでしょうか?」
「一月十五万ゼノくらいで何とかならないかな?」
「でしたら、四つ候補のうち残るのはこちらですね。元有力商人の別宅になっておりまして、経営不振によって売り払われた経緯のある物件です。部屋数は一階にリビングとキッチン、それとトイレとお風呂場があって、二階部分が寝室と執務室、それに物置と客室の四部屋がございます」
「家賃はどれくらい?」
「立地としてはあまり良くなく、中心街からもかなり外れておりまして、スラム街が近いということも相まって間取り的には通常三十万ゼノ以上はする物件なのですが、今回は特別に半額の十五万ゼノで結構です。いかがでしょうか?」
「そこでお願い」
本来であれば、実際の物件を見て状態を確かめるという“内見”と呼ばれるものがあるが、姫の提示した“キッチンと風呂が付いていて家賃が十五万ゼノ以内の物件”という条件に当てはまる家が一件しかなかったため、内見をすっ飛ばしてそのまま契約することにしたのだ。
「実際に物件を確認しなくてもよろしいでしょうか?」
「条件に合うのが、そこしかないんでしょ? だったら、そこでいいわ」
「畏まりました。ではこちらの書類に契約に関する内容が記載されておりますので、不備がなければサインをお願いします」
受付嬢から受け取った賃貸契約書を、姫は一つ一つ確認していく。特にこれといって怪しい点はなく、地球の賃貸を借りる時とさほど変わらない。
特に問題なかったので、署名の欄に名前を書き受付嬢に渡した。署名された契約書を確認した受付嬢は、次に家賃の支払いについて説明する。
「では、これで契約は成立しましたので、家賃の支払いはどうしますか?」
「どうとは?」
「今一括で支払うか、あとで支払うかの二択という意味です」
「宝払いで!」
「……はい?」
「いえ、今すぐ一括で支払います……」
姫が渾身のギャグをかますも、その元ネタを知るはずがない受付嬢には、姫が一体何を言っているのか理解できず、思わず聞き返してしまった。
完全に滑った姫が意気消沈しながら、大人しく家賃十五万ゼノを支払う。所持金の大部分を割くことになったが、必要な出費だと思っている姫に悔いはなかった。
事務処理を終えた受付嬢が徐に立ち上がると、姫に向かってこう告げた。
「お待たせいたしました。これより物件にご案内いたします」
受付嬢の案内に従い、姫は契約した家へと向かった。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
リムの街は、主に三つの区画に整備されている。それぞれ、商業区・施設区・住居区となっており、各区画にある主となる目的ごとにそう呼ばれている。
改めてリムの街の概要を説明すると、リムの街は周囲を数メートルの高さからなる円形状の外壁に囲まれていて、ホールケーキのような形となっている。
それを包丁で歪な形に三つに分けるように切り込みを入れた形で中央に大通りが通っており、その中央には大きな広場がある。
商業区は冒険者などが使う装備を売る店やその他の品を売る露店などが固まっている市場があり、他にも商いを行う商人たちの商会が主に建ち並んでいる。
施設区は商業ギルドや冒険者ギルドなどの公共施設が軒を連ねており、他にも図書館などといった施設も存在している。
住居区はその名の通り住居が建ち並ぶ区画で、さらに細かく三つほどに分類されている。それぞれを貴族街・一般住居街・スラム街といったように格付けされるような形で分けられており、名前の通り貴族が住む場所、一般庶民が住む場所、それ以外が住む場所として区画が整備されている。
姫が案内されたのは、住居区の中でも貴族街とスラム街のちょうど境目となっている所で、施設区のちょうど真裏に位置する場所だった。交通の便が悪く治安もまた悪いというダブルパンチな場所でもあり、地球で言うところの“訳あり物件”というものだった。
「こちらが、姫様が契約した借家となります」
「場所はともかくとして、家自体は問題ないみたいね」
「はい、では中へどうぞ」
女性に促されるまま中に入ってみると、そこはものの見事に何もなかった。あらかじめ間取り図で確認していたため、間取り自体は問題なかったのだが、テーブルや椅子はもちろんのこと持ち運び可能な家具は全て撤去されており、最初から全て購入しなければならないといった有り様であった。
それでも、定期的に手入れされているのかほこりなどはなく、ただただ家具が何もないといった入居前の備え付けの家具が何もない状態のマンション部屋と化していた。
「あのー。これって……」
「申し訳ありません。この家の建っている場所がちょうど貴族街とスラム街の間でございまして、空き家となってしばらく経った頃スラムの住人が盗みに入るという事件があったのです。そこで持ち運び可能なものは全て撤去し、近くの貴族の警護の方々に見回りを依頼している形を取っているのですよ。そのお陰で盗みに入られることはなくなったのですが、盗みに入られた家を借りたいという人は少なくて……」
(この女、盗みに入られた家だなんて一言も言ってなかったじゃないか! あたしを騙したな……)
女性の巧みな言葉に騙されたことをこの場で知った姫だったが、自分の条件に当て嵌る物件がここしかなかったというのも事実であるため、顔には出さず各部屋を見て回った。
もう既に契約は済ませているため、今から解約したとしても違約金という形で支払った家賃が全額返ってくることはないことを契約書を読んていた姫は理解していた。訳ありとはいえ人が亡くなったなどという類のものではないし、十五万ゼノという格安でキッチンと風呂付きという優良物件はこれ以上ない。妥協するという訳ではないが、ここしかないということで姫は無理矢理自分を納得させた。
しかしながら、この女性が姫に肝心なことを説明しなかったのは事実であり、それは彼女の過失でもあった。よって姫はその責任を問うため、一度彼女と共に商業ギルドへと戻ることにしたのだ。
(このあたしを怒らせるとどうなるか、思い知らせてやらなくちゃねぇー。フフフフフフフ……)
姫の中にあるどす黒い何かを垣間見た瞬間であった。
1
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました
mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。
なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。
不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇
感想、ご指摘もありがとうございます。
なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。
読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。
お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる