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14話「料理を作るために家を借りるみたい」
しおりを挟む商業ギルドからポーションの納品を依頼されてから数日が経過した。
姫の最近の生活リズムとしては、ギルドから支給された素材を使ってポーションを作製し、出来上がったものをギルドで引き取ってもらうということを繰り返す日々を送っている。
そのお陰ということもあり、姫の現在の所持金は一気に増加し、現在二十万ゼノ以上の稼ぎを叩き出していた。
商業ギルドのギルドマスターが、ポーションの買い取り額を相場の倍にしてくれたことが、これだけの稼ぎを生み出すのに一役買ったようだ。
そんな日々を送っていた姫だったが、人間というのは生活が安定するとどうしても欲が出てきてしまう生き物である。
大金を得たことで生活に余裕の出てきた姫は、気になっていた事案を解決するため、とあることを新しく始めようとしていた。それはというと……。
「重御寺姫。これより食事改善に着手する!!」
もはやお決まりといっていい謎の宣言を高らかにする姫だったが、いつものようにそのことを指摘する人間がいなかったため、彼女の声が空しく響き渡るだけであった。
日々この世界で生活をしていく中で、姫はとあることに不満を抱いていた。それ即ち、料理である。
美味なるものが溢れかえる地球出身の彼女にとって、こちらの世界の食べ物はあまり美味しくはない。姫自身、食べ物にありつけるだけ有難いことだという思いはあるが、やはりどうしても地球で食べていたものと比べてしまう。
生活の基盤が安定しなかった最初の頃とは違って、今は安定した収入を確保できており余裕がある。であれば、日ごろから不満に思っていることを改善したくなるのは、人として至極真っ当な行動だと言える。
「まずは主食のパンをなんとかしなくちゃね。でも、そのためにはマイキッチンが欲しいところね」
地球にいた頃から、異世界にやってきたらどうするべきかということを本気で妄想していた姫にとって、いくつかやってはならないタブーが存在した。
そのうちの一つが、地球にある技術を異世界に流用するという行為だ。技術といっても、その分野は幅広くその中でも身近な技術といえば、料理である。
現代の人間にとって料理のレシピは、何処にでも溢れている身近なものだが、中世ヨーロッパ程度の文明力しか持たない異世界では、それが秘匿されるべき重要な情報だったりする。
特に王侯貴族などの上流階級では、貴族の家ごとに代々伝わる料理の極意のようなものまであり、それらは決して他家に漏らしてはならない機密事項なのだ。
それ故、異世界にやってきたときに地球の料理を作る場合、誰にも見られないようにするのが最善なのである。
もし地球の技術を用いた何某かの物が作れるなどということを権力者に知られれば、ポーションの時と同じく目を付けられ、最悪の場合身柄を拘束されることだってあるのだ。
そうならないようにするためにも、姫はさっそく自分の持ち家を探すべく商業ギルドへと足を運んだ。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
「キッチン付きの借家ですか?」
商業ギルドへとやって来た姫は、さっそく受付嬢に用向きを伝える。いきなり若い女性が借家を探していること若干不審がる受付嬢だったが、それを態度には出さず姫の用件をオウム返しで答える。
「できれば、お風呂もあると最高なんだけど」
「では、ギルドカードの提示をお願いします……結構です。カードをお返しします。それでは姫様、先ほどの条件に合う物件を探してまいりますので、少々お待ちください」
受付嬢がそう言うと、受付のバックヤードへと下がっていく。しばらくして、何枚かの羊皮紙を手に戻ってくるとそれを開いて見せてきた。
そこに記載されていたのは、物件の間取り図でリビングやトイレなど意外と詳細に記されていた。
「候補としてはこちらの四つですが、予算はどれほどとお考えでしょうか?」
「一月十五万ゼノくらいで何とかならないかな?」
「でしたら、四つ候補のうち残るのはこちらですね。元有力商人の別宅になっておりまして、経営不振によって売り払われた経緯のある物件です。部屋数は一階にリビングとキッチン、それとトイレとお風呂場があって、二階部分が寝室と執務室、それに物置と客室の四部屋がございます」
「家賃はどれくらい?」
「立地としてはあまり良くなく、中心街からもかなり外れておりまして、スラム街が近いということも相まって間取り的には通常三十万ゼノ以上はする物件なのですが、今回は特別に半額の十五万ゼノで結構です。いかがでしょうか?」
「そこでお願い」
本来であれば、実際の物件を見て状態を確かめるという“内見”と呼ばれるものがあるが、姫の提示した“キッチンと風呂が付いていて家賃が十五万ゼノ以内の物件”という条件に当てはまる家が一件しかなかったため、内見をすっ飛ばしてそのまま契約することにしたのだ。
「実際に物件を確認しなくてもよろしいでしょうか?」
「条件に合うのが、そこしかないんでしょ? だったら、そこでいいわ」
「畏まりました。ではこちらの書類に契約に関する内容が記載されておりますので、不備がなければサインをお願いします」
受付嬢から受け取った賃貸契約書を、姫は一つ一つ確認していく。特にこれといって怪しい点はなく、地球の賃貸を借りる時とさほど変わらない。
特に問題なかったので、署名の欄に名前を書き受付嬢に渡した。署名された契約書を確認した受付嬢は、次に家賃の支払いについて説明する。
「では、これで契約は成立しましたので、家賃の支払いはどうしますか?」
「どうとは?」
「今一括で支払うか、あとで支払うかの二択という意味です」
「宝払いで!」
「……はい?」
「いえ、今すぐ一括で支払います……」
姫が渾身のギャグをかますも、その元ネタを知るはずがない受付嬢には、姫が一体何を言っているのか理解できず、思わず聞き返してしまった。
完全に滑った姫が意気消沈しながら、大人しく家賃十五万ゼノを支払う。所持金の大部分を割くことになったが、必要な出費だと思っている姫に悔いはなかった。
事務処理を終えた受付嬢が徐に立ち上がると、姫に向かってこう告げた。
「お待たせいたしました。これより物件にご案内いたします」
受付嬢の案内に従い、姫は契約した家へと向かった。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
リムの街は、主に三つの区画に整備されている。それぞれ、商業区・施設区・住居区となっており、各区画にある主となる目的ごとにそう呼ばれている。
改めてリムの街の概要を説明すると、リムの街は周囲を数メートルの高さからなる円形状の外壁に囲まれていて、ホールケーキのような形となっている。
それを包丁で歪な形に三つに分けるように切り込みを入れた形で中央に大通りが通っており、その中央には大きな広場がある。
商業区は冒険者などが使う装備を売る店やその他の品を売る露店などが固まっている市場があり、他にも商いを行う商人たちの商会が主に建ち並んでいる。
施設区は商業ギルドや冒険者ギルドなどの公共施設が軒を連ねており、他にも図書館などといった施設も存在している。
住居区はその名の通り住居が建ち並ぶ区画で、さらに細かく三つほどに分類されている。それぞれを貴族街・一般住居街・スラム街といったように格付けされるような形で分けられており、名前の通り貴族が住む場所、一般庶民が住む場所、それ以外が住む場所として区画が整備されている。
姫が案内されたのは、住居区の中でも貴族街とスラム街のちょうど境目となっている所で、施設区のちょうど真裏に位置する場所だった。交通の便が悪く治安もまた悪いというダブルパンチな場所でもあり、地球で言うところの“訳あり物件”というものだった。
「こちらが、姫様が契約した借家となります」
「場所はともかくとして、家自体は問題ないみたいね」
「はい、では中へどうぞ」
女性に促されるまま中に入ってみると、そこはものの見事に何もなかった。あらかじめ間取り図で確認していたため、間取り自体は問題なかったのだが、テーブルや椅子はもちろんのこと持ち運び可能な家具は全て撤去されており、最初から全て購入しなければならないといった有り様であった。
それでも、定期的に手入れされているのかほこりなどはなく、ただただ家具が何もないといった入居前の備え付けの家具が何もない状態のマンション部屋と化していた。
「あのー。これって……」
「申し訳ありません。この家の建っている場所がちょうど貴族街とスラム街の間でございまして、空き家となってしばらく経った頃スラムの住人が盗みに入るという事件があったのです。そこで持ち運び可能なものは全て撤去し、近くの貴族の警護の方々に見回りを依頼している形を取っているのですよ。そのお陰で盗みに入られることはなくなったのですが、盗みに入られた家を借りたいという人は少なくて……」
(この女、盗みに入られた家だなんて一言も言ってなかったじゃないか! あたしを騙したな……)
女性の巧みな言葉に騙されたことをこの場で知った姫だったが、自分の条件に当て嵌る物件がここしかなかったというのも事実であるため、顔には出さず各部屋を見て回った。
もう既に契約は済ませているため、今から解約したとしても違約金という形で支払った家賃が全額返ってくることはないことを契約書を読んていた姫は理解していた。訳ありとはいえ人が亡くなったなどという類のものではないし、十五万ゼノという格安でキッチンと風呂付きという優良物件はこれ以上ない。妥協するという訳ではないが、ここしかないということで姫は無理矢理自分を納得させた。
しかしながら、この女性が姫に肝心なことを説明しなかったのは事実であり、それは彼女の過失でもあった。よって姫はその責任を問うため、一度彼女と共に商業ギルドへと戻ることにしたのだ。
(このあたしを怒らせるとどうなるか、思い知らせてやらなくちゃねぇー。フフフフフフフ……)
姫の中にあるどす黒い何かを垣間見た瞬間であった。
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