22 / 37
閑話「闇夜に光る怪しき眼光」
しおりを挟む夜の帳が下り、街全体が暗闇に包まれて幾ばくの時が経過した頃、それは音もなく忍び寄ってきた。
人々が寝静まり、起きている者はほぼ皆無といっていい夜の街を一筋の影が横切る。その正体を視認できた人間はおらず、まるで自分が夜の支配者とばかりに街を電光石火の如く疾走する。
その正体がモンスターなのか、それとも人間なのかはっきりしないが、その動きは何か目的があっての行動だということは理解できる。
背景を置き去りにするほどのスピードでそれが向かった先は、とある一軒の家であった。
「……」
先ほどまでの素早い動きが嘘のように鳴りを潜め、ただ家の様子を窺う様に暗闇に二つの眼光が光り輝く。しばらくそうしていたそれは、痺れを切らしたのかはたまたその家の住人に気付かれていないことを確認できたのかのどちらなのかは定かではないが、徐々に家に近づいていく。
そして、勝手知ったる場所なのかなんの躊躇もなく家へと侵入することに成功したそれは、ひとまず台所へと向かった。
木造の家だというにも関わらず軋む音一つ立てず移動する様子は、その行動が初めてではないということを如実に物語っている。
台所に到着すると、それは何かを物色し始める。そして、ここでようやくそれの正体が露見するような出来事が起こる。
「……あったニャ」
誰の耳にも届かない独り言を、それが発した。少なくとも獰猛なモンスターではないことは、今の言動で見て取れる。かといって、その家の住人にとってモンスターだろうが人間だろうが、自分のテリトリーを侵す不届き者であることに変わりはない。
目的のものを見つけると、その者はそれを手に取りしげしげと観察する。その時、偶然にも窓の隙間から月明かりが差し込み、その手元が照らされる。そこに照らされたものはというと、一つのパンだった。
台所を物色するということは、その者が空腹で何か食べるものを探しているということなのだが、どうやら目的のものを見つけ出すことに成功したらしい。
もはや我慢の限界とばかりに、さっそくパンに齧りつく。程よい抵抗感を歯に与えながら口の中でゆっくりと味わう。いつも口にしている黒パンとはまるで別物であるそれの存在をその者が知ったのはつい最近のことで、今ではこうして定期的にこの家にやってくるようになった。
もう何度目となるのかわからない白いパンの味はいくら食べても飽きることなく、寧ろその美味さが増しているような気さえするようだ。黒パンとはまったく異なる甘さと旨味のあるそれは、今までその者が味わったことがない初めてのご馳走であった。
まるで何か得体の知れないものに憑りつかれているのではないかと思わせるほどに、その者は白いパンに夢中だった。
そして、本日一つ目の白いパンを食べきると、間髪入れず二つ目を手に取り食事を再開する。そのあまりの美味さに、全てのパンに手を付けてしまいたくなる衝動を、その者はすんでのところで抑えることに成功する。
その者は、過去の経験から知っていた。今ここにあるパンを全て食べてしまえば、その者の腹は満たされるだろう。しかし、それを実行すれば家の住人に何者かが家に侵入していることが露見する可能性が高くなる。
だからこそ、住人が気付かない程度のぎりぎりの量を見極め、パンを食べる必要があるのだ。
(うーむ、今日はこれくらいにしておかないと……でも、もっと食べたいニャ)
食欲と自制の狭間で行ったり来たりを繰り返し、最終的に自制が僅かに軍配を上げた。とうに食べ終わったパンの余韻に浸りながら、お土産と称して三つ目パンを手に取る。
パンの入った容器に視線を向けながら後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、その者は家をあとにした。
夜が明けた翌日、朝の身支度の済んだ住人は昨日作っておいたパンの入った容器を手に取ったのだが、心なしか昨日見た時よりも数が少なくなっているような気がした。
「おかしいな。昨日はもっとあったような気がするんだけど。まさか、寝てる間に無意識に食べちゃったとか?」
などと独り言を口にしていたが、夜の侵入者の思惑通り減った数が少ないため、住人は自分の記憶違いということで結論付けてしまったのである。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
二日後、その者は再び家へとやってきた。目的は言わずもがな、美味なるパンである。
いつものように手早く家の中に侵入し、台所へと直行する。もともと夜目の効くその者は、照明用の蝋燭一つない暗闇の中でも難なく動くことが可能だ。
台所に到着し、いつもパンが入った容器が置いてあるであろう場所を物色し始める。そして、念願のパンを見つけると今日もその美味なるパンを貪り食う。
一つ二つとソフトボール大ほどもあるパンをペロリと平らげたその者だったが、慢性的な空腹に悩まされているその者にとってはとてもではないが足りなかった。
だからといって、己の空腹を満たすためにそこにあるパンを全て食べてしまえば、家の住人に自分の存在を知らせるようなものだ。
(他に何かないかニャ)
パンがダメならばと、他の食べ物がないかさらに物色し始める。これほど美味なるものがある家ならば、他にも食べ物があるに違いないと踏んだからだ。
物音を立てないよう慎重に探していると、棚の中に瓶に入った何かを三本ほど発見する。瓶の中には果物らしきものが入っており、それが何かの液体に浸かっているという見たことのないものだった。
しかしながら、台所に置いてあるということもあり、その者はそれが食べ物であると判断してしまった。
その者がそれを食べ物と判断してしまった要因の一つに、甘い香りが漂っていたからという理由もあったことを付け加えておく。
(これは、ここでは開けられないからお土産にするかニャ)
それから、いつものお土産のパンを一つ掴み取り、片方の手に瓶を持ってその者は家をあとにしたのであった。
当然の話だが、その者が持ち帰った瓶というのはパンと作るために必要なパン種の元となる酵母菌の入った瓶のことである。
それを持ち帰り口にしたその者は、腹を壊して数日間寝込むことになるのだがそれはまた別の話である。
そして、その者にとっての失敗はその瓶を盗んだことにより腹を壊したことではなく、その家の住人に誰かが自分の家に出入りしているのを気付かれてしまったことだろう。
その者の体調が回復し、再び家に侵入しようとした頃には既に新たな住人がもう一人増えていた。そのことに気付いたその者は、その家に侵入することを諦めようかとも考えたが、あの美味なるパンを二度と味わうことができないということと捕まるリスクを天秤に掛けた時、どちらに傾くのかは火を見るよりも明らかである。
それほどまでに人の欲望、取り分け食欲というのはなかなか抑制できないものなのである。そして、人は一度贅沢を覚えてしまうと元の生活には戻ることはできない欲深い生き物だ。
(今は様子を見た方がいいかニャ)
こうして、家の住人が作ったパンを巡り、その者が再びその家に侵入するのはもう少し先の話である。
11
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました
mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。
なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。
不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇
感想、ご指摘もありがとうございます。
なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。
読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。
お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる