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第一章 冒険者から始まる二度目の人生

9話「街を散策していたら、いろいろな情報を得られたんだが!?」

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 時は少し遡り、市之丞が盗賊から救った女の子を置いて街を目指していた頃、彼女は未だに自身が助かったという状況を飲み込めずにいた。彼女の名はアリス、何の変哲もないどこにでもある田舎の村から仕事を求めて街へと向かっていた十六歳の女の子だ。


 村に定期的にやってくる商人の馬車に乗せてもらい、街へと向かっている最中盗賊に襲われ、貞操を奪われそうになったところをたまたま通りかかった市之丞に助けられたのだ。しばらく呆然としていたアリスがぽつりと呟く。


「結局、教えてもらえませんでした……名前」


 市之丞がアリスのもとから去っていく際、名前を聞いたが最後まで市之丞は自分の名を教えずに去ってしまった。これでは次会った時のお礼ができないと内心でがっかりしたアリスだったが、その考えから引きずり降ろされるようにどこからともなく男の呻き声が聞こえてくる。


(ま、まさか、まだ他に盗賊が!?)


 呻き声の聞こえた場所に行ってみたところ、呻き声を上げていた声の主はアリスの故郷の村に出入りしている商人であるゴルドのものだった。慌てて駆け寄って様子を窺ってみたが、どうやらただ呻き声を上げただけだったようでどこにも異常は見られない。


「あれ? でもゴルドさんって、確か盗賊に斬られたはずじゃ……」


 確かにこのゴルドという商人は、襲ってきた盗賊に致命傷となる怪我を負わされ気を失っていたのだが、市之丞の【ヒール】によって九死に一生を得ていたのだ。では、なぜアリスが訝しげな表情を浮かべているのかというと、実はアリスは市之丞が治癒魔法でゴルドを治療した瞬間を見ていないのだ。


 というのも、ゴルドが気を失って倒れていた場所はちょうどアリスから見て死角となる馬車を挟んだ反対側の場所であったため、市之丞が彼に治癒魔法を使った瞬間を見ていない。加えて、盗賊に貞操を奪われそうになったところを寸でのところで市之丞に救われたため、周りの状況を確認するよりも安心してしまい、呆然となっていたことも要因となっていた。


「よかった、ゴルドさんが無事で……あ、やだあたしったら、いつまでもこんなはしたない格好なんてしていられないわ」


 今のアリスは盗賊に破り捨てられてしまった服の代わりに一枚の布切れを体に巻き付けているだけの格好をしている。薄い布切れ一枚に包まれた妖艶な肉体は男であれば誰もが欲情してしまうほどの魅力を持っていたが、その姿を見ることができた男は市之丞ただ一人であった。


 田舎の村から持ってきた荷物の中から替えの服を取り出しそれに着替えると、ゴルドの体を揺すって彼を起こし始めた。ほどなくして彼女の声に反応したゴルドが目を覚ます。


「こ、ここは……」

「あ、ゴルドさん、気が付きましたか? よかったぁ~」


 ゴルドが意識を取り戻したことでアリスは安堵のため息を吐く。その後アリスは彼に事の顛末を伝えると、気絶していた盗賊たちを縄で縛り馬車に詰め込んだ。


「というわけなんですけど、あたしが名前を聞いても教えてもらえませんでした」

「きっとこれ以上面倒事に首を突っ込みたくなかったのでしょうね。私たちにとっては、受けた恩を返すことができないので心苦しい限りではありますが……」

「でも、顔はばっちり覚えていますので、街で会えれば絶対分かりますよ」


 そう言いながら、文字通り大きな胸をこれでもかとアリスは張った。形のいい彼女の胸に一瞬目を奪われそうになるゴルドだったが、自分が妻子持ちだということを自覚しているため慌てて視線を逸らしながら彼女の言葉に反応した。


「それでは、その方を見つけたら必ず【テレンス商会】に連れてきてもらってもいいですか? このまま恩を返さないままでは商人として名折れとなってしまいますので」

「はい、任せてください。必ず見つけ出しますから!」


 こうして、市之丞の預かり知らぬところで追跡の魔の手が迫ってくることになってしまった。ちなみに市之丞が昏倒させた盗賊たちは、ゴルドが街の衛兵へと身柄を引き渡したあと、相応の処罰が下された。ある者は処刑されある者は犯罪奴隷として長きに渡って強制労働を強いられることとなった。盗賊の身柄を引き渡したゴルドには褒賞として小金貨一枚が支払われたが、盗賊たちを倒したのは命の恩人である市之丞であるため、衛兵から貰った褒賞はゴルドが一時的に預かることとなった。






 宿の部屋のベッドに腰を掛けたままぼーっとしてから三十分程が経過した。このままずっとこの状態でも俺としては何も問題なかったが、この状況を見ている人間がいたのであれば間違いなく「なんかやれ」と怒られそうなので、とりあえず宿の食堂へと向かうことにした。


 ちなみにこの宿の名前は【黄色い仔馬亭】というらしく、話を聞いてみたところそれなりに人気のある宿ということがわかった。黄色い仔馬亭の食堂に向かうと、時間帯が昼飯時とあって多少混雑していた。ちょうど腹も減っていたところだったので、空いているテーブルに座りウエイトレスの女性に注文する。ちなみにこの宿は忙しい時間帯に限り食堂の給仕として人を雇っているとのことだった。しばらくして注文した料理が出来上がりテーブルへと並べられる。


「ふむふむ、なかなかに美味そうじゃないか」


 こういったシチュエーションの場合、異世界物の小説を参考にするのなら料理があまり美味くないのが相場だが、見た限りではそれほど悪い印象はなさそうだ。日本人らしく合掌し「いたたきます」とつぶやくと早速食事を開始する。今回注文した料理はこの宿定番のランチメニューで黒パン・サラダ・スープ・肉料理という極々平均的なものだ。味としてはそれほど悪くはなくどちらかといえば美味い部類に入るのだが、それでも元の世界の料理と比べるとお察しである。


「まあ、不味くはないし食べられるけど、こういう時ってつくづく地球の文明力の高さを思い知らされるよ」


 などと言いながらも、きっちりと出された料理を平らげしばし食事の余韻に浸る。周囲の客ががやがやと賑やかに食事をするのをBGMとして聞いていると様々な話が聞こえてくる。それを軽く聞きながら、しばらくしてウエイトレスの女性にちょっとしたチップを払いつつ宿を後にした。


「さて、まずは情報収集が基本だな」


 この街に来てまだ情報らしい情報を入手していないため、街の散策も兼ねて大通りに向かって歩き出す。相も変わらず多種多様の人が行き交う中、出店を見て回る。出店は主に軽食を提供するタイプのものばかりだったが、たまにそれ以外のものもちらほらとあったので、世間話がてら店の人間から情報を収集していく。


 出店の人たちの話を聞きいくつか分かったことがある。今いるこの場所は五つの広大な大陸の一つ【ファスタード大陸】にある【ベルトナ王国】南東部に位置する【フォーレス】という街だということがわかった。


 次に時間の流れについてだが、一日の時間は地球と同じく二十四時間で曜日の概念もあり月の日、火の日、水の日、木の日、雷の日、土の日、太陽の日で七日周期となっており、休日は地球と同じで日曜日に相当する太陽の日に休むことが多いらしい。さらに一か月は三十日、それが十二か月で一年となるのでこちらの一年は三百六十日となる。


 それから、街の中をしばらく歩いて回りどこに何があるのか大体の場所を把握していく。この街の規模はそれなりで、全てを把握する頃には陽が傾き始めていた。


「そろそろ、宿に戻るか」


 今日は一日中街の散策に費やしたが、これで次からはどこになにがあるのかわかったので決して無駄に終わっていないと信じたい。街の全体像を把握しながら散策していたお陰か、散策の途中で【マッピング】という新しいスキルを獲得した。説明によればRPGによくあるマップが表示されるスキルらしく、冒険者ギルドなどの各施設の場所の正確な位置がわかるらしい。


「これで迷子になる心配はなくなったな」


 このスキルを手に入れることができただけでも、今日一日街を歩いた甲斐はあったと内心で喜びながら俺は宿に戻り今日の活動を終了した。夕飯を食堂で食べたあと、受付にいた中年女性にお願いして体を清めるためのお湯を用意してもらった。予想していたことだが、この世界ではお風呂という文化は王侯貴族や大商人しか馴染みがなく、一般的にはタライに張ったお湯を使って布で体を拭く程度が精々らしい。元日本人としては毎日とはいかなくとも、三日に一回は風呂に入りたいものだ。
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