六つの剣の物語

山本桐生

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知らない世界と回る世界

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  初めての出会いは幼稚園の時。
  今思えば、その頃からずっと彼女の事が好きだった。
  幼稚園、小学校、中学校、高校、接すれば接する程に、その想いは強く積み重なる。
  だから俺は言いたい。
  本気で『好き』だって。
  そして彼女には答えて欲しい。俺の事を『好き』だって。
  だから告白しよう。
  膨大なエネルギーと覚悟と勇気を溜めた、今、この学校の帰り道。
  この俺、藤倉暁の大勝負!!

 「うん……私も。私も暁くんが好き」

  そして待ち望んでいた彼女、高崎遥の返事と共に世界が光に包まれた。

★★★

 それが体感的にはほんの数時間前。
  つまり体感的には遥から告白の返事を貰った数時間後の今現在。
 「やっぱり新手のコスプレイヤー?」
  目の前に広がる木々、その木々の間から姿を見せる異形の怪物たち。
  豚とも猪とも言える獣面。それが二本足で立っている。人間を大きく上回る巨大な体躯には鈍い光を放つ薄汚れた甲冑。体毛に包まれた丸太のように太い腕には巨大な斧が手に持たれていた。
  それは戦斧だけで人一人を覆い隠せる程に巨大。
  俺の中の漫画やファンタジー小説の知識から言うと、オーク……何だろうか、あれは。
  そんな怪物が目の前に数十人、いや匹と言うべきか、とにかく群れとなり、俺の目の前に現れる。
 「見た事ない?」
  そう俺に問い掛けた彼女が、さっき出会ったばかりのフレイさん。
  フレイ・フルランス。
  闇に溶け込むような黒い衣装。しかしその髪は闇の中で輝くような白。右目と左頬には文字とも模様とも言えない小さな入れ墨。
  目の前の怪物を前にしても、彼女のその涼しげな目元は変わらない。
 「さっき同じの見ましたけど……俺の住んでるトコにはあんなの居ないです」
 「こっちの世界では珍しい奴らじゃないけど……この数は異常ね」
 「……い、嫌な予感がする……」
 「はい、正解。このままだと殺されちゃうわよ」
  フレイさんはニコッと微笑み、そう答えた。
 「何でこんな事に!!?」
  ワケが分からないうちに生命の危機。
  このままだとあの怪物達に殺されるというのか。確かにこっちの命を奪う気満々に見えるし……
「心配しないで。私たちが先に倒しちゃえば良いのよ」
 「『たち』!!?」
  既に俺が数に入ってるぅ!!?」
  俺たち二人であの怪物と戦う。勝てば生き残り、負ければ死ぬ。話し合いは通じない。そういう事。
 「ふふっ、期待しているよ、男の子」
  そう言ってフレイさんは笑う。
  そして次の瞬間には駆け出していた。駆け出しながらフレイさんは背負われた一振りの剣を引き抜く。
  それは黒い両刃の刀身。
  走った勢いのまま、剣を突き出し、体を預けるように怪物の胸へと飛び込んだ。
  怪物の胸部を黒い刀身が突き刺さる。
  そして鋭くフッと息を吐き、刀身を背負い投げの要領で斬り上げる。
  怪物は仰け反り、そして絶命する。
 「おお、凄っ!!フレイさん強いじゃん!!」
  まるでSF映画のワンシーンを見ているよう……だけど喜んでいる場合じゃない。
  怪物は一匹だけではないのだ。

  それでもフレイさんの強さは圧倒的。
  その動きに怪物は全く付いていけない。繰り出される黒剣は怪物の甲冑など無いも同然にその体を斬り裂いていく。
 「うわぁ、メチャクチャ強い」
  自分に何か出来る事があるのだろうか。そう考えてはみるが結論は『無い』である。
  普通に考えて俺がここで何か行動を取っても、それはフレイさんにとっては邪魔になる……と思う。
  でも……
 怪物から繰り出される戦斧の、槍の、棍棒の一撃。フレイさんは避けて、いなし、一振りで斬り伏せる。
  しかし怪物は次から次へと現れ、フレイさんへと襲い掛かった。まさに物量で押す、押す、押す。
  絶え間ない、いつ尽きるとも分からない怪物たち。
  少し遠目からでも分かった。
 「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
  フレイさんの呼吸が少し荒い。
  このままではフレイさんの体力が尽きる。そうなればどうなるか……
 その時に脳裏を過ぎるのはフレイさんの言葉。
 『期待しているよ』
  冗談。
  俺に何を期待してんのよ?
  俺に何が出来るってんだ?
  しいて出来るなら逃げる事だけか?
  今だったら逃げられる。怪物はフレイさんに集中しているんだから。
  一度深呼吸をして。
  よし、逃げよう。自分の命が大事、生きていてこそ。
  ……
 倒れた怪物が持っていた武器、その中で比較的に小さめな戦斧を手に取った。それでも斧は俺の上半身程度の大きさがあり、持つのもやっと。
 「お、重い……けど、やっぱり……」
  ……逃げられん!!
  ここで逃げたら、この先、一人の男としてどこにも進めないような気がする。ここで逃げるわけにはいかない……とか、どうでも良くて、とにかくフレイさん美人だしな!!
  何か後でご褒美があるかも知れない!!
  そして俺は駆け出した。
  ヨタヨタと。
 「フレイさん!!」
 「アキラ……」
 「助けに来ました!!」
 「……助かるわ」
  そう答えてフレイさんは微笑んだ……ような気もするが、俺にそれを確認する程の余裕は無い。
 「ガァァァァァァッ」
  奇声と共に怪物が俺に向けて武器を振るう。
 「ひゃぁぁぁぁぁっ、とうっ!!」
  俺は怪物の攻撃を華麗に避けると、手に持つ戦斧を振るう。
  スカッ
 空振った。
 「ガァァァァァァッ」
  再び奇声と共に怪物が俺に向けて武器を振るう。
 「ひゃぁぁぁぁぁっ、とうっ!!」
  再び俺は怪物の攻撃を華麗に避けると、手に持つ戦斧を振るう。
  スカッ
 再び空振った。

 「ガァァァァァァッ」
 「ひゃぁぁぁぁぁっ、とうっ!!」
  スカッ

「ガァァァァァァッ」
 「ひゃぁぁぁぁぁっ、とうっ!!」
  スカッ

「ガァァァァァァッ」
 「ひゃぁぁぁぁぁっ、とうっ!!」
  スカッ

 怪物の攻撃も当たらないが、俺の攻撃も当たらない。
  俺、もしかして役に立ってない?
  俺は役に立っていない所か……

 ガギンッ

 頭上で鈍い金属音。
 「フ、フレイさん、ありがとうございます!!」
  俺の頭を潰そうを振り下ろされた怪物の棍棒、それをフレイさんの黒剣が受け止めていたのだ。
 「アキラ、早く!!」
  今、目の前には無防備な怪物の胴体。
  今、持っているこの戦斧を横に薙げば……
「アキラ!!」
 「うぐっ……」
  動けなかった。
  フレイさんは棍棒を弾くと、俺を抱えるようにして後ろへと飛び退く。
 「すいません、俺……」
 「怖いのはしょうがないわ。こういうの初めてなんでしょう?」
  優しく微笑む。
  そのフレイさんの顔を俺は見られない。自分が情けない。
  助けるためにここに来たのに、結局は何も出来ないのか……
「怖いのもそうだけど……生きているモノを殺すのが……」
  牛肉食っても、牛は殺せない……それに似た感覚。
  俺は自分が目の前の命を絶つのがイヤなのだ。
 「私は殺すわ。まだ死にたくないもの」
  そう言ってフレイさんは怪物たちに視線を向けた。

  フレイさんは黒剣を振るう。
  怪物の首が跳ね飛ぶ。
  怪物の死体の山が積み上がる。
  しかし徐々にだが、怪物の攻撃がフレイさんの体を掠める回数が増えてくる。
  やがて……圧倒的な怪物の数に……
「っ!!」
  フレイさんが突き刺した黒剣の一撃。
  しかしそれは一撃で怪物を絶命させるものではなかった。
  次の瞬間。怪物が手に持つ棍棒を振り抜いた。
  一瞬だけ早く抜き戻した黒剣でその一撃を受け止めるのだが、フレイさんの体はそのまま弾き飛ばされる。
  しかし弾き飛ばされつつも、体勢を整え黒剣を構えて着地する。そして一言。
 「まったく……この数、嫌になるわね」
  今の一撃は防げた。しかし次は……いつかはフレイさんの体力も尽きる。その時に俺はどうする?
  逃げる?逃げ切れるか?
  分かっている。もうやるしかない。
  このままじゃ俺もフレイさんも死ぬしかない。だったら生きるためには。そうだ。
  あの怪物を倒すしかないんだ。
  だから動け。
  動け、俺!!

  突進していた。
 「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
  無我夢中だった。
  ドスッ!!
  俺は戦斧を怪物の腹に打ち込む。
  不快な肉を斬る感触。
  しかしそれは怪物への致命傷にはならない。
 「グギャァァァァァッ!!」
  狂ったように振り回された怪物の腕。
  あ、ダメだ。
  避けられない。次の瞬間。
  衝撃と共に、世界がグルグルと回転していた。
  そして目の前が闇に閉ざされる。
  遠くから声だけが聞こえていた。それはフレイさんの声。
  やがてその声も闇の中に消えていくのだった。
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