49 / 62
五章
49 道標
しおりを挟む
遺跡の奥は神聖な気配で満ちていた。よほどのことがない限り、魔物がここまで入り込んでくることはないだろう。
周囲は静かで、シグファリスの息遣いがはっきりと感じられる。それに、僕の呻き声も。
「あ……うっ、んぅ……」
悪魔である僕はこの場では力が抜けてしまって、抵抗もできずシグファリスにされるがままになっていた。
石床の上に毛布を敷いただけの簡易的な寝床に横たわり、体格の大きなシグファリスに背後から抱きすくめられて、魔素を惜しみなく注がれている。
「や、ぁ……もう、やめろ……これ以上、入らない、から……あぁ……っ!」
魔素の供給方法として、血は嫌だ、もう飽きたと散々わがままを言った。だからと言って、この方法もこれはこれで苦しい。圧迫感に喘ぎ、もがいてみるが、シグファリスの逞しい腕の中から逃れられない。
「あんまり動くな、じっとしてろ」
「んっ、うぅ……!」
ちゅっ、と音を立てて、折れた角に口づけされる。それだけで全身に鳥肌が立つ。断面を舐められると、どれだけ耐えようとしても体が勝手にびくりと跳ねた。
魔素を補給する方法は、血以外の体液でもいい。だからといって、唾液を、魔素を収集する器官である角に直接塗り込める手段なんて、僕には思いつかなかった。
これならシグファリスは傷を作らずに済む。だが、唾液には血液ほど魔素が含まれていない。血を与えられていたときのように意識が飛ぶことはないが、じっくりと時間をかけて少量ずつ与えられ、継続的に弱い刺激に晒され続けている。下手に意識がある分、浅ましく悶える姿を見られているのが恥ずかしい。
「んうぅ……」
「くっそ、甘えた声を出しやがって……めちゃくちゃにしてやりたくなる……」
これ以上めちゃくちゃにされてはかなわない。体の中でシグファリスの魔素が暴れ回って甘苦しい。気持ち良すぎて辛い。口に手を当てていても、どうしても声を抑えきれない。
じわじわと魔素を注がれ続け、体がはち切れそうだ。背中にシグファリスの熱を感じる。死体とそう変わらない僕の体が温まっていく。人間だった時のように。
「――……っ!」
限界まで魔素を注がれて、声すら出せなくなる。ぐったりと横たわる僕からシグファリスが離れていく。
「…………水浴びをしてくる」
動けなくなった僕に声をかけてから、シグファリスは遺跡の外へ出ていった。
ひとりになっても、体の中にシグファリスを感じる。注がれた魔素が身体中を循環して、温かい。それでも徐々に体の熱は冷めていく。
無駄なのだ。こんなことをしても人間には戻れない。
魔術の理論を必死で学び、少ない魔素をいかに効率よく使うか研究し倒した僕とは違って、シグファリスはあふれんばかりの魔素を持て余している。理論を知らなくても魔術を使えるし、魔術の発動に魔法陣すら必要としない。感覚と力技でなんとかしてしまう。だからこそ「とにかく俺の魔素を大量に流し込めば悪魔の力を押し出せるのでは?」という荒唐無稽な案を思いつけるのだ。
そんなことで悪魔が人間になれるはずがない。人間が大量の鶏肉を食べたところで鶏になれるわけではないのと同じだ。
何度もそう説明しているのだが、シグファリスは納得がいかない様子でそっぽを向き、毎日せっせと僕に魔素を注ぎ込んでいる。
「……無駄、なのに」
毛布を握りしめて顔をうずめる。
僕の人間としての肉体はすでに死んでいる。この世界に蘇生魔法は存在しない。奇跡でも起きない限り、ありえない。
――もし仮に奇跡が起きて、僕が人間に戻れたとしたら。
そこまで考えて、僕はふるふると首を振った。
シグファリスがどういうつもりで僕を人間に戻そうとしているのかはわからないが、いまさら僕が人間に戻れたとして、僕が魔王になってしまったせいで死んだ人たちは生き返らない。
このまま魔王として処刑されるべきなのだ。魔王アリスティドのせいで命を落とした人々のためにも、苦しみを与えられた人々のためにも。
シグファリスの仲間たちは、今頃僕たちを追っているはずだ。
彼らはそれぞれ魔王アリスティドに辛酸を舐めさせられている。愛する人を無惨に殺され、国を滅ぼされて。深く恨んでいる。
この遺跡に辿り着くまでのシグファリスの様子からして、彼らに相談して出奔したとは思えない。きっと今頃、魔王アリスティドと共に消えたシグファリスを追っているに違いない。
この遺跡にたどり着いて既に三日。彼らもすぐにここへやって来るだろう。
旅路の途中、僕は定期的に魔術を行使してシグファリスを攻撃しようと試みていた。その度に間封じの首輪が発動し、苦痛と共に魔術の行使を阻害されていた。痛みで悶絶する僕に、シグファリスは「何度やっても無駄だ、いい加減に諦めろ」と呆れていた。魔王としてただシグファリスにされるがままでは不自然なのであえて抵抗を見せていたのだが、最大の理由は、シグファリスの仲間たちに道標を残すためだ。
魔術が発動しなくても、魔封じの首輪が作動することで魔術痕――魔術を使った跡が残る。シグファリスは魔術痕に気づく気配はなかったが、この首輪を作ったジュリアンなら察しがつくはずだ。
「彼らは、どう思っているかな……」
シグファリスが裏切って、魔王アリスティドを逃がそうとしている――状況的にそう思われても仕方がない。僕を人間に戻そうという試み自体が、すでに裏切りといえる。
それに、今のシグファリスからはまったく殺意を感じられない。
両親を殺され、恋人だった聖女エステルをあんなにも無惨に殺されて、あれほど執拗に追い詰められたというのに。
何もかも奪った僕を、許そうとしている。
――根は優しい子だから。僕が魔王としての態度を貫き通せず、隙を見せてしまったせいで、同情を誘ってしまったのかもしれない。
よくよく思い返せば、シグファリスが虜囚となった僕を甚振ったのは最初だけ。それ以降は過剰に暴力を振るわれることもなかった。
もし、シグファリスが僕を許そうとしているのなら。その行為は必ず仲間たちとの不和を招くことになる。
これまでの過酷な戦いで荒みきった精神を癒やし、平和を取り戻した世界で幸福に生きていくためには、仲間たちとの絆が必要不可欠だというのに。
――僕がシグファリスの手で死に、復讐を果たすこと。それがシグファリスのためになるのだと思っていた。
だが、シグファリスにその意思がないのだとしたら。
僕は覚悟を決めなければならない。
周囲は静かで、シグファリスの息遣いがはっきりと感じられる。それに、僕の呻き声も。
「あ……うっ、んぅ……」
悪魔である僕はこの場では力が抜けてしまって、抵抗もできずシグファリスにされるがままになっていた。
石床の上に毛布を敷いただけの簡易的な寝床に横たわり、体格の大きなシグファリスに背後から抱きすくめられて、魔素を惜しみなく注がれている。
「や、ぁ……もう、やめろ……これ以上、入らない、から……あぁ……っ!」
魔素の供給方法として、血は嫌だ、もう飽きたと散々わがままを言った。だからと言って、この方法もこれはこれで苦しい。圧迫感に喘ぎ、もがいてみるが、シグファリスの逞しい腕の中から逃れられない。
「あんまり動くな、じっとしてろ」
「んっ、うぅ……!」
ちゅっ、と音を立てて、折れた角に口づけされる。それだけで全身に鳥肌が立つ。断面を舐められると、どれだけ耐えようとしても体が勝手にびくりと跳ねた。
魔素を補給する方法は、血以外の体液でもいい。だからといって、唾液を、魔素を収集する器官である角に直接塗り込める手段なんて、僕には思いつかなかった。
これならシグファリスは傷を作らずに済む。だが、唾液には血液ほど魔素が含まれていない。血を与えられていたときのように意識が飛ぶことはないが、じっくりと時間をかけて少量ずつ与えられ、継続的に弱い刺激に晒され続けている。下手に意識がある分、浅ましく悶える姿を見られているのが恥ずかしい。
「んうぅ……」
「くっそ、甘えた声を出しやがって……めちゃくちゃにしてやりたくなる……」
これ以上めちゃくちゃにされてはかなわない。体の中でシグファリスの魔素が暴れ回って甘苦しい。気持ち良すぎて辛い。口に手を当てていても、どうしても声を抑えきれない。
じわじわと魔素を注がれ続け、体がはち切れそうだ。背中にシグファリスの熱を感じる。死体とそう変わらない僕の体が温まっていく。人間だった時のように。
「――……っ!」
限界まで魔素を注がれて、声すら出せなくなる。ぐったりと横たわる僕からシグファリスが離れていく。
「…………水浴びをしてくる」
動けなくなった僕に声をかけてから、シグファリスは遺跡の外へ出ていった。
ひとりになっても、体の中にシグファリスを感じる。注がれた魔素が身体中を循環して、温かい。それでも徐々に体の熱は冷めていく。
無駄なのだ。こんなことをしても人間には戻れない。
魔術の理論を必死で学び、少ない魔素をいかに効率よく使うか研究し倒した僕とは違って、シグファリスはあふれんばかりの魔素を持て余している。理論を知らなくても魔術を使えるし、魔術の発動に魔法陣すら必要としない。感覚と力技でなんとかしてしまう。だからこそ「とにかく俺の魔素を大量に流し込めば悪魔の力を押し出せるのでは?」という荒唐無稽な案を思いつけるのだ。
そんなことで悪魔が人間になれるはずがない。人間が大量の鶏肉を食べたところで鶏になれるわけではないのと同じだ。
何度もそう説明しているのだが、シグファリスは納得がいかない様子でそっぽを向き、毎日せっせと僕に魔素を注ぎ込んでいる。
「……無駄、なのに」
毛布を握りしめて顔をうずめる。
僕の人間としての肉体はすでに死んでいる。この世界に蘇生魔法は存在しない。奇跡でも起きない限り、ありえない。
――もし仮に奇跡が起きて、僕が人間に戻れたとしたら。
そこまで考えて、僕はふるふると首を振った。
シグファリスがどういうつもりで僕を人間に戻そうとしているのかはわからないが、いまさら僕が人間に戻れたとして、僕が魔王になってしまったせいで死んだ人たちは生き返らない。
このまま魔王として処刑されるべきなのだ。魔王アリスティドのせいで命を落とした人々のためにも、苦しみを与えられた人々のためにも。
シグファリスの仲間たちは、今頃僕たちを追っているはずだ。
彼らはそれぞれ魔王アリスティドに辛酸を舐めさせられている。愛する人を無惨に殺され、国を滅ぼされて。深く恨んでいる。
この遺跡に辿り着くまでのシグファリスの様子からして、彼らに相談して出奔したとは思えない。きっと今頃、魔王アリスティドと共に消えたシグファリスを追っているに違いない。
この遺跡にたどり着いて既に三日。彼らもすぐにここへやって来るだろう。
旅路の途中、僕は定期的に魔術を行使してシグファリスを攻撃しようと試みていた。その度に間封じの首輪が発動し、苦痛と共に魔術の行使を阻害されていた。痛みで悶絶する僕に、シグファリスは「何度やっても無駄だ、いい加減に諦めろ」と呆れていた。魔王としてただシグファリスにされるがままでは不自然なのであえて抵抗を見せていたのだが、最大の理由は、シグファリスの仲間たちに道標を残すためだ。
魔術が発動しなくても、魔封じの首輪が作動することで魔術痕――魔術を使った跡が残る。シグファリスは魔術痕に気づく気配はなかったが、この首輪を作ったジュリアンなら察しがつくはずだ。
「彼らは、どう思っているかな……」
シグファリスが裏切って、魔王アリスティドを逃がそうとしている――状況的にそう思われても仕方がない。僕を人間に戻そうという試み自体が、すでに裏切りといえる。
それに、今のシグファリスからはまったく殺意を感じられない。
両親を殺され、恋人だった聖女エステルをあんなにも無惨に殺されて、あれほど執拗に追い詰められたというのに。
何もかも奪った僕を、許そうとしている。
――根は優しい子だから。僕が魔王としての態度を貫き通せず、隙を見せてしまったせいで、同情を誘ってしまったのかもしれない。
よくよく思い返せば、シグファリスが虜囚となった僕を甚振ったのは最初だけ。それ以降は過剰に暴力を振るわれることもなかった。
もし、シグファリスが僕を許そうとしているのなら。その行為は必ず仲間たちとの不和を招くことになる。
これまでの過酷な戦いで荒みきった精神を癒やし、平和を取り戻した世界で幸福に生きていくためには、仲間たちとの絆が必要不可欠だというのに。
――僕がシグファリスの手で死に、復讐を果たすこと。それがシグファリスのためになるのだと思っていた。
だが、シグファリスにその意思がないのだとしたら。
僕は覚悟を決めなければならない。
129
あなたにおすすめの小説
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。
mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】
別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。
悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!
伊月乃鏡
BL
超覇権BLゲームに転生したのは──ゲーム本編のシナリオライター!?
その場のテンションで酷い死に方をさせていた悪役令息に転生したので、かつての自分を恨みつつ死亡フラグをへし折ることにした主人公。
創造者知識を総動員してどうにか人生を乗り切っていくが、なんだかこれ、ゲーム本編とはズレていってる……?
ヤンデレ攻略対象に成長する弟(兄のことがとても嫌い)を健全に、大切に育てることを目下の目標にして見るも、あれ? 様子がおかしいような……?
女好きの第二王子まで構ってくるようになって、どうしろっていうんだよただの悪役に!
──とにかく、死亡フラグを回避して脱・公爵求む追放! 家から出て自由に旅するんだ!
※
一日三話更新を目指して頑張ります
忙しい時は一話更新になります。ご容赦を……
当てつけで小説を書いてはいけません
雷尾
BL
ガチの兄弟もの(弟×兄)なので、苦手な方はご注意ください。
受け:間神戸 良太(まこうべりょうた)
主人公(兄)
攻め:間神戸 律(まこうべりつ)
主人公の一つ下の弟。傾国のイケメン
悲報、転生したらギャルゲーの主人公だったのに、悪友も一緒に転生してきたせいで開幕即終了のお知らせ
椿谷あずる
BL
平凡な高校生だった俺は、ある日事故で命を落としギャルゲーの世界に主人公としてに転生した――はずだった。薔薇色のハーレムライフを望んだ俺の前に、なぜか一緒に事故に巻き込まれた悪友・野里レンまで転生してきて!?「お前だけハーレムなんて、絶対ズルいだろ?」っておい、俺のハーレム計画はどうなるんだ?ヒロインじゃなく、男とばかりフラグが立ってしまうギャルゲー世界。俺のハーレム計画、開幕十分で即終了のお知らせ……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる