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五章
55 祈り
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「――ふざけるな! なにが神だ、奇跡など、クソ喰らえ!」
神になどもう二度と祈ってやるものか。
シグファリスの死が神の思し召しだというのなら、神の手からシグファリスを奪い取る。世界の理に反しようが構うものか。
――この世界に存在し得なかった蘇生魔法を、今この場で完成させてやる。
「待っていろ、シグファリス。お兄様の力を見せてやる」
ぎゅっと握りしめてから、シグファリスの手を地面に置いて、すぐさま魔法陣を編んでいく。
まずはシグファリスの魂を確保する。これは魔界召喚陣で使われていた魔術式の流用でいい。記憶したままの魔法陣を再現して、霧散する寸前の魂を捕捉する。
次に肉体の再生と維持。既存の回復魔法をアレンジして、心肺蘇生措置を複合させる。心臓マッサージの要領で全身に血を巡らせて、肺に酸素を送り込む。
青ざめていたシグファリスの顔に赤みが差す。呪印はシグファリスの死によって成就し、すでに消滅しているので回復魔法が阻害されることもない。
魂の確保。体の維持。この二つの魔術を同時に行使し続けるだけで、大量の魔素が必要になる。さらに蘇生魔法を発動させるためにはもっと魔素が必要だ。
「くそっ、これも、もう使えないか……」
僕の角から錬成された呪いの双剣は、大気や大地に溢れる魔素を吸収する。だがこの周辺の魔素はディシフェルとの戦いのために使い尽くしてしまっている。触れても魔素を徴収できない。
ならば、この剣そのものを解体して魔素に還元する。それでも足りない分は――この体で補う。
悪魔の体は高濃度の魔素で構成されている。この体をすべて使い切れば、蘇生魔法の行使が可能なはずだ。
二つの魔術を行使しながら、並行して新たな魔法を生成するための試算を行い、未知の魔法陣を編む。ほとんど曲芸だ。逆立ちで綱渡りをしながら足でジャグリングをする方がよほど簡単だろう。だがシグファリスの命を繋ぐためならば道化にだってなってやる。
もしこれが失敗したら、やり直せるだけの魔素は残されていない。絶対に一度で成功させる。
知識。経験。技術。僕が持てるものすべてを注ぎ込んで完成した魔法陣は、奇しくもディシフェルが生み出した魔界召喚陣によく似ていた。複数の魔術式が絡み合い、球体のようになった魔法陣が、シグファリスの真上で輝く。
「くそったれの神め、シグファリスを返せ!」
僕の叫びと共に魔法陣が発光し、蘇生魔法が発動する。
肝要なのは、魂と肉体の経路。計算した通り、確保していたシグファリスの魂が肉体と融合していく。千切れた布を一針ずつ縫い合わせていくように、丁寧に、かつ手早く。
「ぐ……ああああ……っ!」
蘇生魔法を行使すると同時に、僕の体から魔素が削られていく。全身を裂くような鋭い痛みが走るが、この程度で集中を切らせるわけにはいかない。
両手を合わせ、目を閉じ、ひたすらに魔素の流れに気を配る。
今にも意識が飛びそうだった。それでもシグファリスが生き返るまで持てばいい。幸い、僕の魔力とシグファリスの魔力が共鳴している。このわずかな音を頼りに、魂をシグファリスの肉体に導いていく。
だが、後少しというところで、僕の後方に複数の気配が現れた。
「これは――なんて酷い有様だ」
愕然と放たれたその声の主は、おそらくトリスタン。他にも複数の気配を感じる。
周囲はさぞかし酷い状態だろう。高濃度の瘴気が立ち込め、湖は濁り、地面は焼け焦げている。
「あの魔法陣は! 魔王アリスティドか!?」
彼らに現状を説明する暇も、振り返って彼らの姿を確かめる余裕すらない。魔術を発動させる気配を感じても、防御に回せる力がない。
「ぐあ……っ!」
風の刃が僕の背中に降り注ぐ。遠距離なので威力はそこまでないが、接近されて魔核を貫かれたらひとたまりもない。
「今は……近づくな……ッ!」
蘇生魔法を維持したまま、魔術で風を巻き上げて瘴気を集める。浄化するまでは接近できない。
「待て! あれは、シグファリスだ! シグファリスが倒れている……!」
「この悪魔め! シグファリスに何をするつもりだ! シグファリスから離れろ!」
シグファリスの存在に気づいてもらえてよかった。このまま無闇に遠距離攻撃を続けられたらシグファリスにも当たってしまう。
「あの得体の知れない魔術が発動する前に叩かねば!」
「早く浄化を!」
シグファリスの仲間たちが全員集まっているのだろうか。だとしたらこの程度の瘴気、すぐに祓われてしまう。
どうかあと少し。あと少しでいい。時間が欲しい。
――神になど祈りはしなかったが、僕の願いは叶った。
「だめだ! アリスティドに手を出すな!」
咆哮するように叫んだのは、ジュリアンだった。
「はあ!? ジュリアン、何を言って……」
「あれは蘇生魔法だ! 死んだシグファリスを、アリスティドが生き返らせようとしてる……!」
「な――」
他の仲間たちが言葉を失う。
ジュリアンが稼いでくれた時間のおかげで、蘇生魔法は完遂された。魔法陣が眩い光を放つ。
光が収束すると、シグファリスのまぶたがぴくりと動いた。花がほころぶように、まぶたが開く。生気を取り戻した黄金の瞳がそこから覗く。
「……アリス、ティ……ド……にいさま……?」
僕に知覚できたのは、そこまでだった。僕の肉体はすでに灰と化している。魔素を使い尽くした魔核にひびが入り――僕はそれ以上何も感じることはできなかった。
シグファリスに伝えたいことはまだいくつもあったけれど、後悔はない。
僕を信じてくれて、ありがとう。僕も愛している。かわいい弟。僕の光。
やがて五感の全てが閉じる。
魔王アリスティドは、完全にこの世界から消えた。
神になどもう二度と祈ってやるものか。
シグファリスの死が神の思し召しだというのなら、神の手からシグファリスを奪い取る。世界の理に反しようが構うものか。
――この世界に存在し得なかった蘇生魔法を、今この場で完成させてやる。
「待っていろ、シグファリス。お兄様の力を見せてやる」
ぎゅっと握りしめてから、シグファリスの手を地面に置いて、すぐさま魔法陣を編んでいく。
まずはシグファリスの魂を確保する。これは魔界召喚陣で使われていた魔術式の流用でいい。記憶したままの魔法陣を再現して、霧散する寸前の魂を捕捉する。
次に肉体の再生と維持。既存の回復魔法をアレンジして、心肺蘇生措置を複合させる。心臓マッサージの要領で全身に血を巡らせて、肺に酸素を送り込む。
青ざめていたシグファリスの顔に赤みが差す。呪印はシグファリスの死によって成就し、すでに消滅しているので回復魔法が阻害されることもない。
魂の確保。体の維持。この二つの魔術を同時に行使し続けるだけで、大量の魔素が必要になる。さらに蘇生魔法を発動させるためにはもっと魔素が必要だ。
「くそっ、これも、もう使えないか……」
僕の角から錬成された呪いの双剣は、大気や大地に溢れる魔素を吸収する。だがこの周辺の魔素はディシフェルとの戦いのために使い尽くしてしまっている。触れても魔素を徴収できない。
ならば、この剣そのものを解体して魔素に還元する。それでも足りない分は――この体で補う。
悪魔の体は高濃度の魔素で構成されている。この体をすべて使い切れば、蘇生魔法の行使が可能なはずだ。
二つの魔術を行使しながら、並行して新たな魔法を生成するための試算を行い、未知の魔法陣を編む。ほとんど曲芸だ。逆立ちで綱渡りをしながら足でジャグリングをする方がよほど簡単だろう。だがシグファリスの命を繋ぐためならば道化にだってなってやる。
もしこれが失敗したら、やり直せるだけの魔素は残されていない。絶対に一度で成功させる。
知識。経験。技術。僕が持てるものすべてを注ぎ込んで完成した魔法陣は、奇しくもディシフェルが生み出した魔界召喚陣によく似ていた。複数の魔術式が絡み合い、球体のようになった魔法陣が、シグファリスの真上で輝く。
「くそったれの神め、シグファリスを返せ!」
僕の叫びと共に魔法陣が発光し、蘇生魔法が発動する。
肝要なのは、魂と肉体の経路。計算した通り、確保していたシグファリスの魂が肉体と融合していく。千切れた布を一針ずつ縫い合わせていくように、丁寧に、かつ手早く。
「ぐ……ああああ……っ!」
蘇生魔法を行使すると同時に、僕の体から魔素が削られていく。全身を裂くような鋭い痛みが走るが、この程度で集中を切らせるわけにはいかない。
両手を合わせ、目を閉じ、ひたすらに魔素の流れに気を配る。
今にも意識が飛びそうだった。それでもシグファリスが生き返るまで持てばいい。幸い、僕の魔力とシグファリスの魔力が共鳴している。このわずかな音を頼りに、魂をシグファリスの肉体に導いていく。
だが、後少しというところで、僕の後方に複数の気配が現れた。
「これは――なんて酷い有様だ」
愕然と放たれたその声の主は、おそらくトリスタン。他にも複数の気配を感じる。
周囲はさぞかし酷い状態だろう。高濃度の瘴気が立ち込め、湖は濁り、地面は焼け焦げている。
「あの魔法陣は! 魔王アリスティドか!?」
彼らに現状を説明する暇も、振り返って彼らの姿を確かめる余裕すらない。魔術を発動させる気配を感じても、防御に回せる力がない。
「ぐあ……っ!」
風の刃が僕の背中に降り注ぐ。遠距離なので威力はそこまでないが、接近されて魔核を貫かれたらひとたまりもない。
「今は……近づくな……ッ!」
蘇生魔法を維持したまま、魔術で風を巻き上げて瘴気を集める。浄化するまでは接近できない。
「待て! あれは、シグファリスだ! シグファリスが倒れている……!」
「この悪魔め! シグファリスに何をするつもりだ! シグファリスから離れろ!」
シグファリスの存在に気づいてもらえてよかった。このまま無闇に遠距離攻撃を続けられたらシグファリスにも当たってしまう。
「あの得体の知れない魔術が発動する前に叩かねば!」
「早く浄化を!」
シグファリスの仲間たちが全員集まっているのだろうか。だとしたらこの程度の瘴気、すぐに祓われてしまう。
どうかあと少し。あと少しでいい。時間が欲しい。
――神になど祈りはしなかったが、僕の願いは叶った。
「だめだ! アリスティドに手を出すな!」
咆哮するように叫んだのは、ジュリアンだった。
「はあ!? ジュリアン、何を言って……」
「あれは蘇生魔法だ! 死んだシグファリスを、アリスティドが生き返らせようとしてる……!」
「な――」
他の仲間たちが言葉を失う。
ジュリアンが稼いでくれた時間のおかげで、蘇生魔法は完遂された。魔法陣が眩い光を放つ。
光が収束すると、シグファリスのまぶたがぴくりと動いた。花がほころぶように、まぶたが開く。生気を取り戻した黄金の瞳がそこから覗く。
「……アリス、ティ……ド……にいさま……?」
僕に知覚できたのは、そこまでだった。僕の肉体はすでに灰と化している。魔素を使い尽くした魔核にひびが入り――僕はそれ以上何も感じることはできなかった。
シグファリスに伝えたいことはまだいくつもあったけれど、後悔はない。
僕を信じてくれて、ありがとう。僕も愛している。かわいい弟。僕の光。
やがて五感の全てが閉じる。
魔王アリスティドは、完全にこの世界から消えた。
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