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第9話 勇者の過去
しおりを挟む「僕が最初に聖女の姿を見たのは、魔王軍との戦場でした」
キリクはポツリポツリと語り出した。
「その頃の僕はまだ一五歳で、ただの世間知らずの子供でした。家族を養うために戦争に駆り出されて。ひたすら戦って、モンスターや魔王の手先を殺しまわっていました」
「…………」
「食事も満足に与えられず、酷い時は敗走時の囮にもされました。まるで奴隷みたいな生活でしたけど、それでも仲間がいたから何とかやってこれたんです」
キリクの声音が暗く沈んだものに変わる。その当時のことを思い出し、心を痛めているようだった。
私は黙ったまま話を聞く。
「でもある日、僕は戦線に復帰できないほどの傷を負って、救護所に運ばれました。そのときに貴女と出逢ったんです。懸命に治療をしてくれた聖女様の姿を見て、僕は一目惚れをしました」
恥ずかしげもなく告げられた告白に、私は思わず苦笑してしまう。
それはそうだ。だって私にはそのときの記憶が無いのだ。そんな思い出話をされても、どう反応すればいいのか分からない。
そんな私の心情を察したのか、キリクは優しく微笑む。とても綺麗な笑顔だった。
「そのあと無事に回復し、戦線に復帰しましたが……どうやったら貴女に再び逢えるか、僕はそればかり考えていました。それで僕が志願したのが……勇者を育成することを目的とした研究所でした」
彼いわく、魔王を倒す鍵となる人物こそが聖女なのだそう。そしてその聖女を守護する存在として、国は勇者という人造兵器を生み出そうとしていたらしい。
キリクは視線を落とし、両手を強く握り締めていた。その姿はまるで後悔をしているようにも見えた。
「聖女様の隣に立つにはそれしかない。そう思ったんです。だけど研究所では、戦場が生ぬるく感じるほどの地獄が待っていました」
勇者とはつまり人を殺すための道具。
いくら剣の腕を磨いても、いくら魔法を習得しても。結局は人殺しのための技術に過ぎない。そして勇者としての素質を持つ人間はごく僅かであり、大抵の人間はその道を諦めていく。
キリクはそんな環境の中、必死になって努力を重ねていった。
その結果、彼は歴代でもトップクラスの才能を持った勇者として成長していったのだという。だが……。
「どんな状況でも任務を遂行するために、研究所は僕を試したんです」
「試した……?」
「はい。窮地に陥った時、僕が冷静な判断を下せるかを」
最後のテストとして、研究所の職員はキリクの地元から、彼の母親と近所に住む幼馴染の少女を連れてきた。
どちらも手足を拘束された状態で。そしてキリクは一本のナイフを手渡された。
「アイツらは僕にそのナイフで、どちらかを殺せと言ったんです。もしそれができなかったら、お前は勇者失格だと脅しながら」
私は息を呑んだ。
人質を取ってキリクの行動を制限した上で、彼に選択の余地を与えない形で人質の命を奪う。
なんて卑劣な奴等なんだろう。
そんな私の気持ちとは裏腹に、キリクは淡々とした口調で続けた。
「僕は選べなかった……どちらも僕にとって掛け替えのない人物だったから。だけどアイツらは僕を出来損ないだとあざ笑い――そして制裁を与えた」
「まさか……」
「僕の目の前で、二人は研究員の手によって殺されました」
キリクの目がギュッと閉じられる。その瞳からは涙が流れ落ちていた。
彼は悔しさに身を震わせながら言葉を紡ぐ。自分の無力さを呪いながら。
そんな彼を前にして、私は何も言うことができなかった。
かける言葉など見つからない。下手に慰めの言葉をかけたところで、きっと逆効果になるだけだと思ったから。
キリクはしばらく泣き続けると、やがて落ち着いたのかゆっくりと瞼を開く。その目元は赤く腫れ上がっていた。それでも彼は表情を変えずに私を見つめてくる。
「そのときにはもう、僕の心は壊れかけていました。だから牢屋に繋がれた時も、何の抵抗もしなかった。死んでもいい、そう思っていたんです」
「でも今のキリクは……」
確かにそのときの彼は死んでいたも同然だったかもしれない。
だけど今は違う。少なくとも、自ら命を絶とうとしているような素振りは見られない。
するとキリクは再び口を開いた。
「僕は二度、貴女に救われているんです」
「私に?」
「はい。牢屋でボロ雑巾のようになっていた僕の元に、貴女が現れたあの日のことを今でも鮮明に覚えています」
キリクが牢に繋がれてから数日が経った頃。廃棄処分が決まった彼の元に私が訪れたらしい。
傷付いた身体を癒したり、話を聞いてあげたりと世話をしていたそうだ。
「最初は鬱陶しいと思っていたんですけどね。なにせ貴女に憧れなければ、そんな目に遭わなかったんですから。そんな逆恨みすらしていたほどでした。……でも次第に貴女の優しさに触れることで、僕の中で何かが変わった気がしました」
「…………」
「今の貴女は覚えていませんでしたが、手作りの食事を僕にくれたんですよ。不器用ながら頑張って作ったんでしょうね。ちょっと焦げた卵のサンドイッチでした」
「えっ……?」
私は思わず声を上げる。だってそんな記憶は残っていないから。
でも先日あげたサンドイッチでキリクがあそこまで一喜一憂していた理由が分かった。その頃のことを思い出していたんだ……。
戸惑う私に構わず、キリクは言葉を続けた。
「だから僕は再び立ち上がったんです。こんな所で死ぬわけにはいかないと。生き抜いて、元凶である魔王を必ず倒してやると心に誓いました。それからは死に物狂いで訓練をこなし、あらゆる知識を身に付けたんです。すべては、貴女を守るために」
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