11 / 14
第10話 聖女の過去
しおりを挟む翠色の瞳に強い意志が宿る。
そこにはかつての弱いキリクはどこにもいなかった。
「だけど僕は間に合わなかった。僕が勇者として戦場に送り出される前に、貴女は魔王に攫われてしまった」
「魔王に!? 私が!?」
「彼は自身を消し去る恐れのある存在を、いつまでも野放しにできないと判断したようですね。護衛をしていた他の勇者候補たちを皆殺しにし、聖女イーグレットを自身の城に連れ去ったのです」
キリクの声音は悲痛なものへと変わる。
その手は強く握り締められ、血が出そうなほど震えていた。
(あの猫大好き魔王がそんな悪逆非道なことを!? ちょっと信じられないけど。でも夢の中で見ていたアイツは、まさにそんなイメージだった……)
魔法で破壊の限りを尽くす魔王の姿は、今とはまるで違う印象だった。
私はそっとキリクに向かって手を伸ばした。だけど触れる直前で躊躇してしまう。
果たして触れても大丈夫だろうか? そんな不安に駆られていると、キリクの方から私を抱き寄せてきた。
いきなりの出来事に驚くも、すぐに我に返って離れようとする。しかしキリクは放してくれなかった。それどころかさらに力を込められてしまう。
「お願いです。どうかこのまま聞いてください」
「わ、わかったわよ」
仕方なくそのままの状態で耳を傾ける。
密着しているせいか、キリクの体温が伝わってきてドキドキしてきた。
「許せなかった。僕の聖女を奪うなんて断じて認めない。彼女は僕だけのモノじゃないといけないのに……」
「ちょ、ちょっとキリク? 貴方なにを言って……」
「聖女イーグレット様は体を張って、僕を献身的に慰めてくれた。あの夜の温もりは僕の凍てついた心を――「はい、そこまで!! 話がズレてるわよ!」おっと、そうでしたか。えっと何の話でしたっけ?」
キリクはハッとした表情を浮かべた後、申し訳なさそうに俯いた。そしてぽつりと呟くように謝罪を口にする
……危うく変な方向に持っていかれるところだった。慌てて軌道修正する。まったく、油断ならないわねこの色ボケ勇者は。
「魔王に連れ去られた貴女を助け出すため、僕は単身で魔王城に乗り込みました。苦労してようやく見つけたものの――既に手遅れだった」
「お、遅かった? まさか魔王に殺されちゃっていたとか?」
恐る恐る尋ねると、キリクは大きく首を横に振った。どうやら無事だったみたいだ。
ほっとしたのも束の間。キリクがとんでもない事実を口にする。
「殺されたか、酷い凌辱をされているかと心配していたのですが……その、なんて言いますか。聖女イーグレットは何故か、魔王ゾディアスに溺愛されていました」
「……へ? 溺愛??」
デキアイってアレよね? スーパーで売ってる出来合いのお惣菜のことじゃないわよね?
「僕が魔王の城に駆け付けるまで、聖女様が連れ去られてから一か月が経っていました。その間にいったい何があったのかは分かりませんが……魔王は人が変わったかのように、聖女様にベッタリ甘えている様子でした。どんな手段を使ってでも手元に置いておきたいくらいに」
キリクはそこで言葉を切った。そしてとても真剣な眼差しで私の顔を覗き込む。
え、なに……? いや、そんな顔されても本当に記憶が無いんですけれど。それって本当に前世の私なの?
これまでの人生じゃ恋人がいたことがないし、男性に告白されたこともない。キスどころか、手を繋ぐことすら未経験だし。処女なのは間違いないし、恋愛偏差値が低い自覚はあるわ。
こうしてキリクみたいなイケメンの腕の中にいること自体が、私の人生の中でぶっちぎりのピークなんですけど?
いくらなんでも傾国しすぎで、魂レベルで人違いなんじゃないのって感じ。私、そんな男を操るような悪女じゃないし。 仕事終わりに一人寂しくビールを飲むような女なんですけど?
ていうかその聖女も魔王に何をしたのよ……。
「その光景を見た瞬間、僕は震えました。僕の聖女様は、幾万の兵でも倒すことができない最強の魔王を殺さずとも無力化してみせた。魔王すら傅かせるあのお姿こそ、まさに僕が憧れた聖女様だと――!」
「いや、貴方も何を言い出すのよ。そこは素直に勇者が魔王を倒して、攫われた聖女を救出するところなんじゃなの?」
呆れて思わずツッコミを入れてしまう。
するとキリクはハッとなって慌てていた。まるで今気付いたかのような反応だ。
自分のことなのに気が付いていなかったんかい! つい心の中で突っ込んだ。
二人がイチャつく光景を見たキリクは魔王に見つかり、彼からある提案を受けたそうだ。
「魔王いわく『聖女イーグレットが望まぬことはしない。彼女が自由を望むのなら喜んで解放する』と。そう言われてしまった以上、僕にはどうすることもできなかった。僕は向けていた剣を下げました」
なんでよ!? どうしてそこで魔王の言うことなんて信じちゃうわけ!?
「僕の目的は聖女様の隣にいることだったので。別に魔王の命なんてどうでも良かったんです」
「いや、そこ普通は魔王を倒すところでしょ?」
「はい、魔王を倒せるなら倒していました。だけど彼は強い。それに何より千鶴様が彼の傍にいることを望むのならば、僕が口を挟むことではないと思ったんです。それに僕も彼と同じ気持ちでしたので……」
「同じ気持ち?」
首を傾げると、キリクは恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「はい。彼が千鶴様のことを大事にしているということは一目瞭然でした。僕は彼に共感したんです。だって千鶴様はあまりにも美しくて、可愛らしくて、可憐で、清楚で、優しかった。そして何よりも素晴らしい女性です。こんなにも魅力的な女性が近くにいるのに、手を出さないなんて信じられない。魔王は聖女様の魅力を理解する目と頭がある」
「うっ、すごいベタ褒めね……」
「なにより聖女様自身が魔王を受け入れている。むしろ彼女から求めている節もある。これはもう二人はそういう関係だと確信していました」
キリクの言葉に私は愕然とする。
ちょ、ちょっと待って。なにこの人、勝手に妄想して勘違いして、挙句の果てに魔王と聖女の仲を認めているんだけど。
っていうか、キリクの中の私のイメージって一体どうなっているの?
「そして僕と魔王は話し合い、和平を結ぼうということになりました。かの有名な百年の戦争を終わらせる、聖女協定でした」
ええー……? なんかいきなり話が大きくなってるんですけど。
さも知っていて当然、みたいに言われましても。
それにしても、一か月の間に何があったんだろう。
魔王が惚れるような何かをしたのかしら? 魔王と聖女がラブコメしている場面なんて想像できない。
いやまぁ、それで平和が訪れたんなら良いのかしら?
だけどキリクは私を見て悲しげな表情をする。
「……誰もが平和を望んでいた。聖女様がそう望んでいた。僕も魔王も馬鹿でした。一番の悪は人間の欲だったんです。聖女を中心とした協定の場で、貴女は殺されたのです。――他でもない、人間の手で」
1
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる