救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第4話 龍帝国にて

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 森を抜けた瞬間、ひんやりとした空気がふっと軽くなる。数日の旅の果て、視界の先に現れたのは、木々とはまったく違う色の世界だった。

「わぁ……」

 赤茶色のレンガで組まれた家々。龍の紋様が刻まれた看板。露店には金や緑、紫の“魔の森素材”がずらりと並び、客引きの声と鍋の音が賑やかに交差している。

 どこか異国めいた香辛料の匂いが風に乗って流れ、マールの鼻をくすぐった。


(……ひろい……ひとが、たくさん……)

 マールは思わずレグルスの外套の端をつまむ。初めて見る光景ばかりで、胸がざわざわする。でも、そのざわめきは怖さよりも不思議な期待のようなものだった。

「ここがリヴィア龍帝国の外郭都市のひとつ、“カルデサック(袋小路の意)”だ」

 レグルスが簡潔に説明すると、アッポロが胸を張って続けた。

「傭兵が多いのは、俺たち龍人の国は武力が生命線だからだ」
「まぁ、レグルス隊長みたいに異常に強いやつは滅多にいないっすけどね」 
「おい、フリッツ。お前、それ褒めてるのか?」

 とレグルスが呆れた声を出し、マールはくすっと小さく笑った。

 ドクペインが補足するように言う。

「傭兵は、軍とは違って自由に動ける専門集団です。ギルドを通して依頼を受けて、魔獣討伐や素材回収、護衛なんかをこなすんですよ。ほら、あそこにギルドがあります」

 指差した先には、黒い石造りの建物。扉の上には亜竜の頭部とみられる剥製が飾られている。マールは目を丸くして呟いた。

「……す、すごい……」

 その一言に、レグルス隊の三人がなぜか少し得意げになった。


 ◆

 ギルド内部には活気が満ちていた。
 依頼票を食い入るように見つめる傭兵、素材袋を抱えて値段交渉する商人、受付前で口論を始める者までいて、騒がしさと熱気が渦を巻いている。マールは圧倒され、思わずレグルスの背中にぴとりと隠れた。


「どもどもー、戻ってきたっすよ!」

 いつも通り軽い調子のフリッツが受付の女性に声をかける。

「レグルス隊の皆さん、おかえりなさい。今回のポイズンフロッグ討伐はどうでしたか?」

 受付嬢の問いに、レグルスはわずかに顔を曇らせた。ポイズンフロッグ──毒性の強い魔獣の討伐依頼を受けていたはずだったが。

「それがだな……あの毒ガエルを主食にしている“蛇神ヒュドラ”に見つかってしまってな。撤退せざるを得なかった」

 言葉を選びつつ、どう取り繕っても結果は同じだった。女性は書類に目を落とし、申し訳なさそうに眉を寄せる。


「……残念ですが、未達成扱いとなります。報酬はゼロです」

 周囲の喧騒が嘘のように、そこだけ静まり返る。反論の余地はない。レグルスたちも沈黙するしかなかった。

「お、おう……まぁ、たまにはそんなこともあるっすよ!」

 フリッツが無理に明るく場を和ませようとするが──。

「今月の生活費、その依頼報酬をあてにしていたこと、忘れてませんよね? 拠点の家賃はどうするんです?」

 ドクペインの一言が、心臓にぐさりと刺さった。

 レグルスの眉がぴくりと動く。
 アッポロはポタリと汗を落とした。


「……………………」

 隊員三人の顔が同時に青くなり、マールも思わずきゅっと口を引き結ぶ。

 あぁ~、また大家の婆ちゃんにどやされるっすよ……とフリッツが小声で呟く声が聞こえ、マールは目をぱちぱちさせた。

 こうして、街に帰還したばかりのレグルス隊に、早くも“家賃問題”という現実がのしかかるのだった。


 ◆

 レグルス隊の拠点──といえば聞こえはいいが、実際は街外れにある年季の入った“ボロ宿”だ。木の板壁はところどころ剥げ、扉は軋み、風が吹けば窓が鳴く。だが、彼らにとっては落ち着く「帰る場所」だった。

 ……しかし今日は、その玄関で鬼(オーガ)が待ち構えていた。


「アンタたち、また滞納する気かいッ!!!」

 箒を逆手に持ち、鬼神のような形相で仁王立ちするのは宿の大家──ハンナ婆さんだ。ショートカットの白髪を逆立て、背は小さいが怒気はでかい。マールは思わずレグルスの背後に隠れ、ギルドにあった竜の剥製より恐ろしいと内心で考えていた。

 レグルスですら「……すまん、ハンナ殿」と肩を落とし、小さくなる。アッポロ、フリッツ、ドクペインの三人も一列に並び、子どもが説教される姿勢で正座していた。


「いい歳した男どもが、毎回毎回! 生活費を討伐報酬に賭けてどうするんだい! あんたたち、脳みそまで筋肉なのかい!」

「す、すみません……」

 一番脳筋そうなアッポロがでかい図体を縮こまらせた。

 その横でフリッツがぼそり。

「悪いことした子どもが、お母さんに怒られてるみたいっすよね?」

 その何気ない一言に、マールの肩がぴくりと揺れた。

「……おかあさん、いなかったから……わからない……。怒る怖い女の人は、いっぱいいたけど……」

 ぽつりと落とされた声は、淡くて、小さくて──けれど胸に刺さった。

 レグルス隊の大人たちは全員、息を呑んで黙り込む。怒っていたはずのハンナ婆さんまで、驚いたように目を瞬いた。

「……なんだい、その子は」

 ようやくマールの存在に気づいたハンナ婆さんは、次の瞬間には豹変していた。

「まぁぁ~~~! なんて可愛い子! こんな小さな子を、むさくるしい男どもが世話もせず何やってんだい!!」

「あ、いや、その……!」

 レグルスが言い訳しようとしたが、聞く耳を持たない。

「まずは風呂! それから温かいお茶! お菓子もあるよ! おいで、坊や!」

 マールはきょとんとしながらも、手を引かれるまま屋内へ連れて行かれた。


 ◆

 湯気の立つ浴室から、しばらくしてふわふわに温まったマールが戻ってきた。髪は梳かされ、借り物の清潔な服に着替え、頬はうっすら桜色だ。

 テーブルの上には湯気の立つお茶と菓子。マールはちょこんと座ると、向かいに居るハンナ婆さんを見上げた。


「ほら、たくさんあるからお食べ」

 (コクンッ)

 もぐっ……ばくっ、ばくばくっ……!

 と、小動物のように菓子をむさぼり始めた。

「お、おい……」

 レグルスが若干引き気味の声を漏らす。

「好きにさせておやり。あぁ、可哀想に。こんなガリガリに痩せちまって……」

 ハンナ婆さんは優しく微笑むと、レグルスに鋭い視線を向けた。

「この子に男の恰好をさせてたのも……きっと事情があるんだろ?」

「……あ、あぁ」

 耳元でコソコソと言われたレグルスは一瞬だけ目を伏せる。


「まさかアンタ……どこかで女作って産ませた子じゃ……?」
「なっ!?」

 レグルスの顔が真っ赤に染まる。同時に「ないないない!」と全力で首を横に振った。

「なぁんてね。堅物のアンタがそんなことするわけないさね」

 ハンナ婆さんは愉快そうに笑い、マールの頭をそっと撫でた。

「でもね、この子は……守ってあげなきゃダメだよ。あんたたちが、ちゃんとね」

 そう優しく言い切ったハンナ婆さんの袖が、くいくいと小さく引っ張られた。


「ん?」

 視線を落とすと──そこには、ちょこんと立つマール。両手をお椀のように丸めて、その上に赤く艶めく小さな実をそっと載せている。

 毒牙のような模様が入った、魔の森特産の“コブラ苺”だ。

「……お礼、です」

 たどたどしく言いながら差し出される、小さな手。その所作があまりにも健気で、ハンナ婆さんは思わず胸を押さえた。

「な、なんていい子なんだい……! もらっていいのかい?」

 マールはこくんとうなずく。
 ハンナ婆さんは感動したように目尻を下げ、そっと齧った──。

「……っ!? な、なんだいこれ……とんでもなく美味しいよ……!」

 老人とは思えないほど目を見開き、震える声をあげた。まるで若返るような甘酸っぱさと濃い魔力が舌を満たす。


「驚くだろう。この子が魔の森で採取したんだ」

 レグルスが誇らしげでもあり、複雑でもある声音で言った。

「ま、魔の森!? でも、あそこは毒で……」

 ハンナ婆さんが再び目を丸くする。

「心配無用。マールがきちんと解毒しました」

 ドクペインが淡々と答えた。
 その瞬間──ハンナ婆さんの瞳に、別の“光”が宿った。そう、商人の目だ。

「ちなみにコレ、まだあるかい?」
「あ、あぁ。道中で何回も採取していたからな」
「これは……高値で売れるよ!!」

 「「「「えっ」」」」


 ◆

 そうして少量ながら、“安全なコブラ苺”がハンナ婆さんによって市場へ出品された。

 結果──。
 瞬く間に話題沸騰。

 魔力回復効果が極めて高く、しかも猛毒種なのに安全という希少性。貴族や魔導師たちが驚き、争うように買い求め、売り場は小さな混乱すら起きた。

 売り上げは当然、レグルス隊にも分配され──


「こ、こんなに……!」

 アッポロが震え上がるほどの金額。

「家賃が払えるっす! これで食費を削らなくて済む……!」

 フリッツが涙ぐむ。

「け、研究費が……半年我慢してた本が買える……!」

 ドクペインはなぜか一番興奮していた。

 そんな中、レグルスだけは複雑な顔をしていた。


「……子どもを利用しているようで、胸が痛む」

 その呟きに、隊員たちは一瞬で反応した。

「隊長」

 フリッツがきっぱり言った。

「マールはもうウチの子です。利用とか、そんな話じゃないっす」
「なにがあっても、守る」

 アッポロが拳を握る。

「そういうことです」

 ドクペインも静かにうなずいた。

 レグルスはゆっくりと視線をマールへ向ける。

「お前は……それでもいいのか?」
「――?」
「マールが行きたい場所が見つかるまで、俺たちと一緒に居るか?」

 マールは、彼らの言葉の意味を完全に理解できてはいなかった。

 けれど──


「おいしいごはん、食べれるなら、よろこんで」

 ふっと柔らかい笑みを浮かべるマール。彼女は胸の奥がふわりとほどけるような、不思議な温度を感じていた。

(なんでかな、この人たちと一緒だと、あったかい……)

 それは、生まれて初めて“家族”に触れた幼子のような、小さな、小さな呟きだった。




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