救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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第33話 一方その頃⑤ 鬼仮面は光を追う


 辺境伯家の屋敷を背に、ルシアン・ヴェイルは一人、立ち止まっていた。

 背後にあるのは、すでに“過去”になった場所だ。腐敗し、歪み、そして――マールがいない屋敷。振り返る理由は、もうない。


 彼の視線は、自然と前方へ向けられていた。魔の森。大陸の中心に巣食う、忌まわしき魔境。その奥に、今も確かに生きていると信じる存在がいる。

(……必ず見つけます、マール様)

 胸の奥で、静かに誓う。

 ルシアンは歩みを止め、胸元へと手を伸ばした。指先が触れたのは、小さなロケット型のアクセサリー。年季の入った金属の表面は、何度も磨かれ、幾度となく握られてきた痕跡を残している。

 それは、肌身離さず持ち歩いてきた品だった。

 留め金を外し、そっと開く。

 中に収められていたのは、一枚の紙切れ。
 幼い子どもが描いた、稚拙な“絵”だった。ルシアンの指先は、震えるほど優しくその紙に触れた。

(嗚呼、なんと愛おしい……)

 それは物心つく前のマールが、彼に向けて描いてくれたものだった。丸や線。それらを無造作に並べただけの、誰とも判別できない落書き。第三者が見れば、意味を持たない走り書きにすぎないだろう。

 だがルシアンにとって、それは何にも代えがたい宝物だった。

 そしてその絵と一緒に、大切そうにしまわれていたものがある。

 細く、柔らかな一本の髪。
 マールの髪の毛だった。

 彼は、しばし目を閉じる。

(これは一度きりの方法。ですが……)

 髪や爪などを使って身体の持ち主が居る場所を探す、ルシアンのオリジナル魔法。人探しには便利な魔法だが、一度使用した品は消えるという欠点がある。本当に必要に迫られた時のために、今日まで使わずに取っておいた奥の手だ。

 だが、もう迷いはなかった。


 ルシアンは静かに光魔法を行使する。

 次の瞬間、髪の毛が淡く発光した。
 温もりを帯びた光が、指先から零れ落ちることなく、一本の線となって空間へと伸びていく。

 細く、しかし確かな光の筋。
 それは遠方へと導かれるように、森の奥へ、奥へと延びていた。

 追跡魔法の発動。
 示されるのは距離ではない。ただ“方角”のみ。しかし光が示したということは。

「……やはり、まだ“生きている”!」

 歓喜で叫びそうになるのを抑えながら、ルシアンはロケットを閉じる。

 そして、腰に提げていた仮面を手に取った。

 黒く、無骨な――鬼の仮面。
 それを顔に被った瞬間、感情の波がすっと沈む。


「待っていてください、マール様。ルシアンが今からお迎えに参ります!!」

 次の瞬間だった。
 ルシアンの姿は、光のような速度で消えた。

 魔の森を、駆け抜ける。

 行く手を阻もうと現れる魔獣たち。
 だが、襲いかかる暇すら与えられない。

 すれ違いざまに、剣閃一つ。
 次の瞬間には、魔獣はその場に崩れ落ち、絶命していた。

 立ち止まらない。
 振り返らない。

 ただ、光の示す先へ――

 鬼仮面は、ひたすらに走り続けていた。


 ◆

 ――その頃。
 リヴィア龍帝国領にある魔の森・中層エリア。

「……おかしいな」

 不安を隠しきれない声で、龍帝国の新人傭兵が呟いた。

 リーダーの周囲には、同じく若い傭兵が五人いた。いずれの部下も経験は浅く、若さと勢いを頼りに仕事を受けてきたヒヨッコ小隊だった。


「この辺り、浅層のはずだろ?」
「いや……木の密度も、魔力の濃さも、どう考えても違う」

 誰かが喉を鳴らす。
 気づいた時には、すでに引き返す道は分からなくなっていた。

 ――魔の森中層。

 新人にとっては、踏み込むべきではない領域だった。


「くそ! 魔獣に出くわす前に戻らないと……」

 焦りが、足並みを乱す。
 そのときだった。

 ふわり、と。
 空気にツンとした匂いが混じった。

「な、なんだ……?」

 次の瞬間、視界の端に無数の光が灯る。
 青白く、揺らめく小さな光点。

「フレイムフライだ!」

 誰かが叫んだ。

 毒蛍――フレイムフライ。
 蛍(ファイアフライ)が魔獣化したモンスター。体内に溜めた毒性ガスを放出し、それを自ら燃焼させることで、高温の炎と強烈な光を生み出す厄介な魔獣だ。

 じゅわ、と音を立て、周囲に毒ガスが広がる。


「まずい、吸うな!」

 リーダーが警告をするが、それは遅かった。
 次の瞬間。

 ――ぼうっ!!

 ガスに引火した炎が一斉に燃え上がる。

 熱。
 光。

 視界が白く焼き潰され、方向感覚が奪われる。


「うわぁぁっ!」
「見えねぇ!」

 新人傭兵たちは完全に包囲されていた。

 ――終わった。
 リーダーの脳裏に、そんな言葉がよぎった、その瞬間。
 新たな“光”が来た。

(な、なんだ……!?)

 それは、フレイムフライの光とは質が違った。
 圧倒的な白。
 すべてを塗り潰すような、純白の輝き。
 炎も、毒も、悲鳴も一瞬で、消えた。

 気づけば、熱は引き、空気は澄んでいた。


「……え?」

 呆然と立ち尽くす新人傭兵たちの前に、一人の男が立っていた。

 鬼の仮面。
 全身を包む気配は静かで、しかし異様な圧を放っている。

 腰が抜ける、という表現を、男は生まれて初めて実感した。鬼面の男は剣を収めながら、淡々と口を開く。

「幼女を見なかったか?」

 あまりに唐突な問いだった。

「は……?」

 仲間の一人が、緊張を誤魔化すように笑う。

「こんな森に幼女なんているわけ――」

 言葉は、最後まで続かなかった。
 男は、その仲間に一切の興味を示さなかったからだ。

 視線すら向けない。
 まるで、背景の一部を見るように。

 その無関心さに、場の空気がひやりと冷えた。


「……ようじょ、か」

 ぽつりと。
 先ほどまで黙っていたリーダーの男が、独り言のように呟いた。

「そういえばカルデサックの街で……」

 自分でもなぜ口にしたのか分からない。ただ、頭の片隅に引っかかっていた噂が、勝手にこぼれ落ちた。

「やたら可愛い幼女が、魔の森に出入りしているって話が……」

 仲間たちが、ぎょっとした顔でこちらを見る。

「おい、余計なこと言うなって……」

 時すでに遅し。
 次の瞬間。
 視界が、黒に塗り潰された。

 気づけば、目の前に鬼の仮面があった。

「――っ!?」

 両肩を、がっちりと掴まれる。

 逃げ場はない。
 息が詰まるほどの圧が、真正面から叩きつけられた。


「その話、詳しく聞かせてください」

 低く、抑えた声。
 だが、有無を言わせぬ強制力を孕んでいた。

「ひっ……!」

 身体が震える。

「そ、それ以上は本当に分かりません! た、多分……今日もオッサンたちと魔の森に行ってるんじゃないかと……」

 街で聞いた、曖昧な噂。
 伝聞にすぎない話。
 それ以上、語れることなど何もなかった。

 だが――

「どこの馬の骨とも知れぬジジイが、マール様を!?」

 怒気が、爆ぜた。
 掴まれた肩に、ぎり、と力がこもる。

「いだっ……!」

 悲鳴が漏れる。
 その瞬間。
 はっとしたように、力が抜けた。

 鬼仮面の男は、すぐに手を離す。

「……失礼」

 わずかに視線を逸らし、淡々と続けた。

「情報、感謝します」
「あ……」

 呆然とする一同の中で、一人の女性が一歩前に出る。

 角を持つ龍人の女性傭兵。
 彼女は頬を赤く染めながら、恐る恐る声をかけた。

「あの……よければ、その……お礼に、街で食事でも……」

 沈黙。
 鬼仮面の男は、即答だった。

「いえ、結構です」

 それだけ言うと、踵を返す。

「僕は先を急ぐので、これにて失礼」

 次の瞬間、再び光が弾けた。
 男の姿は、森の奥へと掻き消える。
 残された新人傭兵たちは、しばらくの間、誰も言葉を発せずにいた。


 ◆

 数時間後。
 どうにか無事に帰還した彼らは、カルデサックのギルドで酒を飲んでいた。

「……魔の森で、鬼仮面を見たんだ」
「光魔法を使う、とんでもない強さでよ」
「フレイムフライを、一瞬で倒したんだ。魔獣よりよっぽど恐ろしかったぞ」
「でもカッコよかった……」
「あぁ? 顔なんて仮面で見えなかっただろ……」
「はぁ~、これだから非モテ共は。恋は顔じゃないのよ、顔じゃ」

 半ば興奮、半ば恐怖混じりの噂話。
 それを、少し離れた席で聞いていた一行がいた。

「へぇ……」

 マールが、素直な感想を口にする。

「なんだか、変わった人がいるんだね」

 その隣で、レグルスがわずかに眉をひそめた。

「光魔法、か……」

 一瞬、遠い記憶を探るように目を細め。

「……いや、やめておこう」

 首を振る。

「嫌な記憶が、掘り起こされそうだ」

 それ以上、彼は語らなかった。
 だがその沈黙こそが、これから起きる再会を予感させていた。



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