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第36話 語られなかった英雄
静かな食事処に、食器の触れ合う小さな音だけが響いていた。
ブリュンヒルデ中尉は、しばらく黙ったまま湯気の立つ杯を見つめていた。言葉を選んでいるというより――思い出す覚悟を整えているように見える。
マールとレティシアも、急かさない。
ただ、待っていた。
やがて、ブリュンヒルデは小さく息を吐いた。
「……数年前の話だ」
それだけで、空気が変わる。
「私は当時、龍帝国軍の少尉として、敵国であるアルマティア方面の前線部隊に配属されていた」
視線は卓上に落ちたまま。
だが声は、はっきりとしていた。
「初めての本格的な前線任務でな。理論も教本も頭に叩き込んでいたが……正直に言えば、私はまだ“現場”を知らなかった」
そこで、ほんのわずかに口元を歪める。
「そんな私の部隊に、一人の曹長がいた」
名を出す前から、マールには分かった。
「――それがレグルスだ」
その名は、静かに告げられた。
「彼は、誰よりも現場を見ていた」
一言、一言が重い。
「地形の癖。敵軍の動き。天候の変化。兵の疲労や癖……全部だ」
語るブリュンヒルデの声音には、評価以上のものが滲んでいた。
「彼は、常に前線に立っていた。剣を振るうためだけじゃない。部下が何を見て、何を感じているかを、自分の目で確かめるためだ」
記憶の中の光景が、言葉となって滲み出る。
「戦闘判断も的確だった。無理をしない。押すべきところでは押すが、引くと決めたら迷わない」
マールが、思わず口を挟む。
「レグルスおじさん、凄い人だったんだ……」
「そうだな」
ブリュンヒルデは、はっきりと頷いた。
「彼の部隊は……生存率が、異様に高かった。大きな戦果を挙げるわけではない。だが、必ず戻ってくる。欠ける人数が、他の部隊と比べて明らかに少なかった」
「す、すごい……」
「まぁ、王国にも凄腕の騎士がいてな。痛い目にも遭わされたこともあるが、それでもレグルスのおかげで無事に隊が帰ってくることができたよ」
ブリュンヒルデの視線が、遠くを見る。
「兵たちは、言っていたよ」
少し声を落として、再現する。
「『曹長と死ねるなら、本望だ』と」
それは、命を預ける言葉だった。
「命令がどうであれ、配置がどうであれ……彼が前に立つ限り、兵たちは恐怖より先に“信頼”を選んでいた」
食事処の静けさの中で、その言葉は重く響いた。
「――だが、そんな“英雄”を私が殺してしまったのだ」
マールが、はっと息を呑む。
レティシアも、思わず言葉を失っていた。
ブリュンヒルデは二人の反応を見ず、視線を伏せたまま語り続ける。
「……部隊の戦果は、次第に評価されるようになった」
淡々とした語り口。
だが、その奥には確かな後悔が滲んでいる。
「討伐数。制圧地域。被害率。報告書には、そういった数字が並ぶ」
一度、言葉を切る。
「だが功績として名前が挙がるのは、主に将校だった。私や、その上の指揮官の名でな」
「……レグルスおじさんの名前は?」
マールの小さな問いに、ブリュンヒルデは首を横に振った。
「ほとんど出なかった。だが、彼自身は気にも留めていなかった」
思い出すように、わずかに苦笑する。
「『兵が生きて帰ってくれば、それでいい』……いつも、そう言っていた」
レティシアが、苛立ちを隠さず舌打ちする。
「……それで、上の連中が調子に乗ったわけね」
「否定はできない」
ブリュンヒルデは、静かに頷いた。
「やがて、後方指揮官として一人の男が着任した。……それがクラウス少佐だ。当時はまだ、大尉だったがな」
その名に、レティシアの眉がわずかに動く。
「彼は、ほとんど現場に出なかった。常に後方から、数字と成果だけを見て判断するタイプだった」
よくある現場を理解しないタイプの上司だった。
「ある日、彼は私にこう言った」
ブリュンヒルデは、声色をわずかに変える。
「『彼は優秀すぎる。下が目立つのは、上として好ましくない』」
レティシアが、思わず声を荒げる。
「……最低」
「はは、そうだな。だが当時の私は、その言葉に反論することができなかった」
自嘲するように、ブリュンヒルデは続ける。
「現場が評価されないことへの不快感はあった。だが、私も軍人。命令系統の中にいる以上、私は何も言い返せなかった」
話は、再び前線へ戻る。
「それからだ。少しずつ、無理な任務が増えていった」
指を折りながら、淡々と列挙する。
「補給は減り、撤退の判断は遅れ、支援は後回しにされる……それでも、前線は回っていた。レグルスが、必死に調整していたからだ」
マールの胸が、きゅっと締め付けられる。
「彼は、異変に気づいていた」
ブリュンヒルデは、はっきりと言った。
「『この配置はおかしい』……何度も、そう口にしていた」
そこで、一瞬だけ言葉が詰まる。
「今思えば、そのときから……クラウスは、彼を目障りだと思っていたのだろう」
そして、ぽつりと付け加える。
「……自分で言うのも何だが、クラウスは私に好意を抱いていた。だから、恋人であるレグルスに……嫉妬していたのだと思う」
「「恋人!?」」
マールとレティシアの声が、綺麗に重なった。
「い、いくつか戦場を共にしているうちに、意気投合してな」
ブリュンヒルデは、珍しく視線を逸らす。
「互いに惹かれ合うのにも、そう時間はかからなかった……と、子どもの前で何を言っているんだ、私は」
「マール、その話もっと聞きたい!」
身を乗り出すマールに、
「アンタ、意外に好きね。そういうの」
レティシアが呆れたように突っ込む。
ブリュンヒルデは、小さく咳払いをした。
「……いや、期待させて悪いが、長続きはしなかった」
「そうなの?」
マールの問いに、ブリュンヒルデは静かに頷く。
「あぁ。とある“きっかけ”でな……」
その先を語ろうとして、言葉を止める。
視線の奥に、重たい影が落ちた。
「それが……破滅の始まりだった」
ブリュンヒルデ中尉は、しばらく黙ったまま湯気の立つ杯を見つめていた。言葉を選んでいるというより――思い出す覚悟を整えているように見える。
マールとレティシアも、急かさない。
ただ、待っていた。
やがて、ブリュンヒルデは小さく息を吐いた。
「……数年前の話だ」
それだけで、空気が変わる。
「私は当時、龍帝国軍の少尉として、敵国であるアルマティア方面の前線部隊に配属されていた」
視線は卓上に落ちたまま。
だが声は、はっきりとしていた。
「初めての本格的な前線任務でな。理論も教本も頭に叩き込んでいたが……正直に言えば、私はまだ“現場”を知らなかった」
そこで、ほんのわずかに口元を歪める。
「そんな私の部隊に、一人の曹長がいた」
名を出す前から、マールには分かった。
「――それがレグルスだ」
その名は、静かに告げられた。
「彼は、誰よりも現場を見ていた」
一言、一言が重い。
「地形の癖。敵軍の動き。天候の変化。兵の疲労や癖……全部だ」
語るブリュンヒルデの声音には、評価以上のものが滲んでいた。
「彼は、常に前線に立っていた。剣を振るうためだけじゃない。部下が何を見て、何を感じているかを、自分の目で確かめるためだ」
記憶の中の光景が、言葉となって滲み出る。
「戦闘判断も的確だった。無理をしない。押すべきところでは押すが、引くと決めたら迷わない」
マールが、思わず口を挟む。
「レグルスおじさん、凄い人だったんだ……」
「そうだな」
ブリュンヒルデは、はっきりと頷いた。
「彼の部隊は……生存率が、異様に高かった。大きな戦果を挙げるわけではない。だが、必ず戻ってくる。欠ける人数が、他の部隊と比べて明らかに少なかった」
「す、すごい……」
「まぁ、王国にも凄腕の騎士がいてな。痛い目にも遭わされたこともあるが、それでもレグルスのおかげで無事に隊が帰ってくることができたよ」
ブリュンヒルデの視線が、遠くを見る。
「兵たちは、言っていたよ」
少し声を落として、再現する。
「『曹長と死ねるなら、本望だ』と」
それは、命を預ける言葉だった。
「命令がどうであれ、配置がどうであれ……彼が前に立つ限り、兵たちは恐怖より先に“信頼”を選んでいた」
食事処の静けさの中で、その言葉は重く響いた。
「――だが、そんな“英雄”を私が殺してしまったのだ」
マールが、はっと息を呑む。
レティシアも、思わず言葉を失っていた。
ブリュンヒルデは二人の反応を見ず、視線を伏せたまま語り続ける。
「……部隊の戦果は、次第に評価されるようになった」
淡々とした語り口。
だが、その奥には確かな後悔が滲んでいる。
「討伐数。制圧地域。被害率。報告書には、そういった数字が並ぶ」
一度、言葉を切る。
「だが功績として名前が挙がるのは、主に将校だった。私や、その上の指揮官の名でな」
「……レグルスおじさんの名前は?」
マールの小さな問いに、ブリュンヒルデは首を横に振った。
「ほとんど出なかった。だが、彼自身は気にも留めていなかった」
思い出すように、わずかに苦笑する。
「『兵が生きて帰ってくれば、それでいい』……いつも、そう言っていた」
レティシアが、苛立ちを隠さず舌打ちする。
「……それで、上の連中が調子に乗ったわけね」
「否定はできない」
ブリュンヒルデは、静かに頷いた。
「やがて、後方指揮官として一人の男が着任した。……それがクラウス少佐だ。当時はまだ、大尉だったがな」
その名に、レティシアの眉がわずかに動く。
「彼は、ほとんど現場に出なかった。常に後方から、数字と成果だけを見て判断するタイプだった」
よくある現場を理解しないタイプの上司だった。
「ある日、彼は私にこう言った」
ブリュンヒルデは、声色をわずかに変える。
「『彼は優秀すぎる。下が目立つのは、上として好ましくない』」
レティシアが、思わず声を荒げる。
「……最低」
「はは、そうだな。だが当時の私は、その言葉に反論することができなかった」
自嘲するように、ブリュンヒルデは続ける。
「現場が評価されないことへの不快感はあった。だが、私も軍人。命令系統の中にいる以上、私は何も言い返せなかった」
話は、再び前線へ戻る。
「それからだ。少しずつ、無理な任務が増えていった」
指を折りながら、淡々と列挙する。
「補給は減り、撤退の判断は遅れ、支援は後回しにされる……それでも、前線は回っていた。レグルスが、必死に調整していたからだ」
マールの胸が、きゅっと締め付けられる。
「彼は、異変に気づいていた」
ブリュンヒルデは、はっきりと言った。
「『この配置はおかしい』……何度も、そう口にしていた」
そこで、一瞬だけ言葉が詰まる。
「今思えば、そのときから……クラウスは、彼を目障りだと思っていたのだろう」
そして、ぽつりと付け加える。
「……自分で言うのも何だが、クラウスは私に好意を抱いていた。だから、恋人であるレグルスに……嫉妬していたのだと思う」
「「恋人!?」」
マールとレティシアの声が、綺麗に重なった。
「い、いくつか戦場を共にしているうちに、意気投合してな」
ブリュンヒルデは、珍しく視線を逸らす。
「互いに惹かれ合うのにも、そう時間はかからなかった……と、子どもの前で何を言っているんだ、私は」
「マール、その話もっと聞きたい!」
身を乗り出すマールに、
「アンタ、意外に好きね。そういうの」
レティシアが呆れたように突っ込む。
ブリュンヒルデは、小さく咳払いをした。
「……いや、期待させて悪いが、長続きはしなかった」
「そうなの?」
マールの問いに、ブリュンヒルデは静かに頷く。
「あぁ。とある“きっかけ”でな……」
その先を語ろうとして、言葉を止める。
視線の奥に、重たい影が落ちた。
「それが……破滅の始まりだった」
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