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第3章 とあるメイドと王子様

第19話 そのメイド、ツンデレに溺愛される。②

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「アカーシャさんも、淹れ方がとても上手になったわ。私、貴女の淹れた紅茶好きよ」
「やめて、ルーシー。褒め殺しまでされたら、私の中でいけない扉が開いてしまいそうになるわ」

 以前にも増して洗練された所作でカップを傾ける彼女は、禁断のバラのように美しい。ぶっちゃけ前よりも綺麗になったっていうか……高貴なオーラが増した気がする。

 女の園であるこのメイド学校でも、ルーシーの人気は爆上がり中だ。最近じゃなんと、彼女のファンクラブができたらしい。しかもファンクラブの会長はなんと、ルーシーを虐めていたあのハイドラさんなんだっていうんだから驚いた。


 ある日、急に廊下に呼び出されたかと思ったら

「アカーシャさんも当然、入会するわよね?」

って満面の笑みで迫られた。あの時は私も、ただ頷くことしかできないほど戦慄したっけ……。


 でも友達であり、メイドの先輩だと思っているルーシーに褒めてもらえたことは単純に嬉しい。


 最近は校長のプリちゃんだけじゃなくって、ルーシーも一緒になって私を指導してくれるようになった。

 ルーシーはプリちゃん以上に厳しくって、普段の生活の時から私がだらしないと叱ってくる。でも上手くできれば今みたいに褒めてくれるから、私も頑張ろうっていう気になれるのよね。

『食器はなるべく音を立てないように。姿勢も猫背になっていますわ。顔も笑顔で!! そう、とっても可愛いわ……』

 褒め言葉に若干熱が入ることが多いんだけど、まぁそれは御愛嬌、よね。

 他にもやたらとスキンシップも増えた気もするけど、きっと彼女なりの愛情表現なんだと思う……たぶん。


「ねぇ、アカーシャさん。今日もアレを……」
「ん? あぁ、アレね。ルーシーも好きね。分かったわ」

 教えてもらう一方っていうのも悪いので、代わりに私はルーシーに手帳に書いてあるちょっとした知識を教えることにした。
 もちろん、偽聖女の時と同じ過ちを繰り返さないように、内容にはすごく気を使っている。

 だけど、誰も知らない知識だという事を理解したルーシーの学習意欲は凄かった。教えたことをあっという間に自分のモノにして、さらには応用までするようになってしまったのだ。

「空気には私たちが生きるのに必要な要素があるの。その他にも色んな現象を起こすものがあるのよ」
「この間教えてもらった、火が燃えるのに必要なサンソという要素ですわね! サンソが燃えれば別の物質となり、不燃性のものに変わるという……」
「え、えぇそうよ……本当に物覚えが早いわね、ルーシーは」

 これじゃあ、私のメモ魔法が霞んでしまいそうになるわね。

 でもまぁこっちとしては教え甲斐があるから、もっと教えたくなっちゃうんだけど。


 それに彼女が凄いのは、執念とも言える努力の賜物だっていうことを、私も良く理解している。

 ――おそらく、彼女は貴族に戻ることを諦めていないのだ。


 この半年の間に、私もあのグリフィス侯爵家に育ての親を殺されたことをルーシーにも教えた。そうしたら彼女はとても驚いていたけど……。

『やっぱり私は……あの家を到底許すことはできないわ。どんな手段を用いても、お父様たちの無念は晴らしてみせる』


 ルーシーはそう言って、アイスブルーの瞳の中に復讐の炎を燃え上がらせていた。

 彼女にとって、復讐こそが全ての原動力なのだ。その気持ちは、彼女にしか理解できないもの。他人である私が「復讐なんてやめたほうがいい」なんて、とてもじゃないけれど言えなかった。

(普段はこんなにも可愛いんだから、素敵な男性でも見つけて幸せになって欲しい……なんて思ってしまうのは、ちょっと烏滸おこがましいわよね)

 そんな事を思いながら、私は更なる知識を彼女に教えていく。


「すごいわ、アカーシャさん!! 貴女こそホンモノの聖女よ!!」


 紅潮した顔で私に頬擦りするルーシー。そのうちキスまでしてきそうな勢いだ。

 ……うん、やっぱりどっかで良い男を宛がった方が良いかもしれない。


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