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第1話 月夜の贈り物
しおりを挟む「クラリス・ルーベン、お前との婚約を破棄する!」
華やかな舞踏会の只中で、王国の第三王子エドワード・ルッセルは高らかにそう宣言した。天井から吊るされた巨大なクリスタルのシャンデリアが燦然と輝き、艶やかなドレスと軍服を纏った貴族たちがその声に驚きの表情を浮かべる。
エドワードの隣には、美しくもどこか怯えた表情をした伯爵令嬢——リリアーナ・ロッシュフォールが寄り添っていた。その華奢な肩を守るようにエドワードは腕を回し、誇らしげに言い放つ。
「僕はもう、お前のような気位ばかり高い女とはやっていけない。リリアーナこそ、僕が本当に愛する女性だ!」
その言葉に、貴族たちはさらにざわめいた。リリアーナは伏し目がちに震えながらも、ちらりとクラリスを見上げる。その瞳には微かな勝ち誇りの色があった。
しかし、彼らが最も注目したのはクラリスの反応だった。
──彼女は動じない。
むしろ、静かに瞳を細め、冷静な声で応じた。
「……そうですか。それでは、正式な手続きを進めてくださいませ」
毅然とした態度。取り乱すどころか、悲しむ素振りすら見せない彼女に、周囲の貴族たちは息を呑んだ。
「な、なんだその態度は?」
エドワードが苛立たしげに声を荒げる。
「もっと悔しがるものだろう。捨てられた女として、嘆き悲しむのが当然ではないのか?」
彼の言葉に、クラリスは静かに微笑んだ。その微笑みは、まるで冷えた刃のように鋭い。
「悔しがる? どうしてですか? あなたが私を選ばなかったことを、私が喚き散らすとでも?」
シルクのドレスの裾を軽く整えながら、彼女は優雅に言葉を紡ぐ。
「それとも、私があなたを失って悲しむとでも?」
エドワードの表情が歪む。言い返そうとするも、周囲の視線が彼に重圧をかける。顔を赤くしながら、彼はリリアーナの手を強引に引き、その場を去った。
リリアーナが彼の腕に抱かれながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべるのを、クラリスは冷ややかに見送った。
──くだらない。
クラリスは深く息を吐き、心の奥にわずかに疼く痛みを押し殺した。
──だが、これはむしろ好機。
彼に執着する理由など、どこにもない。
その夜、屋敷に戻ったクラリスは静かにため息をついた。
「とはいえ、これからどうしようかしら……」
エドワードによる婚約破棄は、すぐに社交界中に広まるだろう。彼の放った侮辱的な言葉とともに、噂は誇張され、さぞかし面白おかしく語られるに違いない。
──冷酷な令嬢は見捨てられた。
──新たな恋に敗北した可哀想な女。
そんな陰口が聞こえてくるようだ。
クラリスは窓の外を見つめた。月の光が静かに庭を照らしている。
ふと、机の上に置かれた一冊の本が目に入る。
『すべての女性が幸せな結婚を手にするための指南書──最新・結婚情報誌セグシィ』
「結婚情報誌?」
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