【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!

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1/6話 騎士団長、婚約破棄される。

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 冷たい雨が、石畳を濡らしていた。

 王都騎士団本部。訓練場の奥にある中庭にて、重苦しい沈黙が支配していた。見守る騎士や侍女たちは誰一人として口を開こうとせず、ただ濡れるのを避けるように身をすくめるばかり。

 その中心に立つのは、騎士団長レオン・バルクハルトと、その婚約者だった貴族令嬢エリザベート。


「レオン様……申し訳ありません、と言いたいところですが……正直、もう限界なんです」

 エリザベートの声音には哀れみすら浮かんでいない。あるのは、ただ自身の不快を言葉にする冷ややかさ。

「あなたの、その汗と……筋肉の匂いが、もう“野蛮”でしかなくて」

「そもそも、婚約してから一度も舞踏会に私をエスコートしてくださらなかったですし」

「貴族としての優雅さも、気遣いも、あなたには欠けているんです」

「筋肉なんて、下賤な者が身を守るために鍛えるもの。騎士団長にはふさわしくても、私の夫にはふさわしくありません」

「そもそも、あなたは元は平民でしょう? 伯爵とはいえ、家柄も違いますし……私の家の格にふさわしくありませんわ」


 レオンは、黙っていた。

 拳を握る。革の手袋がきしむほどに力を込めても、感情は押し殺されたまま。
 その沈黙に、誰も声をかけることができなかった。

 エリザベートは軽く礼をすると、そのまま振り返り、傘の下へと戻っていった。

 中庭に残されたレオンの肩だけが、雨の中で静かに濡れていく。

(鍛えるのは、己の誇りのためだった。誰にも負けぬ力を持つことで、誰かを守れると思っていた。だが……その力が、誰かを遠ざけるものになるとは……)


 その夜、訓練場。

 雷鳴が響く空の下、レオンは一人、剣を振り続けていた。
 濡れた髪が額に張りつき、鎧の隙間から滴る水が、静かに地面を打つ。
 呼吸は荒く、吐息は白く。振るわれる剣が空気を裂く音だけが、夜の闇に刻まれていく。

「筋肉も……努力も……意味がなかったんだな」

 誰にも届かぬ独白が、雷鳴と共に闇に消えていった――。

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