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2/6話 その料理係、ただものじゃない
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翌朝、王都騎士団の厨房は、いつになくざわついていた。
「新しい炊事係、今日からだろ?」
「なんでも相当腕がいいらしいが……」
「女の人なんだろ? 騎士団でやってけんのかね」
そんな声が飛び交う中、重苦しい空気の原因はもう一つ。
前夜、団長がびしょ濡れで剣を振っていたという噂が団内に広まっていたのだ。
「団長、昨日の夜……」
「誰も声かけられなかったってさ」
「今、機嫌悪いんじゃ……?」
誰もが腫れ物に触るように振る舞うその空気を、まるで切り裂くかのように現れたのは、一人の女性だった。
「おっはよー!」
厨房の扉を勢いよく開けて現れたその女性は、金髪にワイン色の瞳、快活な笑顔を浮かべた美しい女性だった。
彼女の名は、ミレイア・グランシェリ。
「さっそく厨房、貸してもらうよ~……って、うわ、僧帽筋すご!」
ミレイアの視線の先には、たまたま通りかかった騎士団長、レオン・バルクハルトの背中。
「……今、団長に話しかけた?」
「しかも筋肉を褒めた……?」
周囲の団員たちが石のように固まる中、レオンだけがゆっくりと振り向いた。
「貴様は……誰だ?」
その問いにも臆することなく、ミレイアは胸を張って宣言する。
「ミレイア・グランシェリ。今日から炊事担当だけど、実は筋肉観察も趣味なの」
団員たちの間に、何とも言えない空気が走る。
ミレイアの身分について誰も知らない。だがその堂々とした態度と、どこか庶民離れした品のある所作は、ただの料理人とは思えない何かを醸していた。
「……ふざけた態度を取る者は、厨房に立たせるつもりはない」
レオンの静かな声に、一瞬空気が凍る。だが——
「ふふ、怖い顔。じゃあ今日の昼、あんたを黙らせるくらい美味しい料理、食べさせてあげる」
ミレイアの言葉に、団員たちの背筋が凍る。
「この人、命知らずすぎる……」
ところがその数時間後——
厨房に立ったミレイアの手際は、まさに職人のそれだった。
香辛料の選び方から火加減、鍋を振る手付きまで、すべてが無駄なく美しい。
「うめぇ!」
「これ、マジで宮廷料理並みだぞ!」
「お前、宮廷料理なんて食べたことあんのかよ」
「……ねぇな。でもそんな気がする!」
団員たちは口いっぱいに頬張り、幸せそうに笑っていた。
レオンもまた、無言で箸を進めていた。気づけば完食。
そして、ミレイアが近づき、テーブルの向こうから軽く笑いかける。
「ね、美味しかったでしょ?」
一瞬だけ、レオンの目が伏せられる。
「……悪くなかった」
それだけを口にすると、彼は再び席を立ち、背を向けた。
ミレイアは、にやりと笑う。
(うん、今日も筋肉が輝いてる。これは、いい職場になりそうだわ♪)
――――――――――――――
最終話まで1時間ごとに投稿予定!
「新しい炊事係、今日からだろ?」
「なんでも相当腕がいいらしいが……」
「女の人なんだろ? 騎士団でやってけんのかね」
そんな声が飛び交う中、重苦しい空気の原因はもう一つ。
前夜、団長がびしょ濡れで剣を振っていたという噂が団内に広まっていたのだ。
「団長、昨日の夜……」
「誰も声かけられなかったってさ」
「今、機嫌悪いんじゃ……?」
誰もが腫れ物に触るように振る舞うその空気を、まるで切り裂くかのように現れたのは、一人の女性だった。
「おっはよー!」
厨房の扉を勢いよく開けて現れたその女性は、金髪にワイン色の瞳、快活な笑顔を浮かべた美しい女性だった。
彼女の名は、ミレイア・グランシェリ。
「さっそく厨房、貸してもらうよ~……って、うわ、僧帽筋すご!」
ミレイアの視線の先には、たまたま通りかかった騎士団長、レオン・バルクハルトの背中。
「……今、団長に話しかけた?」
「しかも筋肉を褒めた……?」
周囲の団員たちが石のように固まる中、レオンだけがゆっくりと振り向いた。
「貴様は……誰だ?」
その問いにも臆することなく、ミレイアは胸を張って宣言する。
「ミレイア・グランシェリ。今日から炊事担当だけど、実は筋肉観察も趣味なの」
団員たちの間に、何とも言えない空気が走る。
ミレイアの身分について誰も知らない。だがその堂々とした態度と、どこか庶民離れした品のある所作は、ただの料理人とは思えない何かを醸していた。
「……ふざけた態度を取る者は、厨房に立たせるつもりはない」
レオンの静かな声に、一瞬空気が凍る。だが——
「ふふ、怖い顔。じゃあ今日の昼、あんたを黙らせるくらい美味しい料理、食べさせてあげる」
ミレイアの言葉に、団員たちの背筋が凍る。
「この人、命知らずすぎる……」
ところがその数時間後——
厨房に立ったミレイアの手際は、まさに職人のそれだった。
香辛料の選び方から火加減、鍋を振る手付きまで、すべてが無駄なく美しい。
「うめぇ!」
「これ、マジで宮廷料理並みだぞ!」
「お前、宮廷料理なんて食べたことあんのかよ」
「……ねぇな。でもそんな気がする!」
団員たちは口いっぱいに頬張り、幸せそうに笑っていた。
レオンもまた、無言で箸を進めていた。気づけば完食。
そして、ミレイアが近づき、テーブルの向こうから軽く笑いかける。
「ね、美味しかったでしょ?」
一瞬だけ、レオンの目が伏せられる。
「……悪くなかった」
それだけを口にすると、彼は再び席を立ち、背を向けた。
ミレイアは、にやりと笑う。
(うん、今日も筋肉が輝いてる。これは、いい職場になりそうだわ♪)
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最終話まで1時間ごとに投稿予定!
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