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2-8 ベッドの上で、魔王様と。
しおりを挟む「ねぇ、ウル。さっきシャルドネさんに『勇者について聞け』って言ってたけど。あれ、どういうこと?」
ベッドで横になりながら、隣りに寝ているウルに尋ねた。そう、彼は自分と同じベッドの上で、しかも上半身は裸だ。
レオの身体は見慣れているつもりだが、ベッドの上で見るのはなんだか恥ずかしい。盛り上がった胸の筋肉が呼吸と一緒に上下しているだけで何故か艶めかしく思える。
「まったくキミは……そこまで聞いていたのか……」
「私だって聖女よ。いわばこの件に関しては当事者。なのに先代の聖女だったお母さんも『その時が来たら教える』って言って、私にすらずっと秘密にされてきたのよ? 気付いたらもう魔王だって……形上は討伐されたのに……」
あの時、魔王城で確かに首を落としたはず――実際には自分の隣で寝ているが――なのだから、もう教えてくれても良いだろう。
今がその時ではないというのなら、それは一体いつなのか。
「そうだな……まずキミは魔王についてどこまで知っている?」
「魔王について、ですって? うぅん、そうね……この世界の主神である女神様を恨み、この世の全ての生命を憎み、それらを滅ぼそうとする存在……ということぐらいかしら?」
滅ぼしてもなぜか復活する魔王。
その間隔は聖女が数代ごとで、前回の魔王が生まれたのはモナの祖母の時だ。
祖母は当時の勇者だった祖父と共に旅をし、数多なる苦難の末に倒された。
ちなみにその時は王国から名のある剣士と魔法使いが駆り出され、残念ながらその二人は戦死してしまった。王都の中央広場には、かつての英雄たちの魂を鎮めるための石碑が建てられており、そこに彼らの名が刻まれていた。
英雄たちが偉業を成す度に吟遊詩人たちが歌を作り、それを物語として書物に綴られる。
その本はどの家庭でも子どもに読み聞かせられていて、いつの時代も絶大な人気を誇っていた。
だから勇者の物語というのは、人々にとっては非常に親しみのあるものなのだ。
――ちなみに。どの時代の物語でも、勇者と聖女は結ばれる結末となっている。それは最早お決まりの展開らしいのだが、フィクションではなく、事実らしい。少なくとも聖女の家系であるモナは母からそう聞いていた。
しかし魔王に関しては教会の経典に少し書いてあるだけで、極端に情報が少ない。
魔王が出現するたびにモンスターが溢れ、街や村を襲うので民からはかなり恨まれている。だから彼について口にするのも、書き記すことさえも疎まれているのだ。
たまに魔王を信奉する破滅主義者が出てくることがあるが、勝手におかしな儀式で自滅するか兵に根こそぎ処刑されているので、ほぼ世の中には存在していない。
そもそも今までの魔王にはまるで人形のように感情が無く、人間に対して害しかなさない彼を崇めるメリットが無いと言われていた。
まるで幽霊のように突然現れ、そしてモンスターが増える……というだけなのだ。
今回のようなウルのケースは珍しいと言えるだろう。
「そういえば、なんで魔王が生まれるとモンスターが沸くのかしら?」
「それは魔王があまりにも強大な魔力を持つために、魔力を生命エネルギーとする魔物が活発化する……と言われているね」
「そうなの? うーん……何故か分からないけれど、あまり魔王について考えたことが無かったわ。どうしてだろう」
他の人間が魔王についてあまりにも口にしない、ということもあったが、そもそもこの世界の人間ではないモナがこの仕組みについて興味を持たないのは流石におかしい。
モナは生まれ育った教会で魔王は悪だ、聖女は勇者のサポートのために誠心誠意尽くすのだ、と小さなころから教え込まれていた。
今まで疑問に思えなかったのは、そのやたら熱心な教育の所為なのかもしれないが……。
「ねぇ、ウル。今更だけど私、貴方についてほとんど知らなかったわ。魔王って、いったい何者なの? なぜこの世界でこんなにも疎まれているのかしら……」
「……そうだね。出逢った時はまともな自己紹介すら出来なかったし。まずは俺が魔王として生まれた時のことを話そうか……」
◇
初めて魔王ウルが目覚めたときにはもう、そこは既に魔王城の中だった。
しかしそれば温かい母の腕の中でも、ふかふかのベッドの上でもない。誰もおらず、荒れ果てた城の中の床で、ただ独り物のように置かれていた。
なんのドラマも無い。
何か使命があると言われたわけでも無く、ただそこに有るだけ。
それが、魔王ウルという男の誕生だった。
「別に生まれた時から悪意に染まっていたわけじゃ無いんだ。あの空間に産み落とされ、魔王としてそこに存在することになった。ただ、それだけなんだ」
あの空間や城は魔王が作ったと思っていたが、そうではないらしい。
ではいったい、彼をあの場所に存在させたのは誰なのだろうか……。
彼より前の魔王なのか、はたまた別の存在なのか。
ただ前世からこの世界に転生しただけのモナでは、考えたところで答えが出そうもない。
もし女神様と会話することが出来たのなら、彼の出生の秘密も分かるのかもしれない。
「それから貴方はどうしていたの? あれだけの力を持っていたのなら、別に魔王にならなくたって良かったのに……」
その有り余る暴力を持ってこちらの世界に侵攻しなくたって、それなりに平和な国を築けそうなものだ。他にやりたいことだっていくらでもやれただろう。
「いや、それは出来なかった。そもそも俺は生まれてから一度も、あの魔王城のある空間から一歩も出られなかったんだ」
「なんですって!?」
衝撃の事実。
魔王は引き篭もりだった。
いや、事態はそんな可愛いものではない。
本人はあの世界から出ることも叶わなかったのに、こちらの世界では最悪の存在として忌み嫌われていたのだ。
ただ、存在するだけで嫌われているなんて……。
魔王を討伐し、憎んでいたはずのモナでさえ、彼を同情し始めてしまう。
「自分の中にとんでもない力……今では魔力だって分かったけど。最初はそれを使う方法も知らなかった。当然、魔法だって使えなかったからね。だから城にあった本で勉強したり、自分で試行錯誤してみたりして長い間を過ごしていたんだ……」
親の愛情も受けられず、たった一人であの寂しい空間で生きていた魔王ウル。
そしてそんな彼を待ち受けていたのが……。
「――あの日。とつぜん勇者が来て、俺は問答無用で魔法を放たれ、そして斬られた。……それは当然、キミたちも知っているだろうけど」
「……だけど、それはっ!!」
「周りの大人にそう教えられていたからだろう? 仕方が無かったって。……でも、俺は誰にもそんなこと教えてもらえなかった」
急にやって来た勇者たちによって、有無も言わさず勝手に悪だと断定されて処理されたのだ。
そんなの、ウルじゃなくても嫌だろう。
どれだけの苦痛と悲しみ、恐怖が彼を襲ったことか。
そしてこれらは契約のタトゥーを通して嘘ではないことがモナも分かっている。
つまりこれが、魔王という存在の本当の歴史。
世界が嫌った男の過去なのだ。
「だから俺は勇者の身体を乗っ取り、この仕組みを壊したかった。外の世界で、普通の人間として生きたかった。――ただ、それだけなんだ」
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