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3-4 ヒーロー(魔王様)は遅れてやってくる
しおりを挟む正午ちょうど。
王都にある教会の方から女神祭の鐘が鳴らされ始めると、モンスターたちに異変が起こった。
――グギャギャアアギャガアガアァァッ!?
突如、毒でも喰らったかのように悶え苦しみ始めたのだ。そのうち、鐘の音から逃げるように王都から離れ始める個体まで出始めた。
「女神の祝福の鐘……モンスターが嫌がっている……」
それはモンスターたちとは違い、モナにとってとても心地よい音だった。
頭の頂点から足の先まで、すっと流れるような心地よいメロディーがモナの身体を隅まで癒していく。毎年女神祭の度に聴き慣れているはずだが、今回は特に疲労していた心に染み渡るようだ。
「すごいわ……これが女神様の御力……」
十二回目の鐘が鳴り終わるころには、モナの周りにはモンスターの死骸以外残っていなかった。
『グギギッギッ……!!』
――否、あのゴリラモンスターだけは苦しみもがきながらもまだ戦意を失わず、モナの前に立ち続けていた。
どうやらあの鐘の音が中途半端に効いているせいで、半狂乱になってしまったようだ。怒り狂ったゴリラは敵であるモナへと突撃をかましてきた。
「くうぅっ!!」
どうにかメイスでゴリラのぶちかましを防ぐが、圧倒的にモナのパワーが足りない。そのまま連打を繰り返してくる敵を前に、モナは防戦一方で攻め切る一手を見つけることが出来ない。
「しまった……!!」
メイスを握る手が痺れ、遂に振り落としてしまった。
これでは生身で受けるしかない。
そこへ大きく振りかぶるゴリラの影が――
「どけ、雑魚が」
思わず恐怖で目を瞑りそうになった瞬間。
ゴリラの横から巨大な氷塊が轟音を立てて衝突し、そのまま一緒になって吹っ飛んでいった。
さらにその直後、雷撃から石礫、炎や風の魔法が嵐のように続き、最終的にそのゴリラのモンスターは何か闇の様な球体に吸い込まれて跡形もなく消え去ってしまった。
どうやら、人間側の誰かがピンチに駆けつけてくれたようだ。
「よ、良かった……助かったぁ~」
さすがの聖女もこれだけの数を相手に一人で戦うのは限界だったのだろう。
緊張の糸がふっと切れたのか、そのまま後ろに倒れそうになる。
「大丈夫か、モナ」
「……え?」
と、そこへ彼女の背を優しく支える手が差し出される。この声は……と聞き覚えのある声がした方へと顔を向けた。
「ええっと、師匠……じゃないわよね。もしかして……ウル、なの?」
「はぁ? 他に誰が居るって言うんだよ。まったくキミは、こんな無茶をして……」
軽くため息を吐いてモナの髪に付いた土埃を払う。
どうやら目の前に居る彼はヴィンチが化けたウルではなく、本物のウルだったようだ。
ウルはそのままお姫様抱っこのようにひょいと抱え上げると、スタスタと王都の方へと歩き始める。
「ちょ、ちょっと!? いきなり何をするのよ、やめてよ!!」
「痛いな、殴るなよ! なにって、キミが動け無さそうだから運んでやってるんだろうが」
ポカポカとウルの胸元を叩いているが、聖女の力ともなると中々のダメージらしい。見た目以上に痛がっているが、それでも彼は彼女を降ろそうとはしない。
恐らくこの間、彼女を脇に抱えて怒られたのを覚えていた様だ。きっと彼なりの優しさなのだらう。
「第一、アナタ今までどこに行っていたのよ!? 王都にモンスターが急にやってきて大変だったんだからね!? それなのに勇者で魔王なウルが居ないから私……」
「――だから? もしかして、俺がその襲撃の黒幕だとでも思ったの? 魔王である俺が、王都を壊滅させようとして」
ギロ、と彼の鋭い瞳に見つめられ、蛇に睨まれたカエルのようについ委縮してしまうモナ。
「うぐっ……だけど……」
「悪いが俺にはモンスターどもを嗾けるような能力はない。……心外だな。こうして助けに飛んできたっていうのに」
はぁ、と溜息をひとつ吐くと、彼はその歩みを止めた。そしてモナからふいっ、と顔を反らしてしまった。
確かにわざわざモナを助けに来る必要はないし、このタイミングで王都を襲う理由もない。そんなことが出来るのなら、魔王時代にとっくにやっているからだ。
ウルの様子を見てさすがに悪いと思ったのか、モナが気まずそうに声を掛ける。
「わ、悪かったわよ……ありがと、助けに来てくれて」
ここで意地を張ってお礼を言わないというのも、何だか気持ちが悪い。
顔と顔の距離が近いこの状況で言うのはとても恥ずかしいが、正直に伝えた。
「ぷっ……ククク。あはははっ」
「な、なによ。なんで笑うの!?」
ウルがそっぽを向いたまま、噴き出して笑い始めた。肩や腕もフルフルと震えていて、モナは地面に落ちそうになった。
「いや、簡単に俺の言うことを信じすぎじゃない? 俺自身が出来なくたって、何か他のモノを使って誘い込んだとか、どうにでも理由なんて作れそうなのに」
「あっ……でも!!」
「まぁそんなことはしないよ。第一、俺が王都を襲って何のメリットがあるっていうの」
「いや、まぁ。そうだんだけどさ……」
まさかモナもウルに論破されるとは思わなかったのか、タジタジになってしまう。
ウルはすっかり機嫌も戻ったのか、そんな彼女の顔をまじまじと見て真剣なトーンで呟いた。
「それに……モナが居なくなったら俺が困る」
「えっ……そ、それって……どういう……」
相当急いできたのだろう。いつもサラサラな彼の銀の髪が汗で額に張り付いている。気付けば彼の匂いも何となくする気がして、なんだか心臓がドキドキしてしまう。
それに気付かれてしまったのか、真っ赤になったモナの顔を見てウルはクスリと笑った。
「やっぱりモナは可愛いな」
「はっ!? なっ、ちょっ!? んんっ、んあっ」
そしてモナは身体をガッシリと固定されたまま、唐突に唇を奪われてしまった。
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