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母は強し
◇
「王から苦情があった。婚約者であるジュリアが、アンドレ殿下のことをないがしろにしているようだ、とな」
ミゲット侯爵家の執務室に呼び出された私は、当主であるお父様に厳しい目を向けられていた。
「なんでも、王子に女の裸が描かれた絵を見せて驚かせたとか……私としても娘にこんな事を言いたくはないが、王妃としての自覚が足りてないと苦言を呈する輩もいる」
「お言葉ですが、お父様。私がアンドレ殿下に見せたのは医学書の挿絵で、裸ではなく解剖図です」
「……王妃候補がそんな絵を見ていたという事実の方が、尚更問題になりそうなのだが」
お父様は愛用の椅子にギィともたれ掛かり、はぁと深い溜め息を吐いた。
そして執務机に置いてあったブランデーの入ったグラスを手に取り、グイっと呷る。
――そういえば最近のお父様って、お腹が出始めてきたのよね。お酒に肉中心の食事……あらやだ、大丈夫かしら。
「私としては、何事にも消極的だったお前が勉強熱心になったことを喜んでいたんだ。しかし、それは王妃教育をキチンと受けていることが前提だった。……最近のお前はどうしてしまったんだ?」
私が関係のないことを考えていたのがバレたのか、お父様は少し語気を強めてそう言った。
いけない、ちゃんとお話を聞かないと……。
私は姿勢を正すと、お父様に向かって頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、お父様」
「謝罪などいらん。それより何が起きたんだ? どうして医学なんて勉強をしている」
「それは……」
私は口を噤んでしまう。
あの夢を見たこと、その日から生き延びるために知識を身に付け始めたことを話したところで、お父様が信じてくれるはずもない。
「貴方、そんなに責めないであげて。せっかくこの子が、自分のやりたいことを見つけたのですから」
「し、しかしだな……」
言いよどんでいた私に助け舟を出したのは、それまで壁際で静かに見守っていたお母様だった。
お父様はこの件に口を挟んで欲しくなかったらしく、苦々しい顔でお母様を睨む。だけどお母様は気にした様子もなく、お父様のグラスを強引に奪った。
「あ、おい!?」
奪い返そうと慌てて手を伸ばす。
だけどお母様はそれを華麗に躱すと、グラスに残っていたお酒を全部飲んでしまわれた。
「……ふぅ。ジュリアの思うがまま、やりたいようにやればいいわ」
「おい、そうやって余計なことを――」
「貴方は黙っていて。いいですか、ジュリア。その代わり、誰にも文句を言わせないくらいに王妃教育も頑張りなさい」
お母様はブランデーのボトルからお代わりを注ぎながら、私の目を真っ直ぐに見つめる。
「なにも学びは本だけでは無いのよ? 時間が足りないのならば、効率化を図りなさい。人手が足りないのなら、空いている手を借りなさい。そうやって上手く他人を操るのも、立派な勉強のひとつなんだから。――そして人生で起きることの殆どは、学びのチャンスよ。成し遂げたいことがあるのなら、そのチャンスを絶対に逃さないで」
喋っている間に、グラスにはブランデーがなみなみと注がれた。そしてそのブランデーを、お母様は一気に呷った。
「誰が何と言おうと、私は貴方を応援するわ。もちろん、お父様も……ね、貴方?」
「え、いや……わ、分かった。分かったから腹をつねるな!!」
「お母様……お父様も、ありがとうございます」
私は二人に向かって深々と頭を下げた。
たしかにお母様の言う通りだ。
これまで私は『夢が現実にならないように』という事ばかり考えていて、誰かを頼ろうとはしなかった。
勉強も必要なことだったけれど、本来は私一人でどうにかできる問題ではなかったはずなのに。
「頼れる人……そうね、まずは彼から当たってみましょうか」
翌日、私は王城のとある人物の元へと向かった。
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