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4/4話
しおりを挟む「……まさか、そんな……」
エドガーが顔を引きつらせたまま、震える声で言葉を探しているのが見えた。
私は静かに彼に向き直り、冷ややかな笑みを浮かべた。
「あなたが何も知らなかったのは、私がすべてを裏でやっていたからです。あぁ、"裏"といえばあなたがコソコソとやっていたことの証拠もありますわよ?」
最後に、私は決定的な一枚の文書を差し出した。
毒の購入記録、そして裏取引の証言書。それは、エドガーが家臣を欺き、公爵家の当主としての責務を裏切った動かぬ証。
「以上の証拠をもって、夫・エドガーの爵位の剥奪、資産の没収、および国外追放を求めます」
毒を盛ったという行為だけでも、決して軽くはない罪。けれど、彼が一番やってはいけなかったのは——公爵家に対する殺害未遂。王家の血筋を色濃く継ぐ者を、私欲のために排除しようとしたのですから……その罪が、どれほど重いものであるかは、言うまでもありませんわ。
しばしの沈黙。
やがて王家の勅使が席を立ち、厳かに宣言した。
「セシリア・アルフォートの主張と証拠を確認。よって、エドガーにはすべての爵位剥奪、全資産没収、ならびに国外追放の裁定を下す」
エドガーは血の気を失った顔で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
彼の唇が何かを言おうとして震えたが、私が一歩踏み出すと、その声は掠れてかき消えた。
「最後まで、私を甘く見ていたようですね」
彼が呆然と立ち尽くしたままのその傍らを通り過ぎながら、私はふと立ち止まり、振り返ることなくもう一言だけ告げた。
「……でも、あなたのおかげでここまで強くなれました」
ひとつ深く息を吸い、そして皮肉めいた笑みを含ませる。
「そこだけは、感謝しておりますわ。「セ、セシリア! すまなかった! 今からでも僕とやり直さ」……さようなら、エドガー様」
それだけ告げて、私はその場を後にした。
これからは、私の手で、公爵家を、そしてこの国の未来を守っていくのだから。
◇
数か月後。
陽だまりの中、公爵家の庭には、初夏の風が心地よく吹き抜けていた。
私は、アルフォート公爵。今や名実ともにこの地の正統な領主として、日々政務に励んでいる。
「セシリア様、今日の市場巡視は……」
侍女の報告に軽く頷き、私は羽織を翻した。小さな鏡に映る自分の姿には、もはやかつて病に伏していた頃の面影はなく、凛とした眼差しを湛えた女性がいた。
市場に出れば、民たちは笑顔で声をかけてくる。
「今日もお美しいですね、公爵様!」
「ほほほ、元気そうで何よりだわ」と笑顔で返せば、子どもたちが花飾りを差し出してくれる。名ばかりの称号ではなく、心から信頼される存在として在れることが、どれほど誇らしいか。
けれど、そんな日々の中でも、ふと心に影が差すことがある。
思い返せば、エドガーと結婚した当初、私は彼を信じて疑わなかった。けれど、心細くなる夜、私の声に最初に応えてくれたのは、彼ではなかった。
本当に私の傍にいてくれたのは、レオンだった。
病に苦しみ、孤独に押し潰されそうになった夜。扉越しに聞こえた低い声、そっと手渡された温かな薬湯——そのひとつひとつが、私にとってどれほどの救いだっただろう。
何も言わず、ただ黙って傍にいてくれた。その優しさに気づきながらも、私はそれに甘えることを自分に許せなかった。あの頃はまだ、エドガーという幻想を信じていたから。
けれど、その幻想はやがて裏切りとなり、私は目を覚ました。
——私が彼と出会わなければ、ここまで強くなれただろうか?
毒に蝕まれながらも、どこかで私は、彼に「強くなれ」と促されていたような気がしていた。
そして、その背中を支えてくれたのは、いつもレオンだった。
彼がいたから、私は立ち上がれた。無言の眼差しと、黙して語らぬ優しさが、私に“復讐の先にある未来”を見せてくれた。
「まだあんな男を引きずってるのか?」
ぶっきらぼうな声に振り返ると、そこには昔と変わらぬ、不器用だが温かな瞳を宿したレオンがいた。
彼はもともと父に仕えていた忠義の騎士。身分の差ゆえに、彼の想いは長らく語られなかったが、それでも——私はもう、知っている。
「いいえ。むしろ、もう振り返る必要もないと思えたの」
レオンは照れ隠しに顔をそらし、ぶつぶつと何かを呟く。その不器用さが、昔から私の心を和ませていた。
「あなたがいてくれたから、私は立てたのよ」
その一言に、彼の肩がわずかに揺れる。
「……ったく、そういうのは本人の目の前で言うな」
背を向けたままの声は、少しだけ照れていた。
私は彼の背中を見つめ、そっと微笑む。
「……次は、愛しの旦那様を私が幸せにさせる番ね」
過去に傷つき、失ったものは多かった。けれどそのぶんだけ、私は強くなれた。
そして今——私の隣には、ようやく手を取り合える相手がいる。
私の人生は、ここから本当に始まるのだ。
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